2021年03月02日20時26分掲載  無料記事
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文化

〖核を詠う〗(323)「朝日歌壇」(2020年1月〜12月)の入選作から原子力詠を読む(2)「寒村ゆえに核のゴミ十万年と二十億円のてんびんゆるる」 山崎芳彦

 前回に続いて「朝日歌壇」の2020年7〜12月の入選作品から、筆者の読みによって原子力詠を抄出する。2月13日の深夜に東北を中心に広範な地域に地震が起きた時、筆者は10年前の福島第一原発の事故を思って、テレビにかじりついた。多くの人々も同じだったに違いない。大きな揺れだったので、茨城に住む筆者に安否を確かめる電話をいただいた。その時の報道では、福島原発、茨城の東海第二原発、その他東北の各原発に「異常はない」と報じられた。しかし、その後になって、福島原発3号機建屋に設置されている地震計2台がいずれも故障していて、震度6強の大地震のデータが記録されていなかったことが明らかになった。驚くことに昨年7月にそれらの地震計の故障が分かっていながら修理をしていないままであったということが、22日の原子力規制委員会の検討会で報告されたというのである。東京電力には原発を動かす資格も、廃炉作業を進める能力や真摯な姿勢もないことが明るみに出たというべきであろう。単なる地震計の故障、それを5カ月にわたって放置したこととして済まされることではない。東電の原子力発電の歴史を浮き彫りにしている。 
 
 多くの労働者に危険を伴う作業を強い、福島県民に廃炉に伴う事故を危惧されながら、先の見通しも、技術の開発も、さまざまに残されている課題の解決方針も持たないまま、分かっている地震計の修理さえ行わないまま、震度6強の地震データを記録できなかったのである。この東電に福島原発の廃炉作業を任せている政府の責任も重大だ。かつてどれほどの事故・機器部品の老朽化・危険事象の隠蔽、改竄、偽装を重ねたかを、そして遂には3・11原発事故を起こしたかを知らないはずがない。原子力依存・推進の政府、経済界とそれに追随する各界による原発・原子力社会の維持・推進の妄動は許し難い。 
 
 福島原発告訴団の団長、原発被害者団体連絡会の共同代表、3・11甲状腺がん子ども基金副代表理事として反原発の活動に渾身の活動を続けている武藤類子さんの『10年後の福島からあなたへ』(2021年2月15日発行、大月書店刊)を読んだ。2012年5月〜2020年3月までに書いた文章が17編収録されている。まことに貴重な記録、原発被害者としてたたかい続けている武藤さんの全国の人々への呼びかけを、大切に読ませていただいた。 
 
武藤さんは同書の「はじめに」の中で次のように記している。 
 「この10年間、福島原発事故を体験した者として、事故の責任追及を続けているひとりとして、多くの方に話を聞いていただき、文章として読んでいただいた。(この本を)みずから読み返してみても、あまりに多くのことが解決せずに、あるいはますます悪化してゆく現実があることに茫然としてしまう。/こんな絶望的な現実の中では、目を閉じ耳をふさぎたくなってしまうかもしれない。でも、まやかしの『夢』や『希望』に惑わされないためには、一度この絶望を、目を凝らして見つめなければならない。こんなにも理不尽なこと、酷(ひど)いこと、絶望的なことが起きているのだということを認めたうえで、その中に光を見出せると信じて、あきらめずに抗(あらが)いつづけたい。」 
 
 また、「おわりに」のなかで、次のように記している。 
 「事故後1年を過ぎたころに、おぼろげながら感じていたこと。/真実は隠されるのだ/国は国民を守らないのだ/事故はいまだに終わらないのだ/福島県民は核の実験材料にされるのだ/莫大な放射能のゴミは残るのだ/これらのことは。10年という月日の中で、さらに具体的に現実となって目の前にあらわれてきた。/いまも原発は重要なベースロード電源と位置付けられ、地球温暖化対策にも利用される勢いだ。西のほうから始まった原発の再稼働は、東海第二、女川、柏崎刈羽と、福島のまわりにも迫っている。六ヶ所村の再処理工場も再開に向けて動き出している。事故を起こした東電までも、その責任を取らぬまま原発を再稼働しようとしていることに愕然とする。」 
 
 「福島第一原発で発生したALPS処理汚染水について、国は海洋放出が唯一の処分方法だと結論づけ、漁業者や県民の反対を無視し、海へ流そうと躍起になっている。また、除染土を全国の道路や農地で再利用しようという計画も立てられている。農地に除染土を埋め、覆土して植物を栽培しようというのだが、はじめは花や燃料用途の植物など、食べない植物の栽培だったものが、いつのまにか野菜の栽培になり、さらには覆土もせず栽培するという実験がされている。」 
 
 「事故から1年後の国会で、全会一致で成立した議員立法による『子ども・被災者支援法』に大きな期待を寄せたが、自民党政権に代わると支援法は空文化され、その理念はことごとく無視された。避難指示解除とともに避難者への賠償や支援はどんどん打ち切られ、多くの避難者は大変な努力で自立しなければならなくなった。しかし、避難による就職の困難、生活苦、精神的重圧によって、自立したくてもできない人々もいる。(略)彼らの状況は自己責任なのだろうか。責任があるとすれば、それは真っ先に東電と国にあるはずだ。/その東電の事故当時の経営陣に対する刑事責任について、2019年、東京地裁は『全員無罪』と判決した。」 
 
 「事故の被害を不可視化し、被害者を切り捨て、放射線防護を大幅に緩め、原発事故の責任をあいまいにし、原発関連企業に利権を許し、その復活と存続をねらっている。これが10年の月日をかけて、周到に準備されてきた結果なのだろうか。/でも私は、仕方がない、こんなものだとあきらめることなど絶対にしたくない。/この複雑で見えにくくなった現実に対して、私たちがいまからでもしなければならないことがある。/地球を構成する一員として、これからその存続を担う子どもたちの命と健やかさ、賢明さを守ること。/原発事故の責任と真実を明らかにして、その教訓をしっかりと伝承すること。/原発の収束・廃炉作業を、前の時代を反省し、新しい時代を迎えるための壮大な価値ある後始末だと位置づけ、安全を確保し時間をかけた作業にすること。/すべての被害者が生活を取り戻し、幸せに生きられるサポートを考えること。/省エネや暮らしのありかた、エネルギー政策のありかたを問うこと。/これ以上の環境破壊をしないこと。/それらの議論に常に国民が、とくに若者が参加できること。」 
 
 武藤類子さんの『10年後の福島からあなたへ』から、筆者の拙い引用をさせていただいてしまったが、福島原発事故後のこの10年について、系統的に考える、自らの原発との向き合いについて考える、そしてこれからの原発ゼロの社会に向かって自分がどう生きるか、原発問題を梃子として多くのことを考えるためにも、貴重な、有意義な一冊だと思う。できるだけ多くの人々に読まれてほしいと願う。 
 
 「朝日歌壇」の2020年7〜12月の入選作品から原子力詠を読んでゆく。 
 
 ◇7月◇ 
忘れてはいぬかと千基ものタンク立ち続けてるトリチウムの鬱 
                 (高野公彦選 福島市・美原凍子) 
 
避難所と我が家の風呂の深ささえ馴染めぬままに九年が過ぎぬ 
                 (佐佐木幸綱選 二本松市・開発廣和) 
 
認知症と死亡で二人をうしない四十七人になったロス支部被爆者 
                 (高野選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
燃料棒抱いて妖しくゆらめきぬ冷却プールの青き静謐(せいひつ) 
                 (永田和宏選 霧島市・久野茂樹) 
 
 ◇8月◇ 
トリチウム分離技術も安価なる放出案にはかなわないのか 
                 (永田選 福島市・青木崇郎) 
 
除染後に敷かれた堅い土塊(つちくれ)へ緑生い立つとうとう九年 
                 (佐佐木選 福島市・米倉みなと) 
 
原発の壊れた建屋そのままに歳月だけが流れる福島 
                 (馬場あき子選 三郷市・木村義煕) 
 
『黒い雨』よりも『荻窪風土記』がほんとうは好き今日鱒二の忌 
                 (佐佐木選 水戸市・中原千絵子) 
 
七十五歳(ななじゅうご)を引けば少年少女なり「黒い雨」を訴えし人ら 
                 (永田選 大和郡山市・四方 護) 
 
 ◇9月◇ 
瞬間の強き光は石壁に人を影としたましひ消しぬ 
                 (永田選 岐阜市・後藤 進) 
 
原爆の地をふるさとに持つ父の八月六日静かなる背な 
                 (馬場選 明石市・小田龍聖) 
 
「黒い雨」再検証を言ふ首相 山ほどされるべき側が言ふ 
                 (高野選 京都市・森谷弘志) 
 
終(つい)の日は郷里に還ると決めている原発事故で汚されていても 
                 (永田選 いわき市・多田千恵) 
 
原告の喜びどこへ黒い雨に寄りそふとふ舌上告をせり 
                 (永田選 東京都・佐藤雅子) 
 
この夏に「棄民」つて言葉二度聞きぬ残留孤児と福島の人 
                 (馬場選 和歌山県・石垣田鶴子) 
 
 ◇10月◇ 
寒村ゆえに核のゴミ十万年と二十億円のてんびんゆるる 
                 (馬場選 帯広市・小矢みゆき) 
 
地の底に花火工場あるがごといっせいに上(あ)ぐ曼珠沙華の炎(ひ) 
                 (高野選 福島市・美原凍子) 
 
九年半汚染土袋(フレコンバッグ)はまだ積まれ一万二千個の仮死の土あり 
                (馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
 ◇11月◇ 
大漁旗はためく海へなぜ流すうすめたってうすめたってトリチウム 
                (馬場・高野共選 福島市・美原凍子) 
 
稲作の最後の年になる水田豊かな稲にさよならの風 
                (佐佐木選 福島市・新妻順子) 
 
寒村ののるかそるかの原発に未来預けし福島の今 
                (佐佐木選 福島県伊達市・佐藤 茂) 
 
人類史六万年なり十万年保管するてふ原発廃棄物 
                (高野選 羽咋市・北野みや子) 
 
トリチウム、デブリ、核のゴミ原発の落とし子はみな世紀の迷子 
                (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
批准国地図上見れば小さくも核兵器禁止へ五十の重き 
                (馬場選 柏市・菅谷 修) 
 
富岡町の無住の寺の本堂の反原発の大きなポスター 
                (馬場選 いわき市・馬目弘平) 
 
百歳の母の部屋から聞こえくる小さな声の「長崎の鐘」 
                (佐佐木選 高松市・島田章平) 
 
フクシマの無人の街の晩秋の被曝塗(まみ)れの蛇がさまよう 
                 (馬場選 いわき市・馬目弘平) 
 
 ◇12月◇ 
俺(お)らの海さ捨(なげ)ることしか考えねえ福島原発溜る汚染水 
                 (馬場選 所沢市・風谷 螢) 
 
逃げる場なき島から見つむ再稼働容認派の長選ばれゆくを 
                 (佐佐木選 佐渡市・藍原秋子) 
 
税金と電気代にて莫大な原発事故の経費を賄う 
                 (高野選 三郷市・木村義煕) 
 
 次回も原子力詠を読む              (つづく) 


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