2007年08月04日14時23分掲載  無料記事
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安倍政権を検証する

弱肉強食から共生社会へ 転換を試される小沢民主党代表の力量 安原和雄

  先の参院選で、小沢一郎代表の率いる民主党が参院第1党にのし上がり、与党を過半数割れに追い込んだ。その小沢代表は日本社会の望ましい姿として何を描こうとしているのか。注目したいのは、現在の弱肉強食型社会から共生型社会へと転換させるべきだという構想が浮上してきたことである。弱肉強食がもたらす格差拡大をどう是正するかが、参院選の争点でもあったことを考えれば、この共生型社会への転換をどこまで実現できるかは、小沢代表の政治的力量を計る格好のテーマになるだろう。 
 
▽解散よりも、共生社会の設計図が先 
 
 毎日新聞(07年7月31日付東京版夕刊「特集ワイド」)につぎの見出しの興味深い記事(松田喬和、大槻英二記者)が載った。 
 
 民主・小沢代表 かく戦えり 
 参院選で自民を大敗に追い込んだ 「知恵袋」が明かす秘策 
 
 「知恵袋」とは元参院議員、平野貞夫氏で、1935年生まれ。1992年に参院議員に初当選し、04年に引退。議会運営と立法過程に精通し、小沢氏(65)と終始政治行動をともにした、とされる。 
 私が関心を抱いたのは、記者と知恵袋との以下の一問一答である。 
 
 問い:今後の民主党は参院の第1党として、政権担当能力も問われるが、衆院解散に早く追い込んだ方が得策なはずだ。 
 答え:民主党が真っ先にやらなければならないのは、解散に追い込むとかではない。政権を取ったときに、どういう社会、国を作るかという柱を提示することです。本質は、弱肉強食の社会を作るのか、共生の社会を作るのかの選択ですよ。年金や格差を含めて、民主党は共生社会の設計図を先に出すべきです。 
 
 私は、この答えの中に今どきの政治家にはあまり期待できない見識を発見している。政治的事件ともいうべき目先の解散よりも、格差拡大 ― すなわち一方にカネにしか価値を見出さない拝金主義者たちの群れ、他方に餓死を含む大量の貧困の累積 ―によって荒れ果てたこの日本をどう改革していくか、その方が何倍も重要ではないのか、という思いを感じるからである。 
 
▽仏教経済学は「共生」を重視する 
 
 さて私の考える仏教経済学はつぎの八つのキーワードからなっている。 
 いのち、平和(=非暴力)、知足(=足るを知る)、簡素、共生、利他、持続性そして多様性―の八つである。つまり共生は仏教経済学の一つの重要な柱なのである。これらのキーワードは仏教経済学を特色づけており、現代経済学(ケインズ経済学、小泉・安倍路線を主導する新自由主義=自由市場原理主義など)には欠落してることを指摘しておきたい。 
 
 仏教経済学が唱える共生は、どういう含蓄なのか。 
 人間同士の共生はもちろんだが、それだけでなく、人間と地球・自然との共生も視野に収めている。なぜなら人間は自分一人の力で生きているのではなく、他人様のお陰で生きているからである。また地球・自然からの恵みをいただきながら人間はいのちをつないでいる。だから人間同士、さらに人間と地球・自然との相互依存関係を大切に考える。人間に限らず、動植物も含めて地球上の生きとし生けるものすべてのいのちは、相互依存関係の中でのみ生き、生かされている。 
 ここから人間同士も、さらに人間と地球、人間と自然もそれぞれお互いに対等・平等の地位にあると認識する。いいかえれば人間が地球・自然より上位にあって、地球・自然を支配するという地位にはないことを指している。 
 
 これに反し、現代経済学には共生・相互依存・平等という感覚は欠落している。人間はそれぞれが孤立・分断された個人にすぎない。そこには差別が生じやすい。職場や学校でのいじめ、ノイローゼなどの多発は、こういう分断、孤独と重なり合っている。 
 また人間と地球・自然とは切り離された状態にあり、人間が自然・地球を開発・征服するのは当然と考えやすい。 
 
▽民主党は参院選で共生社会づくりをどう公約したか 
 
 以上のような仏教経済学の視点から、「知恵袋」氏の提唱する共生社会の構築には賛成したい。民主党の参院選向けの「重点政策50」のうち、<環境>と<食と農>から、共生社会に関連ある政策を拾い出してみたい。 
 
 まず<環境>については「脱地球温暖化戦略」として「脱温暖化で地球と人との共生」をうたっている。具体的にはつぎのような柱からなっている。 
*温室効果ガス削減の中・長期目標の設定(中期的には2020年までに1990年比20%、長期的には2050年よりも早い時期に50%の削減) 
*再生可能エネルギー(風力、太陽、バイオマス、海洋エネルギーなど)の普及開発を図り、2020年までに一次エネルギー総供給に占める割合を10%程度に高める。 
*温室効果ガスに関する国内排出権取引市場の創設 
*地球温暖化対策税の導入―など 
 
 さらに<環境>の中の「生物多様性の保全」について「ヒトと野生生物との共生」という理念を掲げている。 
 
 つぎに<食と農>についてはつぎの柱が主なものである。その狙いは農林漁業の持続性、食料の安定供給、自給率(食料40%、木材18%、水産物57%)の向上―などの確保と実現で、共生社会の土台となるものといえる。 
*全国的レベルで地産地消(そこでできたものをそこで食べる)、旬産旬消(その時できたものをその時に食べる)を推進し、学校給食で地産地消・旬産旬消を進める 
*すべての販売農家に総額1兆円の戸別所得補償制度を実施する。棚田の維持、有機農業の実践など環境保全への取り組みに応じた加算を行う 
*国産材を優先活用し、10年後の木材自給率を50%に高めること、ふる里で100万人の雇用創出を図ること―を内容とする「森と里の再生プラン」に取り組む 
*魚介類の産卵場である「海藻による海中の森」の公共事業による造成、魚価安定制度の導入など 
 
 以上のように個別の施策はいろいろ挙げられているが、総合的な共生社会づくりの理念とプランが提示されているとはいえない。 
 
▽望ましい共生社会の必要条件は 
 
 望ましい共生社会の骨格としてどのような条件が必要だろうか。仏教経済学の視点に立って、次の3点を挙げたい。 
 民主党の参院選挙公約でこれら3点が唱えられているわけではない。しかし日本国内では格差拡大という不公正、地球規模では戦乱と殺戮、さらに地球環境の汚染・破壊―の深刻さを考えると、21世紀型共生社会の最低必要条件は、この3点でなければならない。 
 
(1)人と人との共生=社会的連帯感を取り戻そう 
 弱きをくじき、強きを助ける、小泉政権以来の弱肉強食のすすめによる格差拡大を助長する政策を止めること。そのためには大企業、富裕者を利し、一方の恵まれない人びとを蹴落とすような税制、賃金、労働条件の転換と改善をすすめ、社会的連帯感を取り戻していくときである。 
 ただし競争がない社会は活気がなくなり、停滞する。競争のあり方として弱肉強食=優勝劣敗ではなく、個性を競い合う競争になるのが望ましい。ナンバーワン(例えば売上高を競い合う「量の拡大」)よりもオンリーワン(ユニークな「質の充実」)をめざす競争のすすめである。 
 
 これは憲法13条(個人の尊重、生命・自由及び幸福追求の権利の尊重)、18条(奴隷的拘束からの自由)、25条(生存権)、26条(教育権)、27条(労働権)などの理念を生かすことにつながる。 
 
(2)国と国との共生=外交力中心の平和的共存を 
 もはや軍事力によって生命、安全を守る時代ではない。むしろ生命、安全を壊しているのは軍事力である。米国主導のアフガニスタン、イラク攻撃にみられるように覇権主義をめざす軍事力行使は、混乱、殺戮、破壊しかもたらさない。外交力による平和的共存こそが求められる。 
 国と国との共生、すなわち平和的共存をめざすためには、イラク、インド洋に派遣している自衛隊の撤収が必要である。 
 
 民主党は「自衛隊のイラク派遣を直ちに終了させる」ことを参院選公約でうたった。日本政府は人道復興支援を名目とするイラク特措法によって陸上、航空自衛隊をイラクへ派遣していたが、06年7月陸上自衛隊は撤収、しかし同法が07年7月、2年延長され、航空自衛隊はいまなお輸送活動をつづけている。 
 一方、小沢代表はテロ対策特措法(07年11月1日に期限切れとなる)の延長に「あくまで反対」を唱えている。このテロ特措法はインド洋に自衛艦を2隻配置し、米軍を中心とする多国籍軍に石油を供給するための根拠法である。 
 航空自衛隊による空輸、海上自衛隊による石油供給は、米軍などの戦争のための「後方支援」であり、対米追随の事実上の参戦を意味している。このような戦争協力は国と国との共生の理念に反する。民主党がこの参戦に反対の姿勢を貫くかどうかが共生社会づくりの最初の試金石になるだろう。 
 
 以上の参戦を拒否することは憲法前文(世界諸国民の平和的生存権)、9条(戦争放棄、軍備及び交戦権の否認)を生かすことにほかならない。 
 
(3)人と地球・自然との共生=温暖化対策、原発の段階的撤退、自給率の向上 
 地球・自然との共生なしには人類がもはや生存し続けることは不可能であるのは自明のことである。その共生策として地球温暖化対策、原子力発電からの段階的撤退、農業の再生と食料自給率の向上―の3つを必要条件として挙げたい。 
 
 地球温暖化対策は来年の北海道・洞爺湖サミット(首脳会議)の中心テーマである。 
 
 原発の段階的撤退は、先の新潟県中越沖地震で原発の「安全神話」に改めて疑問符が投げかけられた以上、切実なテーマとして浮上してきた。なぜなら原発は人間との共生はもちろん、地球や自然との共生も成立しにくい危険性を抱えているからである。 
 その具体例がチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故(1986年4月、旧ソ連ウクライナ共和国で発生)である。上空に吹き上げられた放射能が他国にまで降り、原発周辺は30キロにわたって人が住めなくなり、約14万人が移住させられた。いまなおガンなど病気にかかる人が増えている。北に隣接するベラルーシ共和国では国土の30%が放射能に汚染された。 
 この種の原発事故が日本で発生した場合、どこへ移住するのか、これは想像力が問われる問題である。 
 
 農業の再生と食料自給率の向上は、地球温暖化、砂漠化などによって懸念されている近未来の世界的な食料危機に対応するための不可欠かつ緊急の課題である。わが国の食料自給率は40%であり、いいかえれば60%を海外に依存している。米仏などの自給率100%超に比べわが国は、いわば「いのちの源」のほとんどを海外任せにしている、その危うさにもっと敏感でありたい。 
 
 以上の人と地球・自然との共生をすすめることは、仏教経済学の一つの柱、持続性を生かす道でもある。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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