2009年08月01日15時30分掲載  無料記事
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戦争を知らない世代へ

アフガン戦争 英兵の遺体を見送る人々とともに

 英南部ウィルトシャー州にある人口約1万の町ウートン・バセットで、2年ほど前から、アフガニスタンやイラクで命を落とした英兵の遺体を見送る儀式が自然発生的に続いている。全国から人々が集まり、メディア各社がやってくる。その背景を現地の声を通して探った。(小林恭子) 
 
 ウートン・バセットのスティーブ・バックネル市長によれば、これにはまず地理的な理由があった。アフガニスタンなどの戦場で亡くなった英兵の遺体は、軍用機で英空軍ブライズ・ノートンに運ばれてきていたが、2007年、滑走路を補修することになり、ウートン・バセットに近いライナム基地に運ばれることになった。遺体を載せた車は、町の目抜き通りを通って、検死が行われるオックスフォード州の病院まで走るのだ。 
 
 町が経由地になったことに加えて、5年前に、この目抜き通りに戦死者を追悼する記念碑が建造されていた点も理由となった。戦争記念碑は目抜き通りの中間地点にあり、地球儀を複数の手で支える形の建造物だ。昨年、この記念碑前で、車が一旦止まったという。集まった住民たちの姿を目にして停車したのだろうか?「そうだ」と市長は答える。 
 
 元々は、遺体を乗せた車が目抜き通りを通過した時、町の退役軍人たち数人が立ち止まり、頭を下げて敬意を表した。「これに商店街で働く店員や、他の住民たちが加わるようになった」という。英国在郷軍人会(英軍人、元軍人やその家族を支援する慈善団体)がウートン・バセットが経由地になっていることに気づき、レイナム空軍基地に連絡を取り、今度車が通過する時は事前に連絡して欲しい、と伝えた。そこで一種の追悼の義のパターンができた。 
 
 市長によると、当日の流れはこうなる。 
 
 まず、遺体が外地から空軍基地に「帰国」し、家族が教会でプライベートな弔問の機会を持つ。国旗に包まれた遺体が入った棺を運ぶ車が、オックスフォード州の病院に向けて走り出す。 
 
 教会の鐘が鳴り、車がやってくることがウートン・バセットに集まった人に告げる。目抜き通りに並ぶのは、追悼の意を示すために集まった町の住民、店舗経営者に加え、地元及び全国各地からやってきた退役軍人、現役の英兵たち、家族や親戚だ。車(棺の数だけ増える)が目抜き通りに入ると、沈黙の瞬間となるー。 
 
 市長の話を聞いて、振り返ると、英空軍のベレー帽をかぶった高齢男性から、突然話しかけられた。「電話をしたのは君かい?」何のことか分らずにいると、「今朝、女性のジャーナリストから電話をもらったんだよ。君だったのかい?」どうも人違いをしているようだった。電話はしていないが、話を聞きたいというと、「自分がこの町で、遺体の通過に敬意を払った最初の数人の1人だ」と、ジョージ・リチャードソンさんは話した。「英国では、英兵の棺を乗せた車を見かけると、人は立ち上がって、敬意を表するんだ。これは習慣だ。それで、私もそうしただけ。すると、商店街の店員たちも同様にしたんだ。不思議な感じだったけど、そうやって自然に広がっていったんだよ」。 
 
 隣にいたエドウィン・タイラーさんも退役軍人だが、空軍でなく陸軍にいた。「日本軍の戦争捕虜だったんだよ」−。 
 
 私は、「この町に来る前に、『日本人だ』ということを、町の人に言わないように、知人から注意された。あまり良い印象をも持たれないだろうと思ったからだ」、と言ってみた。リチャードソンさんはやや笑って、「まあ・・そうだろうなあ」と言って、タイラーさんを見た。タイラーさんは、「でも、今どうってことじゃないんだよ」。「そうだよ、今は君ともこうやって握手して笑っていられるんだから」とリチャードソンさん。 
 
 アフガンでは若い英兵がどんどん死んでいる。「英軍は撤退させるべきか?」と聞くと、二人とも、「もちろんだ!一刻も早くそうさせるべきだ」と答えた。この町では駐留維持派が圧倒的だったが、戦争体験があるからこそ、こんな発言になるのだろうか? 
 
▽メディアの登場 
 
 午後2時を回った。そろそろ、車が入ってくる頃だ。私は場所を変えるために、歩き出した。既に雨はやみ、すっかり晴天になっていた 
 
 立っていると、丁度真向かいに、花を持った遺族の女性たちのグループがあちこちに見えた。ある金髪の3人の女性たちが固まっていた。顔がよく似ているので、母親と娘が2人であるようだった。私は少し前に、「日本のジャーナリストだが、話を聞かせてもらえないか」と声をかけ、断られていた。話しかけられたくないのは当然だろう。ここにはたくさんのメディア関係者が押しかけていた。カメラマンたちが脚立を複数並べているコーナーがあって、私もその中に並んだ。木の陰から女性たちの写真を撮っているカメラマンがいた。遺族に気づかれずに、アップで写真が撮れるのだ。 
 
 メディアが押しかけることへの批判が出ていることを、私も気づいていた。実際に、右隣にいた中年の女性が連れの男性に「メディアが多くて嫌だ。せっかくの雰囲気が壊れる」と、他のカメラマンなどに聞こえるように話していた。 
 
 鐘が鳴った。いよいよ車が入ってくる。沈黙。リチャードソンさんから、この間も写真を撮っていいと聞いていたので、私はカメラのシャッターを何度も押した。他のカメラマンたちも一斉にシャッターを押し出す。それほど大きい音ではないが、やはり、カシャ、カシャ、と音がする。 
 
 真向かいに、チェックのシャツを着ている女性が、赤い花を一輪、手にして立っていた。車が入ってくる前から、既に泣いている目をしていた。家族か親戚に違いなかった。複数のカメラが彼女の一挙一動を撮っていることは、彼女にとっては全く眼中にないようだった。その泣きはらした目、呆然とした様子からしばらく、目を離すことができなかった。 
 
 彼女から数メートル離れた場所にいる女性たちの一群も家族か直近の親戚に違いない。やはりそれぞれ花を一輪手にしている。互いの体につかまりながら、次第に泣き出す。車が近づくにしたがって、その泣き声は大きくなる。周囲にいた男性たちが慰めるようにして声をかける。 
 
 退役軍人の列の前には、8歳ぐらいの男の子がいた。紺色のブレザーにズボンをはき、唇を一文字に結んで、立っていた。 
 
 いよいよ、車が私の目の前を通っていく。カメラマンたちのフラッシュが最高潮に達する。車の窓を通して、積まれている棺を包んだ英国旗の赤、青、白がくっきり見えた。「本当に、この中にいる人は死んだのだ」−。また次の車がやってくる。英国旗のカラフルさが目をとらえる。そしてまた次の車、また次―。目に焼きついた英国旗。こんなに戦争が、人の死が、身近に感じられたことは、今までの人生でなかった。なんてむごいのだろう。なんてむごいのか、英国は。 
 
 先ほどの金髪の女性が、花を持ったまま車の後を追う。途中まで追いかけるが、感極まったように立ち止まり、道に倒れこむ。他の女性たちも持っていた花を車に向かって、追悼のために投げる。 
 
 複数の車が通過していった。沈黙は終わりだ。人々はまた話し出す。列が次第に壊れていく。先ほどの女性がまだ道の真ん中で、がっくりと足を折り曲げて静止している間にも、人々の話し声が大きくなる。私の右隣にいた女性が、「最近はメディアが多くてたまらない。写真の音がうるさかったわね」と周囲に聞こえるように、隣の男性に話しかける。写真を撮り終わったカメラマンたちが、カメラを肩から下ろしたり、歩き出したりする。車の通過の余韻、悲しみの余韻がまだあたりに色濃く漂っていた。 
 
 参列者たちはそれぞれ、散っていったが、私を含めた一部は戦争記念碑の周りに集まった。家族や親族が、記念碑の足元に花や写真、メッセージを置いていく。その一つを見ると、「ジョゼフ・エッチェル(1987年−2009年)、いつもあなたは私たちの心の中で生きています。安らかに眠ってください」とあった。 
 
▽ゆれる英国民 
 
 しばらく、写真を撮ったり、人々が花をささげる様子を見ていた。ほぼ人がいなくなりかけた頃、市長の妻で町会議員のアリソン・バックネルさんに声をかけられた。「取材はうまく行きましたか?」 
 
 話しているうちに、アリソンさんは、「英国民の感情には2つの流れがある」と教えてくれた。「一つはフラストレーション。戦争が好転しない、なかなか終結のめどがつかない上に、どんどん兵士が亡くなっている。政府が国民に対し、アフガニスタンで何が起きているかを十分に説明していないので、欲求不満感が強まっている」。 
 
 もう一つの流れは、「アンダードッグ」(勝ち目のない人、負け犬)を助けたいという気持ちだという。「十分な軍事機材がなく、軍用ヘリコプターも足りないという。そんな中で戦う兵士たちを何とか助けたいという強い気持ちがある」、「お国のために戦っている兵士をきちんと助けたい、と」。 
 
 英政府が今後どれほどの期間、英軍(現在約8000人を派兵)をアフガンに駐留させるかは不明だ。様々な思いを抱える国民が、「政治をすぐに変えることできない」ので、せめて個人としてできることの1つとして、ウートン・バセットに来ているのではないか、自分たちを守るために戦って命を落とした兵士たちに敬意を表したいというせめてものできることをするためにー。これがアリソンさんの分析だった。(終) 
 
*「ニューズマグ」より再掲載 


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