2010年04月25日09時50分掲載  無料記事
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中国

経済発展のかげで炭鉱事故頻発 メディアは原因追及より党・政府の「救援美談」を優先

  高度な経済成長を維持させている中国では石油、石炭、天然ガスなどの資源を大量に必要としている。中でも内モンゴルに近い山西省は省内のほとんどの地域から石炭が産出され、大小の規模の炭鉱が数多くある。一方で炭鉱事故は後を絶たず、不十分な安全管理のもと農村出身の炭鉱労働者が犠牲となっている。今年3月に山西省郷寧県で起きた炭鉱事故では、党宣伝部の統制によって事故原因を追及する報道が規制され、1960年代と変わらぬ「党と政府に感謝する」プロパガンダにすりかえられた。『亜洲週刊』記事の見出しは、「喪事変喜事(悲惨な事故も慶事に変わる)」ときびしく批判している。(納村公子) 
 
 王家嶺ほど国中から注目を集めた炭鉱はない。山西省、内モンゴル、黒竜江省すべての炭鉱で、炭鉱事故は年間1000を超え、死亡率は1日平均で7人である。死者数はもはや人の関心を集める力はない。しかし、王家嶺は生存者によって関心を集めた。 
 
 3月28日、山西省郷寧県王家嶺の炭鉱で浸水事故が発生した。山西省当局が事故の通報をしたとき、炭鉱内261人の作業員のうち、108人は地上にあがったが、153人は炭鉱内に残されていた。3日後、炭鉱内で生命反応があり、3000人の救助隊員が現場にかけつけ、8昼夜にわたって救助活動が続けられ、153人中115人が救助され、これまでに7人の死亡が確認されたが、残り31人が不明である。 
 
 テレビは救出のようすを流し続けた。1人、2人……10人……100人と生存者が助けられる奇跡の映像は8昼夜続き、テレビの前にいる人々は歓喜し涙を流した。救出活動が終盤にさしかかるころには「党と政府に感謝」と書かれた横断幕が登場し、カメラは救助隊員や救助隊の責任者を映し、「奇跡の生還」をうたう特別番組が各チャンネルで放送された。しかしこの時、党宣伝部系統からメディアに対して第三の強制命令が出た。これが4月6日、記者たちへの撤退命令である。 
 
 3月28日から3月31日のあいだ、つまり事故発生当初で、まだ生存者が確認できないころ、メディアの報道は事故原因を追及する声一色であった。その後、生存者が次々に救出されると、報道内容は奇跡の救出劇へと変わっていった。4月5日に現場へかけつけたある記者は、最初に9人が救出された現場に遭遇し、連日、感動的な救出劇の原稿を新聞社へ送った。その後取材を進め、事故原因を調査しようとした矢先の4月6日に、この撤退命令が出たのである。「真相の前に立ちはだかる壁は厚く、我々は得てして愚かな報道をしてしまう」という言葉を残し、彼は荷物をまとめて帰った。 
 
 記者だけでなく、作業員の家族も妨害を受けた。記者の話によると、炭鉱へつながる唯一の道の入り口に監視が置かれ、通過する車はいちいち交通警察の検問を受ける。家族と一般の記者(中央のメディア以外の記者)は中に入ることを許されない。炭鉱の敷地にも非常線が敷かれ、通行証がなければ近づけない。 
 
 なぜ家族が入れないのか。炭鉱内に残されていたのは本当に153人なのか。事故発生当時に取材を受けたある作業員は、450人が炭鉱内にいて、逃げ出せたのは多くても120人程度だから、200人以上〔訳注:300人以上?原文ママ〕は中にいたはずで、当局が発表した153人というのは間違いだと話している。疑惑は広がり、4月2日に国務院の張徳江副総理が、炭鉱内に閉じ込められている作業員の名簿を公開するよう求めた。4月3日、中国中煤能源グループ第一建設公司労働組合の栗輝才主席は名簿を公開した。しかし公開といっても、プレス向けの説明会で153人の名前と所属を早口で読み上げたに過ぎず、ネット上で詳細な情報を発表したり、記者に資料を提供することはなかった。 
 
 4月6日の人民日報に「救援現場からの声:我が国の党と政府は信頼できる!」という記事が載った。「80年代生まれの若者」〔訳注:新人類〕の声として「四川大地震や王家嶺炭鉱の浸水事故への対応を見て、我が国の党と政府は信頼できると心から思った」という言葉が引用されていた。 
 
 100人以上の命が炭鉱の中から救い出されたことで「国家に感謝」したり、「政府を信頼」したりしなければならないのだろうかという論争がネットで巻き起こっている。天涯〔訳注:中国の大手BBSサイト〕では、こんな意見が交わされている。「大切な命が炭鉱に閉じ込められることこそ、あってはならないのだ」「事故と地震は別の話で、事故は人が招いたもの。立派な行いを称えてほしいなら、人の命を利用しないで他の方法で手柄を立てればいい……」 
 
 不幸な出来事を美談にすり替え、人災であることをもみ消すことは許されない。BBS上で、ユーザーのIIkevinはこう言う。「ビンタを食わされた相手に傷を治してもらい、涙を流しながら『治してくれてありがとう』と感謝しているようなものだ」 
 
 何よりも大切なのは、事故の原因を探り、責任を追及し、二度とこのような事故が起こらないようにすることである。しかも事故が起きた王家嶺は弱小の民間経営の炭鉱ではない。これは国家発展改革委員会の審査を通り、国務院第100回常務会議を通過し、華晋焦煤有限責任公司が投資・開発した、国と山西省の重点プロジェクトなのだ。 
 
▽これは典型的な人災 
 
 3月31日、国家安全生産監督管理総局と国家炭鉱安全監督局は、今回の浸水事故に関する通達をサイト上で行った。これによると、炭鉱の施工において『炭鉱防治水規定』に従わず、掘削過程においてなされるべき放水措置が不十分であったと説明している。また労働管理もいい加減で、工期に間に合わせるために14もの掘削チームを同時に働かせ、作業員過剰の状態を作りながら、それを管理する体制は不十分であった。安全管理もいい加減で、浸水の兆候が現れたにもかかわらず、規定に従って人を退去させるなどの必要な措置をとらなかった。とくに3月に入り、ある坑道で何度も浸水が見られたが、必要な措置を講じることなく、危険要因を放置したままだった。 
 
 華晋焦煤有限責任公司の設立は1992年。当時の国家計画委員会〔訳注:現在の国家発展改革委員会〕、エネルギー省そして山西省政府が共同で組織し、国務院生産辨公室の承認を経て設立された企業である。2001年に国有の株式会社となり、株主である中国中煤能源グループ公司と山西焦煤グループ有限責任公司が株を半分ずつ所有している。 
 
 2009年に中小の民営炭鉱買収を進めた山西省は、省内の石炭会社の数を2200から100に絞ることを決めた。しかし買収の理由に掲げていた「炭鉱の安全を図るため」は説得力に欠けていた。なぜなら2009年に発生した炭鉱関連の大型事故4件のうち、3件は国有の炭鉱だったからだ。管理者が変わったところで、炭鉱事故が減ることはない。華晋焦煤に管理される王家嶺炭鉱も同じことである。 
 
 4月2日と5日に、宣伝部は立て続けに2つの強制命令を出した。王家嶺炭鉱の報道をするにあたり、メディアに対し「党中央国務院の決定や措置をできるだけ伝え、救援活動が順調に進んだことを強調せよ」「事故の責任や原因、死亡者数については、国家安全生産監督管理総局の発表する情報に基づくこと」「理由なく現地の党委員会政府を攻撃してはならない」と命じたのである。 
 
 炭鉱事故による死亡者数は、1日平均19人だった2002年に比べると、現在は7人にまで減っている。しかし1日平均7人という数字は、アメリカの100倍に近い。中国とアメリカの石炭業界の事故に関する研究発表によれば、2000〜2007年の8年間、中国の石炭業界の生産量は約149億トンであり、死亡者数は4万5162人。1年あたり5645人が亡くなっていることになる。この8年間において、中国の石炭生産量はアメリカの1.7倍で、死亡者数は187倍である。 
 
 炭鉱で人が亡くなることが日常化しているからこそ、王家嶺炭鉱での「生存」は奇跡と称えられた。家族のために地の底で必死に石炭を掘る男たちの「生存」が、「奇跡」から「当たり前」になるのはいったいいつなのだろうか。 
 
原文=『亜洲週刊』2010/4/18 張潔平記者 
翻訳=本多由季 


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