2006年11月02日14時06分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200611021406084

北朝鮮

北朝鮮の核実験は「世界の終わり」の予兆なのか ヘレン・コルディコット米核政策研究所代表

  北朝鮮の核実験後、米国の核政策研究所(本部・ワシントン)の代表ヘレン・コルディコットは、「世の終わり来たりぬ」と題する一文をカナダのオタワ・シティズン紙(10月21日)に発表した。彼女はその中で、「北朝鮮に関してあらゆる誇大広告がなされる一方で、厳然たる事実として、世界にはまだ何千という米国とロシアのICBMの『砲身』が存在している」と指摘、すべての核兵器の廃棄のため両国が今こそ、1988年にレイキャビックで確立された非凡な先例を推し進めるべき、だと訴えている。この記事はコモン・ドリームス・ドットコムなど世界のサイトに次々と転載されている。(TUP速報) 
 
原題:世の終わり来たりぬ 
ヘレン・コルディコット 
原文:http://www.commondreams.org/views06/1021-24.htm 
 
 北朝鮮の最近の核実験に関連する問題を過小評価することはできません。北朝鮮の山岳地帯での1キロトンにも満たない小さな核爆発(ちなみに広島原爆は13キロトン)の後に引き続いて起きたのは、何百万もの人々が栄養失調になっている、この絶望的に貧しい国に対する、米国の政権による過酷な経済制裁の実施要請でした。それは病的恐怖心にとりつかれた政権をいっそう追い詰めるものでもありましょうが、他方で、核軍備競争が連鎖的に変動して制御不能に陥るのではないかと世界の人々は恐怖の目で見つめています。 
 
 今までにもまして多くの国が核クラブの仲間入りをしようと準備をしていて、核の水平拡散(●)が本当に信じられないほど重大な問題であるにもかかわらず、この星の生命体のほとんどを絶滅の危険にさらし続けるひとつの一貫した顕著な核の脅威が国際社会によって無視されています。 
 
●訳注:核兵器国の数の増大を、核拡散の中でも「水平拡散・横の拡散」と言い、核兵器国が、その保有する核兵器の数を増やしたり質を高めることを「垂直拡散・縦の拡散」と言います。 
 
 事実、世界を核の人質に取っている真の「ならず者」国家はロシアと米国です。世間一般の思いこみに反して、大規模な核攻撃の脅威は事故によるものであれ、人間の間違いや不正によるものであれ、増加しています。 
 
 世界中の30,000発にのぼる核兵器は今日、米国とロシアがその96パーセントを保有しています。これらのうちロシアは米国とカナダの目標に、所有する8,200発の戦略核弾頭の大部分を向けており、他方米国もロシアの地下ミサイル格納庫および指令センターに対して、所有する7,000発の戦術・戦略核兵器の大部分を向けています。米環境保護団体の天然資源保護委員会の報告によると、これらの熱核弾頭は、一発につき広島に投下された爆弾のおよそ20倍(●)という破壊力を持ちます。 
 
●訳注:この天然資源保護協会のデータによれば最新鋭の熱核兵器(水爆)であるB61−11の核爆弾は97年11月から55発を米空軍が実戦配備している地中貫徹型(これもバンカーバスターと呼ばれています)の弾頭を有し、その威力は可変式で10キロトンから350キロトンです。この「モデル11」の威力を広島原爆16キロトンで割れば、約20発相当となります。 
出典:Table of US Nuclear Weapons Stockpile, 2002 
http://www.nrdc.org/nuclear/nudb/datab12.asp 
 
 これら7,000発の米国戦略核兵器のうち2,500発が一触即発的な警戒態勢に常時置かれている大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)に配備されています。また、同様に即座に発射することが可能な14隻のトライデント型潜水艦に搭載したミサイル(SLBM)にも、2,688発もの水素爆弾を配備しています。 
 
 米防衛政策を分析する国防情報センターによれば、(核)攻撃を受けた疑いがある時、戦略空軍司令部の司令官は核攻撃警報が正しいかどうかを判断するのに、わずか3分しかありません。司令官は、大統領の所在をつかむために10分、攻撃の選択肢を伝えるのに30秒を使うとされ、次いで大統領は、核攻撃実行の可否、そしてもし実行するならあらかじめ設定された標的計画のどれを使うかを考慮、決定するのに3分使うとされています。 
 
 いったん発射されると、ミサイルはロシアの標的に到達するまで10分から30分を要します。 
 
 ほとんど同一の状況が、ロシアでも存在します。ただし、米国カナダ連合による北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の早期警戒設備と異なり、ロシアのシステムは急速に老朽化が進んでいます。米国からの先制第一撃に対し、人工衛星の早期警戒システムがほとんど機能していないため、旧式と言える超水平線レーダー(OTHレーダー)に頼ることを余儀なくされています。 
 
 ロシアの軍および政治指導部は、この異常な冷戦後の状況にふさわしく、病的な恐怖心を抱いています。そんな状況を象徴するがごとく、1995年1月にボリス・エリツィン大統領は、自らの戦略ロケット軍を出撃させる核攻撃まで10秒以内という事態に直面しました。ノルウェーの気象衛星の打ち上げがモスクワで米国の先制核攻撃と誤認されたからです。 
 
 北米大陸で人口50,000人以上のほとんどの市や町は、少なくとも1発の水素爆弾の標的にされています。100の都市に対して落とされたたった1,000発の爆弾で、地球に核の冬をもたらし、ほとんどの生命の絶滅を引き起こすかもしれません。そして、北半球にある主要都市は300たらずでしかないのです。 
 
 これこそが核兵器の過剰性をあらわしています。例えば、2002年1月に米国の外国軍事研究局報告「アメリカ内の軍事標的の原型、ソビエト軍の評価」によれば、たとえばニューヨーク市は主要な軍事施設についで、大西洋地域で唯一の最重要目標であるとされています。1980年代に米国議会科学技術監査局から、ある報告が出されました。今もって重要なこの報告では、ソビエトの核戦略でニューヨークにある3つの空港のそれぞれを2発のメガトン級水爆が標的としていると推定しています。また主要な橋にそれぞれ1発、ウォール街にも2発、4箇所の製油所にそれぞれ2発が割り当てられていると推定しています。主要な鉄道の駅および発電所も港湾施設と同様、標的にされていました。 
 
 連邦危機管理庁(FEMA)はニューヨーク市が核爆発と、その結果生じる火災旋風と放射性降下物(死の灰)で壊滅すると推定しています。 
 
 何百万という人々が即死するでしょう。生存者もその後、火傷や放射性物質からの被曝でやがて死ぬでしょう。 
 
 恐ろしいことに、ロシアと米国の双方の早期警報システムでは、山火事、人工衛星の打ち上げあるいは雲や海からの太陽光の反射によって引き起こされる誤警報が毎日のように出されています。もっと直接的懸念は米国とロシア双方のコンピュータ化された早期警報システムおよびコマンドセンターに侵入し混乱させる、テロリストあるいはハッカーの脅威です。 
 
 そのために、世界が核クラブの中にちっぽけな新参者を受け入れようとするかもしれないとき、米国家安全保障会議、米政権、米国議会、カナダ政府やクレムリン(ロシア大統領府)が最も重大な危険を認識することに失敗します。それは、脆弱な一触即発的警戒体制に置かれている何千もの水素爆弾の存在です。 
 
 何が世界的な精神の麻痺状態とも言える状況を作り出したのでしょうか、そしてこの問題はなぜ、公にはけっして取り上げられようとしないのでしょうか。 
 
 ロシアと米国が友好的な関係を維持している今こそ、1988年にレイキャビックでロナルド・レーガンとミハエル・ゴルバチョフによって確立された非凡な先例を推し進め、双方が緊急に核兵器を廃止することに同意する時です。 
 
 そうしてこそ核保有超大国は国際連合を通じて合法的に、そして活発に多国間の核軍縮を促進し、核の水平拡散を阻止するために他の国々を監視し規制する道徳的な権威を持つことができます。 
 
 もし超大国が核武装を解いたならば、フランスと中国は核兵器を廃棄することに同意しています。核拡散防止条約に署名していないイスラエル、パキスタンおよびインドには、さらに強い圧力が必要でしょう。 
 
 ノーベル賞受賞者で国際原子力機関(IAEA)のモハメド・エルバラダイ事務局長は、核軍縮を確立するための明確なロードマップの作成を呼びかけています。 
 
 私たちにはもう時間がありません。 
 
*ヘレン・コルディコットが代表を務める核政策研究所は 
http://www.nuclearpolicy.org/ 
彼女が書いた「原子力は解答ではない」 
http://www.nuclearpolicy.org/NewsArticle.cfm?NewsID=2257 
はTUP速報492号『原子力発電は「解決」ではなく「問題」である』として訳出しております。次のURLで読むことが出来ます。 
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/535 
 
*表題の「The Way the World Ends」はT.S.エリオットの詩に出てくる一文「This is  the Way the World Ends」(かくて世の終わり来たりぬ T.S.エリオット「うつろな人間」より"The Hollow Men(1925) T.S.Eliot" 井上勇・訳)に由来すると思います。 
 というのは、この一文はイギリス出身でオーストラリアに住んだネビル・シュートの小説「渚にて 原題:On the beach 1957年」に引用されていた文章だからです。 
 
 ご存じの通り「渚にて」は、第三次世界大戦が勃発し、北半球が4700発あまりの核攻撃で滅亡し、その後2年を経て大量の放射性物質により徐々に死を迎えるオーストラリアの人々を中心に描いています。グレゴリー・ペック主演、スタンリー・クレーマー監督(「手錠のままの脱獄」「ケイン号の反乱」などを監督「真昼の決闘」を製作)で映画化されたのは1959年です。その後2000年にテレビドラマとしてリメイクされました。そのときの邦題が「エンド・オブ・ザ・ワールド」だったそうです。 
 カルディコットさんはオーストラリア人で、シュートの小説も映画も知っていたでしょう。その本の掲載されたエリオットの詩も知っていたことと思います。そして核戦争の結果がどういうことになるかも。 
 
 なお、この小説に登場する原潜「スコーピオン」と同名の原潜が米海軍に実在していました。戦略原潜SSN−589スコーピオンは、NATOとの共同軍事演習から帰還する途中の1968年5月21日に消息を絶ちます。その後、アゾレス諸島南西沖の水深約4000メートルの深海で発見され、乗員99名は全員が死亡しました。 
 
「渚にて」が書かれた時代、それは、オーストラリアにとっても核の脅威に苛まれた時代です。しかしそれは、ソ連の核でも中国の核でもなく、自らの国内で行われていた英国の核実験でした。オーストラリアに住む人々を被曝させ、潜在的な死を与えたのは、同盟国英国の核兵器であったことは、今日では疑いのない事実です。 
 ネビル・シュートにとっては、自分の生まれた国がやってきて自分の住んでいる国に核兵器を「実験として」落としているという現実に直面したわけです。 
 核戦争ものでは定番の、直爆による死ではなく、放射能汚染の拡大による緩慢な死を描いているところに、核実験への怒りと悲しみが伝わってきます。 
 なお、広島型原爆は16キロトン、長崎型原爆は21キロトン、北朝鮮核実験は1キロトン未満であると推定されています。 
 
 オーストラリアで行われた英国の大気圏核実験の一覧を掲載しておきます。 
 
実験年月日     場 所      実験名称  威力 
52年10月 3日 モンテベロー諸島 ハリケーン 25kt 英国最初の核実験 
53年10月14日 エミュー・フィールド トーテム・テスト1 10kt 
53年10月26日 エミュー・フィールド トーテム・テスト2 8kt 
56年 5月16日 モンテベロー諸島 モザイクG1 15kt 
56年 6月19日 モンテベロー諸島 モザイクG2 60kt 
56年 9月27日 マラリンガ バッファロー・ワン・ツリー 15kt 
56年10月 4日 マラリンガ バッファルー・マルコー 1.5kt 
56年10月11日 マラリンガ バッラロー・カイト 3kt 
56年10月22日 マラリンガ バッファロー・バークウェイ 10kt 
57年 9月14日 マラリンガ アントラー・ラウンド1 1kt 
57年 9月25日 マラリンガ アントラー・ラウンド2 6kt 
57年10月 9日 マラリンガ アントラー・ラウンド3 25kt 
 
 残念ながら、この年代前後に生まれた人々は、この実験による被曝を受け、潜在的な発ガンなどのリスクが高くなっていることは明らかです。もちろん米国や旧ソ連などの核実験場周辺も同じことですが、あまり話題にならないオーストラリアの例をこの機会に示しておきます。 
 
 劣化ウラン研究会/TUP 山崎久隆 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。