2008年10月01日22時23分掲載  無料記事
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検証・メディア

核拡散防止体制の形骸化 「米印原子力協定」とNSGの対応 池田龍夫

  「私たちが前回の要望書(06・6・21)でも指摘した、インドが核兵器不拡散条約(NPT)の発足当初から不平等を理由に加盟せず、国際世論を無視して核実験を行い、公然と核兵器保有国になった事実はその後何一つ変わっていません。このような状況の中で、NPT加盟国である米国がインドを有力な原子力市場であるとみなし、また対中・対イスラムの同盟国ともみなして、インドに対してNPTの加盟を促さず、例外扱いとして認めようとすることは、NPTの基本理念に反することは明白です。それと同時に、イランや北朝鮮の核開発を阻止しようとすることとも矛盾します。しかも日本など45カ国からなる原子力供給グループ(NSG)の全会一致の承認が得られにくいとみなすや、米国はその規定の変更を試みようとさえしています。私たちは、広島への原爆投下の日に当たり、被爆国である日本の政府がこうしたNPT体制の崩壊つながりかねない米印原子力協定に対して、インドがNPTと包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟することを前提条件としない限り、賛成できない旨、米国政府とインド政府に強く訴えることを希望します」。 
 
 「世界平和アピール七人委員会」(武者小路公秀、井上ひさし氏ら七委員)が2008年8月6日、福田首相に訴えた悲願は、完全に葬り去られた。9月6日ウイーンで開かれた原子力供給国グループ(NSG)臨時総会は、NPT未加盟国インドへの原子力関連物資の輸出禁止を解き、原子力優先のビジネスへと舵を切り替えてしまった。インドの核実験(1974年)を機に、30年以上続いた対インド禁輸措置の解除が、核不拡散を目指すNPTとNSG体制の崩壊につながりかねない世界的危機との認識が必要な重大事だ。 
 
 47カ国が激論の果てに、米国など大国のエゴに屈した形(最終的には全会一致)になった会議の背景と問題点を探ってみたい。 
 
▽罷り通った「原子力ビジネス優先」 
 
 NPTに加盟せず、核拡散防止の潮流に応じないインドに対し、米ブッシュ政権は、原子力ビジネス優先政策を打ち出して他国に同調を画策してきた。しかし、NSG総会では慎重論が根強く、先月(8・22)の総会でも結論は出なかった。来年1月の任期切れが迫ったブッシュ大統領にとって、9月4日からの総会が正念場。米議会での「米印原子力協定」承認を取り付けたいわけだが、今回の総会も開幕当初には〝結論先送り”の観測が流れていた。 
 
 「米国は先月末に修正案を示し、問題が起これば速やかに協議することなどを条項に盛り込んだものの、条件付き解除を拒むインドに配慮し、慎重派が主張した①インドが新たな核実験をすれば例外扱いをやめる②定期的な見直しをする③ウラン濃縮や再処理技術の輸出は制限する…などの条項は明文化せず、その後の再修正でも実質的に無条件のインド例外化を求めた。外交筋によると米国は『これ以上修正すればインドが背を向け、対印査察の拡大などすべてが台無しになる』と迫り、オーストリアなどの慎重派が最終的に歩み寄ったとみられる」と『朝日』9・7朝刊が伝えていた。 
 
 NSG総会は非公開だが、他紙もほぼ同様の討議経過を報じており、「米国が核ビジネスを推進しているフランス、ロシアの支持を得て、オーストリア・スイス・ノルウェー・オランダ・アイルランド・ニュージーランドの非核六カ国の反論を説き伏せ〝全会一致〟のゴリ押し決定に持ち込んだ」との構図だったに違いない。 
 
 日本も同総会で「インドの核実験凍結」の明文化を主張したようだが、最終的には米国に譲歩。唯一の被爆国として、非核国の先頭に立って最後まで筋を通すべきではなかったか。 
 「日本政府が、この抜け道づくりに反対せず、米国に追随して賛成に回ったことは、許されざる対応だ。被爆国には核拡散を防止し、廃絶へ国際世論を導く使命がある。日本政府は人類的立場に立ち、敢然と反対すべきだった。NSGは全会一致が原則で、一国でも反対すれば協定発効は阻止できた。日本がその機会を逃し、協定承認に回ったことは、被爆国政府としての責任を公然と放棄したに等しい」と、長崎新聞は9・8論説で批判。 
 
 『毎日』9・7社説も「最終的に秘密会の全会一致で承認された瞬間、拍手もわかず会場は沈黙が支配したという情報もある。こんな決定は後世に禍根を残す――そんな不安を参加国の代表たちは感じたのかもしれない。核不拡散をめぐる国際社会の良識が、米国の圧力によってねじまげられたのではないか、と私たちは強い危機感を覚えざるを得ない。…『日本はインドの核兵器を認めたじゃないか』と北朝鮮が言い出せば、日本政府は難しい対応を迫られよう」と、「インドの例外化」を承認した日本政府の姿勢を批判している。 
 
 「インドの原子力開発への投資額は一千億㌦(約十兆円)といわれる。フランス、ロシアはインドとのビジネスに関心を示しており、オーストラリアもウラン輸出解禁に踏み切る可能性がある。……NSGがNPT未加盟のままインドを例外扱いしたことは、北朝鮮とイランの核開発問題に悪影響を及ぼしそうだ。NSGはインドの核実験後、米主導で発足した。今回の決定は米国の『二重基準』ととらえられ、核開発の口実を与える」との指摘(『日経』9・7朝刊)は的を射ている。 
 
▽ヒロシマで画期的な「G8議長サミット」 
 
 福田康夫首相退陣表明の翌日、政局激動で揺れる9月2日午前、「G8下院議長会議」(議長サミット)が広島市・平和記念公園内の「広島国際会議場」で開催された。一堂に会したのは、河野洋平衆院議長、ナンシー・ペロシ米下院議長のほかロシア。英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの各国議長とEUの欧州議会副議長の9人。 
 
 G8議長サミットは、G8首脳会議の開催国で毎年秋に開催されているが、河野議長の提案によって「ヒロシマ」を会場に決め、主要各国高官を招いて原爆ドームや原爆資料館見学、被爆者との交流を深めたことも有意義だった。特に、米国下院議長が公式訪問したことは画期的なことだ。 
 
 「『原爆を心の底から憎むが、憎しみを乗り越えなくては。核兵器は絶対悪。核超大国の米ロが廃絶への強い意志を示して欲しい』。被爆者たちが抱いている思いを訴えた高橋昭博さん(原爆資料館元館長)の言葉は、しっかりと受け止められたのではないか。今回、原爆投下の当事者である米国のナンシー下院議長が出席した意味は小さくない。憲法の規定で大統領と副大統領の職務執行が不可能なら国家元首の役割を担う、いわば『ナンバー3』の被爆地訪問である。米大統領が被爆地を訪れるのは容易なことではないが、それにつながるよう期待したい」との中国新聞9・3社説に共感する。 
 
 ところが、議長サミットは非公開で、個別の発言を確認できない。その影響もあってか、新聞各紙の扱いは全般的に冷淡だった。不思議に感じて主要各紙を調べたところ、中国新聞は9・2夕刊トップに「平和・軍縮を議論/G8議長サミット開幕」と報じ、9・3朝刊では一面トップで成果を強調し、社説のほか関連記事を詳報した。 
 
 河野議長が閉幕後の共同記者会見で「核軍縮や核兵器廃絶に向けた強い発言があった」と述べたが、同席した他国議長の発言はなかったという。せっかくの「議長サミット」なのに残念だったが、中国新聞の「核廃絶」追求の姿勢に敬意を表したい。9月3日の朝刊各紙を点検すると、〝ポスト福田〟に紙面を割き過ぎており、「議長サミット」をきちんと報じる視点が欠落していた。 
 そんな思いで、中国新聞9・3朝刊を読んでいたら、「記者手帳」と題するコラムが目に止まった。9月1日夜の「福田首相辞任会見」の最後に質問した中国新聞(東京支社)記者の一文だ。 
 「総理の会見は国民には『人ごと』のように聞こえる」との質問に、福田首相が「私は自分を客観的に見ることができる。あなたとは違う」と気色ばんだ場面だ。この記者は昨年10月ぶら下がり質問で「米国は核兵器のない世界を追求する」というオバマ発言の感想を質したところ、「そりゃ、そういう世界が実現すれば、それにこしたことはないと思います。まぁ、いずれにしてもですね、核兵器を保有する、そのような世界では、あまりよくないと思いますけどね」との返答を聞き、「被爆国の首相の言葉としては、余りにも物足らなく感じた」ので、再質問したと述べている。 
 
 首相が「原爆の日」に際し、「核廃絶の先頭に立つ」との空疎な言葉を繰り返したことを思い出し、中国新聞記者の鋭い質問の趣旨を高く評価し、本稿を締めくくる。 
(いけだ・たつお=ジャーナリスト) 
 
*本稿は、「新聞通信調査会報」08年10月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です 


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