2021年01月23日11時31分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202101231131576

文化

[核を詠う](320)波汐國芳歌集『虎落笛(もがりぶえ)』を読む(2)「人類の危機を読むわれ 人類を惑わすとして捉えらるるや」    山崎芳彦

 前回に続き波汐國芳歌集『虎落笛』の作品(筆者の抄出)を読み続ける。読むほどに波汐さんの短歌作品の原発被災に対する怒りと、原発の存在を許せない、原発を福島のみならずこの国に存在・稼働させてきた核マフィアを決して許すことができない、そしてその核マフィアの、人々の弱み、苦しみにつけこんで、反人間の「経済成長」路線の餌食にする非道を進めてきた政治・経済グループへの厳しい糾弾の思いの真実に、心打たれないではいられない。 
 
 筆者はいま、政府、経済界の「人命より経済」に重点を置く悪政、失政、無策によって深刻化しているコロナ禍の中で生活しながら、石牟礼道子の水俣病にかかわる作品を読み、また何があろうと核発電の維持・強化を企蘭での妄動の典型ともいえる下北半島への各拠点構想にかかわるレポートを読んでいるのだが、国民主権、民主主義、憲法が、人が人として生きる基盤が、どれほど傷つけられ危うい事態になっているかを考えさせられ、生きてきた八十年、それなりにまともに生きようとして来て、辿り着いた現実に、その歴史に虚脱感を覚えないではいられないという、それこそ自らを貶める思いと格闘しなければならないと思いながら歌集『虎落笛』に励まされている。今年9月以後、2回にわたって入院生活を余儀なくされ、危うく生き延びた筆者だが、「さあこれからだ 涯(はたて)知らねど行く道をたしかめむとしまずけふのあり」(山崎芳彦)と詠ったあとで『虎落笛』を読むことの出来るのは幸せであった。 
 
 『虎落笛』の作品を読む。 
 
  ▼命の分水嶺(抄) 
 じりじりと蝉啼きしきる夏深野吾が命吾(わ)に戻り来し日や 
 
終戦は分水嶺で二分けに命の軽さ 命の重さ 
 
命とはこんなに赤く熱いもの夕べを囲炉裏(いろり)囲んで思う 
 
戦いに負けし軍閥(ぐんばつ) 軍閥に負けし政治が統(す)べしこの国 
 
 ▼夕陽へ続く道(抄) 
CTのトンネル抜けて廊の奥そこにはあなたの死が待っていた 
 
被曝禍に妻も逝きしと思いつつぶらんこ漕ぎて蹴る夕焼けを 
 
逝く汝(なれ)の御霊(みたま)と思う夏蝶のさらばさらばと大見得きるを 
 
福島や花明かり道あの山を越えたる辺(あた)りふと欠くるかも 
 
ああ我の明日のその明日遠退きてずんずん小さくなりゆくが見ゆ 
 
夕間暮れ紛るる泣き虫わたくしを後追うもう一人の私がいる 
 
 ▼炎立つ(抄) 
被曝地の沼にし映る向日葵の首上げ起つに癒えゆくこころ 
 
もぎたての柘榴地に置く炎立つ被曝のおもいも鎮めんと置く 
 
トリチウム流す海とう輝(て)る波のほんとの海がまだ戻らない 
 
福島の魚食(は)みたきを福島に其(そ)をし阻むは如何なる鬼か 
 
橅林を見ず起つ音のさやさやとああ福島に起ちあがらんか 
 
この夕べ窺(うかが)うごとく裏畑の菜の花立てりセシウム立てり 
 
原発事故 自業自得か緋柘榴の嗤(わら)うごときは己へ向けよ 
 
被曝して人住まぬ家連なるをその窓越しに暗き奥見ゆ 
 
稲妻の閃く中に振り向けばセシウムがそこの樹下(じゅか)に来ている 
 
妻逝けば火に葬らるるしきたりのみるみる炎立ちゆく心 
 
放射能に追われて行くを村はずれ角(つの)光らせて振り向く牛ら 
 
遠尾根の溶岩流をみちびかん原発被曝のうつろな胸へ 
 
 ▼五月闇(抄) 
 (二〇一七年六月一五日、参院本会議で「テロ等準備罪」対象の改正組織犯罪処罰法が強行採決される。) 
 
文明の破滅うたえば稲妻の閃き移しに官憲の矛(ほこ) 
 
人類の危機を詠むわれ 人類を惑わすとして捕えらるるや 
 
国のため死ねと教わり征きし吾(あ)に親さえ否と言えぬ世なりし 
 
反原発の歌詠む我を熊笹のざわざわ誰かが追いくるような 
 
たった今誰かが嗤(わら)い ありありと拷問さるる多喜二も見え来 
 
人類の破滅ひた詠む我が歌よ拷問さるれば声あげんかも 
 
歌友の父山本宣治を殺(あや)めたる黒きその手も見えて来る世や 
 
 ▼鬼剣舞面(抄) 
鬼の面かぶりてわれの舞い舞えばセシウムを討つ鬼とならんか 
 
文学賞の鬼の面とぞ其(そ)をかぶり真夜 福島の鬼となりたる 
 
この夜半を炎立つまで鬼剣舞面もてわれは短歌の鬼ぞ 
 
 ▼遺産(抄) 
被曝地に夕顔の苗 夕顔の笑みを次々分けし妻はや 
 
「霊山(りょうぜん)」にあなたと来たねいま訪えば樹の間の向こうに笑うあなたが 
 (「霊山」は阿武隈高地北隅の雄峰。) 
 
妻逝けば雨後の悲しみ止め処(ど)なく雫滴る夕顔の花 
 
 ▼葉牡丹の渦 
「花渦忌」汝(なれ)の化身の蝶ひとつエンゼルトランペットに呼ぼう 
 (妻には歌集『花渦』があり、歌友らは妻の命日を花渦忌と呼ぶ。) 
 
夕あかね何を照らそう 今われにたった一つの寂しい心 
 
ああ汝(なれ)の黄泉(よみ)への潮路波の秀(ほ)の照るを手繰ればやがて尽きるや 
 
この夜寒(よさむ) 此処においでと祭壇の妻の骨壺揺すりてみるを 
 
 ▼地獄島(抄) 
原発爆ぜ噫(あな)すかすかの大熊町そこから何が見えると言うの 
 (福島第一原発は大熊町と双葉町に跨って立地している) 
 
セシウム禍(か)くぐりくぐりし山川や今福島に起ち上がるなり 
 
名も知らぬ大鳥さ庭に啄むをひかる嘴(はし)もてセシウム絶やせ 
 
うつくしまなんて福島 煽(おだ)てにし乗りて揺られて地獄島とぞ 
 
獅子となり吠ゆるわれぞやいつか成る核融合のその悪業(あくごう)を 
 
ああ福島 失いし森呼ぶ声の千切れちぎれて痛みが走る 
 
 〈供唳撞の譜 
 ▼辛夷パレード(抄) 
自らを嗤(わら)うも混じり福島の〈辛夷通り〉に辛夷パレード 
 
福島や辛夷通りの花明かり おお終(つい)の吾(あ)のゴールイン見ゆ 
 
この街に山のふところ深きなれ 手繰り手繰るを辛夷咲く道 
 
 ▼海はピアノ(抄) 
ああ海は乱打のピアノ原発のそびらひた打つ警鐘なるを 
 
大地震に地が揺れ町がこぼるるをこぼれざるものわれにありしか 
 
大津波 さらい残ししをこの浜のくれないカンナ起つ心こそ 
 
海底ゆ未だ戻らぬ霊いくつ陽炎ゆらゆら立ちて招くを 
 
セシウム禍痛々しきを古里の呼んでも呼んでも遠退くばかり 
 
津波後に海が戻るを闇深夜額(ひたい)光らせ死者も来ている 
 
妻が逝き鳴砂の浜に鳴る歌の何処までけば尽きるだろうか 
 
 次回も歌集『虎落笛』を読む。          (つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。