2008年11月25日22時24分掲載  無料記事
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中国

サハロフ賞の中国人権活動家・胡佳氏(上) 新しい「良心の英雄」に民衆から幅広く温かい支持

  「胡佳現象」─―中国ではいま密かにまた熱く胡佳という一人の青年への支持が広がっている。天安門事件がきっかけで仏教を信仰するようになった胡佳氏は、内モンゴルで植林活動を行う遠山正瑛氏(鳥取大学名誉教授)のことを知って、いわば「一人人道主義活動家」の道に入った。投獄中の彼は今年10月、欧州連合(EU)の欧州議会から言論と思想の自由に貢献した個人や団体をたたえるサハロフ賞を贈られた。ノーベル平和賞候補にも挙げられた中国知識人の実像に、『亜洲週刊』はさまざまな関係者と本人へのインタビューによって迫っている。(納村公子) 
 
「中国人権擁護の最新モデル」 
 
 2008年10月23日、欧州議会は本年度のサハロフ賞を中国の著名な人権活動家、胡佳氏に贈り、「中国で自由のため日々戦っている人権擁護者たちに心から感謝する」とした。同議会のハンス=ゲルト・ペテリンク議長がこの決定を公表したとき、ストラスブールの議会大ホールに大きな拍手が起こった。 
 
 このとき胡佳氏は北京市刑務所で10か月目をすごしていた。2007年12月、欧州議会人権委員会でオリンピック前の中国の人権状況についてネット公聴会が開かれたとき、彼は自宅で国家安全保衛警察(訳注:公安に属する機関。以下国保)により突然連行された。その後、当局により「国家政権転覆扇動罪」で起訴され、2008年4月3日、実刑3年6か月の判決を受けた。 
 
 サハロフ賞が受賞される前、胡佳氏は2008年のノーベル平和賞候補として名前が挙げられ、2008年にはパリ栄誉市民となっている。西側がしばしば中国で囚人となっている人物を重視することに、中国当局はきわめてきびしい表現で「中国の内政、司法の独立と主権に対する粗暴な干渉である」と反応し、中国と欧州との関係を「いちじるしく損なう」可能性があり、「中国人民の感情を傷つけた」としている。 
 
 しかし、胡佳氏のエネルギーは、彼が示した近年中国でわき起こっている「胡佳現象」において、イデオロギーによる呼びかけでなく、具体的な問題と具体的な解決で、社会的弱者を全力をあげて支援し、インターネットと携帯電話のメールの力を十分に発揮させ、市民社会の力をつくりあげた。彼も、中国でいま増えつつあるボランティアたちと同じように、理論闘争ではなく、一歩ずつ進む行動を優先し、人権擁護を実践している。胡佳氏は本誌に「私には政治がわかりません。ただ公正なモラルが必要だと思っているだけです」と語っている。 
 
 受賞のニュースが発表された日、北京の後海のカフェバーで、沈黙を守っている友人たちが彼のために祝杯をあげた。ネット上では多くのユーザが胡佳氏について直接討論するのではなく、海外メディアのニュースを転載をし、書き込み欄には「中国のノーベル賞候補者を支持する」「胡佳を支持する」といった短いコメントがどこにでも書かれていた。アディダスが胡佳と同名のオリンピック飛び込みの金メダリストを起用して制作した広告がたくさん流用され、「胡佳とともに、2008」となった。ユーザたちは1983年生まれの飛び込みのアスリートを使って、刑務所にいる1973年生まれの若い父親を暗に示した。 
 
 民間からの自発的な幅広く温かい注目は、90年代以来、同じような「良心の囚人」には見られなかった。彼と短期間交流のあったあるメディア関係者は、その理由は簡単だと説明した。「彼は多くの政治的異論者とは異なり、まったく策略というものがなく、無心の奉仕だから、本当にいい人だからですよ」 
 
 しかしもっと大事なことは、胡佳氏が政治的な異論者とは言えないということだ。彼は政権党の統治に挑戦したりしていないし、権力者のイデオロギーにも挑戦していないからである。彼はただ中国国民の持つ憲法の権利をもって人権擁護をしているだけであり、おのれの信じる正義、道徳、良識を実践しようとしているだけなのだ。 
 
 90年代以来、胡佳氏が関心を持ち努力している分野は環境保護からエイズ問題、さらにはさまざまな分野での人権擁護にまで及んでいる。法律学者の許志永氏はこう語っている。「彼は無私のボランティアであり、いわばボランティアのプロである。助けが必要とされる人がいれば彼はきっとそこに現れるのだ」 
 
 胡佳氏は内モンゴル恩格貝砂漠で植林をし、ココシリでチベットカモシカ保護のために奔走し、湖北省天鵞洲で洪水の被害にあったシフゾウ(シカ科ほ乳類。絶滅危惧種)を救助し、河南省のエイズ蔓延地区では絶望した感染者のために呼びかけを行った。 
 
 その後、21歳の女子大生、劉荻が逮捕された(訳注:北京の大学生でネット上で社会批判をしたことから国家の安全を脅かしたという名目で逮捕された)とき、彼は公安局に出向いて「なぜか」と問うた。胡耀邦没後15周年では天安門広場に献花した。趙紫陽が亡くなったとき趙家を訪ねて弔問した。彼は人権派弁護士、盲目の陳光誠氏、高智晟氏、人権活動家の郭飛雄氏を支援するためアピールに奔走し、彼らの家族の面倒を見た。天安門事件で障害者になった人を見舞い、釣魚島防衛のための抗議活動に参加した。 
 
 彼をよく知る人は、胡佳氏が分野を選んでいないことを知っている。彼がやってきたことは必ずしも賢くはない。イデオロギーもない、政治的見解もない、いささかの「斟酌」も「先の読み」もないのだ。 
 
 許志永氏は、胡佳氏の逮捕後、胡錦涛国家主席に公開書簡を書いた。許氏は「彼(胡佳)の心の内にはどのような陰謀もありません。彼がやっていることはすべてオープンなのです」 
 
 「誰もが沈黙しているとき、彼は自分の身の安全もかえりみず、……彼の声は社会の一面を代表しているのです。開発のために立ち退きをさせられた人、輸血でエイズ患者になった人、司法による冤罪の被害者……。彼らの叫びが国家の中でとどくことがないのならば、彼らは胡佳を探し、直訴者たちの群が次々と自由の城と呼ばれる彼の家を訪れ、胡佳は彼らの声を文明ある人々に伝える手助けをする」 
 
 彼は誰にでも惜しみなく同情し手助けをする。助けを求める手を拒むことはない。そこには人権派弁護士がいる、民間のエイズ互助組織がある、天安門事件の被害者がいる、弾圧された政治的異論者がいる。こうして彼自身がむずかしいテーマへと身を沈めることとなった。エイズ、天安門事件、人権擁護、チベット、釣魚島問題、そしてオリンピックと人権……ついにすべてが彼の肩にかかったのだ。胡佳は肝硬変をわずらっていながら、日々過重な仕事をこなしていた。不思議なことに、違法拘留されたり、軟禁されたり、監視されたりしながらも、彼はネットを使って支援を必要としているさまざまな被害者と連絡をとっていた。 
 
 改革開放から30年、中国では劇的な大変化があった。政権党・中国共産党が「階級闘争を綱領とする」政治路線を捨て、国際問題においても二極対立の冷戦思考を放棄した。中国は現代の「行きて帰らぬ道」を強行軍で進み、古くなった理論や観念を急いで捨て、社会に連携関係を生み出した。それは中産階級、プチ・ブルジョアジー、ボランティア、人権派、そしてさまざまなNGOと組織である。 
 
 彼らは実践を重視し、「ことばの小人」ではなく「行動する巨人」にならんとしている。彼らは理念上では「主義なし」で、いかなるイデオロギーも持たず、胡適の「主義を語らず、問題を考える」という姿勢を持っているが、世界共通の価値を堅持している。 
 
▽実践を重視し、主義は語らず 
 
 こうした階層やグループの活動家の中で、胡佳は最も代表的な人物だ。魏京生、王丹ら異議人士と根本的に大きく違うのは、胡佳が中国共産党が「神棚」に掲げる「4つの基本原則」という政治論に挑戦せず、「時とともに進む」「人間本位」のスローガンに賛同している。 
 
 在米の学者、林毓生氏が「中国はどこへ向かうのか」を研究していたとき、中国は「創造的な転換」をしなければならないと、すなわち「多元的思想を用いて伝統文化の思想、価値、身分、そして行動モデルを改造し再建し、外来文化との融合をしやすくし、改革の資源となす」ことを実現しなければならないと語った。 
 
 胡佳氏は長い間黙々と中国の「創造的な転換」という苦しい作業を行ってきた。内心の自覚を頼りに、悔いたり恨んだりせず、情熱を注ぎ、命がけで行動し、自分の、そしていく世代の中国人の近代化理想のために戦ってきた。 
 
 広州の学者、艾曉明氏は一時期、毎日胡佳から送られてきた郵便を受け取っていた。なかにはさまざまな分野で弾圧を受けたり、助けを必要とする人々の情報があった。艾曉明氏はこの「市民記者」の勤勉ぶりに感動し、公開書簡でこう述べた。「毎朝、胡佳から送られた通信を読み、私は言いたかった。胡佳よ、胡佳、あなたはどれほどの苦難を背負い込んでいるのか。あなたの心は何人の人のために血を流しているのか。あなたの名前でどれほどの呼びかけが発せられたことか。あなたの挑戦には、自分の安全のためにいくらかでも余裕をつくることができないのか」 
 
 艾氏は「この情報、そして彼の歯に衣着せぬ意見が彼の『国家政権転覆』罪をつくったのだと思います。しかし、本当のことを言わせてもらえるならば、胡佳の存在があるからこそ、この国は転覆しないでいられるのだと言いたい。胡佳の努力によって市民レベルの積極的な実践への道が開かれ、世界に希望の窓が開かれた。胡佳の存在があれば、誰も中国が独裁国家だとは言えない、言論の自由がないとは言えないのです」 
 
▽野心はなく、ただ愛の心のみ 
 
 胡佳の大勢の友人たちの目には、胡佳にいささかの政治的野心も映っていない。ただふつうの人では持ち得ない愛の心と、弱者と受難者への同情心にあふれている。 
 
 胡佳自身の思い出の中に、1996年『人民日報』に掲載された報道がある。それはある日本人の老人(訳注:遠山正瑛鳥取大学名誉教授)が内モンゴルで植林活動をしているというもので、それは彼に大きな影響を与えた。この記事がきっかけで彼は環境保護問題に関心を持ち、ボランティア活動の道に入った。その道で彼はその良心によって、関心を持つ分野がどんどんひろがっていった。野生動物の保護からエイズ患者、そして天安門事件被害者……。その後、迫害を受けている人権派の人々にも関心を寄せ、役人たちにとって厄介者となり、ついには投獄された。 
 
 胡佳は北京に生まれ、大学までの学歴があり、新興中産階級の一人である。しかし精神的には多数の中産階級より一歩進んでいた。2006年、北京の中産階級が自分たちのペットを守るために警察による「野犬狩り」に抗議するデモを行った。だが、それより10年も前、胡佳は動植物の保護のために多くの貢献をしていた。2007年、廈門の中産階級が生活環境の保護のため、石油化学プラント建設反対デモを行った。だが、1996年、大学を卒業したばかりの胡佳は、環境保護を呼びかけ、活動を行っていた。2008年、四川大地震後、被災者を心配する数百万のボランティアが被災地にかけつけた。胡佳は90年代末にはボランティアとして河南省のエイズ災害区で患者を助けていた。 
 
 中国社会には、胡佳ほど愛の心を持ち、同情心を持っている例は本当は多いはずだ。中国の伝統的政治の最高の理想は「吾が老(ろう)を老として、以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼として、以て人の幼に及ぼす」(訳注:自分の親を大事にするように人の親を大事にし、自分の子供を大事にするように人の子供も大事にする:博愛主義)である。しかし共産党が49年間政権をとって以来、党がすべてを取り仕切り、すべての人は生まれてから死ぬまであらゆる「組織」や「派出所」などの機関に管理され、中国じゅう、党の行き届かないところはなくなった。この土地のすべてが党の「臣」ではあるまい。 
 こうして中国に生き生きした民間社会が失われ、多くの傷が民間に癒されることができなくなり、傷はますます深くなった。この現象は21世紀初め、経済の飛躍的成長とともに中産階級が現れ、物質的に満たされた彼らは内心の力を求め始め、愛、正義を叫び、彼らを必要としている人々に奉仕し、思いやるようになった。 
 
 胡佳とその背後にある中産階級は中国社会が、尊厳と愛、自由のある正常な社会にもどるための重要な力となっている。北京で野犬狩り反対が唱えられ、廈門で化学工場建設に反対し、四川で救援活動に参加した市民も、胡佳と同じように将来、良心に従って関心を持つ分野がひろがっていくだろう。 
 
 2007年、本誌のインタビューの際、胡佳は、自分がブラックリストの最初か二番目になっていることを知っているが、そのために「行うべきこと」をやめたりしないとはっきり言った。「きっと軟禁されるだろう。次にあなたが聞くのは胡佳が実刑を受けるというニュースかもしれない」と彼は言った。半年後、残念なニュースが伝えられた。妻の曾金燕との間に生まれた子供がわずか1か月のとき、彼は突然逮捕された。 
 
 当局が望んだように、このしつこくてやっかいな人権派をオリンピック年に口をふさげば、彼の存在のために国外に集中して伝えられる中国の人権運動の情報はだいぶ減るだろう。しかし、当局は、中国であれ国際社会であれ、さらに多くのふつうの人々が胡佳を知り、さまざまな方法で彼の影響力がひろがっていくことまでは予想ついていないのだろう。 
 
 胡佳が逮捕されてから、胡佳逮捕に抗議する声が世界から伝えられた。台湾、香港、ヨーロッパ、アメリカなどの民間と政府はそれぞれの方法で反対を表明した。欧州議会は2008年1月、胡佳の釈放要求決議を可決した。欧米の指導者は中国と会談するとき、中国の最高指導者に何度も胡佳を釈放するよう訴えている。 
 
 35歳の胡佳、25歳の妻、そして、父が逮捕されたとき1か月あまりだった子供――病弱ながらも絆の固い一家は国外で賞賛され、国内の幅広いネットユーザーたちによるさまざまな方法の支援と、当局の強硬姿勢とのあいだに、中国民間の「良心の英雄」像がつくられた。 
(つづく) 
 
原文=『亜洲週刊』08/119章海陵・張潔平・李永峰記者 
翻訳=納村公子 


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