2010年08月11日16時31分掲載  無料記事
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検証・メディア

情報の出所がない記事がもとだった  ポツダム宣言「黙殺」の報道  同盟通信の報道を検証する(1)

 共同通信と時事通信の前身である戦前の国策通信社、同盟通信は、日本政府がポツダム宣言を「黙殺」するとしたことを「ignore」と訳した。「ignore」は誤訳であり、それが原爆投下を招いたとする俗説まで、「黙殺」の翻訳についてはさまざまな議論がある。「黙殺」の報道など、終戦間際の同盟の英文報道を検証しているなか、新たな事実が浮かび上がった(鳥居英晴)。 
 
 「黙殺」をめぐる記事には、二種類ある。七月二十七日に開かれた閣議に関する記事と、翌日行われた鈴木貫太郎首相の記者会見の記事である。前者の同盟英文は明らかになっているが、後者については、これまで実際のテキストが示されたことはなかった。 
 
 前者の同盟英文は、北山節郎編『太平洋戦争メディア資料II』に収録されている。七月二十七日午後六時四十三分に傍受された電文は、閣議が午後二時から五時まで行われ、東郷外がポツダム宣言について報告したと、Urgent(緊急電)で伝えた。緊急度では、Flash, Bulletin, Urgentの順で低くなる。 
 
 TOKYO, July 27 The regular session of the cabinet which met at the premier’s official residence at 2 o’clock this afternoon heard Foreign Minister Shigenori Togo report on the joint proclamation issued at Potsdam yesterday in the name of Churchill, Truman and Chiang Kai-shek. Foreign Minister Togo also reported on other matters related to the proclamation. The cabinet meeting adjourned at 5 pm. 
 
 午後六時四十五分、Bulletin(至急報)として伝えたのが以下の最初の「黙殺」記事である。 
 
 It was authoritatively learned that Japan will ignore the joint proclamation of Churchill, Truman and Chiang Kai-shek calling upon the Japanese to announce unconditional surrender. 
Japan will prosecute the war of Great East Asia to the bitter end in accordance with her fixed policy, it was authoritatively stated. 
 
 この英文記事は、「権威筋によれば、日本は無条件降伏の表明を求めるチャーチル、トルーマン、蒋介石の共同宣言をイグノア(黙殺)するだろう。権威筋は、日本は既定方針に基づき大東亜戦争を最後まで遂行すると述べた」などと訳されている。二十七日のサンフランシスコ発のAP電は、この同盟英文を転電し、そのなかでignoreをreject(拒否)と言い換えた。 
 
 「情報源になった”権威筋”は、外務省首脳とは思われず、迫水書記官長か、その周辺ではないかと見られるが、戦後半世紀を超えたいまでは、深い霧の中にとざされたままである」(仲晃『黙殺』)など、これまで、「権威筋」とは誰であったのかが議論されてきた。しかし、同盟が日本語でどのように伝えたかは調査されていなかった。共同海外部で英文報道に携わった経験からすると、この英文記事は直接取材で書いた原稿ではなく、日本語原稿を翻訳したものであると推測できる。英文記事は、アトリビューション(出所)を明示するのが原則である。出所を示していない日本語原稿を翻訳する場合、便宜的に”it was learnt”などという表現を使うことがあった。現在では使われない表現である。 
 
出所の明示のない日本語記事 
 
 この「黙殺」原稿は明らかに、その種の原稿で、もとになる同盟の日本語記事があるはずである。同盟の記事を使用していた地方新聞の記事を調査した。信濃毎日新聞二十八日付一面の「大東亜戦争完遂へ 米英重慶宣言黙殺」という見出しの記事がそれだった。 
 
 「二十七日の定例閣議は午後二時首相官邸に開催、東郷外相より米英重慶対日共同宣言その他これに付随する諸問題に関する報告を聴取して、同五時散会した。帝国政府としては共同宣言の如何に拘わらず、これを黙殺、飽まで既定の根本方針に基き大東亜戦争完遂に邁進する方針である」 
 
 表現が多少異なるのが京都新聞二十八日付一面の「対日三国共同宣言黙殺 帝国の決意揺がず 飽まで既定方針完遂」という見出しの記事である。 
 
 「トルーマン、チャーチル、蒋介石の対日共同宣言につき東郷外相は二十七日定例閣議にこれを報告したが、帝国としては共同宣言の如何に拘らずこれを黙殺する方針の如くであくまで大東亜戦争完遂に邁進する帝国の大方針には微動もないことは言を俟たない。二十七日の定例閣議は午後二時首相官邸に開催、東郷外相より、米、英、重慶対日共同宣言その他これに付随する諸事項に関する報告を聴取して同五時散会した」 
 
 北海道新聞、秋田魁新報、神戸新聞、西日本新聞などがこれを使用している。日本語の原文には、「権威筋によると」などという表現はなかったのである。二十八日付の朝日新聞は「政府は黙殺」という見出しで伝え、「何ら重大な価値あるものに非ずしてこれを黙殺するとともに、断乎戦争完遂に邁進するのみとの決意を更に固めている」とした。読売報知も、政府は「全く問題外として笑殺、断乎自存自衛戦たる大東亜戦争完遂に縦横邁進、以て敵の企図を粉砕する方針である」と報じた。 
 
 『終戦記録』によると、政府は二十七日の閣議で、「本宣言を新聞発表するに当っては、ただニュースとして、ノー・コメントで掲載し、しかも大げさに取り扱わないことに決定した」。 
 
 出所の明示がない以上、ニュース源が「黙殺」という言葉を使ったのかどうかも不確定である。日本語原稿は、現在も出所を明示しない記事が少なくない。半世紀以上たっても、教訓を学んでいないようである。 


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