2020年11月13日09時36分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(316)『火幻四十周年記念合同歌集・火幻の光』の原子力詠を読む(3)「声かぎり呼ぼう夏空湧く雲に死にたる者と死なざりしもの」 山崎芳彦

 今回も『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読み継ぐ。米国による原爆の投下を受けた広島の歌人の歌を読みながら、その作品が核兵器の廃絶、核なき世界の実現への願いを自らの行動として作歌した果実であると強く思いながら読ませていただいている。23年前に刊行された合同歌集であり、すでに亡くなられた歌人も少なくないと思いながら、現実のこの国の政府の原子力政策の実態を見ると、米国の「核の傘」にあることを日本の安全保障の絶対の条件とし、この国の核兵器開発・製造の基礎となる核発電の継続をも推進していること、「自衛のために核兵器を持つことは禁じられていない」との政策を公言する自民党政府とその共同勢力が様々な軍事力強化策をすすめていることを許してはならないと痛感する。日本学術会議に対する菅政権の露骨・不法な介入も、その一環であろう。 
 
 国連の「核兵器禁止条約」が10月25日(現地時間10月24日)に、同条約の発効に必要な50国・地域の批准に達し、2021年1月22日に条約の効力を生ずることになっても、「唯一の原爆被爆国」を言いながら、同条約に反する姿勢を変えない「日本政府」は、日本国民の意思を踏みにじる。 
 その日本政府に対して広島の被爆者各団体をはじめ、全国の核兵器廃絶を目指して取り組んでいる各種団体、多くの国民が同条約への批准・参加を求める声を上げ、さまざまな運動を展開している。25日には広島の平和記念公園で、広島県知事、広島市長も参加して原爆ドーム前で集会が開かれ、同条約への批准国・地域が50に達したことを踏まえて、背を向け続ける政府に対して批准・参加を求めた。 
 
 あらゆる種類の核兵器の全面的かつ完全な廃絶をめざす市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(共同代表:森瀧春子、青木克明、足立修一)は、10月25日に「ヒロシマは核兵器禁止条約の発効確定を心から歓迎する」声明を発表した。その全文を記したい。 
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 本日(現地時間10月24日)、核兵器禁止条約の発効が確定した。50カ国目の批准国となるホンジュラスが批准書を寄託したことによる。同条約は、90日後の2021年1月22日に効力を生ずることとなった。 
 
核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)は、このことを心から歓迎する。 
 
 1945年8月のアメリカによる広島・長崎への原爆投下から75年間、ヒロシマ・ナガサキはその未曾有の非人間的悲惨の極限をもたらされた体験から核兵器廃絶を訴え続けてきた。これらの爆撃では、市民に対する無差別殺戮が行われ、日本の植民地支配の結果、日本に強制動員された朝鮮半島出身者や連合国の捕虜も犠牲となった。 
 
 核兵器禁止条約は、このような核兵器の使用による非人道的影響に着目し、核兵器を違法な兵器とし、その開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶を規定し、これまでの核による人間や環境への被害への支援、保障をを求め、これにより、核兵器が存在する限り生じる危険性を一切排除するものである。 
 
 私たちは、「同じ思いをもう2度とさせたくない」と願う被爆者とともに、同じ思いの多くの国々や国連、国際赤十字・赤新月社運動、ICANなどのNGO団体とともに核兵器を法的に禁止することを求めて赤十字国際委員会や核不拡散条約(NPT)再検討会議など国内外で訴えてきた。条約の発効確定は、このような活動の一定の到達点として、新たなスタートに立つべき決定的な歴史的意義を持つものである。 
 
 今、核兵器をめぐる世界の状況は米露が核軍縮のための各種の条約を失効させ、小型核兵器の開発、実験使用の道を進めるなど、核戦争をもたらす危機的状況にあるが、この動きを世界中から包囲し封じていかねばならない。 
 
 日本政府は、アメリカの核の傘に依存する安全保障政策を執り、核兵器禁止条約は、日本の安全保障を弱体化するものとして、同条約に署名しないとの態度を示している。 
 
 しかし、核の傘に依存するというのは、核兵器の使用を前提とするもので、ひとたびの核兵器の使用が連鎖的な使用に繋がり、ひいては、地球環境の気候変動により、人類、否、生物の生存自体が危険にさらされる事態を招来することが懸念されるのである。本年は、新型コロナウィルス感染症の世界的流行により、これまでに115万人もの人々の命が奪われた。軍事力をいくら強化しても、人々の命が守れない事態が起こっている。 
 
 日本の市民は、約7割が核兵器禁止条約に参加すべきとしている。 
 
 私たちは、日本政府に対し、核兵器禁止条約に一刻も早く早期に署名・批准することを求める。 
 
 私たちはヒロシマから希望を持ってこの画期的な核兵器禁止条約の発効を心から歓迎し、核兵器廃絶への道に力を結集していくことを表明する。 
  2020年10月25日  核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA) 
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 『火幻40周年記念合同歌集』から筆者の読みによる原子力詠を読み継いでいく。 
 
水欲りて死にたる被爆者の呻き声聞こゆる想いす元安川面 
花見酒に酔いしれる人ら地底より聞こえずや被爆者の呻き 
                     (2首 清中勝枝) 
 
爆死せし九人の葬式同日に取り行うとてわれは困りし 
                     (久保田千文) 
 
ケロイドの顔手術しても今日を生きて会えし友あり逝きしを悼みぬ 
流川の路地に古木の白むくげ花ざかりなりしと八月六日に 
暮れなずむ庭にほのかな夕顔の白きに思いぬ被爆者の姉を 
                     (3首 栗栖 愛) 
 
原爆のケロイドの頬に紅さして花嫁となりし君は今、北國 
青銅の彫刻かと思ううつし絵の被爆者の深き五十年目の眼 
くぐもりて啼く山鳩を巣ごもらせ今年も生きつぐ被爆せし樹々 
殉教と被爆の民の時空こえ重なり響け生命の木霊 
                     (4首 古角明子) 
 
雨に濡れし夾竹桃の血の色に阿鼻叫喚の修羅の顕ちくる 
幾万の人の呻きを塗りこめしアスファルト踏みゆく花の祭典 
                     (2首 河野品江) 
 
名作の『黒い雨』生れし道程を師は恐るなく実証をまとめらる 
「黒い雨」井伏鱒二の「あとがき」無きを淋しみ書棚に置きぬ 
                     (2首 佐々木喜美子) 
 
原爆を永久に伝えて忘れまじと日々朗詠す「心眼」の歌を 
原爆を憎み続けし亡き夫の言葉ぞ迫る八月六日 
原爆に灼かれし人の顔顔顔俤ぞ顕つ三十五回忌 
反核と平和にさきがける火幻会員必ず注目されることあらん 
全世界へ反核アピール響けよと祈り切せつ八月六日 
原爆忌三十八回めぐり来る戦はついに絶えぬこの世か 
被爆せし夫の遺言の反核を一生をかけてわが願いおり 
細るほど願う反核声のみか軍拡路線に心おののく 
非核の三原則は有名無実か不沈空母が首相の口から出る 
                     (9首 佐々木幸枝) 
 
思想なき雲は寡黙に漂いて果てなき核の争い視つむ 
八月の視点は広島に極まりて禎子の像に群れるスニーカー 
                     (2首 西楽紀恵) 
 
被爆者の傷跡えぐる核実験何故に届かぬ平和への叫び 
核の威信信じて行う実験か世界の平和いずこにありや 
世界中の非難を浴びてなおもまた核実験をすると報ずる 
黙々と抗議続ける人々へ無情の雨は今日も降りつぐ 
                     (4首 酒井政子) 
 
被爆の娘さがし歩きし叔母の背のひとしお薄く見ゆる八月 
                     (清水登美子) 
 
白き舗道踏みゆく爪先危うくも空に静止の風とドームと 
人のいのち石のきざはし灼きつけり科消されまじ「死の影」薄るとも 
あやまちの破片生き身に埋らせて夏の傷みの癒ゆる日は何時(いつ) 
核に斃る人の名連なる過去帖に余白の部分思う日のあり 
還されんいのちすべなくも夏来れば夾竹桃の花たわまんばかり 
前歯鳴る悲しみ長き祈りなり一夏(いちげ)またゆく失えるまま 
声かぎり呼ぼう夏空湧く雲に死にたる者と死なざりし者 
人間の無残はむなし薔薇いろの暁け空に放つヒロシマの挽歌(うた) 
蒼白の傷よりしたたる墨痕に君が名確か被曝禍去帳 
相生の川の流れに生きも死もゆららに炎えて夏のかげろう 
                     (10首 小路文子) 
 
八月の怨み深まる地を照らし半月赤く疼く思いす 
                     (重田恒子) 
 
はらはらと散る山寺の百日紅爆死弔うわが白髪の上に 
わが前の朝餉の汁を手向けたし水欲り死にし原爆忌の朝 
被爆せし痛み分けあうこの峡に老い棲む人のみな寡黙なり 
                     (3首 精舎悦子) 
 
夾竹桃の花咲く夏はめぐり来て反核の結実いまだなきむなしさ 
平和宣言形ばかりか中国は核実験を又もつづける 
すくすく成長したる孫二人核戦争に焼かれるなゆめ 
                     (3首 城之内美根子) 
 
軍港地に生き抜きしいましみじみと反核思えり永遠の希いと 
                     (妹尾志津江) 
 
核への怒り苛立ち手にては払えぬ黄砂一日われの視界を濁す 
核保有の均衡破らるる日のために地下深く街を造る国あり 
閃光に灼けただれたる瓦いま発掘せし娘の白き掌にみる 
過去帳に書き加えらるる被爆者の手垢が染みし手帳返さる 
                     (4首 曽根智子) 
 
閃光に焼かれし皮膚をぶらさげて呻きさまようこの世の人か 
骨片が土に埋もれし広島に夾竹桃吹き過ぐ旋風 
原爆の修羅を見しより幾十年飽食の世を慎しみ生きる 
火の町を逃れし人の避難跡つつじは赤し広島遊園 
慰霊碑前白髪なびかせ座す人のいのちをかけし反核の道 
平和願う折鶴焼かれて無惨なり生きたかりにし少女の祈り 
死の灰に倒れし友は若かりき農に老ゆわれ五十回忌迎う 
核実験強行するフランスに怒りの炎トンド竹爆ず 
                      (8首 田中蔦江) 
 
原爆の記憶せざる五十年あまたのみ霊思えばせつなし 
遠くより友の訪ねし資料館胸つまらせて共にめぐりぬ 
爆死せし友の眠れる慰霊碑にこうべをたれて学び舎偲ぶ 
                      (3首 田中光子) 
 
ヒロシマの七つの川は死なざりき青澄むそこいに悲哀つきざり 
                      (田中綾子) 
 
閃光に灼かれし広島無惨なり毒だみ草の十字花に佇つ 
                      (田辺朝代) 
 
戦争は「アニメ」じゃないと綴る孫核なき平和極めて生きん 
夾竹桃に蟻累累と暗く登る被爆の霊のうごめくに似て 
かえり来て水を浴びませ被爆の霊よ噴水高く銀にかがよう 
被爆の惨晒しつつ語るかたり部の声しみ通れ日本列島 
                      (3首 田原万寿子) 
 
原爆ドームに世界平和の希い込め永久保存の企画尊し 
原爆の恐怖を示すドームなり永久保存は平和の礎 
                     (2首 高橋千里) 
 
 次回も火幻の合同歌集を読み継ぐ           (つづく) 


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