2010年07月16日02時31分掲載  無料記事
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検証・メディア

英国出版事情を聞く 電子書籍コンサルタントの話

 英コンサルタント会社「ブルー・ディープ・インターナショナル」のプリンシパル、ダンカン・クロール氏に英出版業界の現状とこれからを聞いた。(ロンドン=小林恭子) 
 
―英国の教科書ビジネスの現況は? 
 
 教科書販売は大きなビジネスだ。一冊の書籍の価格が高く、非常によいビジネスモデルとして何百年もやってきた。営業部員が大学などに出かけ、教授がリーディングリスト(=学生が読むべき本のリスト)にその出版社の本を入れる。学生はこのリストを見て書籍を入手する、というパターンだ。 
 
 ところが、近年は、インターネットやアマゾンがあるので、学生は安い価格で教科書を入手するようになった。販売が落ち込んでしまったので、出版社側は、教科書にCDをつけて、書籍本体のみを買うのと同じ価格で販売したり、中身はほとんど変わっていなくても、2年ごとに新版として売るなどの努力をしてきた。 
 
 教科書・参考書のリストを作る教授の方は、既存の書籍だけでなく、自分が書いたノートを授業で使いたいと思うようになった。そこで、教科書出版社は、ソフトウェアのプラットフォームを作り、ここに教科書を入れた。教師が自分で使いやすいようにこのソフトをカスタマイズできるようにして、有料購読制にした。これが1つのやり方だ。生徒にこのプラットフォームを紹介し、購読料を払ってもらう。ネットを使って宿題を提出したり、学習方法を学んだり。新しいスタイルの学び方、つまり「イー・ラーニング」(e-learning)だ。 
 
―アイパッドの登場で学習方法も変わるだろうか? 
 
 これから2,3年で学び方が変わるのではないか。例えば、教科書、テレビ番組、動画がすべて1つのタブレットに入るような形だ。 
 
 しかし、著作権がどうなるか?と心配になる。書籍を書いた著者の権利はどうなるか?タブレットで見る本は「本」なのだろうか?本が本でなくなるのはどこからなのか? 
 
 著者なら、小説を書いたら、その小説の知的所有権がある。ハリー・ポッターを書いたJKローリングだったら、エージェントがついている。エージェントが彼女の所有権を守ってくれる。出版社は書籍の使用権を持ち、雑誌での連載は雑誌に権利がある。ハリーポッターの映画権は映画会社が持つ。ところが、本の機能を向上したとき、これは本なのか、オーディオなのか、動画なのかー定義が錯綜する。著者やその知的所有権を守る人にとって難しい時代となった。完全に新しい世界ともいえる。20年前に出版社と契約を交わした著者は、こうしたことを一切考慮にいれずにやっていたのだから。 
 
 近い将来、私がイーブックを買うとする。イーブックを販売する出版社のサイトや小売店に行って、ダウンロードする。この本は私のPCなり携帯電話なりの中に入ってくる。2−3年後には、すべてがクラウドに存在することになるかもしれませい。ダウンロードする必要さえない。読みたい時にクラウドにアクセスするだけでいい。 
 
ー何でもかんでもクラウド上に存在するというのは、何だか、怖い感じもするが。 
 
 消費者とクラウド上の商品の間を取り持つ存在、いわばバーチャルな卸売業者が必要になるかもしれない。 
 
 コンピューターの前に座っていなくても、地下鉄の中、飛行機の中など、欲しい情報に欲しい時に世界中からアクセスできる世界だ。すでに少しずつ、こうしたサービスが実現化している。 
 
 常にオンラインにいるということは、私たちが呼ぶところの「ペリッシャブル・インフォメーション」(消えてもいい情報)が出てくることを意味する。 
 
 例えば、時間が経ってもその価値が変わらない情報がある。「タイムレスな情報」だ。例えば、ジェーン・オースティンの小説はタイムレス。しかし旅行ガイドはどうか?ニューヨークに行くために旅行ガイドを読みたい時、半年前に出版された本は情報が古いかもしれない。こうした情報は「ペリッシャブル・インフォメーション」、つまり消えてしまう類の情報だ。 
 
 電子の消費が続くとすると、すべての情報がリアルタイムでアップデートされるようになる。例えば、今、この瞬間のレストラン情報をチェックできる。 
 
―リアルタイムでの情報アップデートが主になるとしたら、紙媒体に頼る出版業はずいぶんと大きな山を越えなければならないが。 
 
 まったくだ。私は以前、旅行ガイドの出版に関わっていた。読者はアップツーデートな情報を求めている。旅行ガイドの本は重いし、情報が遅い。電子書籍の世界が普通になれば、大きなビジネスの機会となる。 
 
 旅行ガイドで著名なシリーズの1つが「ロンリープラネット」。昨年、アイフォーンのアプリにかなり投資した。しかし、これは基本的に、本のPDF版。したがって、載っている情報がすで古かった。 
 
―電子情報市場で、成功の分野は何だと思うか? 
 
 位置ベースの情報が一つ。あなたがどこにいるかを察知して、必要な情報をあなたに送る。カシミアセーターが好きだとすると、携帯電話にセールの情報が送られる。店舗を訪れると、携帯に出た、あるコードを言うとさらに安くなる、とか。 
 
 他には、コミュニティーだ。コミュニティーサイトのフェースブックで、釣りが好きな人のサイトに集まるとする。本、雑誌など釣りに関連する情報がその中で紹介されていれば、買うかもしれない。この中に書店を作って、入るのは有料購読制にする、とか。 
 
 ハリーポッターのJKローリングのコミュニティーを出版社が作り上げたとして、このサイトからいろいろなことを販売できる。無料で本の一部が読めるとか、動画が見れるとか。コミュニティーは電子出版に重要だ。 
 
 人がネットで時間を過ごすことは新しくないが、「モバイルな消費」、これが新しい。ビジネスマンの間で、スマートフォーンの先駆としてブラックベリーがあった。次にアイフォンがでた。みんなが携帯アプリのことを話すようになった。アップストアが出来たのは2008年。すべて最近の話だ。 
 
 電子流通の利点は、制作費が下がること。運輸代もかからない。自分が旅行本の会社にいたとき、色付けの部分は中国でやった。制作費が中国では安かったからだ。電子出版では、読者に届くまでのコストが非常に安いが、著作権の管理はもっとむずかしくなる。 
 
―電子本は、規模が小さな出版社にとっては良いチャンスだろうか? 
 
 中小の出版社にとっては、コミュニティーに届くのが簡単になる。たとえば鉄道のファン向けの出版社など、専門性の高い出版社であれば、チャンスだろう。 
 
 しかし、書店にとってはタフな時代。書店はだんだんなくなるかもしれない、5年後、いや、もっと早いかもしれない。 
 
―出版社は書籍版アイチューンズに備えているのだろうか? 
 
 ランダムハウスなど大きいところはやっていると思う。ここ2−3年で、紙の書籍をデジタル版にする動きが加速している。しかしまだフォーマットの問題がある。ある電子ブックはある機器では読めてもほかの機器では読めないなど。 
 
―業界団体の合同の動きは? 
 
 統一した動きはない。「イーパブ」(EPUB、米国の電子書籍電標準化団体の1つであるInternational Digital Publishing Forumが普及促進する、オープンな電子書籍ファイルフォーマット規格)はあるが。しかしまだまだ、ベータとVHSの戦いのようになっている。そのうちに標準が現れてくると思う。 
 
 唯一のまともな戦略は、常に実験することだろう。いろいろなことを、ためしにやってみる必要がある。エジソンは電球の発明までにいろいろ試した。999の失敗をしたと人に言われたエジソンは、「違う、999のうまくいかない方法を発見したのだ」といったという。発明までには相当の時間とお金を使った。 
 
 現在のところ、これだという方式はない。誰も分からない。分からないことが分からない世界。したがって、唯一のまともな戦略は、出版社がいろいろやってみることだ。有料購読制、コミュニティーを作る、広告をつける、高価格、低価格、いくつのかのサービスを1つにまとめて提供する、バンドル化など。 
 
 ある出版社が米国での話をしていた。一冊の本を売る時に、電子版を無料でつけるという。私はその逆にするべきだと思う。電子版を買ったら紙版をつける、と。というのも、電子版を無料であげてしまうと、電子版が無価値であるという見方をさらに強化してしまうからだ。電子版の価値を向上させ、紙版の価値を低くしたいのだったら、逆行する動きだ。 
 
―タイムズとサンデー・タイムズが7月からウェブサイトを全面有料化にした。1日、どちらのサイトも読めて1ポンド(約132円)、1週間では2ポンドは安いのではないか? 
 
 そうだろうか?紙で買えば、新聞は1ポンド。私は高いと思う。私の場合、実際に読むのは数ページだ。32ページあるとすれば、自分は5ページだけ読みたい。読んだ分だけ払えればいいのに、と思う。もう紙の新聞を買うのはやめようかと思うぐらいだ。 
 
 電子版の強みの1つは、ポータブルであること。携帯に入れてもって歩くことができる。少し前まで、大量の文字情報を画面で読むことなんてできないといわれていた。ところが、今はスマートフォンがあるし、若者は携帯でたくさん読んでいる。 
 
 出版界にとっては、とてもエキサイティングな時だと思う。小さな、独立系出版社にチャンスがあると思う。大手出版社は中小よりもお金も人材もあるかもしれないが、大きな会社のシステムというのは、19世紀に出来たものだ。今は、いわば第2目の産業革命が起きている。例えば、電子の世界では小さな貧しい国でも大きな国と対抗できるかもしれない。 
 
 南アフリカでは誰もが携帯を持っている。南アフリカの子供が、もし安いブロードバンドの携帯を持っているとすれば、学校に行けない子供も何かを学ぶ機会が持てるかもしれない。本を買わなくてもよくなる。テクノロジーは人々をさまざまな制約から解放する。伝統的な出版社は内向きだったが、これからはもっと世界を見ないと。 
 
―アイパッドをどう評価するか? 
 
 すごいと思う。みんながアイパッドを買って、市場を支配する、と思うからではない。このモバイル機器で何ができるかを人々が考えるようになるからだ。アプリの開発が爆発的に進む。アイパッドで、さまざまな物事のやり方が変わってくるだろう。 
 
―アマゾンのキンドルを買う人はいなくなる? 
 
 もう死んだも同然だと思う。キンドルとソニーのイーリーダーは死んだ、と。アイパッドのようなものを出さないとだめだ。キンドルもイーリーダーも文章専門だ。300ポンド(約4万円)払って文章だけ読むか、それともあと100ポンド払って、アイパッド買うかの選択だったら、後者を選ぶだろうし。1年後にはもう今のようなキンドルやソニーイーリーダーは売っていないかもしれない。もちろん、ものすごく安くなって500ポンド(約6、600円)ぐらいなら買う人はまだいるかもしれないが。(終) 
「ニューズマグ」より 


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