2007年03月01日13時54分掲載
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安倍政権をどう見るか
米軍再編、防衛論議は慎重に 防衛省誕生と基地問題への対応 池田龍夫(ジャーナリスト)
「戦後レジームからの脱却」を標榜する安倍晋三政権は、〝専守防衛〟を根幹とした戦後日本の防衛体制を改変する作業を加速してきた。まず、新年早々の「防衛省」誕生(1・9)が、日本の安保・防衛政策に及ぼす影響を注視すべきである。自衛隊の現状を踏まえて、「庁」から「省」に昇格させたに過ぎないと見る向きもあるが、単なる省庁再編と違うとの問題意識が必要だろう。
安倍首相は1月26日の施政方針演説で、「日本の平和と独立、自由と民主主義を守り、そして日本人の命を守るために日米同盟を一層強化していく必要性があります。米国と連携して弾道ミサイルから我が国を防衛するシステムの早急な整備に努めます。更に、時代に合った安全保障のための法的基盤を再構築する必要があると考えます。いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な類型に即し、研究を進めてまいります。在日米軍の再編については、抑止力を維持しつつ、負担を軽減するものであり、沖縄など地元の切実な声に耳を傾け、地域の振興に全力をあげて取り組むことにより、着実に進めてまいります」と強調。「新しい国創りに向け、国の姿、かたちを語る憲法の改正についての議論を深めるべきです。『日本国憲法の改正手続に関する法律案』の今国会での成立を強く期待します」と結んでいる。
安倍首相の執念ともいえる政治課題が、「憲法改正→集団的自衛権」にあることが透けて見える。
次いで2月9日には「米軍再編特別措置法案」が閣議決定されて、国会に提出。内閣府の外局から「真の政策官庁」へ脱皮した防衛省の存在がにわかにクローズアップされてきた理由は何か、安倍政権の〝舵取り〟が気がかりである。
▽自衛隊の海外活動を機動的に
「防衛省昇格」は、1954年の「防衛庁発足」から10年後の池田勇人内閣で閣議決定された「省移行法案」の国会提出が見送られて以来の懸案だった。特に2001年の9・11テロ以降、有事法制(02年)→武力攻撃事態法(03年)→国民保護法(04年)のほか、テロ特措法・イラク特措法(いずれも時限立法)などの〝防衛立法〟を矢継ぎ早に成立させて、「防衛省」誕生へのレールを敷いてきた。これまでは内閣府の外局として〝自衛隊管理庁〟的役割に甘んじてきたが、省昇格によって、政府の外交・安全保障政策全般への発言権が強まることになる。しかし、外務省との意見の食い違いは従来も指摘されており、対等の位置づけになった両省の〝主導権争い〟を危惧する声が早くも囁かれている。
国連平和維持活動・国際緊急援助活動・周辺事態法による後方支援・在外邦人輸送など、今まで自衛隊の付随的任務に過ぎなかった活動が、「本来任務」へと変更されたことは重大なポイントだ。今後、自衛隊の海外派遣を機動的にする狙いと推測できる。特に注目すべきことは、時限立法のテロ特措法・イラク特措法を、「恒久法」に切り替えようとの意図があることだ。イラク特措法は7月に期限切れになり、テロ特措法も11月までの時限立法。7月参院選への影響を配慮して「恒久法案」の今国会提出は見送るようだが、海外活動のための法整備を急いでいることに変わりあるまい。
しかし、対イラク政策をどう軌道修正するかの論議抜きで、拙速で事を運んではならない。米国のイラク政策に対し、久間章正防衛相と麻生太郎外相の〝批判”が世上をにぎわせている。久間氏は12月初め、「ブッシュ政権は(イラクに)大量破壊兵器がさもあるかのように戦争に踏み切ったが、判断が間違っていたのではないか。…日本政府として米国を支持すると公式に言ったのではなく、コメントとして小泉純一郎首相(当時)がマスコミに言った」などと述べている。防衛担当大臣から「イラク戦争支持は政府の公式見解ではなかった」と示唆する発言を聞いて驚いたが、その直後に麻生外相からも「ラムズフェルド(前国防長官)はドンパチをあっという間にやったが、オペレーションとしては非常に幼稚だった」との指摘も飛び出した。
発言の趣旨は間違っていないと思うが、安倍内閣としてはどう考えているか、明確に態度を表明すべきだ。その説明責任を果たさずに、「海外派遣のための恒久法」に執着する姿勢は危険である。
サマワから陸自は撤退したが、空自はクウェートに留まって米軍などの輸送を続けている。7月末で切れる時限立法を2年間延長して、日米同盟関係を強化しようと政府は企図しているようだが、国民の目が届かないところで重要案件が処理されることは将来に禍根を残す。
安倍首相の施政方針演説(『主張する外交』)の中に「集団的自衛権の研究」を盛り込んでいるが、「平和憲法」に基づいた非核三原則・海外派兵の禁止・武器輸出禁止など防衛政策の根幹を堅持する姿勢を表明しなかったのは何故か。自衛隊の海外活動に弾みをつける法整備を最優先課題にしているのではないか。毎日新聞は「大きな一歩の先が気になる」、東京新聞が「前のめりが気になる」と、防衛省発足時の社説(1・10)で述べていたが、シビリアンコントロールの再確認を求めた視点に共感する。難しい安全保障問題の背景説明や核心に迫る分析に新聞は力を発揮して、読者にもっと考える材料を提示してもらいたい。
▽〝アメとムチ〟の基地再編交付金
2月9日の閣議で決定した「在日米軍再編推進特別措置法案」(10年間の時限立法)は重要法案であり、今国会での慎重審議が望まれる。昨年5月、日米両政府が合意した米軍再編計画は、多くの難題をかかえ先行き不透明である。その象徴的な問題が、米海兵隊のグアム移転と普天間飛行場移設。特別措置法案の目玉は、関係自治体に配分する「再編交付金」で、再編事業の進捗状況によって交付金額を調整する仕組みだ。「アメとムチ」の法案ともいわれ、政府は2007年度予算案に交付金初年度分として約51億円を計上している。
在沖米軍基地に絞って、問題点を探ってみたい。日米が合意した「日米ロードマップ」の前段に、「個別の再編案は統一的なパッケージになっている。これらの再編を実施することにより、同盟関係にとり死活的に重要な在日米軍のプレゼンスが確保されることになる。これらの案の実施における施設整備に要する建設費その他の費用は、明示されない限り日本国政府が負担するものである。米国政府は、これらの案の実施により生ずる運用上の費用を負担する」という一文が明記されている。海兵隊グアム移転費の日本側分担は60・9億ドル、米側分担41・8億ドルと取り決められた。グアム移転だけで約7000億円もの日本側負担になるわけで、トータルの米軍再編経費は膨大な額になる。守屋武昌防衛事務次官は2兆円と見積もっていると伝えられているが、ローレス米国防副次官は3兆円とマスコミにリークしている。
「海兵隊のグアム移転コストは米国東海岸の2・64倍。移転費総額102・7億ドルや、日本側負担の60・9億ドルは米軍の基準をもとに算出された額だ。防衛省の内部資料によると、米軍は自然環境などの地域特性をもとに建設コストの地域係数を決めている。米国東海岸を1とした場合、沖縄は1・43で、グアムは2・64と設定されている。……『台風などの自然災害や毒蛇などの存在で施設の管理コストが高い』―こうした根拠が理にかなうものかどうか、国会論戦で試されることになりそうだ」と、朝日2・10朝刊が驚くべき実態を暴露している。「アバウトな積算根拠に基づくゴリ押し」が米国の常套手段と言わないまでも、今回の米軍再編には問題点が多すぎる。
普天間飛行場移設問題もいぜん難航している。キャンプ・シュワブへの移設完了は2014年と取り決められており、この移設が遅れれば、米軍再編計画全体に支障を来す。「Ⅴ字滑走路」の〝決着〟後に久間防衛相の見直し発言などがあって、未だに地元合意を得られていないが、政府は2月8日、移設先の名護市辺野古沖の環境アセスメントを実施する業者選定の入札を公示した。「沖縄県が政府案を前提とした環境アセス実施に難色を示す中での環境調査の入札公示は、移設作業を急ぐ防衛省の姿勢を示している。と同時に、政府は在日米軍再編法案を決定した。基地建設の進捗に応じ、自治体に出す『出来高払い』法案だ。自治体の意向を無視した強引さ、押し付けが目立つ」(琉球新報2・10社説)との指摘は的を射ている。
基地再編をめぐる米国の対日圧力、防衛省の焦燥…。日米同盟、防衛問題の在り方が厳しく問われている。
*本稿は、「新聞通信調査会報」3月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です)
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