2007年12月01日16時29分掲載
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検証・メディア
「幻の大連立」と報道責任 旧態依然…政党政治の貧困 池田龍夫(ジャーナリスト)
「一寸先は闇の政治劇」をまたも見せつけられ、民主主義が根づかない日本の前途に暗然たる思いである。安倍晋三首相が政権を突然投げ出したのが9月12日。あの狂騒から約2カ月、今度は野党第一党の小沢一郎民主党代表が〝ゴタゴタ劇〟を演じてしまった。インド洋上給油を6年間も続けてきた「テロ特措法」(時限立法)延長をめぐって与野党激突の末に、11月1日失効。このほかズサンな年金行政、薬害肝炎対策、前防衛事務次官スキャンダル発覚…等々、福田康夫新政権もまたテンヤワンヤの騒ぎになっている。
〝衆参ねじれ国会〟の現実は、7月参院選挙の結果であって、民意に基づいて公正な政治運営を図るのが憲政の常道だが、絶対多数に慣れきった政府与党の相次ぐ不手際が混乱に拍車をかけてしまった。今回〝幻〟に終わった「自・民両党大連立」の顛末を検証して、旧態依然たる日本政治の実態に慄然とさせられるとともに、一部報道機関の思い上がった〝越権行為〟を厳しく指弾せざるを得ない。福田・小沢両党党首会談の経過を踏まえたうえで報道機関の責任に絞って検証し、問題点を指摘したい。
▽渡辺恒雄・読売会長の〝脚本・演出〟?
10月30日と11月2日の党首会談で合意したかにみえた「大連立構想」はあっという間に瓦解、「小沢代表の辞意表明→撤回」というお粗末な茶番劇が、国民の前にさらされた。さらに、「大連立劇」を〝企画・脚本・演出〟した大物フィクサーが暗躍していたことを知って驚愕し、政治不信・マスコミ不信を感じた人が多かったに違いない。〝演出家〟と目される人物は、日本新聞界・マスコミ界に君臨する読売新聞グループ本社代表取締役会長,渡辺恒雄氏。本人は口をつぐんでいるが、中曽根康弘元首相、森喜朗元首相ら政界有力者らの積極的協力を得て、二カ月前から党首会談の裏工作を進めてきたことが、マスコミ各社の追跡で炙り出されてきたのである。
81歳の渡辺氏は、会長職になっても「読売新聞主筆」を続けており、最近「大連立構想」を声高に喧伝していた。8月16日の同紙社説は「大連立に踏み切れ」と訴えたもので、渡辺氏自身が執筆したと伝えられている。当時は、安倍政権崩壊後の後継者争いなどで政局は大混乱。9月末スタートした福田政権の展望も開けない状態だった。そこで渡辺氏は政界工作に乗り出し、中曽根元首相、森元首相ら大物政治家を動かしていった。何回も政界実力者と話し合い、最終的には10月25日の中曽根・渡辺〝料亭密談〟が決め手になったようだ。それに森元首相が絡んだ〝隠密工作〟との分析は、間違いなかろう。
小沢代表が11月7日、〝代表続投〟記者会見で党首会談に至る経緯を明かしているので、興味深い個所をピックアップして参考に供したい。
「二カ月前ごろ、さる人から呼び出され、食事を共にしながら話した。『お国のための大連立を』という話だった。私は『そういう話は現実に政権を担っている人が判断する話だ』と強く言った。十月半ば以降と思うが、(その人から)また連絡があり、『首相の代理の人と会ってくれ』という話だった。指定された場所に行き、『本当に首相はそんなことを考えているのか』と質問すると『首相もぜひ連立したいということだ』と。『あなたも本気か』『おれも本気だ』。『首相から直接聞くのが筋だ』という話を返し、党首会談の申し入れになった。それが誰であるとか、どこであったかは私の口から申し上げない。(『仲介役は渡辺・読売会長か』の質問も出たが、名前は明かさなかった)
毎日11・8朝刊「会見詳報」からの引用だが、他紙も同様のニュアンスで報じており、「渡辺・中曽根・森連携プレー」の模様がリアルに浮かび上がってくるではないか。
渡辺氏は、読売新聞トップだけでなく、日本新聞協会長の要職にあった新聞人で、今年の「新聞文化賞」に輝いている。「新聞界のドン」と自任しており、50年余の政治記者人脈を駆使した辣腕ぶりは有名だが、今回の「大連立構想」への直接介入は、言論機関の責務と言論人の矜持から逸脱した行為である。読売新聞の社論を主張することは一向に構わないが、言論人自らが政治家と結託して、一方的な「政治改革」に拍車をかけるような裏工作に加担するとは言語道断だ。
▽ 「読売は、知る権利に応えよ」
小沢代表は11月2日夜、民主党役員会での『連立反対』の声を受け、福田首相に「連立拒否」を回答。振り出しに戻ってしまったが、読売11・4朝刊は一面トップに「『大連立』小沢氏が提案」と題して、極秘情報とおぼしき記事を掲載した。この記事が、苦境に立たされた小沢代表の感情を逆撫でしたようで、4日午後「代表辞意」の記者会見での〝マスコミ批判〟の引き金になったと推察される。
産経11・5朝刊の「会見詳報」から、激越な発言の一端を紹介したい。
「特に、十一月三、四日の報道は、全く事実に反するものが目立つ。私の方から党首会談を呼びかけたとか、私が自民、民主両党の連立を持ちかけたとか、果ては今回の連立構想について、小沢首謀説なるものまでが社会の公器を自称する新聞、テレビで公然と報道されている。いずれも全く事実無根だ。……朝日新聞、日経新聞等を除き、ほとんどの報道機関が政府・自民党の情報を垂れ流し、自らその世論操作の一翼を担っているとしか考えられない。明白な誹謗中傷報道であり、強い憤りを感ずるものだ」。
新聞各紙が「大連立劇」の唐突さ、党首会談の密室性を一様に批判していたのに、「二紙を除き…」と断った理由は分からないが、連日の報道合戦の在り方と新聞ジャーナリズムの責務、品格を痛感させられた。各紙の中で、真っ先に社説で取り上げたのが朝日新聞(11・10)。思い切った筆致で、新聞人の姿勢を論じた一文だった。
「小沢氏は名を明かさなかったが『さる人』とは、渡辺恒雄氏であるらしい。読売新聞を除く多くのメディアがそう報じている。……事実を伝える記者が、裏では事実をつくる側に回ってしまう。それでは報道や論評の公正さが疑われても仕方ない。報道する者としての一線を守りつつ、いかに肉薄するか。多くの記者は、政治から取材対象との距離のとり方に神経を使っている。だれもが似たようなことをしていると思われたら迷惑だ。読売新聞は、大連立を提案したのは小沢氏だったと大きく報じた。小沢氏が『事実無根』と抗議すると、今度は小沢氏に『自ら真実を語れ』と求めた。その一方で、同紙は仲介者については報じていないに等しい。一連の経緯にはなお不明な部分が多い。だれよりも真実に近い情報を握っているのは読売新聞ではないのか。読者の知る権利に応えるためにも、真実の報道を期待したい」。
この朝日社説を読んだあと、主要十数紙を検索した結果、毎日新聞11・12夕刊「特集ワイド」の力作が目に留まった。社説ではなく、編集委員の署名記事だが、歯切れのいい明快な文章。同記者は数カ月前、渡辺氏にインタビューしており、今回も申し込んだが断られたため手紙スタイルの記事にしたという。渡辺氏の不可解な行動に斬り込んだ、次の指摘はズバリ的を射ていた。
「ナベツネさん、そもそも新聞記者って何ですか? 取材して、書いて、それを多くの人に読んでもらって……。その繰り返し。主筆も記者でしょ。墓碑銘にするんだと、と言って、盟友、中曽根康弘さんの〈終生一記者を貫く 渡辺恒雄之碑〉なる達筆を見せてくれたじゃないですか。ああ、それなのにナベツネさん、あなたは社説(結構目立ちますけどね)だけで飽き足らず、あろうことか『さる人』となって持論の『大連立』政権樹立へ動いたのですね。だとすれば、終生一記者じゃない。過去はよく存じませんが、少なくとも今度の政局をめぐる一件だけでも権力そのものになってしまったわけです。せっかくの墓碑銘ですが〈終生〉の二文字は削らなければいけませんね。……とびきりのスクープを取るには、権力者の懐に飛び込まねばなりません。求められれば、アドバイスしてもいい。要は、その距離感です。釈迦に説法でしたか…」。
次いで毎日新聞は13日、「さる人の説明を聞きたい」と題する社説を掲載、厳しく批判している。この問題を社説で論じたのは朝日と毎日の二紙だけだったが、他紙はどう考えているのだろうか。〝腰を引いている〟姿勢は、甚だ遺憾である。
権力とメディアの関係について、渡辺主筆と読売新聞は説明責任を果たすべきだ。一方、福田首相の「阿吽の呼吸」で小沢代表と会談したとの弁明も国民を愚弄するもので、厳しく追及していかなければならない。
*本稿は、「新聞通信調査会報」12月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です
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