2006年03月05日12時08分掲載  無料記事
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日中・広報文化交流最前線

中国人の日本留学110周年と魯迅 井出敬二(在中国日本大使館広報文化センター長)

 1896年に清国政府が日本に初めて13人の留学生を派遣してから、本年は110周年にあたる。20世紀初頭の最盛期には、1万人近くもの中国人留学生が日本にいたという。黄興、秋瑾、陳独秀、李大?、魯迅、周恩来、郭沫若などの近代中国の著名人が日本留学を経験した。 
 
 1978年の改革・開放政策開始から2004年までに約81万人の中国人が海外に留学し、内約20万人が勉学を終えて中国に帰国したそうである。残りの海外にいる約61万人の内、約41万人がなおも勉学中、約20万人が外国で就職などしたそうである(中国教育部発表)。多くの中国人留学生・研修生が日本にも赴いた。日本には8万592人の中国人留学生(2005年5月1日時点、独立行政法人日本学生支援機構調査)がおり、その他に2万3482人が日本語学校で学習している(2004年)。つまり10万人を超える中国人の若者が日本で学んでいる。 
 
▽1世紀前の魯迅が今の私たちに与えるメッセージ 
 
 魯迅は、1904年から1906年まで、仙台医学専門学校(後の東北大学医学部)に留学した。昨年(2005年)9月、北京の魯迅博物館で「魯迅の起点:仙台の記憶」と題するシンポジウムが開催された(魯迅博物館、東北大学、日本大使館、仙台市の四者共催)。魯迅の仙台での暮らし・考えを探る中で、浮かび上がってきた重要テーマは、民族主義にどう向かいあうかであった。 
 
 2004年秋、東北大学出版会から「魯迅と仙台〜東北大学留学百周年」という本が出版され、2005年夏に改訂版が出版された。孫郁・魯迅博物館館長が次の序文を寄せている。「私は以前から感じていたが、中国人であれ日本人であれ、魯迅を本当に理解した人は、中日両国文化の深層の姿を理解しており、民族主義に揺さぶられたりすることはあり得ないであろう。世界で、種族主義や民族主義が表に出てくるような時には、中日両国の知識人は各種の反歴史的な、反進歩的な潮流に対して抵抗する責任がある。」 
 民族の問題については、筆者も次の文を同書の序文として寄せた。「魯迅は、漢民族を愛し、同時に問題点も含めて漢民族とは何かについての論考を残している。国際的な活動を通じて、相手の民族について考えるとともに、自分たちの民族についても考える態度は、当時でもそして現在でも、非常に貴重である」 
 
 東北大学関係者と魯迅博物館の尽力、また国際交流基金等の支援も得て、中国大百科全書出版社から、同書の中国語版も出版された。 
 
▽元日本留学生達のネットワークの広がり 
 
 1990年代から北京では、「留日学人活動站」、「欧米同学会/中国留学人員連誼会・留日同学会」といった、元日本留学生達のネットワーク、同窓会的な組織が活動している。前者は1千人以上、後者は約5百人の元日本留学生・研修生のメンバーを擁している。 
 ここ2、3年は、神戸大学、東京大学、広島大学、一橋大学、早稲田大学等が北京に事務所、拠点を設置したり、学長・総長級の幹部が訪中し、北京にいる同窓生のネットワークを構築しつつある。 
 
 2004年末に北京で開催された九州大学の同窓会に招かれた筆者は、郭沫若の令嬢の郭平英女史と話す機会があった。郭沫若は九州大学医学部に留学しており、郭女史はいわば「名誉同窓会員」として、九州大学の同窓会に招かれたのであった。 
 彼女が館長を務める郭沫若博物館や、孫郁氏が館長を務める魯迅博物館が、狭隘な民族主義を排し、日中の相互理解と友好を育む拠点になるように期待していると、筆者からは両館長に伝えている。両館長とも日中の相互理解と友好を深めていきたいとの希望を共有してくれている。 
 
▽2006年の企画 
 
 中国人の日本留学110周年にあたる2006年を、どのように記念するか、北京では、日本大使館と関係者で、相談している。記念会議や写真展の開催、元留学中国人の活躍振りについての記念本の出版等、色々な案がある。日中双方の交流団体、学界、経済界等からの協力も仰ぎつつ、これらの企画を実現させたい。元日本留学・研修生達の心中には、中国の発展のために自分達が努力し貢献してきたことを、中国国内に説明したいという気持ちもあるようだ。 
 北京の日系企業で働いている、ある元日本留学生は、流暢な日本語で「私は日本で勉強させて貰ったので、日本に恩返しがしたい。日本に住んで、日本のこともよく分かっているので、多くの中国人にも説明したい。友好のための企画には、ぜひお手伝いしたい」と筆者に語ってくれた。  (つづく) 
 
 筆者注:その後、2006年6月5日の中国教育部の発表によれば、1978〜2005年末迄に中国から外国に留学した総数は、約93万3400人。その内、留学を終えて中国に帰国した者は、23万2900人。約70万5000人が外国で留学中あるいは就職。外国に留学した者の内、約9割が自費留学生の由。 
 2005年に外国留学のため出国した中国人は約11万8500人。内訳は、中国の国費留学生は3979人、職場からの派遣が8078人、自費留学が10万6500人。同じく2005年に外国留学を終えて帰国した中国人は約3万5000人。 
 中国にいる外国人留学生は、14万1087人。どの国からの留学生が多いかというと、多い順に韓国、日本、米国、ベトナム、インドネシアの由。 
 
*井出敬二(いで・けいじ):1980年外務省入省。OECD日本政府代表部一等書記官、在ロシア日本大使館広報文化センター所長・参事官(報道担当)、外務省アジア大洋州局地域政策課長、経済局開発途上地域課長を経て、2004年2月より在中国日本大使館公使・広報文化センター所長(報道担当)。昨年12月に出版した『中国のマスコミとの付き合い方』(日本僑報社)は注目を集めている。 


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