2010年07月15日01時13分掲載  無料記事
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検証・メディア

英国出版事情を聞く 電子書籍コンサルタントの話

 英国の書店に入って、日本とは状況が違うなとすぐ気がつくのが、本の値段が個々の書店によって違うことである。「再販価格維持制度」(ある商品の生産者または供給者が卸及び小売業者に商品の販売価格を指示し、これを遵守させる制度)が、1990年代の半ば以降、廃止されているためだ。競争が熾烈な英出版業界は、電子書籍の広がりにどう対応しているのだろうか?出版コンサルタントに話を聞いた。(ロンドン=小林恭子) 
 
 英政府と英「出版協会」の調べによると、書籍、定期刊行物、オンラインの教育出版物までを含む英国の出版業界の売上げは2008年で約34億ポンド(約4400億円)。合計の中で、輸出で得られた金額は12億ポンドに上る(ライセンス料、ライツ料の合計3億ポンドは含まず)。国際語の中でも最も頻繁に使われる言語が英語であることが優位に働くのだろうか。2008年に出版された書籍は約4億9800万冊。業界筋は書籍の売上げが今年、来年とわずかに減少すると予測している。 
 
 定期的に出版物を出す出版社の数は3,500で、上位15−20社が業界全体の売上げの80%を生み出している。(出版社数は調べ方によってばらつきがある。 
 
 以上、英出版界をざっと概観してみた。 
 
 現在は、いったい何が起きて、どうやって電子書籍の到来に対応しているのだろう?将来の方向性は?出版業での経験が30年以上で、コンサルタント会社「ブルーディープ・インターナショナル」(www.bluedeepinternational.com)のプリンシパル、ダンカン・クロール氏にざっくばらんに語ってもらった。 
 
―英国の出版社が今困っていることは? 
 
 抱える問題は複雑だ。電子書籍のフォーマットをどうするか、あるいはデジタルの出版物の著作権の管理、いかに著作権を守るか、ネット上で著作権やその他の権利問題が発生した場合のそれぞれの「領域」をどうやって定義するか、など。 
 
 大きな変化が起きている。人々はモバイルで情報を消費するようになった。英国では8000万台の携帯電話が販売されている。これは人口(約6000万人)よりも多い。携帯電話の中でもスマートフォーンの比率が大きくなっている。アイフォーン、アイパッドの時代になって、人々は、情報をこれまで以上にフレンドリーなプラットフォームで消費できるようになった。 
 
 消費者は、基本的に、電子情報が無料であるべきと考えている。しかし、出版社が抱える最大の問題は、こんな時代にどうやってお金をもうけるかに関して、これだ!という道をまだ見つけていないことだ。出版社はこれまでに、電子書籍や、アプリの開発に巨額を投資してきたが、今のところは、見返りが少なすぎる。 
 
―電子書籍についてはどう見ているか。 
 
 電子書籍(イーブック)は、紙に印刷されたテキストの電子的複製だ。スマートフォンやアイパッドが出たので、画像、動画、双方向性など、以前よりもリッチなコンテンツが提供できるようになた。しかし、現在のイーリーダー、特にソニーは文章が読めるだけだ。出版社は、読者が文章だけを読みたいと思っているのか、あるいはそれ以上のものを欲しがっているのかを見極めないといけない。 
 
 私の予想は、イーブックは、アイチューンズで提供されている楽曲のように、低い価格で、気軽に買えるようになるだろう。文章のみのイーブックとリッチ・コンテンツのイーブックとが並列で販売されるのではないか。 
 
―イーブックの販売は増大しているのか? 
 
 販売比率は増えている。店頭小売価格より低い価格で販売されている。しかし、人が紙から電子書籍にすべて移動するほどには、安くなっていない。ドルで言えば、10ドル(約1000円)ぐらいがせいぜいだ。ところが、アプリの世界では、楽曲やソフトが1−2ドル(100−200円)の価格帯で販売されている。 
 
 出版社の懸念は、イーブックがどんどん低い価格で販売されてしまうことだ。音楽業界では、アイポッドの出現で、アイチューンズを通して低い価格で曲が販売されている。しかし、書籍に関しては、いまだ大きな転換期が到来していない。 
 
―アイパッドで書籍を販売すると、価格の30%はアップルに取られると聞いたが。 
 
 そうだ。今、「エージェンシー・モデル」と「ホールセール(卸売り)モデル」のせめぎ合いが起きている。エージェンシー・モデルとは、出版社が販売価格を小売店に指定する形を取る。小売は単に「仲会社」(エージェント)となり、価格を変えることは出来ない。例えばアップルがこの方式を設定している。出版社が販売価格の70%を取り、小売り側(アップル)に30%が入るという仕組みだ。現在、出版大手6社の内、5社がこのモデルを採用している。 
 
 ホールセール・モデルは従来の売り方で、例えばアマゾンなどの小売が出版社から電子書籍を買い、アマゾンが好きな価格で販売するやり方だ。この方法では、出版社には価格コントロールの権利がない。 
 
ー出版社からすれば、価格が変わってしまうと不安定なビジネスになるが、法律上の規制はないのだろうか? 
 
 再販維持制度がないので、小売価格を規制しない仕組みになっている。米国もそうだ。出版社は小売店に対し、指定の価格で販売するよう強要できない。 
 
 しかし、これが、アップルのエージェンシー・モデルで変わりつつある。たとえばアップルは、出版社に対し、「アップルのプラットフォームで売りますよ」という。出版社はどんな価格をつけてもよい。販売されたら、アップルは価格の30%を取りますよ、と。出版社に小売価格を決める権利がある点では、好都合だ。 
 
 米国でアマゾンとマクミランの対決があった。大手出版社のマクミランは、今年1月、アマゾンがマクミランの本を安く売っていると文句をつけた。アマゾンは「どんな価格でも、こちらの好きなように売れる」、と答えた。これにマクミランはノーといって、本を供給しないことにした。アマゾンはサイト上の「買う」というボタンを停止せざるを得なかった。1週間後、「買う」ボタンは使えるようになった。これは出版社側の勝利だった。アマゾンはマクミランの価格設定案を受け入れた。 
 
 今後は、出版社側が価格を決める代わりに30%を徴収される、エージェンシー・モデルにするべきかどうか、米英で議論が起きている。 
 
―米国のマクミランのように、アマゾンで本を売れないようにする権利が英国の出版社にはあるのか? 
 
 それが明確ではない。ひとつには製品がバーチャルであること。ネット上の売買なので、物理的な「物品」ではなく、合法か、違法かが不透明だ。裁判沙汰になる可能性もあるだろう。 
 
 出版社側は、15年ほど前に、紙の書籍の価格の維持権利を失ってしまった。電子書籍の販売では、価格への影響力を取り戻したいと考えている。 
 
 時代の変化の重要さを出版業界が真には把握していない、という見方もある。本を作って、これを電子書籍の市場で売る、とというやり方を続ける出版社に対し、ビジネスモデルを一から作り直すべきという声も。たとえば販売価格ではなく、広告で成り立つモデルはどうか、と。本を無料で販売し、コストは広告でカバーする。ネット上ではたくさんの無料サービスが提供されている。 
 
 もう1つは、個人情報を登録して、自分の情報を提供する代わりに無料のサービスを得る方法もあるだろう。グーグルのビジネスと同じだ。グーグルのサービスを使うのは無料だが、使えば使うほどにあなたの情報がグーグルに蓄積されていく。銀行口座情報も記録されている。 
 
 これを出版社が自分たちのビジネスに適用できるのかどうか。やるとしたらどうやるか、だ?(つづく) 
 
 「ニューズマグ」より 


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