2009年10月18日10時15分掲載  無料記事
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政治

なぜか敗軍の将、「将」を語らず 自民党再生は脱・新自由主義が鍵 安原和雄

  谷垣禎一自民党総裁は、総選挙での惨敗を受けて、「再生こそ、私の使命」のスローガンを掲げて、自民党再生に乗り出した。しかしその前途は楽観できない。新聞メディアから「将」としての資質を聞かれて、十分な返答ができないままで、これでは敗軍の将、「将」を語らず、というほかない。なぜ「将」について語らないのか。自民党の再生は果たして可能なのか。 
 自民党が先の総選挙で多くの有権者に顔を背けられたのは、長すぎた政権党時代に飽きられたという事情もあるが、何よりも小泉政権以来、顕著だった新自由主義路線(=市場原理主義路線)が多くの国民の生活に犠牲と災厄をもたらしたためである。だから再生には脱・新自由主義が鍵であり、それ以外の妙手はあり得ない。 
 
▽ 自民党総裁 「大将の資質 難しいな」 ― とは、なに ? 
 
 見出しの〈敗軍の将、「将」を語らず〉について説明したい。ご存じの方には今さら指摘するまでもないが、中国の『史記』にある有名な言葉は、正しくは「敗軍の将は兵を語らず」である。戦争で負けた将軍は、兵法のことを語る資格がないという意で、「将」を語らず、ではない。それを承知で、私が勝手にひねってみた表現である。 
 それというのも毎日新聞夕刊(09年10月13日付・東京版)に掲載の特集ワイド「09 天下の秋」と題する、谷垣自民党総裁とのインタビュー記事(聞き手は遠藤 拓記者 )を読んで思いついたことである。つぎのような大文字の見出しが並んでいる。 
 
難問山積 自民党 谷垣禎一総裁 に聞く 
大将の資質 難しいな 
 
 この見出しの「大将の資質 難しいな」をみて、なに ? と首をひねるほかなかった。自民党総裁の言うべきセリフか ? というのが率直な印象である。これでは語るべき肝心の「将たる者の器」について逃げているのではないか。再生を図るためのリーダーシップはいかにあるべきかが中心テーマであるときに、逃げ腰では勝負にならない。相撲でいえば、土俵に上がる前に転んでいるのに等しい。 
 
▽ 「民主党政権の性格がハッキリしないし、対立軸は言いにくい」 
 
 インタビュー記事(要旨)を記者と総裁との一問一答形式に組み直して、以下に紹介する。谷垣さんは趣味がサイクリングで、日本サイクリング協会会長である。東大法学部卒で、弁護士でもありながら、どちらかというと、体育会系の人物らしい。 
 
記者:谷垣さん、自転車のように、自民党を自在に乗りこなせますか。 
総裁:はっはっはっ。自民党という自転車、といわれても答えようがないですね。 
 自民党は草の根、といっていい大勢の日本人の支持の上に乗ってきた政党です。その気持ちを選挙で十分くみ上げられたのかという反省はうんとしなければいけない。草の根の思いをどう吸い上げられるか。そこでしょうね。 
記者:今度はほかならぬ谷垣さんが〈大将〉。その資質、どう考えていますか。 
総裁:難しい質問だなあ。大将に必要な資質ねえ。平凡だけども、先頭に立って頑張るという気持ちがなきゃいけませんよね。できるだけね、先まで見通す努力をしなければいけない。それと戦う時は闘志を持って、不退転の決意を持って戦うとか。挙げればきりがないですね。 
記者:その資質、ご自身にはあるのですか ? ないのですか ? 
総裁:考えたことないです。皆さんがご覧になることであって、私は今このポジションだから、そんなこと考えているゆとりはないですよね。 
(記者の陰の声:あっさりしている。このキャラクターを〈保守〉し、ここまで上りつめたのだ。変えるつもりもないのかもしれない。) 
 
記者:ある政治学者によると、谷垣路線と民主党の違いが見えにくく、ともすると自民党が完全に埋没してしまう恐れがある、と。 
総裁:うーん。どうでしょうかねえ。民主党が何をしようとしているのか。ハッキリしているのは、選挙で言えば相当程度、労働組合に依存した党だと思うんです。我が党と明らかに違うところ。 
記者:実は民主党と、目指すところが近いのでは ? 
総裁:民主党が何を目指しているのかよく分からないんですね。 
(記者の陰の声:大将なのに、敵を知らずして戦うというのか。) 
 
記者:先の総選挙で最大の争点は、政権交代の是非にあった。現実に政権が変わった今、民主党との間にどんな対立軸があるのでしょう ? 
総裁:例えば民主党が子ども手当などいろんなことを手がければ、税金もたくさんいただきますよ、となるはずです。でも今後4年間は消費税に触れない。無駄を省いてやると言う。大きな政府で行くのか、小さな政府なのか。民主党政権の性格がはっきりしないと、対立軸は非常に言いにくいところがある。 
(記者の陰の声:谷垣さん、与党時代に堂々と「消費税10%」を唱えていた。それこそが対立軸になりそうだが、相手の出方待ちに聞こえる) 
 
記者:野党としてあるべき姿勢は ? 
総裁:野党の主たる戦場は国会論戦。政策を錬磨して与党と向かい合っていくのが大事です。政争のための政争では、多くの国民に愛想を尽かされる。是々非々では弱い、との意見もあるかもしれない。でも、根本にあるのは国民生活をよくするということです。 
(記者の陰の声:党内をまとめ、巨大与党と対抗する。谷垣さんを待つのは、まさしくいばらの道になりそうだ。) 
 
記者:総裁任期は3年、やりきる覚悟はありますか ? 
総裁:そらあ、当然でしょう。任期をしっかり全うして、できることはピシッとやると。 
(記者の陰の声:まずは重責を放り出さない、こんな当たり前のことを淡々とこなすだけでも、今の自民党にとっては再生の第一歩かもしれない。) 
 
▽ 〈安原の感想〉― 自民党は果たして再生できるのか 
 
 上記のインタビュー記事を読んでの率直な感想として、大学運動部キャプテンの「頑張ります」のひとこと以上のものは何も伝わってこない、といえば、いささか酷な批評になるだろうか。自民党は総選挙で大敗した結果、放心状態に今なお陥っているのではないか。長い間の政権党時代の甘えと惰性から頭を切り換えて、さっと立ち直るということが難しいように思える。 
 
 毎日新聞(10月14日付・東京版)は、〈「再生こそ使命」 自民新ポスター〉の見出しでつぎのように報じた。 
 自民党は13日、2種類の新しい政治活動用ポスターを発表した。谷垣総裁を大きくあしらい、それぞれ「再生こそ、私の使命。」、「歩く。聞く。応える。」とキャッチコピーを付けた。地域に足を運んで対話を重ね、党再生につなげたいとの谷垣総裁の思いを込めたという。「谷垣で、再起動。自民党」となるか ― と。 
 
 再起動、再生のための必要条件は何か。インタビュー記事に出てくる総裁の現状認識、主張を素材として診断すると ― 。 
(診断・その1) 
 「民主党は労働組合に依存した党だ。我が自民党と明らかに違う」について 
 民主党が労組「連合」と近い関係にあることは事実だろうが、それを「依存」と認識しているのは、感覚がずれている。民主党が大勝したのは、かつての自民党支持者、多くの無党派有権者などの票が民主党へ流れたためではないか。その背景には政権党・自民党を軸とする、あの「政官業」三者の癒着関係と利権構造が存在することへの疑問がある。だから自民党が飽きられ、有権者の拒否反応となったと理解したい。 
 民主党のマニフェスト(政権公約)すべてを支持していなくとも、今回は「自民党にはノー」という選択であった。新総裁は、その点がよく分かっていないのではないか。「癒着と利権」に慣れすぎている自民党が、それとは無縁の自民党として果たして再生できるのか。 
 
(診断・その2) 
 「大きな政府で行くのか、小さな政府なのか。民主党政権の性格がはっきりしない」について 
 財政規模と行政権限の大小によって計る「大きな政府」か「小さな政府」か、という二分法自体がすでに古くなっている。「大きな政府」とは、福祉国家を指しており、それへの批判として打ち出されたのが「小さな政府」論で、これは医療、福祉など社会保障費の削減、さらに国民負担(税金、保険料など)の増大へ向かう。これが特に小泉政権時代以来の自民党政権が強要してきた新自由主義(=市場原理主義)路線である。この路線は「小さな政府」を掲げながら、その実、「大きな政府」を志向するもので、日米同盟強化、軍事力重視、憲法9条(戦争放棄、非武装、交戦権否認)改悪 ― などを目指す一方、高速道、ダム、地方空港などコンクリートづくめの無駄な公共事業にこだわり続ける。それが政権交代によって目下のところ変革の波に洗われている。 
 
 大切なのは、谷垣総裁も指摘しているように「国民生活をよくすること」にほかならない。そのためには新自由主義路線の失敗に学び、反省してきっぱりと縁を切ることである。逆に多少修正した新自由主義といえども、それに執着し続けるようでは自民党の再生はとても無理だろう。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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