2010年01月16日10時20分掲載  無料記事
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中国

「中国モデル」の危険を示す劉曉波への重刑 党中央党校の杜光教授らが厳しく糾弾

  世界的な経済不況のいま、各国は中国の経済力に期待しているところが多い。「中国モデル」を評価する見方もある。しかし、中国では人権や民主を主張する知識人に、臆面もなく弾圧の手を加えている。政治体制を健全な方向に向かわせようとしている知識人の口を封じることは、社会の不安定要素を増大させることにつながる。昨年12月、「08憲章」の起草者、劉曉波に実刑11年を科せられたことに、中国共産党中央党校の杜光教授らが厳しく糾弾した。(納村公子) 
 
 「08憲章」を起草し、中国共産党の独裁統治を批判した北京の知識人、劉曉波は、裁判で11年の実刑を言い渡され、世界から強い関心を集め、現在、議論沸騰している「中国モデル」の論争に波紋を投げかけた。 
 地球規模の金融危機以来、中国の経済体制と政治体制への評価には、世界で異なる2つの見方がある。1つは金融危機への対処で中国政府は大きな政治的力を持っているというものだ。この力は、世界の普遍的価値の「中国モデル」が存在しているというのだ。もう1つは、中国経済の急速な成長は表面的なもので、制度の欠陥があるために深刻な社会問題を生じ、政治的に事態を収拾するために弾圧を加え、きびしい統制をしいている。社会問題が累積していけば、体制の崩壊は必至だとするものだ。 
 
 中国共産党中央党校の元図書館長であり、現在は科学研究弁公室の主任である杜光教授は取材にこう答えた。「中国の経済成長がはやく、国力が強大になっていることは事実だ。しかし、政治の上で一党独裁を続け、政治の体制改革を拒んでいることも事実だ。こうした政治と経済とのアンバランス状態は長く続かない。現在の中国社会は危機だらけ。不測の事態がいつ起きても不思議はない。権力側の人間の中にはいわゆる『中国モデル』に陶酔し、政治改革のきっかけを拒絶しているが、これは非常に危険だ」 
 
 現在、この見方の異なる主張が激突し、政治体制問題に影響している。12月25日、北京当局は「国家政権転覆を扇動した罪」で劉曉波に11年の実刑を言い渡した。譚作人は四川大地震の手抜き工事校舎について調査し、疑問を投げかけたことで当局より「国家政権転覆扇動罪」で昨年8月に裁判にかけられ、近いうちに判決を受ける。江蘇省の南京師範大学の副教授で、中国新民党主席である郭泉は、「国家政権転覆罪」とされ、当局によって10年の実刑判決を受け、先日、江蘇省高等裁判所に上訴した。人権派の馮正虎は昨年4月に中国から日本へ行ったあと、8回にわたり帰国を拒否され、いまも成田空港で籠城を続けている。昨年8月、当局は、成都の人権活動家で天網HPの主催者、黄を「国家機密文書の不法所持」にあたるとして3年の実刑に処した。 
 
 …有識者によれば、こうした事象から、経済発展を遂げた中国は、もはや国際社会の圧力など感じることがなくなった。劉曉波の判決は言論弾圧の典型であり、普遍的価値を踏みにじるものだとしている。中国の過度に強大な国家権力は、社会の自発的な成長の空間を抑圧し、国家の政治の不足部分を補うメカニズムを生み出させないようにしている。国家が社会を治めるうえで漏れが生じたとき、社会が無秩序な状態になるのは必至である。 
 
▽08憲章は民間からの宣言 
 
 杜光は「これは実にばかげた、実に恥ずべき判決だ」と言う。実にばかげたというのは、劉曉波が一貫して理性的、平和的、非暴力的な方法を堅持し、中国の政治体制の改革のために多くの展望と卓越した観点を提示したからである。彼が起草した「08憲章」は民間の1万人余りの愛国人士が発した政治体制改革の宣言であり、官民の融和、朝野の協力を呼びかけ、「中国社会の偉大な大変革をともに推進し、1日もはやく自由、民主、憲法政治の国を打ち立て、国民が100年余り絶えることなく求めてきた夢を実現する」ものであった。 
 
 杜光によれば、中国共産党は自分たちの公式文書では何度も政治体制の改革を示してきたが、全国の人々にそのプランを公開したことは一度もないと述べる。いま、この大きな任務は「08憲章」によって実行された。少なくとも、選択できるプランの一つとして、機関の幹部や全国国民の間で議論が展開され、「自由、民主、憲法政治の国家を打ち立てる」きっかけとなった。そのことからも、「08憲章」は政治改革を進め、社会の進歩を促し、重大な意味のある文書である。 
 「08憲章」が現れたことは決して偶然ではない。いま全面的かつ簡明に、民主、憲法政治、共和を実現する文書が出されたことは、時期がすでに熟していることを示す。「08憲章」はこの気運によって生まれた。「08憲章」の公開によって、改革、反改革の闘いは新しい山場に入った。劉曉波もそれを起草したことで国にすばらしい貢献をした。しかし、司法当局は彼に実刑を下し、投獄した。まさに本末転倒、なんとばかげたことか。 
 
▽段階的民主化の道が閉ざされる 
 
 杜光は、中国の知識人には劉曉波のように長年にわたって理性的に融和をもって非暴力の方法で中国の憲法政治、民主を推進している人がたくさんいると言う。劉曉波の実刑判決はこうした人々に打撃となった。「幻想の破滅」だと自分の感想を総括する人もいる。また、「段階的民主化の道が閉ざされた」という人もいる。これまで融和を主張してきた評論家、王光沢が著した文章のタイトルは「融和の破滅、革命の始まり」である。 
 劉曉波の判決は「池から魚を追い出し、草むらからスズメを追い払う」作用を持ち、何万何千の知識人たちを対立する側に追いやることになった。丘岳首(訳注:シドニー在住のリベラリスト。独立中文ペンクラブの一員)が「愚かの極み」と形容したのもうなずける。 
 
 杜光は続いて述べた。実に恥ずべきだと言うのは、裁判所が劉曉波に下した罪名が違憲であり違法であり、また道理に反するからだ。判決書では、劉曉波が「国家政権転覆扇動罪」に当たる根拠として2つあげている。1つは彼がネット上に発表した6編の文章、もう1つは「08憲章」だという。 
判決書があげた6編の文章で「捏造、誹謗」だという内容と、  「08憲章」中の「罪状」とするものは、歴史的な責任感を持つ一人の国民が権力者に対して行った判断と批評であり、社会の発展への展望を分析し期待したものにすぎない。国民ならば誰であっても政府の行いに批判を加えたり、自分の考えを言う権利を持っている。その見方に賛成しないからといって「捏造、誹謗した」と言うことはできない。 
 「転覆扇動」などという動詞は物を破壊する行為を意味する。劉曉波の文章と「08憲章」の中のどこに他人を「扇動」する行為のことばがあるのか、どこに政府を破壊し、転覆することばがあるのか。判決書は「08憲章」が「現政権の転覆を扇動しようとした」と言っているが、まさに荒唐無稽だ。政治体制の改革は「現政権」が前から出している主張だ。「08憲章」はただ政治改革の目標の図を描いてみたにすぎず、なぜ「現政権の転覆を扇動」することになるのか。 
 
 杜光は言う。中国人はメンツにこだわる。「誰もが羞恥心を持って」、物事を行うのに情理にかなうようにする。北京当局が劉曉波に重刑を科したことは情理に違うものであり、憲法ですら顧みない行為だ。憲法第125条は「人民裁判所が審理する案件は、法的規定による特別な状況がないかぎり、公開のもとに進行しなければならない」と定めている。しかし、23日の開廷では、公開審理と言いながら、実際は親族2人と弁護士2人の入廷しか許さず、傍聴席は関係のない私服警官ばかりで埋められ、最も入廷すべきだった劉曉波夫人の劉霞は自宅で監禁されていた。裁判所の外は警官がぎっしり取り巻き、傍聴を求める人を妨害し、さらには拘束したり殴打したりした。こうしたやり方は国内外にひどく悪い影響をおよぼした。まったくメンツをかなぐり捨てている。 
 
 北京当局によって「政府転覆を企んだ罪」で11年の刑に処せられた天安門事件の学生リーダー王丹は、現在、台湾の政治大学台湾史研究所客員輔佐教授となっている。彼は、劉曉波に重刑を科したことは危険の信号だという。「外から強い反発があっても、西側の国ではめずらしいことに、15の国から外交使節が裁判所の現場に派遣され、注視していることを表明しても、中国共産党はまったくおかまいなしだった。このような強硬な姿勢は、政治上では全面的に圧力を加えると公開の場で表明したようなものだ」「劉曉波に重刑を科したことは、国民に対して、政治上では苛酷な弾圧の手段をとり、決して統制を緩めたりしないと表明したことになる」「西側国家がこの数年行っている懐柔政策で中国の政治改革を促す策略は完全に失敗した。中国共産党当局は西側の善意を受け入れないばかりか、反対にやりたい放題になってしまった」 
 
 王丹は、劉曉波への判決は外の世界に対する大きな警告だという。経済の急速な成長のもと、大国の台頭という保護のもと、中国共産党は「内に対して苛酷な刑罰をもって異見を封じ込め、みずからの人民を弾圧し、外に対しては国際社会の圧力など顧みず、公然と挑戦さえするようになった」。このような趨勢の発展は中国の民主化を無限に遠くに追いやり、国際平和そして人類の発展に対して無視できない脅威だ。 
 
 報道に携わったことのある北京の独立時事評論家、王光沢は、劉曉波への判決には指標的意味があるという。胡錦涛、温家宝の政権以来、国内、国際社会は彼らの基層部分の行政と、庶民的な背景に好感を持った。とくに「調和の取れた社会」という政治綱領は人々に安心感を与え、相対的に緩和された、調和の取れた政治環境が作り出せるように意図したもので、社会的弱者の利益を考え、風通しをよくし、異なる異見を許容するようにした。 
この第一段階で、多くのリベラル派の知識人は政治の融和の理念を出し、中国共産党が平和的な民主化への転換の道をとることを望んだ。王光沢は、中国共産党が劉曉波に重刑を科したことは、 「調和の取れた社会」の破滅であり、中国の政治的な融和局面の破壊だという。 
 
原文=「亜洲週刊」2010/1/10号 江迅記者 
訳=納村公子 


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