2008年12月24日10時22分掲載  無料記事
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中国

「08憲章」めぐりネット上で活発な論議 主流メディアは不掲載、主要サイトも削除

  共産党独裁体制の見直しと立憲政治の実現を訴えて、中国知識人303人がネットで公開した「08憲章」を、主流メディアは黙殺している。主要サイトからも削除されている。党・政府は、民間の知識人から発せられた「世界共通の価値」(普世価値)を批判している。しかし、憲章はネット空間でさまざまな形で転載され、議論は深まっている。『亜洲週刊』は、ネット上の論議と各方面の有識者の見方や反応を紹介し、この公開文書が今後の中国の政治にどのような影響をもたらすのか、そうでないのか、「人々は目をこらしてみている」と報じている。(納村公子) 
 
〔冒頭略〕 
 底の見えない経済危機は中国沿海部の製造業と数千万の就労人口を苦しめ、じわじわと消費分野にまで進んできている。それに伴う社会不安から、当局の政治はさらに保守へと向かい、外部の世論統制も、内部のイデオロギー論争も不安の片鱗を見せている。 
 
 言論の先鋒と見られている南方の新聞系列は上層部で人事異動の騒ぎがあり、評論や報道の審査もきびしさを増しており、新たにメディアの整理があるのではないかと業界内では心配する声もある。 
 
 一方、08年7月から、中国社会科学院の主要陣営である党内の理論界は「世界共通の価値」の考え方に批判を加えた。胡錦涛、温家宝がかつてこの考え方を肯定したことは無視し、『人民日報』『光明日報』各紙、雑誌『求是』は不定期で「世界共通の価値」という概念を批判している。中国社会科学院院長、陳奎元氏は談話の中でこのようなきびしい表現をしている。「一部の人の中には故意に改革の性質を変えようと、改革の名義を攻撃し、党の理論的基盤を廃止させ、党の指導権を奪い取り、国家の社会主義の性質と方向性を変えようとしている。こうした改革を提唱することは、社会主義制度を堅固なものとし発展させていくものではなく、密かな転換を企むものだ」 
 
 経済と政治が複雑にからみあう背景で、中国はまさに改革開放30年を迎え、国連人権宣言から60周年のこの年、天安門事件から20年を迎えようとしている。このとき、純粋に民間から誕生した「08憲章」は、時期、内容、外部の情勢、いずれから見ても複雑かつ敏感な意味を持っている。 
 
 劉曉波氏が逮捕されたこと、また憲章が公開書簡の提議だったことから、国際的に注目される政治事件となり、ある種の歴史的意味さえ生じる可能性ができた。 
 最初に署名した人権派弁護士、李建強氏は、コロンビア大学中国フォーラムに「08憲章」の発端を説明するときこう言った。 「この行動は一部の人から誤解され、別の人からは曲解されるだろうと思う。……しかし、我々が思想的準備をしていたとしても、事態は予想を超えるものになるだろう」 
 
 最初の署名者、哲学家の徐友漁氏は本誌に答えて「この憲章はもともと特殊とは思わなかった。中国を国際社会が認めるものへと向かわせる新たな論述であり、明らかな矛盾の指向や批判の対象はなく、波乱をおよぼすものではないと思った。しかし当局は実に愚かにも理性的でない反応を示した。ことに劉曉波氏を逮捕したことは通常のことを政治事件に変えてしまった。中国人が立憲政治を求めていると見なされたシンボル的事件は、一つのスタートだ。このことが状況を複雑化させた。とくに30年を記念する時期に」 
 
 国内では全国各地の署名者数十人が公安部門から事情を聞かれた。だが劉曉波氏以外は逮捕者は出ていない。「08憲章」は当局がよく用いる情報封鎖にあい、主流メディアはまったく取り上げず、主要なサイトからも削除されている。しかしネット時代はますます成熟し、情報を封殺しようとしても実質上は不可能である。さまざまな形で転載され、議論は深まっている。 
 
 「『08憲章』がだめなら『中国版77憲章』と言い換えられる。『憲章』がだめなら『県長』に言い換えればいい(訳注:「憲章」と「県長」は同じ音)。それとも『憲章』と言わずに『署名』と言ってもいい。署名と言えばみんなわかるさ」ネットに詳しい白小七氏は言った。 
 
 多くのブログが「77憲章」という歴史的事件を転載し、1989年の『北京晩報』(訳注:北京日報? 89年6月3日)に掲載された「劉曉波を捕らえた黒い手」の記事を転載し、コメントは加えず読者の連想に任せている。 
〔中略〕 
 
 文化評論家の崔衛平氏は「私が憲章に署名したわけ」と題する文章で「友人たちと苦労を共にしたい、わが友人たちと共に立ち上がり、一体感を味わいたかったから」と述べ、「私たちにも間違いがあるでしょう。完全でないこともあります」「だからいつでも各方面からの批判を聞きたいと思っています。政府側からも、社会のいろいろな方面からも、どんな異なる意見にも対応し、それによって自分たちの主張を調整し、間違いを改めたい」と強調した。しかし、「きちんとした論理でなければだめです!」という。 
 
 評論家の姚博はブログの中でこう言っている。「私は内容を見ないで署名しました。署名を求めてきた友人を信頼していたからです」と言い、「私の信頼は裏切られませんでした。言っていることはみな私が言いたかったことでした」 
 
 署名者を「烈士気取り」「政府をモンスターにするな」と脅すものも少なくない。 
 梁文道氏は(リベラル派知識人が集まるブログ)群牛で「愛そして慈悲のために」を発表し、「どんなによい変革であってもどちらか一方を倒すような状況であってはいけない。アメリカの立憲グループ、ガンジーから、マンデラまで、彼らは論争の相手を敵討ちのように打倒したりしなかった。彼らはあくまで和解と協調を試みた。逆に言えば、彼らの相手も尊重する必要性を知ったのだ」「実際、政府が何もかも間違っているわけではない。最もよいことをしようと努力している。それに拍手を送らないのは、知識人の本分ではない」と述べている。 
 
 Hao[赤おおざとへん]建氏は「統治者と被統治者とも相手をモンスターにしようとする傾向がある」と憂慮を示した。「モンスターに見るというのは誇大な恐怖心だ。権威社会は恐怖感を頼りに維持される。恐怖感をつくり再生することは、現在の社会で確かに存在する現実だ。私たちはとんでもない環境に直面している。……責任を持つべき最初の一条は恐怖感に耐え、人をモンスター視することをやめることだ」 
 
▽ネット上の論争 
 
 こうした論議が集中している群牛ブログは唯一、制限つきで自由に憲章事件を論争できるネット空間となっている。なぜか。 
 ブログの主催者はこう説明した。「群牛は閉鎖させられたことがある。そのころ影響力は小さかったが、いまは違う。毎日100万のアクセスがあり、規模としても社会的影響力のある公共の討論の場となり、政府へのリスクも大きくなり、そのために慎重にもなっているからだろう」 
 
 もう一つ憲章事件の公開討論が許されているネット空間が「烏有之郷」(http://www.wyzxsx.com/)だ。ほかのサイトが次々憲章情報をふさがれているとき、「烏有之郷」は「『08憲章』と色の革命」と題する「08憲章」専門の場を設けた。7日間で50近くの論文を発表し、「08憲章」を「中国の色の革命宣言」だとし、「ブルジョアの狂乱攻撃」「密かな政府転覆が‘装いを改める’時だ」とし、憲章に署名した人を「裏切り者」「買弁集団」など階級的な表現をした。 
 
 群牛はリベラル派の陣営、烏有之郷は強固な「毛沢東派」の立場で、憲章問題で両者の正面からの争いはまだ起きていないが、論議はまったく正反対で、不思議な光景を呈している。 
 
 ネット裏の討論では憲章の理念を支持する人たちは年末のこの出来事に興奮している。 
「08憲章は、私たちにとって一つの旗印だ」と、憲章には署名していないが、身の回りの問題をかたづけたら署名すると言っているある報道関係者は興奮して言った。「これまで批評や批判は挫折させられたが、とうとう場をつくる時期になった」 
 
 歴史の重荷を背負っている人にとって、もっと大事な旗印は劉曉波氏だ。 
 1989年から20年、当時アメリカから帰国し、学生たちを止めようとしながら、最後は学生たちと天安門広場で運命を共にした劉曉波先生は、その後、心に重い荷を背負い、ずっと北京にとどまり、不自由な状態でも国家の改革に批判者としての役割を果たし、努力してきた。 
 「こんなに長い年月努力して、人々はとうとう彼を再び見たのだ」というのは、かつて天安門事件の資料を集めたことで9年間投獄された人権派の李海氏だ。氏は獄中の苦悩をよく知っている。いまは劉曉波氏のおかげで慰められた。 
 
 評論家の莫之許氏は劉曉波氏支援の共同署名で、「彼をとりもどさせる自由は、私たち共通の自由だ」と述べた。 
 
 しかし有識者の中には英雄視する感情には非理性的な要素が生まれると警告している。 
 法理学者の蕭瀚氏は、憲章の本分を分析し、理性に対して疑問を投げかけた。彼は本誌に、私が署名しなかったのは憲章自身に理性に欠ける要素が多かったからだと語った。 
 蕭瀚氏は「08憲章は政治運動であり、社会各界にどれほど受け入れられるか考えなければならない」「08憲章が示す立憲政治の理念にはまったく賛成だが、現状では運用の可能性がゼロだ」と述べた。 
 「この文書の最大の欠点は、現有の制度の枠組みで立憲政治に転換するコストが何かをまったく考えていないことだ。共産党が国家のすべての資源を掌握している状況で、彼らが進んで利権を放棄し、権力を立憲政治の束縛の下に向かわせるにはどうするのか。……この文書は執政者がこうした提議を受け入れられるかどうかを全然考えていない」 
 また「中国の将来の政治は平和的な転換への道に進むのならば、理念上、敵味方の考えを徹底して放棄しなければならない。中国共産党を改革の同盟者とし、改革の主力として対応すべきだ」と述べた。 
 
 リベラル派の学者の中でも同じような見方の人は少なくない。〔中略〕 
 
 劉曉波氏と同じく「天安門事件四君子」の一人、周舵氏は本誌にこう強調した。「体制内外の健全な力を結集し、相手にも余地を与え、ともに体制内の悪い勢力を圧倒する」 
 
▽連邦中華は建設できるか 
 
 徐友漁氏はあまり「08憲章」を誇張して見ることには反対だ。「憲章には連邦中華に関わる条項があるが、多くの人がこれについて議論している。私はよく読んでみたが、連邦中華のプランはさほど道に外れているとも思わない。客観的に見て、このプランには中国の平和的統一というしっかりした立脚点がある。この立場で誰もが建設的なプランを持つことができる。小平はかつて、台湾の統一のため中国は国号も国旗も改めることができると言ったが、これは非常に極端であり、憲章にくらべて道理からはずれている。もしこの点から憲章を批判するなら恐ろしい決めつけかただ、何か魂胆があってのことだ」 
 将来に生じる反応について、徐氏は中国共産党上層部の心理的影響を心配している。 
 
 社会科学院憲法学者の劉山鷹氏は、「08憲章」の影響は海外やメディアがさわぐほどの影響はないと見ている。「世界情勢から見て、90年代にはやったワシントン・コンセンサスはもう時代遅れだ。南米、日本、そして多くの発展途上国も反省し、放棄した。21世紀の新しい『北京コンセンサス』はいま世界の多くの地域でつくられている。中国モデルが多くの発展途上国の手本となっている。現在の金融危機は実際、こうした情勢の変化を加速させている。こうした大きな背景のもと、ワシントン・コンセンサスに基づいている『08憲章』にどれほどの影響力があるか、私は懐疑的だ」 
 
 「08憲章」の効力がどれほどのものか、1978年からいままでの30年間が歴史となり、改革がさらに深い段階に進むとき、次の10年、30年、中国が向かう進路は「北京コンセンサス」に沿ってゆっくりと前進するのか、立憲政治改革の道に一歩踏み出すのか、「08憲章」の影響はあるのか、あるいはどの方向にも行かないのか、大多数の人々は過激な革命は見ようと思っていない。人々は目をこらして見ている。 
 
原文=『亜洲週刊』08/12/28 張潔平記者 
翻訳=納村公子 


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