2006年06月18日10時07分掲載  無料記事
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日中・広報文化交流最前線

現代日本を紹介する本が少ない 井出敬二(在中国日本大使館広報文化センター長)

●本を読む中国人は減っている? 
 
 4月23日の「世界読書日」にちなんで、中国人の読書事情について中国出版科学研究所などの調査結果が、中国各紙で報道されている。以下、紹介したい。 
─毎月一回は読書する人(「読書率」):1998年60.4%→2003年51.7%→05年48.7% 
─読書を全くしない人:蘇州67%、北京55%、上海24% 
─読書をする人で、毎年読む本の冊数:平均4.5冊。 
(4月23日付『新京報』、6月2日付『青年参考』等) 
 
●『菊と刀』だけでは日本を理解できない 
 
 中国人が情報を得る経路としては、テレビ、インターネット、新聞、雑誌などが重要であろうが、本の重要性も無くなった訳ではない。 
 中国では日本についての本は様々売られている。『電車男』の中国語訳もいち早く書店に並んだ。総じて言えば、戦争関係が多く、戦後日本に関するものとしては、一部の文学、ビジネス、或いは学術的過ぎる本であり、「この一冊を買えば現代の日本が全体として分かる」という一般向けの本は必ずしも中国の本屋の店頭には並んでいないようである。 
 その中で、『菊と刀』(ルース・ベネディクト著)が北京市内の多くの店頭で平積みで置かれている。同書は、中国では16年前から出版されているが、現在では複数の出版社から出版されており、2005年だけで7万冊も印刷されたという。「この『菊と刀』を読めば今の日本も分かる」式の宣伝もある。現代日本について既に知識がある中国人が、『菊と刀』を読んで、歴史的理解を深める参考にすることは結構なことだが、現代日本について知識が全く無い中国人が『菊と刀』だけを読んで現代日本を理解しようとするということであれば、これは困った現象である。 
 
 北京のある大学に勤める日本研究学者の意見だが、彼は、中国の日本研究者達の成果が、中国の一般市民の目に触れられるようには必ずしもなっていないとの観察を述べていた。 
 昨年10月、北京日本学研究センター創設20周年記念行事が北京市内で開催された。来賓として招かれた筆者は、挨拶の中で、「『菊と刀』がベストセラーになっているようだが、考えてみれば、北京日本学研究センターの関係者の皆さんで優れた研究者が多数日本関係の研究を出されているので、そのような業績ももっと中国の一般市民に親しんで貰えるようになることを強く期待している」と述べさせて貰った。 
 5月26日付『環球時報』には劉曉峰・清華大学教授が『菊と刀』が中国でベストセラーになっていることについて非常に興味深い論説を寄せている。『菊と刀』がベストセラーになっていることに関連して、「一人の日本歴史研究者としては、心配しない訳にはいかない。」「日本は戦後、民主主義を確立し、戦前の軍国主義とは根本的に区別される。」「今日の日本を理解するのに、同書を単純に手がかりとするというのは既に問題である。」 
 筆者も、中国の日本研究者達に会うと、是非、一般の中国市民向けに現代日本を分かりやすく紹介した本を書いたり翻訳したりして出版して欲しいとお願いしている。 
 
●中国での図書出版を支援する活動 
 
 日本側でも様々な努力をしている。例えば、国際交流基金は出版・翻訳協力というプログラムにより、中国国内で日本を紹介する図書(勿論中国語で)の出版を既に150点以上支援している。その対象分野は政治、経済、社会、文化と幅広いが、戦後日本を紹介する図書としては、例えば以下のような図書の中国国内での出版を支援している。 
─正村公宏『戦後史:戦後日本の経済と政治』 
─京極純一他『日本の政治』 
─董播興『日本の司法制度』 
─丸山真男他『日本の近代化と福沢諭吉』 
─速水融他『日本経済史』 
─五百旗頭真他『戦後日本外交史』 
 中国人に正しい日本理解を持って貰えるように、いろいろな工夫を組み合わせて、努力していく必要があると考えている。 
 
(本稿中の意見は、筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。) 


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