2006年07月01日18時40分掲載  無料記事
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検証・メディア

小泉首相は教育基本法を読んだことがあるのか? 池田龍夫(ジャーナリスト)

▽「教育基本法改正」論者の責任回避 
 
  事件・事故の多発で社会に暗雲が立ち込めている。格差社会と将来への不安感を多くの国民が抱いているのに、議会政治の無力が嘆かわしい。事故のたびに「平等・自由を強調し過ぎた『教育基本法』によって、道徳心・公共心が欠如したため」との非難が罷り通るのは、政治家の責任回避ではないか。敗戦の廃墟から立ち上がり、新生日本の道標となった犇軌蘋觚性瓩陵念を実践してこなかったことを反省せずに、混迷社会の犖偽Л瓩稜,批判する姿勢は許しがたい。小泉純一郎首相も「教育基本法」のもとで戦後教育を受けた一人だが、いま「基本法改正」に狂奔している人たちは一体、条文をきちんと読んだことがあるだろうか。 
 改憲論議と同様狎衫了代の残滓瓩鳩茲瓩弔院◆崕蕕瓩亡靄榾_正ありき」の論法は危険で、与党案、民主党案が国会審議の駆け引き材料になってしまった現状は憂慮に堪えない。「教育」は、国民の義務であり、権利である。時の政治権力の思惑で「教育」が左右されるようでは、「国家百年の計」を誤る。まず、現行条文と立法の経緯を振り返ったうえで、問題点を探っていきたい。 
 
 「われらは、先に、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する」 
 
 1947年3月公布された「教育基本法」の格調高い前文である。以下、第一条から十一条まで「教育の機会均等」「男女共学」などの指針を規定している。第十条で「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」と強調しているのは、「権力の『教育』への介入」を露わにした戦時教育の轍を踏んではならないとの願いをこめたものと言える。「憲法」と同格の重みをもつ「教育憲章」というべき法律で、明晰・簡潔な文体だ。 
 「米占領軍の押し付け」との批判も根強いので、当時の経緯に触れておきたい。GHQは日本に進駐した45年「軍国主義的・超国家主義的教育の禁止」などの指針を発令。翌四六年に教育使節団が来日して調査報告を提出した。米側の教育理念を参考に、「教育根本法」をまとめようと公的に提案したのは、同年5月文相に就任した田中耕太郎氏だ。八月に「教育刷新委員会」を設置、文部大臣官房室と文案を練り、四七年三月の国会で「基本法」は成立した。GHQとの意見交換で若干の修正はあったものの、日本政府の自主的・自律的な姿勢が貫かれている。 
 
▽自・公・民の牋国心そろい踏み瓠
 
 改めて現行法を精読し、教育指針としての価値と鮮度を再認識させられた。それなのに、今国会会期末に改正案を提出して成立を図ったのは何故か。論議はそこそこにして、絶対多数で倏梓蠅硫正瓩魏未燭修Δ箸琉嫂泙明々白々である。小坂憲次文科相は改正案の趣旨説明で「1947年制定の現行法を取り巻く環境は、少子化や情報化社会の進展などで激変した。国民が豊かな人生を実現し、わが国が一層の発展を遂げ、国際社会の平和に貢献できるよう教育基本法の全部を改正する」と述べたが、明らかに猝椶らまし瓩隆盈重説明だ。「愛国心」を何らかの形で明文化したい意図が、裏に隠されているのである。 
 
 与党案は十八条にも及ぶ長文だが、自民・公明両党の妥協の跡が見え見え。自民党は「国を愛する心」の明記を主張したが、宗教弾圧を戦前経験した創価学会を母体とする公明党が反発。最終的に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」(第二条5項)と、犂麑攤拗瓩里茲Δ癖絃呂鬚任辰曽紊欧襪覆鼻⊂鯤犬離坤汽鵑気目立つ。 
 一方、対案として提出した民主党案も拙速のそしりを免れまい。「日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし……」と、前文に謳った復古調に驚かされた。自・公・民三党の「愛国心そろい踏み」のような印象だ。産経(5・16主張)はすかさず「民主党案もいいではないか」と賛意を示し、読売(同日社説)も「両案の妥協点を探ることができないのか」と好意的論調を掲げていた。しかし、国民的合意のないまま、国会内だけの調整で改正を急ぐのは越権ではないか。 
 
 朝日・毎日・東京(中日)のほか、主要県紙には、「『愛国心』を法律で定めれば、学校現場での強制につながる恐れがある。教育の根幹にかかわる大問題であり、自公民には国民を納得させる説明責任がある。そして、国民的論議を深めてほしい」という趣旨の論調が多く見られた。 
 「戦前の教育への反省から個人の尊厳を重視する理念を打ち出した現行基本法に対し、改正論は古くからあったが、教育勅語を再評価する森喜朗首相(当時)のもとで教育改革国民会議が00年『郷土や国を愛する心や態度を育てる』との報告をまとめ、今日へのレールが敷かれた。自民党文教族らの本音はあくまでも『愛国心』であり、表現をいかに工夫しようとも、国民には小手先の修正としか映らないのではないか」(毎日4・14) 
 「学校で事件や問題が起きるたびに、教育基本法を改正すべきだという声が政治家から上がる。しかし、本当に基本法が悪いから問題が起きるのか、きちんと吟味する必要がある。『国を愛する』ことは自発的な心の動きであり、愛し方は人によってさまざまなはずだ。法律で定めれば、このように国を愛せ、と画一的に教えることにならないか。それが心配だ」(朝日4・14) 
 とにかく、「愛国心」を国家権力が教え込む狎杪改正瓩詫弖找だ。戦前の悪夢を想起するだけで、身の毛がよだつ。 
 
▽画一的猊床銑瓩如∋劼匹癲親を縛る 
 
 少数野党の対応を新聞がほとんど取り上げていないので、目に止まった社民党のメルマガ「福島みずほの国会大あばれ」(5・17号)の一部を紹介しておきたい。分かりやすい言葉で、牴悪法案瓩量簑蠹世鯏確に指摘している。 
 「社会や国を思うやり方はまさに人さまざまです。イラク戦争に賛成することが愛国心なのか、反対することが愛国心なのでしょうか。総理の靖国参拝をどう考えるべきでしょうか。アジアのなかの日本を重視すべきだと発言することは、『反日的』なのでしょうか。米軍のグアムへの移転費用7100億円を日本が負担することを日本政府が合意したことに反対することは愛国心に反することなのでしょうか。……教育基本法改悪法案で、教育の現場でひとつの考え方を押し付けるよう、教員が訓練され、子どもたちが強制されていきます。そもそも生徒が『国を愛しているかどうか』をどうやって教育現場で確認するのでしょうか。結局は学校や教育委員会や政府が決めた『態度』を生徒がそのとおりにするかどうかをチェックするのではないでしょうか。かつて福岡市などの小学校が通知表に『国を愛する態度』を評価項目として設け、子どもたちを採点し、評価していました。通知表の『評価』によって子どもたち、親が明確に縛られていきます。子どもたちの態度、心を『国』が縛っていくのです。……」 
 
 「国旗国歌法」の成立(1999年)以降、その対応をめぐって学校内のトラブルは絶えず、現に何件もの訴訟が起きている。今後、「基本法改正」のお墨付きが得られれば、犂浜教育瓩ますます強まると案じるのは杞憂ではなかろう。 
 「両改正案に共通するのは、十条をめぐる争いに終止を打ちたいということだ。これには、改正が教育の権力統制を招くことにならないかと危惧する意見が教育法学者らから出ている。堀尾輝久・東大名誉教授は『両案とも、政治や官僚の不当な圧力からの独立を目指した当初の立法の趣旨を逆転させる』と話す。現行十条が戦後果たした役割をどう考えるか。『管理強化への歯止め』と評価するか、それとも『教組の教区行政への介入の根拠』と否定的にみるのか。そこが焦点だ」(朝日5・24朝刊)との問題提起は、今後の教育行政を考えるうえで極めて重要なポイントである。 
 
(本稿は、「新聞通信調査会報」7月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です) 


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