2006年10月01日18時18分掲載  無料記事
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日中・広報文化交流最前線

中国人記者の歪んだ日本認識 井出敬二(在中国日本大使館広報文化センター長)

●ネタは米国発? 
 
 最近、若い中国人記者(北京で発行されているタブロイド版新聞の記者)と雑談をしていて、次のことを言われた。 
 「日本の民主主義は改善の余地がある」「自民党政権が長期に続いていることは、日本の民主主義が不完全である現れである」「日本の民主主義よりも優れている民主主義が他にある」「日本の青年が政治に無関心なのも、民主主義に問題があるからである」 
 
 このようなことを言う中国人はごく少数と言えるだろう。しかし、この若い記者は日本を専門としていないが、日本を含め国際関係の記事を書いている記者である。このような認識を口にする若い記者が、中国のメディアの中でそれなりに重要な仕事をするようになっている。 
 
 筆者からは、日本の民主主義の歴史を戦前から遡って説き起こし説明した。そして、「そのような皮相な評論を口にするのではなく、もっと記者として優先順位の高い仕事に邁進していただきたい」と指摘した。 
 
 以前、中国の活字メディアで、日本の民主主義を揶揄するかのごとき論調を目にしたことがある。「日本にとって自由民主思想は終始外来的なものであり、日本の精神文化に入り込むことができなかった・・・」という記事である(『中国新聞週刊』2005年4月18日号)。その後、この週刊誌の編集部幹部と面談する機会に、筆者は、自由民主というものをどうとらえているのかについて意見交換させてもらった。 
 
 それにしても、中国の若い記者が、なぜ日本の民主主義について冒頭紹介したような認識を口にしたのか、筆者は考え込んでしまった。 
 
 そこで思い出したのは、筆者の同僚である北野充・在米国日本大使館公使の指摘である。北野公使は、ニューヨークタイムズ紙(2005年9月7日付)の報道を問題視している。その報道とは、日本の長期政権は、民主主義国家として日本が不完全だから、と言わんばかりの主張を述べているそうである。 
 
 北野公使は、このような議論の問題に反論する内容の投稿を、ワシントン・タイムズ紙に行った(2005年11月8日付)。筆者の睨むところ、中国人記者の主張は、ニューヨークタイムズ報道と軌を一にするので、早速、北野公使の投稿記事をこの中国人記者にも送付することにした。しかし、米国の問題ある論調が、中国人の記者の考え方に影響を与えているとすれば、困った状況である。逆に、中国人が持つ誤解が、米国その他の世論に影響を与えるとすれば、これも困ったことである。 
 
●広報活動をグローバルに行う必要 
 
 昨年以来、広報活動をグローバルに展開することが特に痛感される。問題ある認識や誤解が、世界のあちこちにボールのように跳ね返り、広まっていくことは防ぐ必要がある。 
 
 2004年2月から筆者は北京で働いているが、既に2004年には「戦後、ドイツは反省したが日本は反省していない」との主張が中国人から聞こえ始めていた。筆者は早速、外務本省と在ドイツ日本大使館の同僚や、ドイツ人友人から情報と助言を仰いだ。 
 
 今では機会がある毎に、筆者からは中国人に対して、戦後の日中関係・日アジア関係と独仏関係・独ソ(露)関係の比較について詳しく説明するようにしている。(つづく) 
 
(本稿中の意見は、筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。) 


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