2009年05月23日11時21分掲載  無料記事
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検証・メディア

最悪GDPにみる日本経済診断 個人消費の底上げと生活安定を 安原和雄

  日本の経済規模を示す国内総生産(GDP)が戦後最大の落ち込みを示し、メディアに「最悪GDP」など前例のない表現があふれている。こういう事態を招いた元凶は、ほかならぬあの新自由主義路線そのものである。この苦境をどのようにして克服するか。 
 個人消費の落ち込みが背景にあることに着目すれば、当面の目標は、個人消費の底上げによる生活の安定である。同時に破綻したはずの新自由主義路線の復活・推進の動きに「ノー」の声を挙げるときである。なぜなら大企業を中心に経済界は新自由主義路線に今なお執着し続けているからである。国民生活の安定を図るか、それとも新自由主義路線の復活・推進を許すか、大きな選択を迫られている。 
 
▽大手紙社説は最悪GDPをどう論じたか 
 
 5月20日発表された09年1〜3月期の国内総生産(GDP)統計速報は、過去最悪の数字が並んだ。実質成長率は、年率換算でマイナス15.2%、前年同期比でも4四半期連続マイナス成長になったため、9.7%減まで下がった。 
 昨年10〜12月期分もマイナス14.4%に下方修正された。ともに第1次石油危機当時の同13.1%(1974年1〜3月期)を上回り、戦後最大の落ち込みを更新した。2四半期連続の2けた減少も初めてである。 
 年度ベースでも08年度は実質3.5%、名目3.7%と過去最悪のマイナス成長となった。 
 
 以上のような最悪GDPというデータを踏まえて、大手5紙社説(5月21日付)は何をどう論じたか。各紙の見出しは以下の通り。 
 
*毎日新聞=最悪GDP 家計を元気付ける時だ 
*朝日新聞=最悪GDP 怖いデフレと失業の連鎖 
*読売新聞=GDP急減 「戦後最悪」を乗り切るには 
*東京新聞=GDP最悪 夜明け前が最も暗い 
*日本経済新聞=戦後最悪の急落後の反転探る日本経済 
 
 以上の見出しから判断する限り、望ましい政策を論じているのは、毎日新聞だけで、残りの4紙は経済・景気の現状とそれに対応する心構えに触れている程度、という印象である。以下に各紙社説の要点を紹介し、私(安原)の感想を述べる。 
 
▽毎日新聞 ― 家計を元気づける以外に経済再生策はない 
 
 こういう時期だからこそ、本質をとらえた経済政策が講じられなければならない。家計が経済を支える構造の回復である。1〜3月期のGDP速報で最も深刻なのはGDPの約56%を占める家計最終消費支出の減少が定着したようにみえることだ。07年ごろまでは家計支出が下支えの役割を果たしていた。それが様変わりしたのは所得減少や失業増加のためだ。 
 
 こうした環境変化を勘案すれば、企業への支援よりも、失業対策や再就職支援、雇用創出策中心の政策が必要なことが導き出される。こうした政策は安心や安全の実現にも、経済社会の活力回復にも寄与する。 
 海外需要に過度に依存する経済の弱さは今回の世界危機でも経験した。企業設備も外需向けで高い伸びを続けてきた。こうしたことが夢と消えたいま、内需の柱である家計を元気付けること以外に、本質的な経済再生策はない。補正予算案をより効果のあるものにすることも、有効な選択肢である。 
 
▽ 朝日新聞 ― 悪循環を避けるべく、細心の配慮を 
 
 景気が「V字」形の急回復の道をたどるという期待感はない。年内は「L字」形の横ばいが続き、経済対策の効果も出てくる年末には徐々に回復軌道に乗る、というのが国際機関などの楽観的な見通しだ。だが、世界金融不安が再燃すれば、あっけなく「二番底」に落ちる危険もある。 
 
 当面警戒すべきは、デフレと雇用の悪化だ。国内の消費者物価は石油製品などの値下がりで3月はマイナスに転じた。これが消費不振によって加速するようだと企業経営をさらに圧迫し、失業の増加に拍車がかかりかねない。3月の失業率は4.8%だったが、いずれ5%を突破するだろう。雇用悪化→消費減→デフレという悪循環を避けるべく、細心の配慮が求められる。 
 
▽読売新聞 ― 景気を再び底割れさせてはならない 
 
急激な悪化に歯止めをかけるため、まずは追加経済対策の実施に欠かせない補正予算関連法案の成立を急がねばならない。 
 景気は最悪期を脱し、4〜6月期にプラス成長に回復するとの見方もある。7〜9月期からは追加対策の効果も出てきそうだ。だが、そのまま日本経済が本格的な回復軌道に入ると見るのは早計だろう。正社員の人員整理や賃金カットなどは、むしろこれからが本番と見られる。リストラの恐怖が消えない状況では、エコカーや省エネ家電の購入補助による消費促進効果も限られよう。失業や賃金の動向に注意を払わねばならない。 
 
 行き過ぎた悲観は景気下押しの原因になるが、安易な楽観ムードはさらに危うい。 
 財政事情はかつてない厳しさだが、一時的な明るさに惑わされて政策の手を緩め、景気を再び底割れさせてはならない。 
 
▽東京新聞 ― 成長確保のためにも規制改革が必要 
 
 こうなると、企業も家計も「いまは我慢の時」と覚悟を固めるしかないが、明るい材料がないわけではない。 
 中国向けなど輸出も回復の兆しがあることから、民間エコノミストの間では「四−六月期には実質成長率がプラスに転じる」という見方が増えている。 
 
 むしろ大きな問題は、景気刺激に巨額の財政出動をした陰で、民間活力を伸ばす改革の努力がなおざりになっている点である。補正予算の中身をみても、庁舎改修に充てる施設整備費の増加など「官の焼け太り」が目立つ。 
 国際通貨基金(IMF)は、日本経済について「内外需のバランスがとれた成長を確保するためにも構造改革が必要」として、農業や医療、保育、高齢者サービスなどの規制改革を求めた。長年懸案の政策課題に手を付けず、その場しのぎではだめだ。 
 
▽日本経済新聞 ― 成長力の強化につながる規制改革も 
 
 統計だけをみると、日本経済はお先真っ暗のようにみえるが、最近の経済指標には下げ止まりの兆しを示すものも出始めている。 
 ジェットコースターの下り坂でどこまで落ちるかわからないという恐怖感がひとまず和らいだというのが、今の日本経済の姿だろう。平らな道に入ったと思ったら、再び下り坂に入るリスクは残っている。 
 
 政府・日銀は景気下支えのために財政出動や金融緩和を打ち出してきたが、今後も景気動向に応じて機動的に効果のある政策を打ち出すべきだ。また、日本経済を持続的な成長軌道に戻すには、産業構造の転換を促す規制改革など成長力の強化につながる構造改革も欠かせない。 
 
〈安原の感想〉(1)― 望ましい政策を論じている毎日新聞 
 
 上述の5紙社説(要旨)を読んだ印象をいえば、望ましい政策を論じているのは、毎日新聞だけである。毎日は「GDP速報で最も深刻なのはGDPの約56%を占める家計最終消費支出(個人消費)の減少が定着したようにみえることだ」と指摘し、その原因として「所得減少や失業増加」を挙げている。つまり働く人たちの賃金収入が減るか、あるいは職を失って、収入の道を閉ざされれば、個人消費が減退するのは経済学のイロハのイである。ここをどう改善していくかが経済対策の基本でなければならない。 
 
 ところが不思議なことに他紙の社説はこの点を素通りしている。 
 朝日は「雇用悪化→消費減→デフレという悪循環を避けるべく、細心の配慮が求められる」と書いている。雇用悪化を原因として指摘しているにもかかわらず、「細心の配慮」を挙げるにとどめている。「細心の配慮」とは何を意味しているのか。なぜ雇用悪化を改善していく方策を論じないのか。肝心の点を逃げて「細心の配慮」でお茶をにごすとはどういう「配慮」(?)なのか。 
 
 読売は「政策の手を緩め、景気を再び底割れさせてはならない」と主張している。それはそうだろう。しかしわざわざ指摘するに値する論点だろうか。問題はどういう「政策の手」が考えられるのかである。「まずは追加経済対策の実施に欠かせない補正予算関連法案の成立を急がねばならない」と書いているところをみると、政策の手とは、補正予算を指しているらしい。読売社説は政治についても一貫して政府与党の立場を支持してきた。それは信念のつもりかも知れないが、ジャーナリズムとしての信念を貫くことと権力を支持し続けることとは異質のはずである。 
 
 東京新聞と日経新聞は珍しく同じ論調の社説を掲げている。 
 東京はIMFが日本経済について「成長を確保するためにも構造改革が必要」として、農業、医療、保育、高齢者サービスなどの規制改革を求めたことを指摘し、一方、日経は「産業構造の転換を促す規制改革など成長力の強化につながる構造改革も欠かせない」と主張している。 
 つまり両紙ともに規制改革推進の立場を明示している。野放図な規制の緩和・廃止によって所得減少、失業増大など大きな災厄をもたらしたあの新自由主義路線は破綻したはずであるが、その復活・推進をあえて唱えようというのだろうか。災厄の肥大化をあえて求めたいのか。 
 
〈安原の感想〉(2)― 新自由主義の復活・推進を目論む経済界 
 
 以上のように各紙社説の意見、主張は入り乱れている。もちろん論調は多様であっていい。しかし必要にして望ましい経済政策は何か、といえば、必要条件としてつぎの諸点が欠かせない。 
 
*現在のマイナス成長をゼロ成長程度の水準に戻すこと 
いたずらにプラスの経済成長を追求する必要はない。なぜなら温暖化防止など地球環境の汚染・破壊を防ぐためにもプラス成長にこだわるのは良策とはいえないからである。日本経済はすでにGDP(国内総生産)で年間500兆円を超える成熟経済で、米国に次ぐ世界第2の経済大国である。 
 この経済規模をさらに量的に拡大させるプラス成長に執着するのは、一種の経済成長主義「病」というほかない。プラスの経済成長なしには豊かになれないと考えるのは錯覚であり、この経済成長主義「病」をどう克服するかを考えるときである。有り体に言えば、中長期的にはゼロ成長(規模として横ばいの経済)下で国民生活の質的改善・充実を図ることである。 
 
*個人消費の底上げを軸に生活安定を図ること 
 現在のマイナス成長をゼロ成長水準(落ち込む前の水準)に戻すにはGDPの約6割を占める個人消費を増やすことが肝心である。そのことが落ち込んだ個人消費の底上げにも役立つし、生活安定にもつながるだろう。 
 そのためには労働の分野での改革(雇用創出、非正規雇用の大幅削減、最低賃金制など)が不可欠である。さらに財政面から教育・医療・社会保障の充実、農林水産業・中小企業の再生・発展を重点的に追求することが求められる。 
 
*新自由主義路線の復活には「ノー」の姿勢を 
 財界の総本山、日本経団連は今後の優先的な政策として、つぎの項目を挙げている。 
法人実効税率の引き下げと消費税率の引き上げ、規制改革と官業の民間解放、円滑な労働移動など雇用・就労の多様化促進、農業の構造改革を含むグローバル競争の推進、など。 
 以上の諸政策は明らかに新自由主義路線の復活・推進を目指すものである。しかも法人税の引き下げで大企業の税負担を軽減させ、一方消費税引き上げで大衆の税負担増大を目論んでいる。このような新自由主義路線の復活・推進を容認すれば、個人消費の底上げと生活の安定など夢物語に終わるほかないだろう。生存権、生活を踏みつけにされながら、なお耐え続ける必要はもはやない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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