2008年01月22日10時53分掲載  無料記事
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農と食

危険な「遺伝子組み換え」作物 遅れる最大輸入国日本の対抗策 安原和雄

  人間、自然環境にとって危険な要素を含む遺伝子組み換え(GM)による作物/食品が広がりつつある。米国でGM技術は開発されてからまだ歴史が浅く、GM作物/食品を今後長期摂取した場合、どういう悪影響に見舞われるのか、未知の分野が多すぎる。しかし自然の摂理に反するこのGMが不自然であることは自明であり、「日本は今、遺伝子汚染の瀬戸際」に立たされているという傾聴すべき警告も聞こえてくる。特に欧州は有効な対抗策を打ち出しつつあるが、最大の輸入国日本はかなり遅れを取っている。以下はGMに関する現況報告である。 
 
 NPO法人循環型社会研究会(山口民雄 代表・所在地=東京都中央区京橋)主催のセミナー「食の未来ー決めるのはあなた」が1月17日開かれ、ドキュメンタリー映画「食の未来」(米国のデボラ・ガルシア監督製作)の上映後、安田節子さん(「食政策センター ビジョン21」主宰人・NPO法人「日本有機農業研究会」理事)による解説講演があった。 
 私(安原)はこのセミナーに参加し、映画、安田さんの解説講演、さらに映画の解説テキスト「『食の未来』と日本の現状ー遺伝子組み換えで広がる緑の砂漠」も手がかりにしてGM(注)に関する現況報告を以下にまとめた。 
 
(注)遺伝子組み換え(GM=Genetically Modified)とは 
 すべての生物種は、異種DNA(遺伝子の本体)から身を守る壁を何百万年もかけて精巧に作り上げてきた。遺伝子組み換え技術は、細菌や動植物に別の遺伝子を組み込むためにその種の壁を打ち破る技術。この技術は食物へ化学物質を注入するのではなく、細胞の中に他の生物の遺伝子を入れて、これまでにない「成分」を作り出すことを可能にしたわけで、細胞を侵略する技術ともいえる。 
 例えばヒラメの遺伝子をトマトに組み込み、低温に強いGMトマトを作ろうとする場合、その唯一の手段は、ヒラメの遺伝子をトマトの細胞に注入することで、細胞への侵入のために細菌とウィルスが使われる。 
 
▽遺伝子組み換え(GM)作物の悪影響は? 
 
 まずGM作物の主要栽培国の栽培総面積は9,000万(単位ヘクタール、2005年)。うち国別は米国が4,980万(55%)で断然トップの地位にあり、次いでアルゼンチン1,710万(19%)、ブラジル940万(10%)、カナダ580万(6%)、中国330万(4%)とつづき、この5カ国で全体の94%を占める。 
 
 一方、日本は目下、最大の輸入国で、日本で認可・流通しているGM作物は7作物86種に及んでいる。その主なものは以下の通り。かっこ内は種。 
トウモロコシ(34)、ワタ(18)、菜種(15)、ジャガイモ(8)、大豆(5)、てんさい(3)など(07年11月12日現在) 
 
 さてGM作物にはどういう悪影響があるのか? 多様な悪影響が世界各地から報告されている。 
 例えば米国では飼料用のみが認可され、食用では認可されていないGMトウモロコシ「スターリンク」が食品に混じり、これを食べて異常を訴え、アレルギーが疑われた人たちが出た。日本に輸入された飼料や食品からも「スターリンク」は検出されている。このように飼料用が食用に混入するのが避けられない実態がある点に危険性がひそんでいる。 
 これは一例にすぎないが、GM作物/食品を作る技術の歴史も浅く、これを今後長期摂取した場合、どういう影響が出るかは未知の世界として残されたままである。 
 
 以下、すでに判明している悪影響の具体例のうちごく一部を紹介する。 
*健康への影響 
・動物実験で栄養価の不足・変化、免疫力の低下、内臓障害(英国) 
・被験者による実験で人の腸内細菌に食べたGM大豆由来の遺伝子が転移(英国) 
・GMトウモロコシで鶏の成長にばらつきが生じ、死亡率が2倍に(カナダ) 
*農業への影響 
・殺虫コーンを餌にした豚の不妊、受胎率80%低下(米国) 
・従来品種よりGM大豆の方が大きかった干ばつの被害(ブラジル) 
・高価格種子、収量の低下、国際市場の価格低下で自殺農家が続出(インド) 
*環境への影響 
・チョウの幼虫を殺す(米国) 
・野生原種トウモロコシが組み換え遺伝子で汚染(メキシコ) 
・輸入されたGM種子(大豆、トウモロコシ、菜種など)が荷揚げ港埠頭、輸送道路、製油工場、飼料工場などでこぼれて、種子が発芽し、花をつけて自生している(日本) 
 
 日本での自生がこれまで確認された地域は、茨城、千葉、神奈川、静岡、愛知、三重、兵庫、岡山、福岡の各県。花粉を飛ばし、農作物と交雑(遺伝子組成の異なる二個体間の交配)すると、普通の種子がGM種子となってしまう恐れがある。全国で自生菜種の調査が行われ、すでにGM菜種が見つかっている。日本国内でのGM汚染は広がり始めているわけで、さらに広がるのを容認するか、防ぎ止めるか、その瀬戸際に立たされている。防ぎ止めるにはGM種子の輸入中止以外の対策は考えられない。 
 
▽GM食品の表示―米、日、欧はどう対応しているか 
 
 GM食品の表示があれば、消費者は選択できるし、健康被害の原因を追跡することも可能であり、さらに企業責任を追及できる。だからGM作物を含むものはすべて表示されるべきであるが、米、日、欧の現状はどうか。 
 
*米国=GM技術を最初に開発し、普及させてきた米国の世論調査では80〜90%のアメリカ人がGM表示を望んでいるが、業界側の反対によっていまだに実施されていない。 
 
*日本=GM作物の世界最大の輸入国である。表示を求める200万の署名提出や全国地方議会の半分近くから意見書決議が出された結果、01年4月から大豆、トウモロコシの加工品一部に、また03年1月からジャガイモ加工品に表示することが義務となった。しかし輸入のGM混入の大豆やトウモロコシを原料にしている大量の飼料、醤油や食用油にはいまなお表示がない。 
 表示対象の加工食品でも表示義務条件が緩やかで、例えば原材料に占める重量の割合が5%以上のものにしか表示義務はない。このためGM原材料を使っているのに表示されない食品が多数あり、消費者が表示でGMであることを知ることができるのは輸入量のわずか1割程度にすぎない。だから消費者にとって選択できる余地はきわめて限られているのが現状である。 
 
*欧州=GM作物を0.9%以上含む場合、添加物も含めてすべての食品に表示義務が課せられている。 
 
▽種子を支配する者は世界を制す―恐るべき「自殺種子」 
 
そもそも米政府はGMという疑問の多い新技術をなぜ承認したのか。父ブッシュ政権の時、経済政策を決める大統領直属の競争力委員会(ダン・クエイル委員長)はバイオ(生物)分野で世界のトップの地位を確保するためにGM食品は規制しないという基本方針を打ち出した。つまり米国世界戦略の重要な柱の一つにGM技術は位置づけられた。 
 
 現在、GM作物を手がけているのは種子企業で、世界の種子企業上位5社の種子売上高(単位100万ドル、2006年)はつぎの通り。 
1.モンサント(米国)=4,028 
2.デュポン(米国) =2,781 
3.シンジェンダ(スイス) =1,743 
4.リマグレイン(フランス)=1,035 
5.ランド・オ・レイクス(米国)=756 
 
 GM種子は特許で保護されているが、これらの企業は1990年代から遺伝子操作をしていない通常の種子にまで特許を広げて種子支配力を強めている。トップの多国籍企業、モンサント社(農薬を含む総合化学会社)だけで市場の5分の1以上を握っており、上位4社で49%、10社で64%の支配力を持っており、企業の寡占化が進んでいる。モンサント社は推定1万1千の特許を持っているともいわれる。 
 
 種子はいわば生命の源である。その種子を特許で排他的に囲い込み、種子市場を支配しようと目論むことは、いわば生命を市場化し、支配しようと画策することにほかならない。遺伝子組み換え(GM)の危険性を警告する人々の間では「種子を支配する者は世界を制す」という危機感が高まりつつある。 
 
 「ターミネーター技術」をご存知だろうか。これは「自殺種子」を作る技術で、2世代目の種子に毒ができて、種子が自殺するするように仕掛ける遺伝子操作技術を指している。この技術開発に成功した企業をモンサント社が買収し、傘下におさめた。米国ではこの技術をGMワタに認可している。 
 この技術の効果は何か。農家が独自に自家採種できないように種子の命を絶ち切るわけだから、これまで自家採種してきた農家は、自家採種が不可能になり、毎年新しい種子をモンサント社などの種子企業から買わなければならない。種子企業には莫大な利益が転がり込むという算盤勘定だろう。 
 
 しかも農業者は事前にはそれを察知できないところが厄介である。例えばターミネーター作物の花粉が昆虫や風によって通常品種の畑に運ばれ、受精した場合、その種子が後に植えられて、発芽しなかったときになって初めて事の真相がはっきりする。農家にとっては大打撃である。ターミネーター技術は種子企業の利益のためばかりではなく、生命そのものに対する恐るべき策略といえるのではないか。たしかに「種子を支配する者は世界を制す」という危惧の念は決して過大とはいえない。 
 
▽「種子(生命)産官複合体」の支配力に「NO!」のうねり 
 
 米国でGM作物/食品の安全規制がまともに取り組まれない背景には企業と規制当局との間の緊密な癒着関係が指摘されている。 
 例えばモンサント社副社長が環境保護庁次官に、モンサント社理事が商務長官に、モンサント関連会社副社長が米国食品医薬品局副長官にそれぞれ転出し、一定期間後に元の企業に復職するという往復人事は珍しくない。 
 私(安原)は、これを米国型軍産複合体(軍部と兵器メーカーとの癒着関係)になぞらえて「種子(生命)産官複合体」と呼ぶこともできるだろうと考える。軍産複合体のスローガンが「平和」であるのに対し、種子産官複合体のそれは、例えば「人道主義」(食料増産によって世界の飢餓人口約8億人を救うこと)である。しかしこの「人道主義」というスローガンは軍産複合体の「平和」と同様に覇権と利益を目指すプロパガンダにすぎない。 
 
 種子産官複合体を支援しているのが米国の農業補助金政策であり、WTO(世界貿易機関)である。補助金の多くは種子企業がGM作物として標的にしてきたトウモロコシ、小麦、綿花、大豆などに充てられる。過剰生産で市場価格が下がっても、それを上回る生産費との差額を補助金で補填する仕組みだから、過剰生産も高価な種子のセールスも自由にできる余地が確保されている。 
 
 もう一つのWTOの目的は自由貿易体制の強化であり、その実態は輸出国の利益優先である。生産費よりも安く輸出できる輸出補助金を温存する米国のような輸出国の農産物によって輸入国の国内農業は崩壊し、これでは公正な自由貿易とはいえない。 
 その悪しき具体例が食料輸入大国・日本の食料自給率で、すでに4割を切って、先進国では異常な低水準に落ち込んでいる。いいかえれば命の源である食料の6割強を他国からの輸入に依存しているわけで、国民にとって不可欠の食料安全保障は空洞化している。 
 
 WTO体制が食の安全、農業の自立、食料主権を脅かし、環境破壊を引き起こしていることが明らかになってきた。だから食料自給権と公正な貿易を求めて、「WTOにNO!」の声が世界に広がりつつある。これはすなわち「種子産官複合体」の支配力に「NO!」を突きつけるうねりともいえよう。 
 
▽世界各地に広がる対抗策―「GMOフリーゾーン」 
 
 種子産官複合体のグローバルな攻勢に世界各地で市民運動などによる様々な対抗策が試みられている。その有力な手だてが「GMOフリーゾーン」で、これは遺伝子組み換え作物(GMO=Genetically Modified Organisms)がない地域のことで、欧州を中心に広がっている。 
 具体的にはGM作物の栽培を認めず、GM家畜や魚を禁止し、チーズやワインなどの生産に使う微生物もGMで改造したものは認めない。スーパーマーケットや小売店でGM食品を売らない、学校給食にも使わないなどの規制を実施している自治体もある。 
 この運動はイタリアのスローフード運動に取り組んでいるワイン生産者たちによって、米国の食料戦略や多国籍企業による種子支配に対抗し、多様な農業や食文化、地産地消(その地域でとれた作物はその地域で消費する)、地元の農業を守る闘いとして始まった。 
 
 各国の現状はつぎの通り。 
・ギリシャ=世界で初めて全土でGMOフリーゾーンを宣言 
・イタリア=全土の約80%で宣言 
・オーストリア=9州のうち8州で宣言 
・ポーランド=16州のうち15州で宣言 
・スイス=2005年の国民投票でGMOの栽培も実験も5年間禁止 
・英国=5州で実施 
 このほかドイツ、ハンガリー、米国カリフォルニア州、カナダ、オーストラリア、ブラジル、アフリカ諸国へと広がりつつある。 
 
▽対抗策が遅れている日本―主食コメはどうなる? 
 
 さて上記のGMOフリーゾーンは日本ではどうなっているのか。山形県遊佐町が街ぐるみで宣言しているほか、全国で1,994人の生産者が自分の畑に看板を立てて、フリーゾーンを宣言し、その面積は合計4,116ヘクタールに達している(06年3月現在)。 
 
 一方、フリーゾーンにはほど遠いが、条例などで規制をする地方自治体も広がっている。規制条例を実施している自治体はつぎの通り(2007年1月末現在)。 
北海道=06年1月施行 
千葉県、京都府=06年4月施行 
新潟県=06年5月施行 
徳島県=06年6月施行 
愛媛県今治市=06年9月施行 
 
 ただ規制の内容が栽培の認可制、野外実験の届出制、罰則などを定めているだけで、GMをすべて禁止する「望ましい禁止条例」からみれば、大きな隔たりがある。 
 いずれにしても欧州に比べれば、日本はその対応がかなり遅れているが、その背景には農水省の「バイオ産業育成」、「植物新品種開発者などの権利保護強化」に対する積極的な姿勢がある。この方向に進めば、やがて米国同様、農家の自家採種の権利が奪われ、種子が企業の所有物となる日も遠い将来の物語ではなくなる。その意味するものは企業による単一作物の大量作付け、農薬や化学肥料の多用、さらに環境汚染である。 
 
 「遺伝子組み換え(GM)イネ」の開発もすでに日本国内で進められていることもみのがせない。それに加えて米国のモンサント社など種子企業が日本のコメ市場への参入に積極的な姿勢をみせている。日本人の主食コメは、一体どこへゆくのか? という新たなテーマも浮上してきた。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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