2008年10月01日15時24分掲載  無料記事
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北朝鮮

ポスト金正日は集団指導体制へ 北朝鮮の政治指導体制の将来 ルーディガー・フランク

 9月9日に金正日が軍事パレードに欠席したことは、彼でさえ少なくとも肉体的には永遠には生きられないということを世界に思い知らせた。彼の政策が人々から嫌悪されているのにもかかわらず、彼の健康が大きな関心となるのは、彼の突然の死がもたらす結果についての恐れである。北朝鮮の体制が安定しているということは、核兵器がほぼ管理の下にあるということ、既に非常に困難になっている食料情勢がさらに大きな人道上の災害にならないこと、近隣の大国が介入し、新たな国際的危機を引き起こさないことを保証している。 
 
 北朝鮮の安定は、韓国にどのように統一を進めるか考える時間を与えている。それには、財産権、エリートの待遇、急速で大規模な経済復興、社会保障のネットワークへの負担などの未解決の問題が含まれる。2004年に私が平壌を訪問した時、金正日の肖像が公共の場所から外されている気付き、北朝鮮における集団指導体制の可能性について短い記事を書いた。だが、ほとんど支持されなかった。当時、予想は通常、3人の息子のうちの一人か張成沢(訳注―金正日の妹の夫)に焦点が当てられていた。金正日が重い病気にかかったと伝えられ、後継者がまだ指名されていない現在、世論の動向は変化したようだ。しかしながら、なぜそのような集団的指導体制が最も可能性のある選択であるのか、分析的説明はほとんど見当たらない。そこで、わたしがここ数年展開し、示してきた議論の一部を繰り返させてもらいたい。 
 
 金正日の後継者が1994年に倣ったものになる可能性はあるのか?すなわち、彼の息子の一人なのか、それとも別の独裁者なのか?北朝鮮の政治体制の論理を理解するために、数日ではなく、何年も費やしてきた人々は、そのようなシナリオをそう簡単には退けない。主な理由は、北朝鮮のイデオロギーの本質的要素と基礎である、その指導者の中心的機能である。ロシアのブハーリンが1921年に、労働者階級は党の指導を必要とし、党は「偉大な舵取り」の指導を必要とすると主張したように、北朝鮮におけるその指導者は社会的経済的肉体の頭脳であるとされている。頭がなくては、この肉体は明確な目標を持って生きることも、機能することもできない。しかしながら、1998年の憲法改正は、北朝鮮がこの不可能なことを可能にする方法を見出したことを示している。金日成は肉体的には死んだが、政治的には永遠の主席としてまだ生きている。それでこの問題は解決している。 
 
 どの政治支配も正統性を必要とする。民主主義国では、正統性は選挙によって与えられる。専制制の国では、それは偉大な業績からくるか、委譲されている。金日成は、日本と米国に対し勝利したと主張し、北朝鮮ではそれは自明なものとして受け入れている。数十年にわたる彼の支配と絶え間ない教育が、極めてカリスマ的な人格とされているものと結びついて、彼が神の地位を獲得するのを確実にした。このことは、彼が正統性を次の世代、彼の長男の金正日に譲ることを可能にさせた。金正日は1980年に、朝鮮労働党の最後の大会となっている第6回大会で正式に後継者として発表された。 
 
 北朝鮮の政治体制を太陽系に比べると、金日成は太陽であった。彼に付けられた名前と一致し、北朝鮮の宣伝で「人類の太陽」として彼が描かれるのと一致する。他方、金正日は月のようであった。明るく輝くが、それは太陽を反射しているからにすぎない。太陽が消えると、月は暗くなる。月が、別の大きな岩を新しい指導者として認められるのに十分なほどに明るく輝かせるのは難しいと知るのは明らかである。金正日が彼の子供を北朝鮮の次の指導者に就かせようと思ったなら、そのような正統性を他の者に与える地位に彼自身を持ってこようとしたはずである。しかし、彼はそうしたであろうか?金正日は1994年以降、彼自身を太陽にしたであろうか? 
 
 答えは明らかに否である。実際、そうした方向への試みー権威と正統性の新たな源となることーがないことは特筆すべきである。金正日の銅像は一つもない。金正日広場もなく、金正日通りもなく、金正日の顔が描かれた紙幣はなく、金正日のバッジもない。後者は時々、見かけられたと報じられるが、すぐに古いものに取って代われている。2004年には、彼は公共の場所での自分の肖像を外そうとさえした、それは明らかに行き過ぎて、元に戻された。それでも今日、北朝鮮のスローガンやポスターの約半分は、「偉大な指導者金日成は常にわれわれとともにある」である。 
 
 金正日は、父親の息子としてのみ支配でき、象徴的な中心人物として金日成に取って代わろうとすることは、木の枝に座りながらそれを切るようなもので、彼自身の正統性を損なうことになると完全に理解している。ジレンマは、金正日が金日成に取って代わらない限り、彼は父親がしたように正統性を委譲することはできないということである。従って、彼の3人の息子の中から後継者が公式に発表されていない。これは彼らにとって、重大な結果である。政治的正統性の観点では、彼らは現在の指導者の息子であるより、前の指導者の孫である。彼らは、十分明るく輝くには太陽から遠すぎるのかもしれない。 
 
 社会主義と民族主義が結び付いた北朝鮮のイデオロギーは、しばしば宗教にたとえられる。公式の宣伝を見ると、指導者たちの超自然的の能力や奇跡を思い起こさせる自然現象についての報道がある。その男子が生まれたとされる1942年2月の夜、白頭山の正日峰の上で輝いた星についてなどである。エレベーターやエスカレーターなど、指導者が現れた世俗的な場所でさえ、崇高な熱心さで保存されている。北朝鮮を訪れた人々は、指導者たちが出席したり、活動したことを記念する金色の説明文のある赤いプレートや、山の中の石に指導者がかつて休んだことから、そこが囲いで囲まれているのに巡りあったに違いない。 
 
 従って、もし宗教との比較を受け入れるなら、金正日の後継者は彼の息子の一人、金日成の孫の一人ではないであろうという議論を見出すことになる。世界で最も成功した一神教は、神と息子ないし預言者を知っている。ワインに水を加え続ける試みがよそでなされてきた。だが、それらの宗教はすべて消えた。生き残り、今日、優勢な宗教は一つの継承の方法しかない。金日成のプロテスタント主義との関係については、多くのことが書かれている。類似点は、北朝鮮の公式の神話に見出されてきた。彼がキリスト教の論理を彼のイデオロギー体制に直接適用したかどうか言うことは難しいが、彼は確かにそれを知り、理解していた。 
 
 この点で、少なくともすべてが計画通りに進むとしたら、金日成の孫か別の一人の指導者による継承はまずありそうもない。計画はあるはずである。なぜなら、金日成が息子に権力を委譲し、その後に何が起きるか考えなかったというのは想像し難いからである。金正日は知的能力の高い人物であると言われている。従って、もし一人の指導者が必要とされていても、新しい指導者が指名できない場合は、解決策はどのようになるのか? 
 
 上で述べたように、1998年の憲法は方向を示している。政府、党と軍隊、地方と都市でのさまざまな利害を調整するために、例えば「統一評議会」と言われるような集団が国を統治するために選任されるかもしれない。これは、「永遠の主席」金日成と「永遠の将軍」金正日の英明な指導のもとで行われるであろう。そのような集団が助言することがなくなってしまうと心配することはない。キリスト教とイスラム教は何世紀もの間それぞれ、一冊の本でうまくやってきた。金日成と金正日は、聖書やコーランの約数(decimal multiple)を作り出してきた。 
 
 そのような委員会が正統性を持つためには、長い間開かれていない第7回党大会などの重要な行事を召集することなどもあり得る。金正日自身が新しい指導部の形を発表するか、それが遅すぎるのであれば、これは彼に代わって、新しい「最高行政官」が恐らく手紙を読んで行われるであろう。この行政官は、エリートの有力メンバーであろう。彼はローマ法王のように、同僚の中の首席(primus inter pares)として主導するであろう。しかし、第3の「偉大な指導者」にはならないであろう。 
 
 こうした計画の問題は、うまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もあるということである。権力に飢えた、金正日の妻たちの一族、あるいは家族の別の系統、あるいは軍の野心のある指導者が、北朝鮮の政治的安定のための長期的結果を考えることなく、権力を握ろうとする可能性は常にある。これは、われわれの予想を超えた現実の不明瞭な部分である。しかしながら、集団的指導体制は北朝鮮の政治的将来にとって最もあり得るもので、最も論理的選択である。なぜなら、世襲は機能しないからである。 
 
*ルーディガー・フランク ウィーン大学東アジア研究所教授 欧州気鋭の北朝鮮・韓国専門家。 
 
 
原文は米国のシンクタンク、ノーチラス研究所のサイトに掲載された。翻訳、配信について著者の許可取得済み。 
 
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(翻訳 鳥居英晴) 


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