2021年02月03日19時08分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(321)波汐國芳歌集『虎落笛(もがりぶえ)』を読む(3)「原発のメルトダウンに葉牡丹の巻き戻しても癒えぬ町はや」  山崎芳彦

 波汐國芳歌集『虎落笛』からの抄出作品(筆者の抄出)を、前回に引き続いて読み、今回が最後になるのだが、前回の標題に掲出した作品に誤りがあったことを、まずお詫びしなければならない。「人類の危機を詠むわれ 人類を惑わすとして捕えらるるや」を、「人類の危機を読むわれ 人類を惑わすとして捉えらるるや」と誤記してしまった。「詠む」を「読む」に、また「捕えらるる」を「捉えらるる」と誤ってしまったこと、作者とお読みいただいた方々に心からお詫び申し上げます。また、筆者の文章のなかにも、8行目「企らんで」が「企蘭で」に、「核拠点」が「各拠点」に誤記されてもいる。その他にも誤記があることを怖れずにはいられない。ひたすらにお許しを願うしかないし、これから、掲載させていただく作品の抄出、入力作業に誤りのないよう厳しく自戒していかなければならないと反省します。 
 
 歌集『虎落笛』の帯文に次のように記されている。 
 「過酷な冬を潜り抜けて奏でられる 虎落笛。/その透明感は、被曝地福島の地から起ちあがろうとする意思表示だ。復興を願ってやまない福島五部作、ここに堂々完結」」というものである。 
 波汐さんは、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故以後、『姥貝の歌』、『渚のピアノ』、『警鐘』、『鳴砂の歌』、そしてこの『虎落笛』と、五冊の歌集を刊行された。筆者はこの「核を詠う」連載の中で、この五冊全てを読み、まことに拙く行き届かないことを畏れつつ、作品抄出をさせていただくことができた。そのほかに、波汐さんが主宰されている福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』からの多くの歌人の作品の抄出もお許しいただいて、多くの作品を記録することができた。ありがたいことであった。政府や電力大企業の謳う「人間なき復興」を許さず、この国に核発電の存在を許さない、真の復興を目指して詠い続ける波汐さんと多くの歌人の短歌作品を読むことは、拙くとも詠う者のひとりである筆者の喜びであると、『虎落笛』を読みながら改めて思う。作品を読んでいく。 
 
 ▼四季徒然(その一 抄) 
浜昼顔津波に耐えて残りしをそのしたたかさ移さんわれへ 
 
ぶな林はわたしの拠(よ)り処(ど) 福島に水立つ心透きて見ゆるを 
 
夕顔にすがりて宙を攀ずるかも妻亡き夕べのわれの独り居 
 
宙攀じり凌霄花(のうぜんかずら)燃え立つを被曝われらの心ならずや 
 
ほうたるは妻ぞと思うほうたるの命過(よぎ)るをじっと見送る 
 
束の間を六号線の欠けておりセシウム深野に霧立ち込めて 
 
この町の紅葉通りの炎立ち其(そ)に急(せ)かさるる滅びのみちぞ 
 
この箒 もみじ葉付くがゆとりとや著(しる)き汚染の福島を掃き 
 
癌ひとつ熟るる身なれば緋柘榴の裂けて火炎を吐く日のありや 
 
稲妻の閃き移しに福島を原発詐欺師へ売りし為政者 
 
 ▼四季徒然(その二 抄) 
福島やセシウム深野 悔い深野分けてぞゆくを何処までも冬 
 
雪の壕セシウムの壕 福島は何処暴きても鬼の壕とぞ 
 
被曝禍に妻逝きわれの独り居に風のノックが洞(うろ)を深くす 
 
原発のメルトダウンに葉牡丹の巻き戻しても癒えぬ町はや 
 
豆撒きの豆もて討つを福島にセシウムの鬼プルトニウムの鬼 
 
雪積みて撓い撓うを南天の弾(はじき)となりて討てセシウムを 
 
復興へかじかむ指を震わせて笛をし吹かな咽喉翳るまで 
 
原発の町のしこりが解けるがにほら鶯の声ぞこぼるる 
 
セシウムに塞ぐ我が窓ひらけとや友は浅間の春を送り来(く) 
 
木の芽立ちみんな立つから福島の復興も見えて来るようですね 
 
目をやれば吾妻の山の雪兎跳ね出でざまにもう春ですね 
 
セシウムに負けてはおれぬ競(きお)い立つ春一番にわが押さるるを 
 
雲雀雲雀ひかりのつぶて降り降るを精気(せいき)のごときが地に満つる 
なり 
 
啓蟄の虫らも揺りてこの荒野福島にこそ吹けファンファーレ 
 
 ▼ゆとりある日に(抄) 
朝採(あさど)りのくれないトマトみずみずと希望熟るるを抱(いぢ)くてのひら 
 
津波にも耐えて残りし昼顔の花さやさやと起つ心ぞや 
 
赤裸々なおのれを示せすべすべのそのおのれこそ輝くものを 
 
夕焼けは何も知ってる夕焼けが私に向かって赤んべをする 
 
鮒目高小鳥ら連れて古里に元の小川の戻る日ありや 
 
 ▼鮟鱇の嗤い(抄) 
セシウムは喰っても喰っても尽きないね県外産の鮟鱇嗤う 
 
セシウムら来るなら来(こ)よと吐く火炎 カンナの花の咲き極まるを 
 
セシウムは賊にしあればキラウエアの溶岩流を其(そ)にみちびかん 
 
花火爆(は)ず 福島の空傾きて火がこぼれたり闇こぼれたり 
 
目指したる原発成らず津波にも遭わぬを怪我の功名とせん 
 
原発を招きし人らシジフォスの刑として受けよその廃炉こそ 
 
 ▼原発へのノックと応答(抄) 
 (嘗て、「未来にノック過去世にノック」しつつ、東電福島第一原発を訪い  しことあれば、) 
原発は我のノックに答えてや惨あり惨の凄まじきかな 
 
核融合終(つい)の目標と学者言う太陽盗むその愚かさを 
 
原発に問いしは幾つ原発の終を答えし一つも無きに 
 
原発の送電線が延びる丘手繰っても手繰っても尽きぬ冬なり 
 
ノック幾つしつつ原発訪いし吾(あ)にこたえはうつつとなりし惨はや 
 
うつくしまなんて福島 原発の爆(は)ぜてだぁれも居ない町です 
 
 ▼奔馬鞭打つ(抄) 
奔馬はや雲にし乗れよ被曝禍の福島盆地蹴り立て蹴り立て 
 
わが奔馬尻向けて蹴れ福島を其(そ)が泣き濡れて後ずさるまで 
 
烈風に撓い撓うを奔馬の背コロナウイルス討つ矢番えよ 
 
 ▼雪解水の詩(抄) 
起ち上がれ起ち上がれとぞ雪解けの阿武隈川に言うのみならず 
 
風の夜を阿武隈川の音聴こゆ天ひた分けて流るる聴こゆ 
 
古里に流るる川よゆったりと我の中より歌をみちびき 
 
 ▼続文明論 
大地震(ない)に地は揺れ天も傾きてこぼれこぼるる文明ぞ ああ 
 
文明をとどめんとてや道沿いのサルビアの朱(あけ)われにつらなる 
 
文明は滅びへのみち真っすぐに台風までも運んで来るか 
 
火事あれば死者出(い)ず死者の当然に文明は今殺人者だね 
 
 ▼コロナ来襲(抄) 
文明よ何で急ぐの外(と)つ国ゆコロナウイルス運びて来るを 
 
子等と吾(あ)に別離の如き空間を其処に置くかやコロナウイルス 
 
人類の終(つい)をとどめん術(すべ)なきや累々と迫るコロナ来襲 
 
新型コロナウイルスの渦 大渦にざぶりと令和も巻き込まるるや 
 
 ▼戦争末期世代 
教育は銃剣よりも閃きて攫い攫いしわれの青春 
 
鴻毛の軽き身なんて謳われて戦闘要員に組み込まれしか 
 
戦友(とも)の地の新燃岳の溶岩流 われのマグマに連ね見る日や 
 
 ▼コロナの諸相(抄) 
カミュ氏の「ペスト」を憶う 近くまでコロナを運ぶ文明憶う 
 
放射能運びくるなと疎まれし児に重なるをコロナ運び屋 
 
指濡らし捲(めく)る紙幣のひたひたと死の運び屋のコロナ近づく 
 
福島や私の深み何処らまで下りればコロナの底つくらんか 
 
 ▼風に起つ(抄) 
妻逝きて支え無くしし身にあれば烈風のなか撓うる一樹 
 
復興へ両手の拳(こぶし)握りたり希望さらさら零す(こぼ)さぬように 
 
「すさのお」に負けてはおれじ阿武隈川朝の陽浴びて大蛇となれよ 
 
山の井に汲むを精気の限りなし病なんぞに負けておれるか 
 
烈風に削がれ削がるる裸木の芯持つわれか九十五歳 
 
風のなか反(そ)りつつ立つを噴水の何にも負けぬ心見よとや 
 
 ▼負けないぞ 
負けないぞ負けてたまるか何処までも橅林のなか水起(た)つこころ 
 
海よ其(そ)は選びし舞台 老いトドのうおーと吠えてがばと伏さんか 
 
 波汐國芳歌集『虎落笛』の作品を抄出させていただいてきたが、今回で終る。次回も原子力詠を読み続けたい。          (つづく) 
 
編集部よりお詫び 二首目の「ぶな林」は正しくは漢字「ぶな」ですが、システム上漢字の「ぶな」が文字化けしてしまいます。やむを得ず「ぶな」をひらがなで開きました。 


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