2006年08月01日14時26分掲載
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検証・メディア
陸自のイラク撤退〝一件落着〟ではない 再度の国民的論議を 池田龍夫(ジャーナリスト)
「イラク復興特措法」に基づきイラクに派遣されていた陸上自衛隊は、新政府発足を機に6月20日、サマワ駐屯地からの撤退を決定した。米国の強い要請で多国籍軍の一員として初の自衛隊海外派兵(04・1)から2年半、小泉政権は当面〝犠牲者ゼロ〟の撤退で最大のハードルをクリアした。小泉純一郎首相は同日「イラク人が政府を立ち上げ、地域の治安権限がイラク新政府に移譲され、日本の陸自部隊の人道復興支援活動が一定の役割を果たしたと判断し、撤退を決定した。総合的に判断して、私の総理の時に派遣した部隊が撤退できたことは嬉しい」と記者会見で語った。
しかし「終わりよければ、全てよし」と喜べるほど、単純な情況ではない。陸自駐留のムサンナ州の治安状況が比較的良好だったため、治安に当たっていた英・豪軍引き揚げに合わせて撤退に至ったものの、マリキ新政権(5・20発足)の前途は険しい。バグダッドなど各地でのテロ攻撃は沈静化するどころか激化の一途で、双方の犠牲者が激増している。
自衛隊海外派遣をめぐる問題点を探り、〝中間総括〟的な検証を試みる。
▽空自とインド洋給油は継続
サマワからの陸自撤退で、〝一件落着〟と考えたら大間違い。空自はクウェートに留まり、米軍への補給活動を継続する。海自もインド洋での他国艦艇への無償給油を続けている。これは明らかに多国籍軍への後方支援だ。泥沼のイラク戦争が続く限り、全自衛隊撤退は期待できまい。
自衛隊派兵の〝目玉〟は陸自で、10次支援群まで計5500にのぼった。空自は約200人を今後も常駐させ、海自は艦艇2~3隻・4~6百人の洋上勤務を継続するという。駐留経費は一体どのくらいだろうか。陸自の駐留経費(03・12~05・3予算計上)は433億円、空自(同)が83億円となっているが、06年度分を加えた陸自経費総額は743億円に達する。海自の洋上無償給油代(01・12~05・9)が162億円。洋上経費を加算すれば、これまた膨大な負担だ。また、防衛庁の話では、サマワ陸自隊員の危険手当は一日2万~2万8千円というから、延べ5500人の金額も膨大である。
一方、陸自派兵前の2003年秋、国連の和平解決へ奔走していた外交官・奥克彦、井ノ上正盛氏殉職の悲劇を忘れてはならない。またジャーナリスト・橋田信介氏ら民間人3人の死も衝撃的だった。NGOの高遠菜穂子さんら民間人5人の人質事件も惨劇につながりかねない大騒動だった。これらが、〝自衛隊員死者ゼロ〟の結末の陰に隠されてはならない。米軍死者が2500人を超えた現実は悲惨きわまりないが、それと同様の重みで日本人犠牲者に思いを馳せることが必要だ。イラク人死者は米兵の十数倍、4万人以上と推計されるが、その大部分はテロリストではなく一般市民である。〝殺し合い〟による憎悪の連鎖……無謀な戦争で世界は荒廃するばかりだ。
▽国際貢献、援助活動を検証、見直しを
こう考えてくると、「イラク戦争とは一体何だったか」との素朴な疑問に突き当たる。「9・11同時多発テロ」(01年)以降、小泉政権は米国主導の多国籍軍との共同歩調をエスカレートさせた。平和憲法の制約で海外派兵が無理と見るや、テロ特措法、イラク復興特措法(いずれも時限立法)を成立させて、インド洋やサマワへの自衛隊派遣を強行。憲法はもとより日米安保条約に抵触する暴挙だったが、既成事実を積み重ねて、戦後半世紀守り続けてきた安保防衛政策を捩じ曲げてしまった。イラク攻撃の主目的だった「大量破壊兵器」の存在が否定されたあとも、非論理的な弁解に終止した小泉首相には、「日米同盟を隠れ蓑にした対米追従」路線の危険性がつきまとう。
今こそ、自衛隊派兵の問題点を検証し、国際貢献の在り方を真剣に考えなければならない。先に示した巨額の自衛隊派遣費とは別に、イラク復興の分担金49億㌦(約5390億円)が日本に課せられている。EUの分担金15億㌦に比べても、日本の負担額は莫大だ。この49億㌦のうち無償供与15億㌦(約1655億円)は支出済みというが、復興資金として有効に活用されたか否かの検証もされていない。「カネだけ出して、発言権のない日本」であっては困るのである。
「私は海外派兵に反対だが、派兵するにしても、民間開発援助の専門家を中心にし、自衛隊は警備に徹する軍民混合組織を作れば、はるかに効率が高い。また、民間の開発援助チームを武装した民間会社が警備する方式が検討されてもよい。日本では『国際貢献活動イコール自衛隊の活動』という認識が強まるばかりだが、軍事組織に単独で復興援助させるという方式はコストが高く、効率に欠け、国際的に時代遅れである。93年のカンボジア、02年の東ティモール、04年のイラク。自衛隊の海外活動を振り返ると、派兵を支える政府の政治判断は残念ながら後退しているように見える。カンボジアでは武装組織の派遣を求めるニーズがあり、国連統治下で私が県知事を務めた東ティモールでは、日本政府は軍事組織へのニーズが無い中で武装集団を送った。イラクでは『多国籍軍に参加するが、その指揮下には入らない』との幼稚な論理で派兵するに至り、国際貢献の大義に疑問符がついた。十年余りの間に進んだこの政治判断の劣化は深刻に見える。日本社会は、派兵が終わった後にその政策を検証するという作業を、これ以上おろそかにすべきではない」
「イラク自衛隊、『支援』政策の効果検証を」と題する伊勢崎賢治・東京外国語大教授(平和構築)の指摘=朝日7・1朝刊=は、国際紛争の現場指揮に当たった経験を踏まえてズバリ問題点を衝いている。政府内で、海外支援活動の抜本的見直しが急務なのに、地道な反省・検証そっちのけで、「海外派兵に関する恒久法制定」へ目が注がれている現状は嘆かわしい。
自民党の防衛政策検討小委員会が公表した、自衛隊海外派遣に関する「恒久法案」には、「国連の要請がなくても、政府の判断で派遣できる」「海外での治安活動も可能」などと記されている。インド洋やイラクでの〝実績〟をテコに、海外派兵をし易くする狙いが明白である。小泉首相は、在任中の恒久法制定を否定しているが、国民的論議を避けて、与党絶対多数の国会審議だけで法案成立を企む画策を許してはならない。イラクをめぐる国際貢献には、多くの反省すべき問題点が続出し、各方面から改革提言が出ている。国民・国家の命運に関わる重大問題との認識で、慎重に対処しなければならない。
読売・産経は「恒久法」に肯定的だが、「米戦略とますます一体化するという自衛隊が、第二のイラクに安易に派遣されることがあってはならない。陸自の派遣が終了することで『結果オーライ』と安堵するわけにはいかない」(朝日6・21社説)、「イラク復興特措法も憲法論議が未消化のまま自衛隊が派遣された観がある。対米協力に過ぎないとの指摘も一定の説得力を持った。秋の臨時国会では国際平和協力活動を『本来任務』に格上げする自衛隊法改正案が審議される。陸自の帰国後、政治の責任でその活動を検証し改めて国際協力の在り方を議論してもらいたい」(毎日6・21社説)との指摘の重みを踏まえ、国民的論議を深めねばならない重要課題である。
「そもそも自衛隊と民間人の両輪がそろわない状態での派遣だった。……自民党のある国防族は『支援の全体像を描かず、米国追随で無計画に派遣したツケが回った』と批判する。民間人支援に軸足を移し、どう撤退するかを含め、総合戦略を欠いたままの派遣には無理があったと言わざるを得ない」との指摘(毎日6・22『記者の目』)に耳を傾けたい。
ベトナム戦争十年の荒廃を反省したはずの米国が、21世紀初頭に引き起こしたイラク戦争。米国の戦費はベトナム戦争を上回ると懸念され、多国籍軍の負担もまた過大だ。「日本の負担額は湾岸戦争時を上回る」との指摘もあるほどで、イラク国内の戦闘が収束しない限り、戦費増大は必至である。財政危機に喘ぐ米国経済の先行きを心配する声が高まってきたが、〝援助大国〟日本の将来にとっても深刻な国際情勢である。
陸自は無事撤退したが、「イラク戦争と自衛隊派兵の検証、新国家戦略の構築」の重要性を痛感して問題点を提起したつもりで、再度〝国民的論議〟を訴えたい。
(本稿は、「新聞通信調査会報」8月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です)
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