2008年02月22日11時17分掲載  無料記事
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検証・メディア

「ナベツネ問題」を考える<下>新聞各紙の論評、学者・評論家の意見 池田龍夫(ジャーナリスト)

  「大連立」の火種は消えていないばかりか、爐佑犬豺餡餃瓩瞭宛次第では息を吹き返すかもしれない……。 
 月刊「文春」2008年3月号の政局記事(『福田と小沢、勝算なき運命共同体』)が、興味深い裏情報を明らかにしている。正月休みの1月3日、福田康夫首相の私邸に2本の電話がかかってきたという。1本は森喜朗元首相からだが、もう1本は、「大連立」に執着する読売新聞グループ本社会長兼主筆・渡辺恒雄氏からだったと、リアルに伝えている。 
 「新年の挨拶もそこそこに、政治の混乱を嘆き、大連立を説く渡辺に、福田はまず『官房長官人事で折り合わず、1月の内閣改造はやらぬことにしました』と告げた。だがそれに続く言葉に渡辺の頬が緩んだ。『……大連立の余地を残すためにも、改造を見送ったのですよ』」…と。 
 
 この「文春」の記述には信憑性があり、元首相、新聞社主筆らの裏工作をウオッチし続ける必要性を痛感する。 
 
 先の論稿<上>では、主として「大連立劇」(2007年11月)の経緯を検証したが、<下>では新聞各紙がどう捕らえたかを探り、学者・評論家の意見や戦前の歴史とも対比して考察してみた。 
 
▽「新聞文化賞」受賞者なのに… 
 
 「論稿<上>」で述べた通り、福田・小沢第2回党首会談終了後の11月2日夜、民主党役員会の「大連立反対」を受けた小沢一郎代表がすぐ取り下げて白紙に戻ったが、元首相と新聞社主筆が政治を壟断するような動きを厳しく批判し、検証することはメディアの責務であろう。事実経過は、各紙とも大幅に紙面を割いて報じたが、言論機関のトップが暗躍したことについての責任追及が弱かったのは何故だろうか。「日本新聞協会長も務めた新聞界のトップを批判しにくい」とのムードがあったとは思いたくないが、批判記事が少なく、しかも遅かったのは不可解だ。 
 
 「大連立」が不調に終わったあと、小沢代表の進退問題でギクシャクしたものの、論説で真っ先に問題提起したのは朝日新聞11・10朝刊だった。「『大連立』仲介――読売で真実を読みたい」と題した論説で疑問点を提示した。 
 「事実を伝える記者が、裏では事実をつくる側に回ってしまう。それでは報道の論評や公正さが疑われても仕方ない。報道する者としての一線を守りつつ、いかに肉薄するか。多くの記者は、政治家ら取材対象との距離の取り方に神経を使っている。だれもが似たようなことをしていると思われたら迷惑だ。読売新聞は、大連立を提案したのは小沢氏だったと大きく報じた。小沢氏が『事実無根』と抗議すると、今度は小沢氏に『自ら真実を語れ』と求めた。一連の経緯にはなお不明な部分が多い。だれよりも真実に近い情報を握っているのは読売新聞ではないのか。読者の知る権利に応えるためにも、真実の報道を期待したい」と指摘し、読売新聞に情報公開を迫った。 
 
 次いで毎日新聞11・13社説は、「『さる人』の説明が聞きたい」と題し、仲介役と目される渡辺主筆の説明責任を求めた。 「政治の停滞をどういう形で防ぐかは政治家側が国民の意向をくみながら判断すべき事柄だ。新聞が政治の権力づくりの当事者になって、権力監視という重要な役割を果たせるだろうか。……渡辺氏は新聞記者、新聞経営者として半世紀以上にわたる功績が認められ、日本新聞協会から今年度の『新聞文化賞』を受賞している。経営者としても政治記者としても評価されている人だけに口をつぐんでいるのが不可解だ。日本新聞協会が2000年6月に定めた新聞倫理綱領は、国民の知る権利は、あらゆる権力から独立したメディアが存在してはじめて保障されるとし、『新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい』とうたっている。そのときの新聞協会長が渡辺氏だったのである」と、公正な言論活動からの逸脱を指摘する。 
 
 東京(中日)新聞12・9社説も「対象を公正、客観的に観察して国民に報告する使命を負っているジャーナリストが自らニュースの当事者となり、マスコミの影響力を背景に密かに政治を動かそうとしたのは、ジャーナリズムとして邪道です」と厳しく批判していたが、社説で「権力とジャーナリズム」を論じた新聞が余りにも少なかったのが残念である。 
 
 北海道新聞が11月11日朝刊3面トップで「『大連立』検証――改憲へにじむ思惑」との意欲的紙面を素早く展開したのが光った。同社・東京政経部記者が一連の経過を軸に構成した記事だが、「表向きの目的は『ねじれ国会』の解消。だが、背景には『憲法改正』を実現させたいとの思惑も透ける」との視点は鋭い。未だに燻り続ける「大連立」問題を一過性の犹件瓩畔劼鼎韻討呂覆蕕覆ね由が、そこにあると思えるからだ。 
 
▽ジャーナリズムの原理原則を踏み外す行為 
 
 この「道新」特集面を補完するものとして、田島泰彦・上智大学教授(メディア法)に取材してまとめた一文が光った。この時点でのいち早い対応は見事であり、田島教授が指摘した骨子を引用して参考に供したい。 
 「メディアは基本的には事柄の当事者となるのではなく、第三者として当事者のいろんな行動を分析する監視者であることが大事です。自ら関与し、行動を起こすとなると、客観報道の原理原則、ジャーナリズムの枠を超えてしまいます。読売新聞は1994年から3回、憲法改正試案を紙面に載せました。もちろん、新聞社が憲法についていろいろ主張すること自体は、悪くありません。ただ、このケースは具体的な改正案文まで示し、憲法はかくあるべしという提案でした。憲法は非常に政治的かつ国家のあり方にかかわる問題なのに、自らが登場人物として名乗りを上げています。渡辺さんの今回のやり方はその延長です。 
 日本の政治の今後のあり方をについて、自ら首脳同士を引き合わせる橋渡し役になったのはもっとも露骨といえます。社説の場でも公然と、その筋書きを弁証し、国民に大連立の話が正しいと伝えています。大連立の善し悪し以前に、二重三重に政治に深く関与し、動かそうとしており、ジャーナリズムの枠を超え、やってはいけない重大なことをやってしまっている。政治記者は往々にして、取材対象である政治家の活動と一体となるような報道に陥るときがあります。渡辺さんは本来、それを注意すべき立場なのに、率先して政治記者の極限的な形を体現したということでしょう」との明快な論理は、傾聴に値する。 
 
 「読売の渡辺会長・主筆は、元首相や自民党総裁以上の超実力者的な存在。ナベツネ氏によって大連立という全くバカなことが起こされた。先日イギリスの新聞記者がインタビューに来た。イギリス人の感覚ではこんなことはあり得ないとのことだった。新聞社の会長が元首相まで動員して野党第一党の党首を巻き込んで大連立を画策するなどということは考えられないことだと。日本はもう、どうしようもない国だという感じだった。私もそう思いますと。ひどい国になっちゃったと。ナベツネのやったことは、日本の信用を大変低下させたと思う」と、森田実氏(評論家)が指摘した(『アジア記者クラブ通信』1月号)通りで、「民主政治未成熟国ニッポン」の姿を世界にさらした罪は大きい。 
 
 ところが、当事者の渡辺氏は明確な説明責任を果たさないばかりか、犲〜韻虜瓩鯲っているようで、奇妙な工作には要注意である。 
 
▽「翼賛選挙」――戦前の苦い歴史を想起 
 
 ここで、戦前の「翼賛選挙」の苦い歴史を振り返って、政治選択の間違いが国家を破局に導いた過ちを、当時の新聞報道も参照して考えてみたい。 
 今の政治状況を憂え、狎鐐芦鶺↓瓩良潮をオーバーに危惧しているわけではないが、満州事変(1931・9)以降、民政党・政友会などの解散→「大政翼賛会選挙」を経て、敗戦に至る「15年戦争時代」を学習し直すことは大事である。その観点から、「翼賛選挙」について若干の参考資料を提供する。 
 
 5・15事件(1932)で犬養毅首相が暗殺されてから、日本の議会政治は事実上解体し、政党内閣制は葬られた。満州事変に続く日中戦争勃発(1937・7)で狎鏤色瓩呂気蕕剖まった。米内光政内閣のあと、第二次近衛文麿内閣(1940)が推進した「新体制運動」に屈した民政党、政友会など各政党は「バスに乗り遅れるな」と相次いで解党。近衛首相を総裁とする「大政翼賛会」が1940年10月に結成された。国会は形骸化し、社会活動すべてが「聖戦完遂」の名の下に進められた。 
 
 第三次近衛内閣総辞職のあと東条英機内閣が1941年10月18日発足。57日後の12月8日、米英両国に宣戦布告して太平洋戦争に突入した。「聖戦完遂」の世論をバックに、東条首相は42年4月30日、第21回総選挙を断行した。これに先立つ2月に「翼賛政治体制協議会」(会長、阿部信行・元首相)が結成されており、「翼協」は、「適正な推薦を行なう」と称して候補者選考を一方的に行ない、466人を推薦候補として全選挙区に立候補させた。尾崎行雄、斉藤隆夫氏ら旧政党人の一部は排除され、犂雲汁挙瓩箸發い┐詼週鵝E衂捨┌験筍永8厘で、推薦候補381人・非推薦候補85人の当選が確定した。「翼協」推薦候補の圧倒的勝利だった。 
 
 当時の朝日新聞(42・5・3)は、「1079名という前例のない多数の候補者が乱立し、推薦、非推薦入り乱れての混戦であるから、同士討ちの場合も予想されており、この結果は実に予想以上の好成績と言い得るだろう。……推薦議員が8割以上の絶対多数を占めたという事実は、政府並びに翼協に対する国民の信頼が如何に深いものであるか、聖戦完遂の基礎条件となるべき新しい政治体制の強化を国民が如何に熱望しているかを明瞭に物語るものである。翼協が推薦する以上、必ず信頼するに足る人物であろうとする信頼感、政府に対するこの素朴な信頼感がこの結果を生み出したにほかならぬのである」と、猴禹秦挙礼賛瓩竜事を書いている。 
 
 同日の読売新聞も「大東亜戦争完遂のために不可欠な国内政治体制整備の一環としての翼賛議会の成立を目指す官民月余の努力は、翼賛選挙の名に相応しいいろいろの特色を残して終わった。……新代議士は議会新体制の中核体となる意気込みをもって、同志的結束への具体的努力を今日から直ちに始め、よってもって翼賛選挙における自己の責務を果たすべきであると思う」と、同趣旨の社説を掲げていた。 
 
 「翼賛選挙」の昔を振り返ってみたのは、自・公・民「大連立」の動向が、「議会制民主主義」の将来に悪影響を及ぼさないかとの不安を感じたからだ。そこで、現在の国会の勢力分野を確認したうえで、問題点を考えたい。 
 
 現在(08年1月)の衆議院は、自民当304議席▽公明党31▽民主党・無所属クラブ113▽共産党9▽社民党・市民連合7▽国民新党・そうぞう・無所属の会6、無所属9▽欠員1の合計480人で構成されている。 
 参議院は、民主党・新緑風会・国民新・日本120議席▽自民党・無所属の会84▽公明党21▽共産党7▽社民党・護憲連合5▽各派に属しない議員5の合計242人の構成になっている。 
 
 与党の自・公勢力は衆院では絶対多数だが、参院では野党勢力が優位に立っていることは一目瞭然。この爐佑犬豸従櫚畭燃のため保守系実力者が打ち出した戦略が「大連立」と言える。「自・公・民が大連立を組めば、国会運営はスムーズになる」との発想だろうが,明らかに主義主張が異なる政党が狎界フィクサー瓩旅作に騙されたら、「議会制民主主義」は形骸化してしまう。まさに、狢臉翼賛会的な発想瓩隼廚┐詼杜ではないか。 
 
 ちなみに、「大連立」が成功した場合、衆院の与党勢力を単純計算すると「自・公335+民・無所属ク113=448議席」に達する。何と9割3分という驚異的な絶対多数だ。参院も「民その他120+自・公105=225議席」に達し、これまた9割3分もの議席数に膨れ上がる。こうなったら、「大連立・与党」の政策運営は自由自在、野放しになってしまう。極論すれば、憲法改正(両議院の総議員3分の2以上の賛成で発議し、国民投票に付す)への道も容易に開くことができる。 
 
 今後、時代の変化に応じて「政界再編」は避けられないと思うが、狃叔弔劼箸らげ瓠聴数合わせ的「大連立」は、民主主義の仮面をかぶった狎権党独裁瓩砲弔覆る恐れなしとしない。 「杞憂」というなかれ! 政治への国民の無関心が怖い! 
 
▽爐佑犬豺餡餃瓩慮充造鮓詰め、国会審議の改善を 
 
 最後に、今後の民主政治の在り方ににつき、筆者が共感した識者の卓見を紹介して結びとしたい。 
 
 「大連立というのは、ねじれ国会に焦りを感じている人たち、ある種の古い政治スキームに郷愁を感じる人たちが政局の安定を図ろうという新体制運動的な発想だ。民主主義には忍耐がいる。意見が一元化できないことに対する焦燥感を抑え、違いの中から合意点を見出していくアプローチが本来の民主主義の在り方だ。(ねじれたことにより)数の論理によって隠蔽していた虚構が見えてきた。政治を政策主導に変える転機になっている。各政党は政策の機軸をより明確にしないといけない。特に野党の責任は大きい。 
 英国労働党が政権を奪い取るエネルギーは、まさに『第3の道』という政策論だった。例えば経済産業政策で、極端な超低金利政策を続け、金融体系をゆがめているのをどうするか。どのような政策、個性で行くのか、明らかにして戦っていかないと、政治が進化しない。……ねじれ国会の先には再び政治改革というテーマが出てくる。政治家の数をギリギリまで減らし、リーダーシップ、オピニオンを持った政治家を育てることが肝要だ。任期の短縮も必要ではないか。職業としての政治を、代議制民主主義を鍛え直すことで作り替えないといけない」。         寺島実郎氏=日本総研会長 (毎日新聞2008・1・16朝刊) 
 
 「ねじれ国会の本質は、国会に2005年の民意と2007年の民意という全く異なる2つの民意が並存している点にある。2005年の民意は小さな政府を支持し衆議院の絶対多数という形で続いている。2007年の民意は格差社会批判と生活優先という方向性を持ち、参議院の野党優位という形で存在している。衆参両院だけではなく、それぞれの政党の中にも、メディアや世論にも、2つの民意が混在し、議論の機軸が曖昧になっている。次の政権の政策課題を考えるとき、昨夏の参院選に現れた民意から出発することが大前提となるべきである。民主党の側では、『生活第一』というスローガンを具体化するような政策大綱を示すことこそ、政権選択を迫る政党の責務である。…… 
 90年代から始まった政治改革や政党再編の試行錯誤は、最終段階に入った。右側に新自由主義路線をとる保守政党、左側に福祉国家路線をとる社会民主主義・リベラル政党が対置するという世界標準の2大政党制の姿がようやく現れつつある。次の選挙でそのような競争的政党システムが定着するかどうかが問われることになる。同時に、自民、民主両党の中に、このような政党の性格付けに居心地の悪さを感じる政治家が大勢いることも確かである。それぞれの党が機軸を明確にすることによって、反発する政治家が自らにとって自然な党に移るという再編も、あるべきかもしれない。そこまで本格的な政策論議が求められているのである」。 
 山口二郎・宮本太郎氏=北大大学院教授 (月刊誌『世界』2008・3月号) 
 
 「ねじれ国会になって、小泉・安倍時代に定着した与野党対決型の国会が転換期を迎えた。政府・与党は、これまで政府提案してきたものを議員立法にすることで、野党を修正協議に引き込みやすくなる。一方、野党は取り込まれる危険があって安易には乗れないものの、対案を議員立法で出して野党優位の参院で修正協議に臨むか、参院を通過させて与党と協議すれば、先の展望が開けるだろう。政府が出す予算関連の税制法案などは政府提出が望ましいが、事前に野党とも政策協議したうえで提案すべきだ。国民生活にかかわるような法律は議員立法の比重を高めていい」。 武蔵勝宏氏=同志社大大学院教授 (朝日2008・2・16朝刊) 
 
 爐佑犬豺餡餃瓩箸覆辰榛鯒秋からの臨時国会(1・15まで)では、内閣提出(閣法)の法案成立が10本。議員立法は、薬害C型肝炎被害者救済特別措置法、改正被災者生活再建支援法、改正中国残留孤児支援法など12本にのぼり、議員立法が与野党話し合いで数多く成立した。官僚主導から議員主導へ、国民のための国会審議が狃飴欧佑犬讚瓩鬟謄海乏萓化したと評価していいと思っている。本来の議会制民主主義に向かって与野党が努力すべきであって、「大連立」構想などの手練手管に騙されてはならない。 
                            (2008・2・20 記) 


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