2009年11月07日09時28分掲載  無料記事
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農と食

「マグロが食べられなくなる」キャンペーンの陰で起こっていること  佐久間智子

  「マグロが食べられなくなる日が来るかもしれない」、ここ数年、そのような報道に接することが多くなった。まるでマグロが私たちの主食であるかのような騒ぎぶりとも言える。これらの報道は、その具体的な理由として、海外でのマグロ消費の増加や、マグロ漁獲量の拡大による資源量の減少、それを受けたマグロの漁獲制限の強化、あるいは原油高による休漁や、日本のマグロ漁業の衰退などの現状を伝えている。しかしその背後にある事実に目を向けるべきだろう。今のマグロブームを作り出している養殖マグロの実態と利権の構造、魚食文化を言いながら魚を浪費する食べ方しか出来なくなった私たちの食卓のありかた、などさまざまな問題がそこから見えてくる。 
 
  他方で、スーパーの鮮魚売り場では、メバチやキハダと並んで、かつては高級料理店に行かねば食べられなかった本マグロ(クロマグロ)やミナミマグロが、トルコ、メキシコ、オーストラリアなどさまざまな輸出国名と「養殖」という印字の入ったラベル付きで安く大量に売られている。回転寿司店でも廉価な本マグロの寿司を食べられし、デパートでは、集客の目玉としてマグロの解体ショーやマグロ丼フェアなども頻繁に開催されている。 
 
  そうした私たちの日常では、世界でマグロが激減していることはなかなか実感できない。しかし、西大西洋では1961年に1万9000トン近く獲れていたクロマグロが04年には2000トン弱しか獲れなくなり、東大西洋でも96年には5万トンを超えていたクロマグロの漁獲が04年には3万トンを切った。大西洋ではメバチの漁獲も04年に10年前の55%にまで減っている。ミナミマグロの場合、1961年に8万1000トンを上回っていた漁獲が04年には1万3000トンまで落ち込んだ。 
 
  こうしたなか、日本は一貫してマグロの大消費国でありつづけ、現在も世界で消費されるマグロ全体の4分の1、そして特に個体数が減少しているとされるクロマグロでは8割近く、ミナミマグロでは9割以上を消費している。その背景には、世界中でマグロが減少しているにもかかわらず、国内のマグロ卸価格が1989年をピークに2007年にはその半分近くにまで低下していた事実がある。マグロ価格を低迷させたのは、人件費など操業コストが安く、旋網(まきあみ)による大量捕獲が主流である輸入マグロの増加と、90年代から世界各地で急増した養殖(畜養)マグロの輸入である。 
 
  日本のマグロ漁獲量は84年をピークに減少してはいるとは言え、今も世界第一位である。にもかかわらず、今では世界の60近い国々からもマグロを輸入している。その大半が刺身用であり、旋網で獲ったメバチやキハダが大量に輸入されている。また、安価な養殖マグロは、本マグロやミナミマグロなどの高級魚を身近な食材にしただけでなく、現代人の大好きなトロの割合が天然マグロよりも格段に多いことから重宝されている。 
 
◆小型魚を浪費する天然マグロ 
 
  実はこのマグロ養殖が、天然マグロの資源減少に拍車をかけている。90年代初頭にクロアチアなど地中海沿岸の欧州諸国で始まったマグロ養殖は、当初は痩せた若魚や成魚をいけすで太らせて出荷するビジネスだった。しかし今は、より若い小さなマグロを旋網で一網打尽にして養殖することが多くなった。資源量の減少と共に、獲れるマグロのサイズがどんどん小さくなっているからだ。クロマグロの場合には漁獲の9割が0〜2歳の小型魚である。マグロを卵からふ化させる完全養殖はまだまだ生存率が低いために大規模な商業化に至っておらず、現在流通している養殖マグロは天然マグロをいけすで育てたものがほとんどだ。 
 
  世界には、海域ごとにマグロ資源を管理する国際機関が5つあり、漁獲枠の設定などを通じた資源管理を行っている。しかし、密漁や禁漁期の違法操業、漁獲量の過少申告などが横行し、資源管理はうまくいっていない。特に養殖用のマグロは、漁獲後に直接いけすに持ち込まれることと、養殖中に死亡する個体も多いことから、正確な漁獲量の把握が難しいとされる。 
 
  大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)の科学委員会は、2007年の大西洋クロマグロの漁獲量が、2万9500トンの漁獲枠に対して実際には6万1000トンに上ったと推計している。この委員会は、現在の漁獲枠も持続可能なレベルではないと主張し、この枠を2009年より一気に1万5000トンに削減すること提案した。しかし、この提案は大量の養殖マグロを輸出している地中海沿岸国を抱える欧州連合(EU)などの反対を受けて後退を余儀なくされ、漁獲枠は09年に2万2000トン、10年に1万9950トンまで削減されるに留まった。 
 
  一方、総漁獲枠と国別割当量を定めているミナミマグロ保存委員会(CCSBT)は10月、10〜11年の総漁獲枠を09年の1万1810トンから20%減らすことを決めている。日本近海も対象としている中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)では2008年12月、メバチマグロ漁獲量を09年から3年間で合計3割削減すると決定した。 
 
  ここ数ヶ月、欧州委員会では、10年3月にドーハ(カタール)で開催される「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)」締約国会議に向けて、クロマグロをCITESの国際取引規制リストに載せる提案を行うかどうかが議論されてきた。しかし、このモナコ提案も去る9月下旬、CITESに持ち込まれる以前に、イタリアやスペインなどの漁業国の反対によってEU内で否決されてしまった。 
 
  日本という大消費市場を有する欧州のマグロ養殖ビジネスの権益が大きくなり、マグロの減少に歯止めがかけられなくなっているのである。日本の消費者が、「これで当面はマグロが食べられる」と喜ぶのだとしたら、マグロには未来がないだけでなく、マグロ養殖による小型魚の浪費という、もう一つの大きな問題もますます深刻化することになるだろう。養殖マグロを1キログラム太らせるには、餌としてイワシ、アジ、サバなどの小型魚が10〜25キログラムも必要なのである。 
 
  日本が「魚食文化」を誇るのなら、食用になる魚を養殖魚の餌にすることこそ、もったいないと感じるべきだろう。私たちが、マグロや養殖サケ、エビ、カニなど、わずか数種類の魚介類ばかり消費するようになった一因は、安価で通年供給可能な養殖魚や輸入魚介ばかりを販売するスーパーなど小売サイドにもある。その裏では、かつては地元で食べられてきた近海産の多種多様な魚が売れなくなり、国内産の天然白サケの4割以上が中国に輸出され、それに伴い、多様な魚の多様な調理法という大切な地域文化が忘れ去られようとしている。 
  だが、そもそも、一人で一尾を食べきれる大きさの魚は、マグロよりもダイオキシンや水銀の残留も少ないのである。まずは限られた魚種しか売らないスーパーを離れ、地元の魚やその食べ方に詳しい魚屋さんをのぞいてみてはどうだろうか? 
 
(さくま・ともこ、アジア太平洋資料センター理事・野生生物保全論研究会JWCS理事) 


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