2010年02月12日20時12分掲載  無料記事
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政治

「しっかりしろ自民党」が面白い すでに臨終、という冷めた見方も 安原和雄

  昨年夏の総選挙で多くの有権者に見放されて、長年の政権の座から転落した自民党に果たして再生の機会はあるのだろうか。自民党機関紙『自由民主』に「しっかりしろ自民党」と題する面白い企画記事が載っている。登場するのは演出家や漫画家らで、「自民党はすでに臨終。それに気付いていないだけ」という冷めた見方もうかがえる。 
 自民党機関紙に第三者の率直な批判を汲み上げるのは、自民党の懐の広さなのか、それとも「毒を食らわば皿まで」の心境なのか。「政権」という木から落ちても、猿は猿、と言うべきか。自民党の行方をめぐる話題は尽きない。 
 
 企画記事「しっかりしろ自民党」は、その趣旨をつぎのように書いている。 
 参院選挙を控えた今年はわが党にとって勝負の年。選挙に勝利し、政権奪還への第一歩を踏み出すには、党再生を果たし、国民から信頼される政党へ生まれ変わらなければならない。わが党の足りない点はどこで、正さなければならない部分は何なのか。4人の有権者の辛口提言を掲載する ― と。 
 
 4人の氏名とその辛口批評の見出しはつぎの通り。 
*拓殖大学日本文化研究所長 井尻千男=2大政党論の罠にはまるな/国民政党に立ち返れ 
*杏林大学大学院客員教授 田久保忠衛=国際情勢から見た日本の外交・防衛/憲法改正の原点に戻れ 
*演出家 テリー伊藤=国民に夢と楽しい提案を/“ネガティブ”で余計に票が減った 
*漫画家 やくみつる=自民党はすでに死んでいる/野党としても蘇生の見込みなし 
 
 ここでは以下の2人(2月9日付『自由と民主』に掲載)の提言(要旨)を紹介する。 
 
(1)演出家 テリー伊藤さん 
「このままでは日本がダメになる」では女の子も口説けない 
 
 自民党議員の発言を聞いていて、疑問に思っていたことがある。口を開けば、国民の危機感をあおるようなことばかり言うところだ。 
「このままでは、日本の財政は破綻する」 
「このままでは、国民の老後は大変だ」 
「このままでは、日本がダメになる」 
 
 そう言われた国民は、「そんなに大変なのか。じゃあ、あなたに託すから、ぜひがんばってくれ」と思うだろうか。思うわけがないに決まっている。 
 女の子を口説くときに、「このままじゃ日本がダメになるから、俺と付き合ってくれ」とか「このままじゃ地球が滅びるから、俺と付き合ってくれ」と言っても、口説けるわけがない。 
 「俺には、こんな夢があるんだ」 
 「俺は、こんなに楽しいことを考えているんだ」 
 そう言ったときに、はじめて彼女は、「この人と付き合ったら幸せになれるかもしれない」と感じて、興味を持ってくれるのだ。 
 つまり自民党が今後、再び国民の大きな支持を得て再生できるかどうかは、いかに国民に夢を与えられるかどうか。いかに国民に楽しい提案をできるかどうかにかかっている。 
 
 去年の総選挙で、自民党が執拗に民主党のネガティブキャンペーンを展開したことは、自民党の議席を余計に減らしたと私は見ている。政権交代後も、自民党は同じ姿勢をつづけているようにしか見えない。 
 
 ネガティブな要素が多い世の中だからこそ、夢のある提案、楽しい提案をしようという姿勢を自民党が示すことができれば、きっと国民は振り向いてくれる。 
 11年前、鳩山邦夫さんが東京都知事選に立候補して、「チョウチョウが舞う東京に」と環境問題を訴えたとき、「そんなの、票にならないよ」と、みんな鼻で笑っていた。 
 しかし、いま環境をマニフェストに入れない政党や候補者はどこにもいない。時流や世相がどうであろうと、夢を語れる政党と政治家が現れることを期待したい。 
 
(2)漫画家 やくみつるさん 
 死んだことに気付いていない彷徨(さまよ)える霊魂か 
 
 正月気分も抜けきらぬ、まだ松の取れる前であったか、自民党の機関紙編集御担当氏より電話が入った。なんでも「自民党、シッカリしろ」といったエールの一文を願いたい由。 
 で、「シッカリしろ」という言葉は、はたして今の自民党にかけるべき文言であろうか。かなりバテている登山隊員とか、意識を失いかけている傷病者に呼びかける言葉であっても、もう息がないかもしれない相手に対しては、まず脈があるのか、心臓に耳を押し当てて確認を急がねばならない。いわば自民党はそんな容体なのではないかと察しますがね。 
 
 要はもう、大変お気の毒ですが、お亡くなりになってるんじゃないでしょうか。平成21年8月30日、午後8時、先の総選挙の投票終了時点で、波瀾(はらん)の生涯を閉じられた。享年55(満54歳)の、本来ならまだじゅうぶん働ける年齢での臨終でした。 
 こんなことを言うと、「何を失敬な!」と気色ばむ方がおられるでしょうね。まだ死んでしまったことに気付いていない彷徨(さまよ)える霊魂でしょうか。 
 
 「亡くなった」とあえて宣告したのは、与党としてはもちろん、もはや野党としても蘇生の見込みがないと診断したからです。先日の前原誠司国交大臣じゃないですが、長年の失政のツケを払わされて汲々(きゅうきゅう)としている民主党を自民党に攻める資格はない、と。 
 これに対し町村信孝元官房長官は、「その論理は拙劣」と返しましたが、はたしてそうでしょうか。では今後もこのまま現与党を追及し続け、風向きが変わりでもすれば、再び自民党政権をとでもお考えか? あえてまた失政の時代に戻れというのはずいぶんと都合のよい要求というもんです。 
 民主党に政権担当能力がなく(実際、現状そんな気がしてきた)、それを返上せざるを得ない日がきても、そんなことを二大政党による健全な政権交代とは言わないでしょうし、誰も望んじゃいない。 
 ですが、しぶといことにというべきか、政党は単体の生命体ではありません。谷垣自民総裁が良いことを仰いました。いわく「みんなでやろうぜ」 ― 。これは自民党内部にではなく、むしろ民主党に向けて発するべき言葉ではないか。民主自民党(民民党?)として蘇生してくれた方が、ナンボましなことかと思いますが、如何 ― 。 
 
〈安原の感想〉 ― 厳しい自己批判こそが自民再生の第一歩 
 
 「財政は破綻する」、「老後は大変だ」、「日本がダメになる」などというマイナス思考では、たしかに女の子を口説くのはむずかしい。女の子に限らず、男の子を納得させるのもむずかしいだろう。演出家・テリー伊藤さんの指摘をまつまでもなく、納得できる。 
 
  一方、政権の座から転落した自民党について漫画家・やくみつるさんの「享年55の、まだ働ける年齢での臨終でした」に加えて、「死んだことにまだ気付いていない彷徨(さまよ)える霊魂か」は辛口すぎる。とはいえ適切な診断でもあるのではないか。 
 自民党にとっては思っても見なかった沈没で、これは悪夢に違いないが、否定しようのない冷厳な現実である。そこからどう再生を図っていくのか、辛口批評を第三者に依頼した狙いだろう。 
 
 ここで想い出すのは野村克也前監督(楽天ゴールデンイーグルス)が自民党大会(1月24日)で行ったゲストスピーチである。こう述べた。 
 昨年は(総選挙で)皆さん、負けたんですよね(安原注:ここでなぜか会場は笑いに包まれる。笑ってるときか)。負けるときは負けるべくして負ける。私は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言っている。ところが皆さん、負けては反省するが、勝っては反省しない。今度(の選挙)は敗者復活戦でしょう ― と。 
 
「負けに不思議の負けなし」、つまり「当然の負け」を自民党としてどう噛みしめるのか。2010年夏の参院選挙、この敗者復活戦に臨む秘策はあるのか。そのヒントを求めて、先の自民党大会で採択された自民党「2010年綱領」を繰り返し読んでみた。その一部を紹介したい。つぎのように述べている。 
 
 総選挙の敗北の反省のうえに、立党以来護り続けてきた自由と民主の旗の下に、時代に適さぬもののみを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求め、国際的責務を果たす日本らしい日本の保守主義を政治理念として再出発したい。 
 自由(リベラリズム)とは、市場原理主義でもなく、無原則な政府介入是認主義でもない。ましてや利己主義を放任する文化でもない。自立した個人の義務と創意工夫、自由な選択、他への尊重と寛容、共助の精神からなる自由であることを再確認したい ― と。 
 
 「日本らしい日本の保守主義」が一つの柱になっているが、それは一体何を指すのか?「自由とは、市場原理主義でもなく、利己主義を放任する文化でもない」ともうたっている。しかし弱肉強食の利己主義をすすめ、放任していたのは、いったい誰だったのか。同時に「自由とは、自由な選択、他への尊重と寛容、共助の精神からなる自由」を力説している。しかし年間自殺者が3万人台へと急増し、人間同士の絆を失った無差別殺傷事件も頻発している。自殺は「自由な選択」の一つ、とでも言いたいのか。「他への尊重と寛容、共助の精神」は、分断と孤立の中の日本社会のどこに発見できるというのか。 
 
 いずれも小泉政権時代に特に顕著だった市場原理主義の下で拡大した悲惨な現実であり、深刻な後遺症は今なお消えない。その責任は、まぎれもなく昨09年夏までの自民・公明政権にある。その責任を自覚することが自民党再生への第一歩であるだろう。しかし「総選挙の敗北の反省」というお座なりの文言はあっても、「厳しい自己批判から再出発する」という姿勢はついに発見できない。方向感覚を失って右往左往している印象さえある。自民党は再生を断念しているのか。これではご臨終も冗談ではなくなる。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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