2008年12月01日09時49分掲載  無料記事
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検証・メディア

文民統制の徹底が急務 恐るべき「田母神論文」の波紋 池田龍夫

  防衛省・自衛隊がらみの不祥事が続発、国民の怒りと不安は募るばかりだ。防衛庁は2007年1月9日「防衛省」に移行、総理府・内閣府の外局から独立した行政機関に位置づけられた。安保・防衛を重要課題に掲げた安倍晋三内閣(06・9〜07・9)が推進した省昇格だったが、安倍首相、初代防衛大臣・久間章生氏、防衛事務次官・守屋武昌氏の猖姫劵肇螢瓩垢戮討不祥事によって失脚してしまった。 
 イージス艦と漁船衝突惨事、防衛機密漏洩事件、防衛装備品調達汚職、さらに航空幕僚長暴言が飛び出すなど、昨年から今年にかけて防衛省の失態に国民は呆れ果てている。安倍晋三、福田康夫両首相の政権投げ出しによる大混乱、続くタライ回し政権・麻生太郎首相の迷走もひど過ぎる。 
 
 前防衛事務次官・守屋武昌被告の防衛装備品調達にからむ収賄事件を審理していた東京地裁は11月5日、「収賄の期間、回数、金額などは甚だ悪質で、防衛行政や国家公務員に対する国民の信頼を著しく傷つけた」と断罪、懲役2年6カ月・追徴金1250万円の実刑判決を言い渡した。約4年間猖姫匸覆療傾牒瓩箸靴瞳臨した高官の犯罪は、厳正な規律が求められる防衛省・自衛隊だけに、実刑判決は当然と言える。 
 この問題をさらに掘り下げて論ずべきだが、自衛隊がらみでまたまた大問題が露見したため、本号では「航空幕僚長の暴言」に絞って考察を進める。 
 
▽自衛隊トップの職責を逸脱 
 
 問題の論文は、田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が「日本が侵略国家だったというのは濡れ衣(ぬれぎぬ)だ」と強調、侵略と植民地支配の歴史を正当化したほか集団的自衛権にも踏み込んだ内容。まず一連の経緯を整理したうえで、問題発言の内容を検証したい。 
 
 田母神論文は、総合都市開発「アパグループ」(元谷外志雄代表)が主催する第一回懸賞論文「真の近現代史観」に応募したもの。同社が10月31日ホームページで審査結果を公表、報道各社に通知したことにより、現職空幕長の驚くべき論文が最優秀賞(賞金300万円)に選ばれたことが明るみに出た。 
 田母神氏は福島県出身の60歳。防衛大学卒業後航空自衛隊に入り、2002年に空将・統合幕僚学校長、04年航空総隊司令官などを経て07年3月に航空幕僚長に就任した。同氏は98〜99年、空自小松基地(石川県小松市)第六航空団司令として勤務、地元政財界人が設立した「小松基地金沢友の会」の会長だった元谷氏との親交を深めたという。 
 
 田母神氏を空幕長に起用した首相は安倍晋三氏で、防衛相が久間章生氏・事務次官は守屋武昌氏だったが、この人脈につながる要人の国家観・歴史観や行動に共通項があるように思える。この三人は、とんでもない行動・失言によって犲叉哭瓠中でも久間氏は「原爆投下をしょうがないなと思っている」と発言して、防衛相を解任されている。 
 
 また、田母神論文の背景を探った毎日新聞(11・9朝刊『読む政治』)の記述に驚かされた。 
 「浜田靖一防衛相や増田好平防衛事務次官らと(辞任をめぐって)押し問答が続く最中、田母神氏は『私の考えは理解されている』として唐突に元首相二人の名前を挙げた。…関係者によると、田母神氏が口にした一人は森喜朗元首相だという。森氏の地元、空自小松基地に勤務したことで接点はあった」との記事は、政治家と防衛官僚の微妙な関係を指摘するものだ。 
 「もう一人の元首相」には触れていないが、前段で述べた人脈図をたどれば、「安倍晋三元首相」に行き当たる。 
 
 もう一点、「懸賞論文」審査員は誰か? 渡部昇一・上智大名誉教授を委員長に、元谷外志雄・アパグループ代表、花岡信昭・産経新聞客員編集委員、小松崎和夫・報知新聞社社長、中山泰秀衆院議員(前外務政務官)が審査(中山議員の代理で秘書が出席)した結果、田母神氏が選ばれた。元谷氏は安倍晋三元首相の後援会「安晋会」の副会長で、安倍、森、田母神三氏との関係が深い。 
 
 田母神論文の原文を精読し、ズサンな論理に驚愕、凝り固まった牘∨纏亡儉瓩枕箘廚気擦蕕譴拭その一部を引用するが、特にシビリアンコントロールに反する記述は危険きわまりなく、戦後日本の国家像を破壊する暴論と言わざるを得ない。 
 
▽「村山談話」に反する暴論 
 
 「日本は朝鮮半島や中国大陸に一方的に軍を進めたことはない。日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために軍を配置した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者だ。 
 ▽日本政府と軍の努力で満州や朝鮮の人々は圧政から解放され、生活水準も格段に向上した。大東亜戦争後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家から解放された。日露戦争、大東亜戦争を戦った日本の力によるものだ。 
 ▽日本が中国などに侵略したため、日米戦争に突入したといわれるが、これも今では日本を戦争に引きずり込むために、米国によって仕掛けられたワナであったことが判明している。米国もコミンテルンに動かされていた。 
 ▽東京裁判は戦争責任をすべて日本に押しつけようとした。そのマインドコントロールが日本人を惑わせている。集団的自衛権も行使できない、武器の使用も制約が多い、攻撃兵器の保有も禁止されている。がんじがらめで身動きできない。 
 ▽多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価しており狄略国家瓩箸いΔ里惑┐谿瓩澄廖 
 
 田母神論文の危険性は、自衛隊内で戦前の軍部独走・侵略戦争を総括せず、一切反省していない印象を国民に与えたことで、放置できない問題だ。 
 「制服自衛官は政治問題につき政府の決定に服する責を負う。もちろん制服を含め、誰しも自らの意見を持つことができる。しかし、個人の思想信条の自由と、職責に伴う義務とは別問題である。軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することは、軍人が社会における実力の最終的保有者であるだけに、きわめて危険である。それ故にすべての民主主義国にあって、軍人は国民によって選ばれた政府の判断に従って行動することが求められている。これがシビリアンコントロール(文民統制)である」と五百旗頭真・防衛大学長が指摘(『毎日』11・9朝刊)する通りである。 
 
 参院外交防衛委(10・12)に参考人招致された田母神氏は、「自衛官にも言論の自由がある」「村山富市首相談話(過去の植民地支配と侵略への『深い反省』を示した)によって制約されることはないと思う。言論統制はおかしい」と持論を展開し、牾凌犯疆ふてぶてしさだった。 
 
 これら暴言に、憲法改正・集団的自衛権容認の突破口を画策する勢力と連動している気配を感じるのは杞憂であろうか。「懸賞論文」を主催したグループの日ごろの主張には、「田母神論文」と重なる個所が多々見受けられるからだ。いずれにせよ、「偏った歴史観」によって、国家の進路を歪めてはならない。 
 
 この点、朝日新聞「検証 田母神・前空爆長論文」(11・12朝刊)に掲載された専門家の厳しい批判の一部を参考に供したい。 
 「日本は相手国の了承を得ず軍を進めたことはない」との強弁に対して、秦郁彦氏は「『満州事変はどうだったのか』と反問するだけで崩れてしまう論だ。日中戦争も大東亜戦争も相手国の了承なしに始めた戦争だ。多くのアジア諸国が日本軍に感謝しているとは思えない。一番損害の大きかった中国を挙げていない。満州事変に触れなかったと同様、重要な史実から逃げ、都合の良い話だけをつないだように見える。真珠湾攻撃『ルーズベルト陰謀説』などは、ミステリー小説の類で、学問的に相手にされていない。根拠となる事実関係が誤認だらけで、論理性もない」と批判。 
 
 保阪正康氏も「中国を侵略したことは政府でさえ認めた。否定するならば論拠を示すべきだ。論文に書かれた事実はいずれも核心ではない。一部を取り出して恣意的につなぎ合わせただけ。田母神論文は、戦争を検証してきた『60年』という時間を侮辱している」と論難している。 
 
 それにしても、政府の方針に従わなかったばかりか、憲法順守義務に反した田母神氏を懲戒免職にせず、真相究明と綱紀粛正をないがしろにした麻生政権の責任は重大。ここ数年、政府与党の靖国問題・歴史教育等の牘旋回瓩心配でならない。退職金をどうするかなどは瑣末な話で、防衛省・自衛隊の解体的出直しこそ真剣に論ずべき課題である。 
(いけだ・たつお=ジャーナリスト) 
 
*本稿は、「新聞通信調査会報」08年12月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です 


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