2007年06月29日15時25分掲載  無料記事
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労働問題

これが安倍再チャレンジの正体だ! 労働者の権利も労働者保護も全面否定する「規制改革会議」(上)  川副詔三(『地域と労働運動』編集長)

  安倍内閣のもとにある「規制改革会議」の「再チャレンジワーキンググループ労働タスクフォース」というチームが5月21日、「脱格差と活力をもたらす労働市場へ〜労働法制の抜本的見直しを〜」という報告を発表した。労働法制の抜本的かつ全面的変革へ向けての提言で、現行労働法がもつ労働者の権利・保護の体系をすべて壊し、市場競争に投げ込むという、きわめて重大な内容をはらんでいる。しかも3年間で実現するという戦略プランまで掲げている。労働ジャーナリストで『地域と労働運動』の編集長である川副詔三氏に、この提言が持つ意味について解説してもらった。なお、本稿は『地域と労働運動』誌80号に掲載されたものを、同氏のご好意により転載させていただいた。(『日刊ベリタ』編集部) 
 
◆規制緩和を徹底的にやり抜く 
 
  この文書をざっと流し読みしてみても、重大な問題提起だということがわかる。 この文書のタイトルにある通り、「労働法制の抜本的見直し」の提言である。 
 
  現行労働法体系を根本から覆し、この日本社会に全く新たな質の労働法体系を作り出さねばならないという提言となっている。労働法体系をいかにして根本から全面転換しようと提言しているかであるが、規制改革会議の提言にふさわしく労働市場における規制緩和を徹底するというものである。 
 
  単に個別法の変更を実利的に主張するだけでなく、労働者保護法という現行日本労働法体系の基本性格を全面否定し、「自由で開かれた労働市場」を実現しなければならないという労働法の新たな在り方に関する「労働法制にかんする新自由主義哲学」がはっきりと提起されていることである。 
 
  同文書はまず、次のように自己の基本理念を述べる。 
 
「労働市場における規制を、当事者の意思を最大限尊重する観点から見直し、誰にとっても自由で開かれた市場にすることこそが、格差の是正と労働者の保護を可能とし、同時に企業活動をも活性化することとなる」 
 
  見る通り「規制緩和の徹底」と「誰にとっても自由で開かれた労働市場実現」というのであるが、要するに労働者保護法体系としての現行労働法体系を否定して、労働市場の全面的規制緩和を実現すれば「格差の是正と労働者の保護を可能とし」ていくことができるという理念である。 
 
◆「労働者を保護するからワーキングプアが増える」 
 
  こうした理念にたってまず第一に提起されることが現行労働法体系に対する次のような批判である。 
 
  「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は誤っている」という挑戦的な一文からその主張は開始されている。労働者保護の根本に労働者の権利尊重をおかねばならないとする今日までの労働法思想を「一部に残存する神話」と断定し、その「考え方は誤っている」と切って捨てるのである。 
 
  これを受けて次のように「神話」崩しの挑戦をはじめる。 
 
「労働者保護の色彩が強い現在の労働法制は、逆に、企業の正規雇用を敬遠させ、派遣・請負等非正規雇用の増大、さらには、より保護の弱い非正規社員、なかでもパートタイム労働者等の雇用の増大につながっている……。解雇規制を中心として裁判例の積み重ねで厳しい要件が課され、社会情勢・経営環境の変化に伴って雇用と需要のミスマッチが起きた状況においても、人的資源の機動的な効率化・適正化を困難にし、同時に個々の労働者の再チャレンジを阻害している。……生涯一企業で働くことを前提とした労働法制・社会保障制度等を抜本的に見直し、流動性の高い労働市場を構築して初めて、働き方を変えたいと思う個々人が、意欲や努力により働き方を変えることができる機会のある、全ての人々にとって再チャレンジが可能な社会となりうる」 
 
「不用意に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし、そのような人々の生活をかえって困窮させることにつながる。過度に女性労働者の権利を強化すると、かえって最初から雇用を手控える結果となるなどの副作用を生じる可能性もある。正規社員の解雇を厳しく規制することは、非正規雇用へのシフトを企業に誘発し、労働者の地位を全体としてより脆弱なものとする結果を導く。一定期間派遣労働を継続したら雇用の申し込みを使用者に義務付けることは、正規雇用を増やすどころか、派遣労働者の期限前の派遣取り止めを誘発し、派遣労働者の地位を危うくする。長時間労働に問題があるからといって、画一的な労働時間上限規制を導入することは、脱法行為を誘発するのみならず、自由な意思で適正で十分な対価給付を得て働く労働者の利益と、そのような労働によって生産効率を高めることができる使用者の利益の双方を増進する機会を無理やりに放棄させる」 
 
◆彼らの主張の現実 
 
  まさに言いたい放題である。規制改革会議という名前にふさわしく、新自由主義イデオロギーに立脚する規制緩和論のオンパレードという感じである。 
 
  最低賃金規制を緩和しろ、女性労働者への権利保障を緩和しろ、解雇規制を緩和しろ等々、現行法の労働者保護規定をすべてあげつらってその規制全面撤廃を求めるが如くである。そのイデオロギーも新自由主義者にふさわしく、人為的な「労働者保護政策」が労働者を不幸に陥れている元凶であるということであり、したがって労働者を人為的に保護している現行労働法体系こそ労働者の不幸の源だということである。 
 
  しかし、彼らの規制緩和策が徹底されたらどうなるのであろうか。 
 
  彼らが強調するようなことは、すでに広汎に実現されている。その結果労働者に何がもたらされるかはそれを見れば明らかである。現時点でもすでに労働者保護規定が事実上存在しないフリーターだとか、アルバイトだとか、請負だとか、派遣だとかの非正規労働者や外国人労働者などの現実が、彼らが「神話」崩しの後に実現すると主張する理想郷(自由な労働市場)の現実の姿である。 
 
  そこでは、格差の拡大、ワーキングプアなどといわれる悲惨な現実が生み出されている。ところが、規制改革会議思想においては、そのような状態こそが「脱格差社会」を実現するものだというのである。 
 
◆彼らのいう「真の労働者の保護」とは 
 
  鉄面皮というのはこういうひとびとのためにある形容詞なのであろう。さらに進んで、同提言は「真の労働者保護」について、それが核心的重要問題であるとの認識のもとに語りはじめる。 
 
  労働者保護に敵意を燃やす彼らの「真の労働者保護」とは一体どういうものなのか、興味津々というところである。 
 
  「真の労働者の保護は、『権利の強化』によるものではなく、むしろ、望まない契約を押し付けられることがなく、知ることのできない隠された事情のない契約を、自らの自由な意思で選び取れるようにする環境を整備すること、すなわち、労働契約に関する情報の非対称を解消することこそ、本質的な課題というべきである」 
 
  それに加えて、さらに、「真の労働者の保護」のためには、「労働者の権利を強化」することは百害あって一利もない誤った政策であり、同様に「労働市場に対して法や判例が介入することには根拠がなく、画一的な数量規制、強行規定による自由な意志の合致による契約への介入など真に労働者の保護とならない規制を撤廃することこそ、労働市場の流動化、脱格差社会、生産性向上などすべてに通じる根源的な政策課題なのである」と主張する。 
 
  「根源的な政策課題なのである」とはずいぶん気負った表現である。ここで述べられている「画一的な数量規制とか強行規定」とかについては、誰でも、直ちに一日8時間労働制とか世界の労働者が歴史的な闘いで勝ち取ってきた労働者保護法制を思い浮かべるに違いない。そういった規制をすべて撤廃することこそが「労働者の権利尊重が労働者保護の基本であるという誤った神話の世界」から脱却し、格差の是正など真の労働者保護を実現する「根源的な政策課題」だという。 
 
  規制改革会議にとっては相次ぐ過労死とか過労自死とかは目に入らないのだろう。労働時間の「数量規制」をはずしてこそ、労働者が真の保護を受けることができる!?冗談も休み休み言ってもらいたいものである。 
 
◆労働者の権利は攻撃し、経営者も「権利」はがっちり確保 
 
  見て明らかなように、提言は新自由主義を哲学とする規制改革会議にふさわしく「自由な労働市場」「自由な労働契約」を強調している。あらゆるところに「自ら自由な意志で選び取れる労働契約」「強行規定による自由な意志の合致による契約への介入」排除等々自由契約思想を強調する言葉がちりばめられている。 
 
  しかし、大上段に新自由主義哲学を振りかざして、自由意志によって労働契約が実現する自由で開かれた労働市場の実現をいいながら、規制改革会議はある一つのことだけは全く触れていない。 
 
  それは、現在国会にかかっている労働契約法案の就業規則条項についてである。労働契約法案の他の部分には多くの言葉を用いて強い批判を浴びせているが、就業規則条項が労働者の自由意志を全面否定して一方的に使用者に労働契約決定権を与えようとしていることについては知らんぷりを決め込んでいる。 
 
  こういうところに本音が出るのである。本音としては労働者の自由意志を全面否定し、経営者に労働契約決定権のすべてを与えることのできる労働市場、労働契約社会の実現しか考えていないのである。自由な労働市場とは、経営者の自由意志だけを無制限に容認するそう言う自由でしかないのである。 


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