2009年01月23日13時34分掲載  無料記事
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米国

目が離せない米国軍産複合体 オバマ的「変革」を阻むもの 安原和雄

  オバマ米政権の「変革」はどこまで貫かれるのだろうか。世界金融危機、世界恐慌の最中であるだけに経済分野での変革への期待が高まるのは当然であろう。しかし安全保障ではどうか。 
 読み解く必要があるのは、イラクからは米軍撤退をすすめるが、それと対照的にアフガニスタンには米軍増派を行うことである。ブッシュ前政権時代に軍事力行使の限界を世界に見せつけたにもかかわらず、オバマ政権がその失敗に学ぶという姿勢が見えてこない。その背景に巨大な軍産複合体の存在が見逃せない。オバマ的変革を阻むものがあるとすれば、この軍産複合体であり、今後目が離せないだろう。 
 
▽大手紙社説はアフガンへの米軍増派をどう論じたか 
 
 大手4紙の社説はアフガンへの米軍増派をどういう視点から言及しているか。まずオバマ大統領就任にかかわる社説の見出しを紹介する。 
*朝日新聞(1月21日付)=オバマ大統領就任 米国再生の挑戦が始まる 
*毎日新聞(1月22日付)=オバマ米大統領就任 世界変える旅が始まった 
*読売新聞(1月22日付)=オバマ政権発足 米国再生へ問われる真価 
*東京新聞(1月22日付)=オバマ大統領就任 分断から対話の時代へ 
 
 オバマ新政権が経済分野では変革路線を打ち出していることは疑問の余地がない。環境、自然エネルギー、雇用の3本柱からなる「グリーン・ニューディール」がその典型である。目下進行中の世界金融危機、世界恐慌をもたらした元凶、新自由主義路線からの転換の意図もその一つである。 
 
 しかし外交・安全保障の分野ではどうか。新政権はイラクからは16か月以内に戦闘部隊を撤退させることにしているが、アフガニスタンへはむしろ米軍増派の方針を明らかにしている。この点を大手メディアはどう論じたか。たとえば朝日社説(1月21日付)はつぎのように指摘している。 
 イラクの治安が悪化しないよう配慮しつつ、「間違った戦争」を一日も早く終わらせなければならない。他方、アフガニスタンへの米軍増派は慎重に考えて貰いたい。軍事作戦を突出させてはアフガンの住民たちの反発が増すばかりだし、隣国パキスタンの政情不安にもしっかり目配りする必要がある。軍事と民政支援をどう組み合わせ、国際社会の力を結集するか ― と。 
 
 要するに朝日の主張は慎重論であって、反対論ではない。まぜ反対論を主張できないのか。軍事力による報復は、出口のない報復の悪循環をもたらすだけである。朝日に限らず、大手紙の社説からは米軍増派への明確な反対論はうかがえない。概してオバマ新政権発足に贈るご祝儀社説という印象が残る。 
 
 ここで日本の一般メディアからはとてもうかがえないような批判的な視点を紹介したい。批判の主は、反米左派で知られる南米、ベネズエラのチャベス大統領である。1月20日、支持者集会で以下のように語った。日米の枠にこだわらずに地球規模で観察すれば、見方、感想は「国、人それぞれ」であることが分かる。 
 「誰も幻想を抱いてはいけない。(あの国は)帝国主義の米国なのだ。オバマ大統領が中南米を新しい視点で眺め、我々を尊重することを望む。我々は米国大統領が誰であれ、革命を継続するだけだ」(読売新聞1月22日付) 
 
▽毎日新聞の「記者の目」が光っている。 
 
 大手紙社説に比べて光っているのが、毎日新聞の「記者の目」である。 
 小倉孝保記者(毎日ニューヨーク支局)は1月22日付「記者の目」でつぎのような3本見出しでユニークな視点を打ち出している。要旨を紹介する。 
・オバマ大統領 「非暴力」キング牧師に学べ 
・軍事依存体質から脱却急げ 
・まずCTBT批准に努力を 
 
 米国に初の黒人大統領が誕生した。私はその歴史的瞬間を、黒人の公民権運動指導者、マーチン・ルーサー・キング牧師(68年暗殺)の地元アトランタで迎えた。米国はオバマ大統領の誕生で、人種の壁を越えるという牧師の夢の実現に一歩近づいたと思う。しかし牧師にはもう一つ、重要な精神がある。非暴力だ。世界に暴力があふれる今こそ、彼の「もう一つの夢」に向かって歩み始めることを新大統領に期待したい。 
 
 アトランタのキング牧師記念館に入ると、インドの独立運動家、ガンジー(1869〜1948年)の肖像画が目につく。ガンジーの非暴力思想に感銘したキング牧師は生涯、暴力を否定した。 
 米国は必要以上に武力に頼り、武力を許容する社会になっていないか。イラク帰還米兵で心的外傷後ストレス障害と闘うルイス・モンタルバンさん(35)は言う。「戦地で最もショックだったのは、米企業が戦争で大もうけしていたことだ」 
 「非暴力」は非現実的でも、軍縮によって武力への依存度を徐々に下げていくことは可能なはずだ。議会を説得し、核実験全面禁止条約(CTBT)批准に努力してほしい。クラスター爆弾や劣化ウラン弾の使用禁止に動いたり、武器輸出にさらに厳しい制限を設ければ、「米国は変わる」との強いメッセージとなる。 
 
 キング牧師の「私には夢がある」との演説から46年。新大統領は20日(日本時間21日)、「試練にさらされた時にたじろかなかったと、子孫に言われるようにしよう」と演説した。大統領が軍事依存体質から脱却に踏み出すなら、米国は信頼を取り戻せる。それは次世代に誇る贈り物になると思う。 
 
 もう一つ、笠原敏彦記者(毎日外信部)は、1月20日付「記者の目」でつぎの見出しで論じた。要点を紹介する。 
・対中外交深化させる米新政権と日本 
・「オバマ・ショック」に備えよ 
・将来の二極化も視野に 
 
 米国の対中外交へのエネルギー傾注が必然かつ自明の理となった今、「(日米)安保堅持を叫んでいれば米外交において重要な位置付けを日本は得るという時代は終わった」(田中直毅国際公共政策研究センター理事長「中央公論」08年12月号)のである。 
 日本は第二次大戦後、日米同盟のお陰で世界第2の経済大国になり得た。しかしその過剰な依存のせいで経済力を政治・外交力に転化できなかった。米国の一極構造が溶解し始める中で、日米同盟に依存した世界観で外交を続けるなら、日本の国際的な地位は劇的に低下するだろう。 
 
▽〈安原の感想〉― メディアの批判精神を期待する 
 
小倉記者は、200万人が集まったワシントンの大統領就任式ではなく、その同時刻に黒人指導者で暗殺されたあのキング牧師の地元、アトランタで取材していたというその着想と行動力が評価できる。そこでインドの独立運動家、ガンジーとキング牧師とを重ね合わせて非暴力を考え、暴力のあふれる現在の世界から暴力を追放するには「非暴力へ」と思い至る。それを踏まえてオバマ大統領に「軍事依存体質からの脱却」― これは私に言わせると、米国軍産複合体支配からの脱却を意味する ― をすすめる。 
 
 一方、笠原記者は、日本が日米安保依存型の外交にこだわっていると、日本の国際的地位は「劇的に」低下していくだろう、との展望を描いている。「劇的に」が何を意味しているのか、いまひとつ不明だが、それはともかく両記者の「目」は的確である。 
 
 日米安保は大手メディアでは批判できない聖域のような存在になっており、軍産複合体の存在もあまり紙面に登場してこない。批判精神の弱い惰性から抜け出して、そういうテーマに果敢に接近しようとする姿勢こそがジャーナリズムの今日的な批判精神ではないだろうか。それに期待をかけたい。 
 
▽オバマ米政権の一つの謎 ― 米国軍産複合体の影 
 
 オバマ大統領は就任演説で「世界はすでに変わっており、我々もそれに合わせて変わらなければならない」と言った。その言や、よしである。 
 ところがつぎの演説の意味が不可解である。「我々は責任を持ってイラクから撤退しはじめ、イラク人に国を任せる。そしてアフガニスタンに平和を築いていく」と。問題は後半の「アフガンに平和を」の意味である。アフガンには米軍増派の方針をすでに明らかにしているのだから、「軍事力増強によって平和を築く」という、あの陳腐な「平和=戦争」という論理がまたもや借用されているとはいえないか。ここだけは「変革」とは無縁らしい。ブッシュ前政権からの引継事項なのか。変革がキーワードのオバマ政権の一つの謎ともいえよう。その背景に何が潜んでいるのか。 
 
 私(安原)はそこに米国軍産複合体の影を観る。 
 まずオバマ政権で注目されるのは国防人事である。ロバート・ゲーツ国防長官がそのまま留任した。彼は米中央情報局(CIA)長官を経て、06年からブッシュ前政権の国防長官になり、今日に至っている。ジェームス・ジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障担当)は海兵隊総司令官(大将)であった。 
 見逃せないのは国防総省(ペンタゴン)ナンバー2の国防副長官にウイリアム・リン元国防次官が座る人事である。同氏は米軍需大手レイセオン社の上級副社長(政府担当)で、08年夏まで政府相手のロビー活動をしていた。これは一例にすぎないが、要するにオバマ大統領は米国軍需産業と緊密な関係にある人物をペンタゴンの枢要ポストに据えた。 
 
 ここで「アイクの警告」を思い出したい。半世紀近い昔のことだが、1961年1月、アイクこと軍人出身のアイゼンハワー米大統領がその任期を全うして、ホワイトハウスを去るにあたって全国向けテレビ放送を通じて有名な告別演説を行った。 
 その趣旨は「アメリカ民主主義は新しい巨大で陰険な勢力によって脅威を受けている。それは〈軍産複合体〉とでも称すべき脅威であり、その影響力は全米の都市、州議会、連邦政府の各機関にまで浸透している。これは祖国がいまだかつて直面したこともない重大な脅威である」と。 
 
 軍部と産業との結合体である「軍産複合体」の構成メンバーは、今日ではホワイトハウスのほか、ペンタゴンと軍部、国務省、兵器・エレクトロニクス・エネルギー・化学などの大企業、保守的な学者・研究者・メディアを一体化した「軍産官学情報複合体」とでも称すべき巨大複合体となっている。これが特にブッシュ政権下で覇権主義に基づく身勝手な単独行動主義を操り、「テロとの戦争」を口実に戦争ビジネスを拡大し、世界に大災厄をもたらしてきた元凶といえる。オバマ的変革に抵抗し、阻むものは、この軍産複合体の存在といえよう。 
 日本にももちろん日本版軍産複合体が存在する。日米安保体制を軸にして米国軍産複合体と緊密に連携しており、今では米日連合軍産複合体に成長している。 
 
 オバマ大統領は「アイクの警告」を生かして、軍産複合体と一定の距離を保ち、巧みに封じ込めることができるだろうか。これに失敗すれば変革路線も肝心なところで挫折に見舞われるだろう。大きな挑戦的課題というべきだが、イラクからは軍を引くとしても、アフガンには軍の増派を進め、戦争ビジネス拡大の余地を保証しているのは、軍産複合体との最初の取引ではないのかという印象が消えない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です 
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