2010年01月26日17時37分掲載  無料記事
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遺伝子組み換え/ゲノム編集

インドで遺伝子組み換えナス承認をめぐり大論争  反対運動が広がり、政府内部も異論続出  天笠啓祐

  昨年10月14日に、インドの遺伝子工学承認委員会(GEAC)が、モンサント社などが開発した殺虫性(Bt)ナスを安全と評価したことから、同国内でこのナスをめぐり大きな論争が起きている。GEACの評価の次は、政府の決定が焦点になる。その政府はまず、パブリック・コメントを求め、その結果を受けて正式に商業化にゴーサインを出すかどうか決める予定のようだ。しかし、このGMナスをめぐる論争が広まり、反対運動が強まる中で、政府の内部でも意見が割れている。インドでは環境・農業・厚生の3つの省が、この承認に関わる。それぞれの省が独自に見解を発表し、対立も起きている。現在は環境省が、インド各地で公聴会を開いているところである。 
 
  他方、このGEACの決定に対して、州政府の反発も強まっている。多くの州が反対声明を出したり、栽培拒否宣言を出すなど、承認への道筋が見えない状態が続いている。そのため、たとえ承認されたとしても、実際に栽培されるかどうか不透明である。 
 
  インドではこれまで殺虫毒素を出すBt綿が栽培されてきたが、食用としては扱われてこなかった。そのため、もしこのGMナスの商業栽培が始まるとインドで初めてのGM食品となり、世界で初めてGMナスが出回ることになる。 
 
◆Bt綿で問題噴出 
 
  そのBt綿が、これまでインドでさまざまな問題を起こしてきた。ISAAA(国際アグリバイオ技術事業団)によると、インドでの2008年のGM綿栽培面積は760万haで、全綿栽培面積の82%に達している。とくに問題となったのが、Bt綿を収穫した跡地に放った羊や山羊が多数死ぬケースが、繰り返されていることである。原因は未だに不明ながらも、GM綿が作り出す殺虫毒素が有力視されている。 
 
  さらにはBt綿栽培地域で急増する農民の自殺者の数である。2007年のインドでの自殺者数は、1万6625人で、その4分の1がマハーラーシュトラ州に集中している。とくに同州ビダルバのバギー村など「白い黄金」と呼ばれる綿花栽培地帯に集中している。自殺の原因は、GM綿が種子代の増大を招いたことに加えて、生産量が落ち、質も落ち、綿の価格が暴落したことで、借金が膨らんだことが指摘されている。 
 
  そして、もう一つが土壌の貧困化である。科学技術エコロジー財団が提唱する「ナヴダーニャ」計画の中で、3年間かけてGM綿を栽培した畑と通常の綿を栽培した畑の比較調査が行われた。その結果、GM綿を栽培した畑では土壌微生物や栄養分が大幅に減少していることが判明した。同財団は、このままGM綿の栽培が続くと土地はやせ細り、耕作不能になると警告を発した。 
 
 
◆種子企業という新たな帝国主義 
 
  GMナスも、このBt綿と同じような殺虫毒素が用いられている。次にこのBtナスが引き起こした論争についてふれておこう。モンサント社やインド農業大学の研究者などは、Btナスは食品として安全だと主張してきた。それに対して、インド農民運動など、同国の農民団体、市民団体が相次いで反対の声明を発表し、マンモハン・シン首相に承認しないよう求めた。さらには多くの州政府が反対の声明を発表した。ケララ、チャティスガール、オリッサ、マッディヤ・プラデーシュ州などである。 
 
  もともとこのGMナスをめぐっては、モンサント社の現地法人マヒコ社が提出した試験結果に問題があるとする報告が寄せられたこともあり、GEACの承認作業が遅れていた。さらにはフランスの「遺伝子工学に関する独立研究・情報委員会」がこのナスは人間の健康や動物に深刻な被害をもたらす可能性があり、商業栽培は禁止すべきである、という報告を発表した。 
 
  また、このGMナス承認に至る経緯の中で、GEACの専門委員会のアルジュラ・レディ委員長は、GEACや工業会から「大変な圧力があった」と述べた。背後にいるのが、米国政府とモンサント社であることは、間違いがないところである。 
 
  さらにはモンサント・インド社が、2012年から2013年の間に、インドにGMトウモロコシを導入する計画だと発表した。インドでは、このGMトウモロコシをめぐっても議論が起きている。マッディヤ・プラデーシュ州の市民団体で構成されている「マッディヤ・プラデーシュ州のための連合」は、同州知事にGM作物の試験栽培中止を求めた。これは、同州ジャバプールで米モンサント社のGMトウモロコシの野外試験が予定されているため、それに反対して取り組まれたものである。その州知事は、Btナスに関して、同州では商業栽培をさせない、と表明しており、このGMトウモロコシへの対応が注目されている。 
 
  このようなモンサント社による種子支配を通した食料支配は、かつての東インド会社による支配を彷彿させている。インドで名誉ある「パドマ」勲章を受賞した、ある著名な生物学者は、「いま独立戦争の悲惨な歴史が繰り返されようとしておいる。私は種子企業という新たな帝国主義によるインド支配と闘う」と表明している。 
 
  他方、インド内部でもGM作物の開発が進められている。ハリヤナ州ヒサールにあるハリヤナ農業大学の研究チームが、Btヒヨコマメを開発した、と発表している。Btナスに続けと言わんばかりである。 
 
  これまで北・南米大陸に集中していたGM作物の栽培が、中国でのコメに続き、インドでのナスが承認されそうであり、さらにフィリピンでもGMイネやパパイヤの栽培を目指す動きがあり、今後、アジアで多国籍企業の活動が強まりそうである。それとともに、激しい論争や反対運動が、アジアで噴出することは必至である。 


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