2009年10月31日00時00分掲載  無料記事
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農と食

いまだ、“キング”になれない日本の“ライス  シネマ『キング・コーン』に見る“米国の<CORN>徹底活用戦略“に学ぶライスの未来    塩谷哲夫 

  5月のゴールデン・ウイークの4日、東京渋谷の映画館「イメージ・フォーラム」でアーロン・ウルフ監督・製作の映画『キング・コーン』(2007年,アメリカ)を観た。「コーン(CORN)」とは“トウモロコシ”のことであり、サブタイトルは「世界をつくる魔法の一粒」であった。 
  物語は、大学生のイアンとカートの二人が、これから社会人になるにあたり、「自分たちの食生活を見直してみたい」と、米国最大のコーンベルト地帯のど真ん中、アイオワ州に1エーカー(約40アール)の農地を借りて、アメリカの最もメジャーな作物コーンを栽培し、作られたトウモロコシがどこに出荷され、何に使われるのかを訪ねる旅に出る。 
  そんなドキュメンタリー・タッチのロードムービーのような単純なストーリーなのだが、次々に出会うアメリカの食料・農業システムの驚くべき実態に触れる旅に、いつの間にか私もイアンとカートの後について歩くことになってしまった。 
 
  旅の過程で農業の素晴らしく進歩した技術、国際関係・国内事情を分析して周到に練り上げられたアメリカ農政、トウモロコシを柱として合理的に構成されてきた米国の食料システム、そして、その中に組み込まれている農民の経営とくらし、市民の一見豊かな生活とハンバーガーやコーンシロップ甘味料漬けの食生活で深刻な健康障害に陥っていることなどについて、“発見”することになる。 
  私も断片的には知っていたことだが、米国の“キング・コーン”戦略の全貌を見せられて、そのシステムの強大さ、徹底した戦略の実現振りには驚かされた。 
 
◆コーンは世界のキングか? 
 
  この映画自体はドメスティックに(国内的観点で)描かれているが、米国のトウモロコシ戦略の影響力はグローバルに世界の隅々にまで及んでいる。 
  私たち日本人は“日本国産”のつもりで肉・牛乳・卵を食べているが、日本の牛・豚・鶏は米国のトウモロコシで養われている“米国産”である。豚・鶏肉の日本産による自給率は一桁、牛肉・卵は10%レベルしかないのだ。○○屋の牛丼、Mのハンバーグ、サラダ(コーン)オイルなどは100%米国産である。最近気がついたのは、甘味料の果糖である。日本の甘い食べ物、飲み物、甘味料のほとんどのものに入っているのはコーン由来の果糖ではないか! 澱粉(コーンスターチ)も多い。成分ラベルを見てみるとよい(日本は年間、飼料用に1200万トン、食品・工業用に400万トンを輸入している。この量は国産コメ生産量のほぼ2倍にあたる)。 
 
  また、米国トウモロコシのおかげで命をつないでいる国々があり、人々がいる。「われわれの食べ物を金持ちの使う車の燃料にするな!」というアクションが各地で行われた。直面している現実はそうに違いない。しかし、よーく考えてみたら、怒りをぶっつける相手は、国民の基本食料も自前でまかなえないような状態の国策を行っている自国政府なのではないのか? 
 
(ただし、さらによーく考えてみると、自由な市場こそ正義であるという名の下に、発展途上国では自国産のトウモロコシでは太刀打ちできない状態に置かれてしまっているのかもしれない。かつて、日本の小麦やダイズがそうされてしまったように。) 
 
  米国はアメリカ大陸の中央に位置する広大な地域の自然環境を最大限に利用しうる最適な作物であるトウモロコシ(穀物収量10トン/ヘクタール)を、増産し、活用するために、膨大な国家的な投資をして技術開発、生産奨励、国際食料・市場支配戦略開発に努めて、とうとうここまでもってきたのだ。そして、トウモロコシの生産に関わる農業者の所得はほとんど政府の補助金(国民の税金)でまかなわれているのだから、米国の国民の負担で「米国のトウモロコシで米国の車を走らせてなぜ悪い」と言いたいだろう。 
 
(ただし、この映画では、これだけの徹底した政策の裏では、米国伝統の田舎の民主主義、米国の強力な兵力を支えてきたカントリーファーム(農民)が規模拡大の競争に敗れてつぶれていく姿があることを、身にしみるエピソードとして描いて見せている。) 
 
◆何にでも変身しうる怪人コーン 
 
  なお、アメリカ人はあの形のままのトウモロコシを“ハーモニカかじり”しているわけではない。超多収の遺伝子組み換えで生まれたトウモロコシはとても美味しく食べられる代物ではない。 
 
  また、アメリカは、トウモロコシの誕生の地のメキシコ、ラテンアメリカやそれを導入したアフリカの一部の国の人々のようにコーンを“主食”穀物にしているわけではない。それなのに、なぜ、コーンがアメリカで“キング”なのだろうか? それは、トウモロコシが“食”というよりも、もっと広い物的・経済的・社会的な “バイオ資源利用システム”という広い領域を支配する頂点に立つ“王様”だからである。 
 
  トウモロコシは牛・豚・鶏の肉、牛乳、卵に、サラダオイルに、シロップ(ブドウ糖果糖液など)に姿を変えて食べられ、飲まれている。キリシトールになって歯を磨きもする。ポリ乳酸としてスーパーのレジ袋やTシャツにも化ける。エタノールになって車を走らせる燃料にもなる。 
 
  アメリカは、アメリカ大陸の真ん中の広い大地の環境にもっとも適した、もっとも生産性の高い作物であるトウモロコシを徹底的に効率よく生産して、それを分解した分子成分のレベルまで徹底利用する戦略を完成させたのである。これは、バイオマス資源である作物利用の究極の姿であると思う。トウモロコシは骨組みの基本がC,H,Oで構成されているということでは石油と同じなのだ(ブラジルではサトウキビで同じ方向を目指している)。 
 
  私は、かつて日本のあるビッグな商社から声をかけられて、彼らがアメリカで展開しているトウモロコシ利用の「Uni Cell」の取り組みについて説明を聞いたことがある。コーンをその構成細胞、分子にまで分解して、成分、機能性のすべてを活用しようというのである(「分子農業」ともいわれているらしい)。このときは日本の○○堂の化粧品に利用するプロジェクトであった。まさに『キング・コーン』の変身の一つの姿を見せられて、「ここまでやるのか」と驚かされた。しかし、なるほどと、その後の作物活用法を考える上で、一つのヒントが得られたと思った。 
 
◆ライスがキングになる日が来てほしい 
 
  それじゃあ、ひるがえって、わが祖国ニッポンはどうだろう? 「豊葦原みずほの国」のイネは、収量性・安定性において、ほぼ日本全国の気象・土壌・水環境に適合していて、狭い栽培面積で日本人の主食として、長い歴史的な経過の中で、そのくらし、社会の発展を支えてきた(緑の革命以降の生産技術の成果であり、生産適地がコーンベルトが中心であるに過ぎないアメリカのコーンを、土地利用性・安定性・風土的定着性・歴史的貢献などにおいて、水田稲作・コメ文化は、はるかにコーンをしのいでいる)。ところが、この自慢のコメ、ライスが日本じゃ“キング”になれないでいる! 
 
  コメは“主食”として、もっぱら御飯茶碗に盛った白いおまんま、あるいはコンビニでいちばん稼ぎ頭というおにぎり、あるいはお酒、おかき…ぐらいにしか使われていないのかな? 
 
  しかし、なんといってもおかしいのは、水田面積の6割程度しかイネ生産が行われていないことである。水田を二毛作や田畑輪換で汎用利用して、イネだけでなく麦類、ダイズ、イモ類、野菜などを総合生産するなら納得できる(塩谷哲夫,水田土地利用技術,昭和農業技術発達史‐第2巻水田作編・第9章,農文協、1993)が、せっかくの世界最高の総合作物生産設備である水田で、ほとんどの場合はイネ単作で半年しか利用されないでいる(一般の産業なら、設備の整った工場が半年しか稼動していない企業がやっていけるわけはない)。 
 
  私は、何とか様々な困難を乗り越えて、“ライス”が日本で“キング”になる日が来てほしいと思っている。 
  そのための展望が開けていないわけではない。いま、わが国のイネのブリーダーたちは、低アミロースのコシヒカリ風のいわゆる“美味しいコメ”だけではなく、米の利用を多様化できる新しい形質を持ったイネの品種を育成している*。アミロース含量の高いカレーライスやパエーリャ、ピラフ向きの「華麗舞」や「プリンセスサリー」、今注目のパンや米菓用に向いたコメ粉がとれる超多収の「タカナリ」、「おどろきもち」、清酒用の大粒・低グルテンの「春陽」、ギャバ(γ−アミノ酪酸)含量が一般のコメの数倍もある「恋あずさ」、アントシアニン(ポリフェノール類)の多い紫黒米・赤米の「おくのむらさき」、「ベニロマン」とか、実にたくさんの面白い品種が開発されている。私はこれらをぜひ活用して、日本の米食文化を豊かにしてほしいと思っている。さらに、葉や穂のピンクや赤が鮮やかな観賞用イネなど、水田景観を美しく飾り、生け花やドライフラワーの素材として生活を豊かにしてくれる品種もある。 
 
  *(独)農研機構・作物研究所,『新しい米を創る‘06』. 
 
  また、飼料用イネ(コメ、茎葉も含めたホールクロップ)も、全国各地方に向く品種が開発されている*(私たちが30年も前に提唱したことがあるが、当時は見向きもされなかった。つくばの研究者・農民の仲間たちで『エサ米の技術的展望』,農林統計協会,1980 という本を出している)。日本の穀物自給率は30%程度しかなく、その主な原因は先述のように、エサを輸入穀物に依存していることにあるのだから、日本の畜産の問題の矛盾の克服にはここに期待するところが大きいはずである。 
 
 *(独)農研機構・作物研究所,『米とワラの多収を目指して‘08−飼料米,稲醗酵粗飼料、加工用に向けた多収品種』. 
 
  また、遅まきながら、自動車燃料用への“ライス・エタノール”生産へ向けてのトライが「北陸193号」を用いて新潟(JA 全農)ではじまった(農林水産省補助事業)。 
  ところで、私たち(「ふるさと農地再生委員会」)が茨城県龍ヶ崎市の水田で多収イネを試作してみたら、タカナリは化学肥料を使わず、潅水が途切れたのに、なんと15俵以上もとれた。この実証に、私はすごく勇気付けられた。「減反」をやめて水田をフル活用して本気でたくさんコメをとろうとすれば、優に今のコメの3倍(国産食用米と輸入トウモロコシの合計量に相当する)は生産できよう。 
このコメ資源を、アメリカの『キング・コーン』戦略に学んで徹底利用すれば、日本の農業・農村・環境・資源に、新たな展望が開けるのではないかと、期待が膨らんでくる。 
 
  私には、アメリカの乾いた大地には非情な『キング・コーン』が雄雄しく、ふさわしく見えた。一方、稲が育ってきた海・森・川・田んぼの生態系からなるしっとりした“みずほの国”には、優しく風になびく『キング・ライス』(が良く似合うのではないかと思う(「天照大神」にあやかって『クイーン・ライス』のほうがいいかも知れない)。そんなシステムが実現される日が来ることをねがっている。 
 
(農学者・アグロノミスト、東京農工大学名誉教授) 


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