2007年12月06日10時17分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200712061017444

日中・広報文化交流最前線

中国の「愛国主義論客」王錦思氏との交流 井出敬二(前在中国日本大使館広報文化センター長)

  このインターネット新聞「日刊ベリタ」の読者の多くは、当然のことながら、インターネットをよく見る人たちだと思うが、日本と中国のインターネット愛好家が注目している中国の「愛国主義論客」に、王錦思氏がいる。彼は特にインターネット空間において活躍している。筆者は、彼と面会して交流・意見交換する機会があったので、日本のインターネット愛好家達に改めて彼を紹介し、筆者が彼との交流から感じたことを述べてみたい。 
 
●「中国人は世界を、特に日本を誤解している」 
 
 「王錦思」で検索すれば、いろいろな情報がインターネットに掲載されている。彼自身のブログ(http://blog.voc.com.cn/sp1/wangjinsi/)(中国語)もある。 
 彼は、「九一八戦争研究会常務理事」、「中国抗日戦争史学会会員」、「中国日本史学会会員」「中華日本学会会員」といった肩書きをもって紹介される。彼の名刺には、「中日文化交流センター」といった組織名称も印刷されている。 
 
 インターネットで検索して、王錦思氏の代表的な言論を以下の通り紹介する。全般的な傾向としては、「愛国主義論客」という色彩の強い発言が多く、「歴史問題」「領土」といった面でナショナリスティックな感情を強く持っていることが伺われるが、同時に、ここ1,2年は、「中国人は日本のことを知らない」「日本との歴史的関わりを正確に述べるべきだ(戦争犠牲者の人数を誇張すべきではない)」「日本の良い点にも目を向けるべきだ」という主張も色濃くなっている。 
 
 王錦思氏が筆者に語ったところでは、彼が発表した論評の内、特に下記の(4)と(5)の論評には、大きな反響が中国国内でもあった由である。 
 (1)2004年9月16日付『人民ネット日本語版』:9月18日(柳条湖事件の日)に、全国100以上の都市で一斉に警報サイレンを鳴らす計画があると報道。王錦思氏は、「遼寧九一八戦争研究会」理事という肩書きで紹介されており、この計画の提案者とされている。(彼のブログでは、1998年以来、9月18日を国家レベルで記念すべきと主張している由。) 
 
 (2)05年8月31日付『新京報』:「歴史の精密さが謹厳まじめな国民性を鍛える」。日本との戦争で中国で何人死亡したのかについて、中国国内で言われている数字の信憑性について論じている。 
(この報道は、共同通信などが報道。また2005年9月2日付『産経新聞』がインタビューしており、旧日本軍による中国人死者数を誇張すべきではないとの王錦思氏の発言が報じられている。) 
 
 (3)07年2月23日付『新京報』:「時代はトップレベルの日本研究を呼びかける」:中国国内には日本への強い関心があるのに、中国国内では『菊と刀』(ルース・ベネディクト著)、『日本論』(戴季陶著)といった古い図書しかなく、これらの図書では現在の日本をわからない。日本人の中国理解は、中国人の日本理解を超えており、ある領域では中国人の中国理解をも超えている。新中国成立後、日本研究の機関、研究者は多数にのぼるが、ある研究者には独立の学問の精神が欠如している。 
 
 (4)07年2月24日:「中国人は世界を、特に日本を誤解している」。日本についての色々なデマが中国で出回っていた(いる)と指摘している。化粧品SK-IIの品質について中国政府当局の指摘により、販売上大きな打撃を被ったことについての同情を述べる。 
 
 (5)07年4月12日『光明ネット』:「日本のイメージはなぜ世界第一か」。米「タイム」誌等によれば日本のイメージは世界第一である。国家のイメージは多元的であり、歴史問題だけが日本のすべてではない。日本の民主体制、対外経済援助、国民の良心的な礼儀と公徳心などが、歴史問題のマイナスのイメージを緩和している。他方中国人はマナーの悪さから、外国では嫌われている。 
 
 (6)2007年4月14日付『新京報』:「中国の日本研究は重厚なものを呼びかける」日本の中国研究に比較して、中国の日本研究の状況は低調だと指摘。10年来の中国の日本研究の著作は大同小異である、日本の現状についての分析が足りない、日本歴史の研究は全面的ではない。戦後60年間において、中国人研究者は、『ジャパンアズNO1』『菊と刀』に匹敵するような日本研究の書物を一冊も出していない。 
 
 (7)2007年11月8日付『新京報』:「日本と比べてもう一度我が国の教育をじっくり見直してみよう」。日本が教育を重視し、資源を投入してきたこととの対比で、中国での教育のあり方を考えるべきだと述べている。 
 
 (8)2007年11月12日付『新京報』:「円借款に笑顔でお別れしよう」。日本からの対中ODAについての比較的客観的な記述と、ODAへの感謝の気持ちを示している。 
 
 また王氏が日中友好に関する所蔵品展示会を開催したとの報道もある(「人民ネット日本語版」2007年7月2日付)。様々な日中関係についての物品など300点を展示した由。彼の名刺には、「中日友好と抗日戦争文物収蔵・収集・研究」と記述されており、彼はブログで、「日本侵略と中日友好の文物」を収集していると記述している。 
 
●王錦思氏は「知日派」か? 
 
 日本のインターネット愛好家達は、この王錦思氏という人物がどういう人物か、並々ならぬ関心を抱いて、種々論じている。筆者も北京にいた頃、特に2007年前半に相次いで『新京報』に彼の論評が掲載されたのを読んで、中国国内においては珍しい主張をしていると注目していた。(なお、2007年にこのような意見を発表しやすい雰囲気が中国国内で出てきたことは指摘できる。)彼と知り合う以前には、「この王錦思氏という人物はどういう人物なのだろうか?」と強い関心を持っていた。中華日本学会など、中国における日本研究専門家達が集まる会合などで、「この王錦思氏が発言していることについて、皆さんはどう思いますか」と尋ねたこともあるが、その時には日本研究専門家達からの反応は無かった。 
 
 結局判明したのは、彼は、中国でいうところの典型的な「知日派」では必ずしもない。中国で「知日派」といえば、日本の研究をしている研究所員とか、大学の先生といったエスタブリッシュメントに所属している人物を思いがちである。しかし王錦思氏はそのようなエスタブリッシュメントには属していない。 
 
 筆者が王錦思氏本人との交流を通じて同氏を観察し、多少なりとも理解した結果は、以下の通りである。 
 まず王錦思氏は、少なくとも2007年夏(筆者が北京を離任した時)までは、訪日したことは無かったようである。(これに対し、中国の「知日派」は、日本留学などの経験を経た者が多い。) 
 彼は、いわゆる「反日活動」のサークルに顔を出し、各種のいわゆる「反日活動」に参加したこともあったようだが、同時に日本について中国で言われていることを聞きながら、日本について自分で考え始め、中国国内で入手できる情報を基にしつつも、いわば日本と対日関係を彼なりに「検証」する作業を開始したようである。 
 王錦思氏のブログを見、また彼と意見交換をしてみて、筆者が理解した彼の基本的かつ重要なメッセージの一つは、日中両国国民は相手について誤解しやすいが、まずは客観的に理解することが非常に重要だということである。 
 
 彼が、必ずしも日本研究の職業的専門家ではないにもかかわらず(職業は別にある様である)、日本について相当量の意見を中国メディアで(『新京報』などの新しい新聞、そして特にインターネット空間において)発信しているということは、非常に興味深い現象である。彼の最近の論評をまとめたような本を中国国内で出すには至っていないが、それでもネットでの彼の発信量は相当なものである。 
 
 筆者から王錦思氏に対しては、日本の対中政策(含むODA)、いわゆる「歴史問題」などについての経緯と日本の立場を、資料も渡しながら説明したこともあった。また「歴史問題」を政治問題にすべきではないということも筆者から述べた。中国の今後の発展にとっては、日本の制度などのソフトに着目すべきであり、たとえば農民が直面する問題をどう解決するかといった制度面について研究することは、中国にとり有益ではないかと指摘したこともあった。 
 
 王錦思氏はそれらの説明を真摯に聞いてくれたようであり、彼の論評に多少なりとも反映されればありがたいとは思う。しかし、機会があれば、彼にはもっと色々なことを説明したかった。筆者が北京にいた当時、彼と交流を行う十分な時間がなかったが、今後彼が日本の色々な人たちと交流をし、更に日本理解を深めて、日本についての中国人の理解・認識がバランスの取れたものになるように、有益な活動を中国国内で更に行ってほしいと希望する。 
 
 彼の考え方は、いまだ発展中であり、様々なインプットをしていくことが必要だと思う。彼のEメールアドレスは、彼のブログにも書いてあるので、筆者も意見を送っていきたいと思っており、この記事の読者の皆さんにもお勧めしたい。(残念ながら現時点では彼は中国語しか読めないということであるが、筆者からは英語か日本語を勉強するように強く勧めた次第である。) 
(続く) 
(本稿中の意見は筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。