2023年08月16日15時08分掲載  無料記事
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文化

AIという妖怪に立ち向かえるのか 宇崎真

 全く久しぶりにバンコクで映画館に入った。トム・クルーズ主演の話題作「ミッション・インポッシブルーデッドレコニング Part One」というスパイ諜報戦のアクション映画である。勿論その宣伝に一役買おうということではなく、トム・クルーズが動転境地の危険なアクションをスタントマンでなく全て彼自身が挑戦したシーンを見たかったからである。一貫して彼は自身の肉体と精神力で信じられないリスクを冒していく。そこにトム・クルーズのファンは痺れ次作を期待する。 
 
▽全米映画俳優協会のストライキ 
 この最新作は61歳を数えた彼の危険なアクションの集大成でもあるという。数百米もあろうかという断崖絶壁からバイクで飛び降りパラシュートで目的地に舞い降りる。そのスカイダイビング訓練を事前に500回こなしたという。 
 この映画に当然CG(コンピューターグラフィック)やAI(Artificial Intelligence人工頭脳)も使用していると見えるが、彼の命懸けのアクションは本人の生のスタントだそうだ。 
 昨今AIが大手を振って世界中に跋扈してきた。5月の脚本家によるストライキは全米映画俳優協会(16万人加盟)のストライキに発展、映画ドラマなどの制作に大きな影響を与えている。映画制作は総合芸術であり極めて多様多種のスタッフの参加によって成り立つ。大道具、照明、衣装、メイクアップ等などの支えは不可欠である。 
 AIに必要な情報を入れていけば、映画の脚本も出来上がる。俳優の全身のスキャンをとりコンピューターを駆使してその俳優の「デジタルクローン」を創ってしまう。そうすば、スキャン作成時のギャラを払えばあとはクローンを勝手に使うという事態になる。これでは生身の脚本家、俳優はたまったものではない。 
 トム・クルーズはあくまで生身のスタント演技にこだわっているから当然「デジタルクローン」の出演に道をひらくAIには批判的である。 
 我が国でも今年5月以来俳優や音楽家が加盟する全日本芸能者協会が AI使用の脅威を訴え「新たな法的制定」を提言している。俳優の「デジタルクローン」への警戒、「声の肖像権」確立などを呼び掛けているが、アメリカのようなストライを含む直接行動は起きていない。 
 この妖怪は始末が悪い。かつて産業革命期の英国では「ラッダイト運動」と呼ばれる機械打ちこわし運動が起きた。繊維機械の出現で失業の危機を感じ取った手工業職人らは直接行動にでたのだ。ロボットは人工知能の高度化を得て生の人間の領域を次々に侵犯するようになっている。かつてロボット排斥運動を起こしたグループもあった。機械もロボットも目にみえるモノであり攻撃の対象となり得る。しかしAIは打ち壊す物的対象とならない。それだけに厄介なのである。 
 
▽AIで「私の夢まで壊された」 
 AIという妖怪は気づかぬうちに人間社会のあらゆる分野に浸透してきている。気づいたときには自分の職種、職能、技能、良心、自尊心が否定され、生きていく希望までが打ち砕かれていくケースが既に我が国で発生している。 
 「自殺の名所」といわれてきた風光明媚な福井県東尋坊で今年6月、二人の若い女性が自殺を図ろうとした。この二十年来「命の防波堤」活動を続けてきた茂幸雄氏から聞いたケースである。一人は在日外国籍の十代、東海地方の芸術大学の一学年在籍で、断崖絶壁の先端で座り込み、その姿様子から「自殺企図者」と判断された。話しかけたら急に泣き出したので保護、しばらくして次のように打ち明けてくれたという。 
 「高校時代は描いたイラストが全国表彰も受け、先生の推奨で芸大に進んだ。入学3か月目に授業にAIが導入され、その凄さと恐ろしさにビックリした。描こうとするテーマを入力するだけで素晴らしい絵が現れるし、数日かかる研究活動も10分でAIがやってしまう。大学進学用の800万円分の奨学金が借金として残っている上に好きな絵でやっていく自信を失くした。将来が見えずここで自殺しようと思った」 
 別のケースは、関東在住の二十代の女性。東尋坊の最寄りの三国駅から茂氏主宰の「心に響く文集・編集局」に電話がかかってきた。「現在うつ病、不安障害、パニック病、ADHDなどの精神障害があり一日に12錠の薬を飲んでいます。関西の芸大を卒業しましたが、授業に AIが導入されてから私の専攻のアニメ、マンガ、ゲームは全てAIにとって代わり私の能力など発揮する場所がなかったのです」。 
 この女性はギャンブル癖があり、「小金持ち」の父親の援助もあったが結局300万円もの借金を負うことになりもう死ぬしかないと思い詰めてしまったという。 
 茂氏は語る。「AIによって能無しとされ私の夢まで壊されてしまった、という若い二人の 
言葉がいつまでも心に刺さっているのです」。 
茂氏のグループの「命の防波堤」活動は二十年で計800人の自殺をくい止めてきた。「はっきり言えるのは、本当に自殺をしたいと思っていたひとは一人もいなかった」との彼の言葉は重い。 
 AIの脅威だけではすぐに自殺には結びつかないだろう。生活苦、精神不安が重なり募ったときにAIは断崖絶壁から背中を押す悪魔にもなるのだ。 
 
 
 
 
 
 
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