2010年08月02日15時24分掲載  無料記事
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中国

21世紀の『すばらしい新世界』? 自殺者相つぐ「富士康」の従業員30万人工場

  富士康(Foxconn)は、最近話題のiPadの製造にもかかわっている電子機器専門の受託生産企業で、アップルやデルなどの大手コンピューター・メーカーと取引がある。自殺者が相次いだその深セン工場は従業員数30万人という大規模工場だ。30万人といえば日本では中核都市の基準を満たす人口である。富士康の作業実態を取材した「亜洲週間」の記事からは、あたかも治外法権にあるかのような工場の事実の一端が見えてきた。(納村公子) 
 
▽「自殺」に遺族は疑問 
 
 世界に衝撃を与えた富士康の連続飛び降り自殺事件は、はやくも人々から忘れられようとしている。しかし、今年初め、最初に「飛び降り自殺」した馬向前の遺体が、いまだに深セン市の遺体安置所に置かれたまま、埋葬もされず、火葬にもされないでいることに疑問を持つ人は多い。馬向前の遺体には自殺とは思えない傷跡があり、遺族が疑いを抱いているためだ。 
 
 遺族が富士康に「見解」として求めたのは、公安による調査だった。しかし、その求めは実現されておらず、事件としても立案されていない。遺族は馬向前の死は、工場内で大きな力を持つ警備に関係があると疑っている。 
 
 富士康の警備部門がこのような疑いを持たれているのは、その神秘的な色合いが原因だ。警備にあたる人数は外部には謎となっている。ある現場の警備員によると、警備システムには5000人あまりの人数がおり、深センの富士康30万人あまりの工員の秩序管理にあたっているという。しかし、工場の管理側は、最多で1000人近くで、それほど多くないと言いながら、精確な数字は、安全確保に差し障りがあるからと明言しなかった。 
 
 富士康の工員の話では、工場内の固定電話から110をかけると、公安ではなく工場内の警備処につながるという。工場区域外の公安にかけるときには代表電話を通さなければならないのだ。 
 
 さらにわからないのは、富士康と深セン市当局との関係だ。12人の飛び降り自殺が起こった後、13人目、14人目の自殺事件が伝えられたが、富士康の工員たちは12人目が最後だと思っていた。それは、多くの情報が封鎖されたからだ。中国のメディアも、富士康の自殺関連ニュースを報道してはならないとの通達を受けていた。 
 
 香港大学自殺研究および予防センターの研究員が、香港地区の人民代表大会を通して中央人民政府駐香港特別行政区連絡弁公室〔中国政府の香港における連絡機関で、前身は新華社香港支局。略称・中連弁〕に、悲劇の原因を突き止めるため、富士康の深セン工場で調査を行うことを申し出ていた。ところが、「中連弁からは、手続きはすべて整ったと言われていたのだが、出発の24時間前になって、行く必要はないと通知された」という。いったいどういう力があれば、公式の手続きを取り消すことができるのだろうか。 
 
 だが、12人目の自殺者が出た後、記者は夜、富士康近くの街を歩いたとき、思いも掛けない光景を目にした。マクドナルドやカラオケ店、フランスのファッションブランドEtamのネオンサインの輝きが、退勤後の富士康従業員の顔を照らしていた。髪を染め、最新流行のファッションに身を包んでいる。カラオケからはジェイ・チョウの「不能説的秘密」〔言えない秘密〕の歌が流れ、歓楽の雰囲気でいっぱいだ。起きたばかりの連続飛び降り自殺のことなどなんの関心もないのだろうか。 
 
 だが、こんな繁栄の中、死の影は長く引きずっている。富士康での監視システム、生産ラインの管理、効率優先のシステムという深い問題が存在する。 
 
 富士康のような大規模な生産方式は、中国がグローバル化された後にむずかしい問題を産むこととなった。富士康のベトナム工場や、中国の比較的規模の小さい従業員1万人レベルの工場は、管理モデルが中国富士康と異なり、悲劇は生まれていない。 
 
 この2年間、富士康では1日平均4000〜5000人が入社しているが、同じ数の人員が辞めている。湖南省から深センに出てきた王さんは、富士康の龍華工場区の外、水斗村のある商店の前で本誌記者にこう言った。 
「富士康は世界のベスト500に入る会社ですよ。給料も高いし、支払いもちゃんとしている。はやく従業員募集を再開してほしい。面接を受けたいんです」 
 
 しかし、連続飛び込み自殺後の5月19日以降、富士康は工員の募集を停止している。 
 中国には王さんのような労働者が約2億人いる。彼らは「外資系」「大規模工場」「ハイテク」に夢を抱いている。彼らは富士康にとって無限の人材となっているのだ。馬向前はこうしたアリの隊列の一人だ。 
 「弟が田舎から深センに出てきたのは富士康に入るためでした。そのころ私たちは観瀾〔深セン郊外〕に住んでいました。彼は夜も明けないうちにバスに乗って面接会場に行きましたが、応募者が多く、8回目にやっと採用になったのです」と姉の馬麗群が記者に訴えると、河南省なまりの強い父の馬子善は、向前が3人の娘のあとやっとさずかった息子だったと、「富士康に入ってたった3か月で……」と嘆いた。 
 
 今年1月23日午前4時半、馬向前は寮の下で発見された。警察は報告を何度も変更し、「突然死」から「高所からの墜落死」に変えたが、遺族は納得しなかった。馬の一家は遺体安置所でそのなきがらを見た。 
「頭には4つの小さい穴があり、ふくらはぎの内側にも穴がありました。胸はひどくくぼんでいて、腕の筋肉の一部がなかった……」 
 
 重大な疑問点があるのに、なぜ深センの警察は「立件しない証明書」を発行したのか。 
 
 記者は馬麗群と深セン市公安局宝安支局に行き、馬向前の検屍報告を閲覧しようとすると、支局の受付は、報告を閲覧するには本件を扱った警官の同伴がなければだめだと言う。そこで松原派出所でこの事件を担当した警官・陳栄発はこう反論した。 
「〔遺体の疑問について〕そんなことはない。だいたい遺族にはそんな権利はない。その受付は業務がわかっていない。これは、遺族が警察を信用していないということだ。信用していないんなら、こっちに言うな!」 
 
 遺族に、「はやく遺体を焼却するように」と言ってきている人の中に、最近、河南省の役人が加わった。馬麗群は疑っている。 
「なんで河南省の人がわざわざ深センまで来て、遺体をはやく焼却しろと言ってくるわけ? 私たちに20万元くれるとまで言ったんですよ。富士康は河南省に工場を移転するという話だから、はやくかたをつけたいのかもね」 
 
 彼女の話は憶測に過ぎない。だが、富士康が工場を河南省に移転しようとしているのは確かだ。 
 
 深センの富士康龍華ハイテク園区は1996年に設立された。敷地面積2.3平方キロ、従業員数は30万人を超える。この人数は世界各地に工場を持つ富士康全体の3分の1を占め、1つの工場の人数としては世界で最も多い。その輸出量は過去数年間で深センからの輸出量の20パーセントあまりになる。龍華鎮を歩くと、出会う人はみな富士康の従業員だ。私服の人もいれば、白、青、赤という色の作業服を着ている人もいる。いずれもほとんどは10代から20代の若者たちだ。 
 
 富士康の一般工員になると、仕事も私生活も監督される制度となっている。工員を監督する人員は、各段階の現場、工場内でいちばん大きな力を持っている環境安全課の警備員、マンパワー・リソース部の調査員、そして寮の管理を行っている「宿舎管理事務所」の4種類に分けられる。 
 
 余さんは2007年に入社し、マンパワー・リソース部に配属され、調査員になったが、3か月勤めただけで耐えられなくなった。「調査員をやっているとみんなから後ろ指を指され、友達もできないんです。でも、取り締まりをやらないと奨励金がカットされるんだ」と余さんは言う。マンパワー・リソース部は大きな調査権を持っており、担当範囲は全工場におよび、もちろん作業現場も入っている。余さんがざっと見積もったところでは、一人の調査員で100人の工員を調査するという。 
「あるとき、工場内の禁煙エリアでタバコを吸っている工員を見つけたので、彼の名前とナンバーを記録したら、彼は解雇されてしまった」 
 
 余さんは3か月で数件を調査したが、支払われた奨励金はたった1000元〔約1万3000円〕だった。「きびしく調査した人には5、6000元払われていた」という。余さんは人に嫌われたくなかったので、進んで「一般工員」になりたいと申し出た。 
 
 調査員のほか、安全管理処と環境安全課の警備員も監督管理業務を行っている。警備員に関係するうわさは多い。死亡者12人のうち、馬向前、劉志軍、そして去年の孫丹勇の死因には警備員との関連がうわさされている。劉志軍の遺族は富士康の賠償案を受け入れ、20数万元を受け取り、改めて話し合う意志はない。だが、劉志軍の大学時代の友人、明さん(仮名)は、事件を振り返ると疑問点はたくさんあるという。富士康と警察側は劉志軍が夢遊病で「建物から落ちた」としているが、明さんは「彼と知り合って長いが、夢遊病があるなんて知らなかった。それに、飛び降り自殺だったとしても、安置所で見たとき彼の首に締めた跡があったんだ。体にはたくさん傷があった。おかしいじゃないか」という。 
 
 他の大工場にくらべ、数十万人の工員をかかえる富士康深セン工場は警備システムがたしかにきびしい。同社のある上層部の人間が本誌に語ったところによると、管理システムには2系統あるという。1つは環境安全課で、環境保護と警備の2つの部分からなっている。もう1つは安全管理処で、本社に直属している。この管理人員の話によると、富士康の警備員には複数の機能があり、いまメディアが報道している工場内の調査、工員の出入りのほか、「たとえば工場内では交通警官のように車の時速や人の流れをコントロールし、事故が起きないようにしている」とのこと。だが、警備員の総人数を聞くと「ノーコメント」だった。 
 
 工場の正門には「政府の認可により、本工場の関係者以外の進入を禁ずる」という青色の看板がかかり、一方、工場内では「富士康テクノロジーグループの敷地内および生活地区内はすべて税関の特殊管理下にあり、いかなる見本品といえども持ち出しを禁ずる」という看板がかかっている。2001年より、富士康グループは「ネットワーク監視・管理」を実行し競争力をつけた。シスコ、IBM、アップル、ソニーなどの国際的なブランドから数十億ドルを受注した。同社の広報部はかつて「当社は機密保護主義を実行しているので、アップルなどの国際的企業から注文を受けている」と言ったが、機密保護主義はかなりの程度で警備人員による保護を必要としている。 
 
 富士康では、幹部の養成課程では、富士康の敷地を4つの守衛ラインで管理すると説明されている。第一のラインは敷地周囲の各門、第二のラインは工場地区と生活地区の各出入り口の守衛所、第三のラインは研究開発の場所や重要な物資の倉庫、重要な生産現場、第四のラインは機動性のある巡回警備員だという。ある警備員が語ったところによると、富士康には5〜6000人の警備員がいて、月給は2000元あまり、ほとんどは就職説明会場での公募で来ており、退役軍人も多く、とくに1990年代生まれの若い人が多いという。「警備員が凶悪だといううわさがあるが」と尋ねたところ、この善人の警備員は「それは人による。少なくとも僕は違う」と言っていた。 
 
▽警備員が工場外で工員を殴る 
 
 工場に勤めて2年になるモジュール製作現場の技術員の波さんは、その目で見たことを話してくれた。「僕たちは大勢の警備員が寮の近くで工員を殴っているところを見たことがある。彼らはふつう工場内ではやらない。外で暴力を振るうんだ」 
 
 波さんによると警備員は大きな権力を持っているという。 
「たぶん経営側との関係が強いのだろう。工員たちはみんな警備員を恐れている。誰も抵抗できない。ひどいことをされても声も出さないし、警備員を怒らせないようにしている」 
 
 だが、波さんによれば、警備員が暴力を振るうことは多いとは言えないという。 
「でも、もし物を盗んだりして捕まえると、ひどく殴るんだ。警察に引き渡すのは殴ってからだ」 
 
 工場内で110番にかけると富士康内の安全処につながるという話を聞いたところ、「そうです。だから、警備員に暴力を振るわれても助けを求めることができません」という。 
 
 この件について、富士康の上層部はこう説明した。「富士康内部には110という番号があるんです。それは保安処につながっています。でも、工員は会社の代表電話を通して社会の110にかけることができます。工場内に110番があるのは、場合によっては工場側も工員たちのために問題を解決できるということで、外の110にかける必要はないんです」 
 
 外部が富士康を誤解していることもあるかもしれないが、富士康はいまだに独立した調査が入ることを拒んでいる。 
 
 「連続飛び降り自殺」事件のあと、深セン市政府は3名の副市長と200人の人員を富士康に派遣して「詳細な調査」を行ったが、その結果は発表されていない。台湾から自殺予防学会の精神科医3人が「招聘」されて深センに入ったが、12人の「自殺」について、うち3人は重大な精神疾患があった疑いがあるとし、8人は明らかに情緒的な障害があり、関連する要素として、男女の感情のもつれ、家族の病気、両親の離婚、経済的困窮などがあったとし、1人の飛び降りには夢遊病と関係があるとした。 
 
 だが、この報告は台湾の学界や労働組合の猛烈な批判を受けた。香港でも学界で「悪質企業を監視する大学教師の行動」が組織され、7月に富士康に入る予定だったが、富士康側は同意していない。 
 
 富士康の警備、調査の方式は、台湾の軍隊の方式にならって高圧的な組織がつくられている。こうした階級式の細かい管理方法は、もともと生産効率と品質を保つためだが、同時にマイナスの効果も生んでいる。工員たちの間に緊張した関係ができ、現場では連座制がとられ、生産現場で不信感が生まれている。入社4年になるさんは、大学でソフトウエア本科を専攻したことから、すぐに技術員になった人だ。「こういう例を見ました。生産ラインのある工員が製品を壊してしまったところ、支配人、副支配人、課長、グループ長、副グループ長と、生産ラインの長が全部怒られ、最後はその工員がクビになりました。ライン長は大きなミスを記録され、グループ長は小さなミスを記録される。こんな状況で仕事中ピリピリしないはずがない」 
 
▽究極の効率主義 
 
 富士康で数か月勤務し、その後「製造業はもうこりごりだ」と辞めた台湾人幹部の白さんによると、精確に計算された生産ラインのすべての工程と、より高い効率を得るため、富士康は「工業工程(Industrial Engineering略称IE)という管理モデルを採用しているという。 
 
 2007年、富士康は「富士康IE学院」を設立し、万単位の管理人員を養成、彼らを各現場に配置し、生産ラインの一つ一つの工程を研究させた。工場内では「IEはどこにでもある。IEに不可能はない」という言い方がされている。この管理モデルの特徴は、生産工程を極度に細分化し、コンピューターによるコマ撮り技術を参考にして生産ライン上での作業員の操作を1つの動作ごとに分析するというものだ。白さんによると、ほかの工場で3つの工程を1人が行って3秒かかるところを、富士康では詳細に分析して3つの工程を3人でやり、その所要時間は1.5秒だという。時間短縮のほか、1人が同じ工程を繰り返せばミスの発生も相対的に減るとのこと。だが、白さんはこう強調した。「この細分化工程をやるのにいちばん重要な条件は、量をこなすことです。富士康はここが優勢なのです」 
 しかし、人間は機械ではない。1週間は6日間、1日10時間以上同じ動作を繰り返さなければならない。そんなことが人間にできるのか。警備員に人を震え上がらせる権威があり、調査員、グループ長、ライン長がそこかしこで神経をとがらせているのだとしたら、この科学化された管理モデルは知らず知らずのうちに人を孤独にしていく。 
 
▽社会的支援のない若い農民工たち 
 
 今年6月、中国総工会〔労働組合〕新世代農民工問題課題組が発表した「新世代農民工問題に関する研究報告」は、2009年、全国の出稼ぎ農民工1億5000万人のうち、16歳から30歳が占める割合は61.6パーセントになり、新世代の農民工の平均年齢は23歳援護で、そのうちの8割が未婚者、彼らが受けた教育や職業訓練のレベルはそれまでの農民工より高いと指摘した。彼らの89.4パーセントは農業にもどらないだろうという。 
 
 問題は、彼らが農村の生活にもどれないだけでなく、故郷を離れて大都市へ入ってしまい、もともとあった社会のネットワークから離脱し、社会的支援を失ったということだ。 
 
 取材の過程で、一部の工員たちは、この高圧的で細分化された管理方法に理解を示した。この方法が個人をねじ曲げたり、人との関係が疎遠になったりする可能性があることについて、考える時間も方法もないのだ。彼らがよく言う言い方はこうだ。「こんなに大きな工場で、人もたくさんいる。こういう管理をしないとだめなんだ」。この言い方は中国のある種の役人が持っている政治的思考を連想させる。「こんなに大きな中国で、人口もこんなに多い。メディアを統制しなければ、民衆は容易に扇動されてしまう。集団性の運動を鎮圧しなければ国はすぐに大乱になってしまう」。 
 
 1946年、オルダス・ハクスリーが書いた、そのSF小説『すばらしい新世界』の「再版まえがき」には、こういうくだりがある。「本当に効率のよい強権国家はこうでなければならない。すなわち、大権を握っている政治指導者と、彼らの支配人団体が奴隷人口をコントロールすること。これらの奴隷には強制は必要ない。なぜなら彼らは喜んで甘んじているからだ」 
 
 70年前に書かれたこの名著が訴えているのは、決してヒトラーやスターリン、毛沢東ではない。フォード主義以来の「奴隷工場」、華やかさと悲しみが入り交じる21世紀という「新世界」である。いかにして人間にこの「新世界」をはっきりわからせたらいいのか。いかにして、華やかさと悲しみの間で支払われるツケをわからせたらいいのか。これは富士康だけのことではなく、中国の指導者も考えるべきであり、社会の一人一人が考えるべきことである。 
 
原文=「亜洲週間」2010/7/25 謝暁陽記者 
翻訳(抄訳)=納村公子 
〔 〕は訳注 


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