2009年03月03日13時56分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200903031356022

社会

「拉致と国防」でシンポジウム 家族会事務局長・増元氏、特定失踪者調査会代表・荒木氏ら 田母神氏も参加し「ぶん殴る姿勢示せ」

  北朝鮮の国家機関により行われた日本人拉致。この問題は、残念ながら未だに解決を見ないままである。その一方で日本社会に「北朝鮮バッシング」等々、無用な一大センセーションを巻き起こし、日本社会のありかたをゆがめてしまった。現代の「右傾化」や歴史への無自覚につながるものがそこにはみえる。その問題の中心的な存在であり、日本政府の「拉致問題」対策および対北朝鮮政策に関する重要なロビー団体に「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(以下、家族会)」がある。その家族会の事務局長・増元照明氏、植民地支配および侵略戦争を全面的肯定する論を立てた元航空幕僚長・田母神俊雄氏、「特定失踪者調査会」代表・荒木和博氏と一堂に会し、28日に名古屋でシンポジウムが開催された。それは拉致被害者“救出運動”が新たな局面に向け動き出しているとことを参加者に印象付けるものとなった。(村上力) 
 
  このシンポジウムの主催は、「フリーチベット」などの活動をしている市民グループ「若宮会講塾」。共催は「田母神論文を支援する市民の会」「救う会愛知」。田母神氏を支持する声が強いことは良く知られている。氏はこの翌日に渡米するなどと、国際的な活動も展開しているようだ。また田母神氏は、荒木和博氏が代表である「予備役ブルーリボンの会」の顧問を務めている。 
 
●“推測”の既成事実化により、増え続ける「被害者家族」 
 
  日本政府が拉致被害者と認定している人数は、現在17人である。だが、増元氏は「特定失踪者といわれて、拉致の“疑いが排除  できない”と言われる人が470名くらい居ます。その中で、昨年発表されました71名が、北朝鮮による拉致の“疑いが濃厚である”、間違いなく北朝鮮による拉致されたのではないかと言われる方々です。おそらくこの数字は間違いないと思います」との見方を示した。 
 
  この特定失踪者のリストは、特定失踪者調査会という市民グループの独自の調査により作成される。現在、非公開の登録者を含めて470人が登録されている。今回のシンポジウムでは、そのリストのうち、「1000番リスト(北朝鮮に拉致された可能性が高い失踪者)」に登録された人物の義理の兄の男性が紹介された。 
この男性によって、この男性や特定失踪者調査会が作成した捜査状況報告や、推測される犯行の手口などが話された。しかし、例えば証拠としての工作員の遺留品などは無く、工作員・工作船の目撃証言も無かった。また話された犯行の手口は、この男性によって考えられた推論であった。この男性は、この失踪を「北朝鮮による拉致である」と断定した。 
 
  この男性は、自身を「拉致家族」と規定し、シンポジウムでは日本政府や「拉致議連」などに懐疑的になってみたりしていた。また、「工作員がひしめいている。あぶなっかしい」などと、声を震わせながらその恐怖を語り、また地元の港が「向こう(朝鮮半島)から漂着したゴミ捨て場になっている」などの、北朝鮮に対する憎悪を増幅させる話をした。 
 
●広がる憎悪 狂気の如き「制裁スイッチ」の連打 
 
  あくまでも推論を既成事実化した「拉致家族」を自称するこの男性は、家族の失踪という悲劇の最中、「北朝鮮による拉致」に希望を見出したといえよう。突然の失踪という衝撃に苛まれている人々に、「特定失踪者調査会」は「北朝鮮による拉致」という希望を持ち寄る。そしてまた、上記の男性に見るように、その希望が北朝鮮への憎悪にと取って代わることは容易い。救う会などはそれを汲み取り、救出運動の力にしていく。 
 
だが、その憎悪の体現としての「圧力」や「制裁」が、解決を遠のかしていることは、現状が証明している。憎悪の悪循環が、そこにある。 
 
●対話の可能性を遮断する増元氏 
 
  今回のシンポジウムで、増元氏は「圧力を掛けないで仲良くすれば、北朝鮮も分かってくれるだろうと、バカなことを言う人が居ます」と言う。対話の可能性を完全に断っている姿勢がうかがえる。 
 
  そう断っておきながら、「圧力」の掛け方について、いくつかの提案をした。 
 
 「日本の経済力をもってしたら、もっと言うことができたのではないでしょうか。アメリカが経済的に瀕して、日本の協力を求めているのであれば、『アメリカももう一度北朝鮮に対して圧力をかけるために、テロ支援国指定を再指定しなさい』と。そうすれば、アメリカの貧窮に対して、日本の国民が納得して協力できるのではないか」 
 
 「中国に対しても、これまで戦後60年、国交正常化してからは35年になりますけど、6兆円という金が行っています。その金も、どのように使われたかほとんど分かっていない。中国人民の暮らしのために使われたのか、分かっていない。そのような金の出し方をしていたからこうなった。中国に対して今『わが国は拉致被害者の命を重視している。中国が協力してくれないのであれば、わが国の経済力をもって、中国に協力することができなくなる』と、なぜはっきりと言えないのでしょうか」 
 
「憲法で今、武力行使が許されないのであれば、経済力でもって被害者を救出するという姿勢を総理はじめ、国会議員の方々、見せていただきたいんです」 
 
  つまり、増元氏の言う経済制裁という手段が、武力行使と紙一重のものであることが、この発言に現れている。 
 
●“国民を守るシステム”構築のための“救出運動” 
 
  増元氏は、拉致問題がなぜ起きたのかについて、“国民を守るシステム”が不在であったと振り返る。そして、「姉が今、帰ってきても、もう55歳です。その間の30年の彼女の人生を取り戻すことはできません。でも一つだけ、彼女の人生の被害に報いることにできることがあります。それは、彼らが被ってきた被害を、2度とこの国で起こしてはならないということを、それだけのシステムをこの国が作るということなんです。国民を守るシステムをつくること。彼女たちにできることはそれだけだと思っています」 
 
  増元氏は、その“システム”構築の必要性を再三に渡って強調した。今後増元氏らの“救出運動”は、この“システム”構築のために展開していくのであろう。 
 
●「ぶん殴るぞという姿勢を示せ」と田母神氏 
 
  田母神氏は、「日本がなめられていた」から、拉致問題は起きたと言う。その要因として日本が主体性を失っていると主張した。「日本は良い国だったと言って公職を追放されるということは、日本が占領軍に占領されている時の状況と似ている」と話す。 
 
  そして拉致問題の解決のためには「これだけ言っても聞かないのであれば、もうぶん殴るぞという姿勢を国が示さなければだめだと思う。経済制裁なんかも徹底的にやったらいいと思います」と提案する。そして、自衛隊が拉致被害者救出に動くことを「間違った歴史観」ができなくさせているとの現状を報告した。 
 
  そして、今回のシンポジウムでも「日本は決して侵略国家ではなかった。中国も朝鮮半島も台湾も日本と同じように開発しようとした」「日本が戦ったことが、人種平等の世界を導いた」との歴史観を披露し、「歴史を取り戻さないといけないし、自信をもって自衛隊を動ける体制にしておくことが、拉致とかの問題に今後、有効に対処していく意味で、非常に重要だと思います」と提案した。 
 
●「北朝鮮に報復の意思表示を」と荒木氏 
 
  荒木氏は、拉致問題の本質を「安全保障の問題」であると規定する。そして、自衛隊の関与が少ないことが、日本政府が拉致問題を国家として救出しようとしていないことの表れである批判した。氏はこれまで、自衛隊を拉致被害者の救出のために、なんらかの形で関与させることが絶対必要であると主張してきたという。 
 
  荒木氏は、“国民を守るシステム”に関して、日本は北朝鮮に報復の意思表示をする必要があると話した。また、専守防衛や、クラスター爆弾・対人地雷の禁止に苦言を呈した。そして、「世界中で大国を相手に戦争をした国はわが国しかありません。その実績・国力があるのに拉致被害者を取り戻せないということがあるはずがありません」と話した。 
 
  また、拉致問題の“解決”後も、やることがあるという。 
 
「我々にはやらなければいけないことがある。それはあの北朝鮮で苦しんでいる人が、日本人の拉致被害者だけではないということです。他国の拉致被害者、また北朝鮮の一般国民も、体制の被害者でございます。私たちの手で、この体制を変えて、かの地に居る人がみなそれぞれ、平和で望ましい暮らしをしていくことが、このアジアにおける最大の自由主義の国家である日本にとっての義務であります」 
 
●“救出運動”の当事者としての、家族会の功罪 
 
  かくして、今家族会や救う会で行われている“救出運動”の実態と今後の展開が、その核となる人物によって語られた。この“救出運動”は、圧力でもって被害者を救出するだけでなく、北朝鮮の体制の崩壊も目的としている。そのために、田母神氏の持つような、歪曲された歴史観を利用し、増幅させ、日本社会を“変革”するのだろう。 
 
  拉致問題は、日本社会を席巻し、国家と国民が一体となった運動という形になっているかに見える。しかしそれは、日本社会を歪めさせただけでなく、好戦論者や排外主義者に巣食われることによって、“救出運動”自体が、歪めさせられてしまった。そして荒木氏が紹介した男性のような、人々のこの上ない憎悪と、希望がその渦中に投げ込まれる。不安や憎悪を内包して、“救出運動”は進んでいく。 
 
  今回のシンポジウムで、増元氏は田母神氏のことを「田母神閣下」などと呼び、握手を交わした。田母神氏などという人物と手を組む、家族会の責任は大きい。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。