2010年09月02日17時54分掲載  無料記事
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中国

「私は真実を語るという既得権益の持ち主」 若手人気作家・韓寒、満員の聴衆と白熱の議論 

  1980年代生まれの若い作家にしてカーレーサーの側面も持ち、中国語圏で注目されている韓寒が、7月に行われた香港ブックフェアの講演会に登場、若いファンが多数かけつけたくさんの質問に答えるかたちで講演を行った。大陸に対する政治批判が強い香港という場所がらからか、質問は「政治にかかわるのかどうか」というものが目立ったようだ。人を食ったような答え方に、彼への評価は賛否両論ある。日本では、韓寒のデビュー作『三重門』が『上海ビート』(平坂仁志訳、サンマーク出版)の邦題で出版されている。(納村公子) 
 
 2010年の香港ブックフェアで韓寒が「名作家講座」に出席することが決定したときから、半月ほど、香港の新聞やネットは韓寒に関するさまざまな議論で賑わった。大陸の「80後」〔1980年代生まれの若者〕から香港の「80後」まで、内容は韓寒を魯迅と比較するものから李敖〔台湾の外省人の作家、評論家〕と比較するものまで……議論が白熱する中、この28歳の若手作家の講座に座席予約が殺到し、7月22日、灣仔(ワンチャイ)イベントセンターの講演ホールには記録破りの数の聴衆がつめかけた。その数1800人、一つのホールはライブで、他二つのホールには中継放送されたが、どの会場も満員で、通路にも立見客があふれていた。 
 
 これは間違いなく、香港ブックフェアが開催されるようになってから最も人気を集めた作家講座の一つである。その熱さは、今年武術小説の大御所、金庸が巻き起こしたブームに次ぐものだ。 
 
 2時間の「テーマの無い講演会」で、韓寒は開演とともに言った。「ここは何を話してもいい場だ、だから僕からは何も話さない」。それ以上語ろうとはせず、司会者と聴衆からその場で出された46の質問に一つ一つ答えていった。そこで答えきれなかった分の質問は分厚い紙の束になって残った。白兵戦のような問答は、韓寒の得意とするところだ。まるまる2時間、ウィットに富んだ言葉の数々が飛び出し、会場内は熱気にあふれ、拍手と笑い声が絶えなかった。 
 
 ある人が韓寒に、政治を書かなくていったい何を書くのかと尋ねた。韓寒は、政治物は書かない、と言った。「政治は嫌いだ。文芸を心から愛している。ただ、愛する文芸が嫌いな政治に邪魔されるのだけはゴメンだね」 
 
 ある人は、韓寒が政治に携わる可能性はあるかと尋ねた。韓寒は笑って答える。「政治をやるくらいなら、男をやめるよ」。彼は、「情緒を解さない連中とは一緒にいられない」「台の上で型どおりの文句ばかり並べ立てるなんて耐えられない」と言う。 
 
 またある人は、韓寒はカーレーサーをしながら、どうやって創作のインスピレーションを持ち続けられるのかと尋ねた。韓寒はまたもブラックユーモアで答えた。「ぜひ大陸へ来て、色々見て歩いてください。この国はあなたにも山ほどのインスピレーションを与えてくれるから」 
 
 「あなたは恐怖心をどうやりすごしているの?」との問いには、韓寒はその場で甲高い叫び声を上げて答えの代わりにした。 
 
 「あなたは大学に行っていませんね。あとあと創作力が足りなくなってくるのでは?」韓寒は、唐駿の「名ばかり大学」学位事件〔唐駿は「出稼ぎ皇帝」とあだ名される経済人で、微軟中国有限公司CEOを務めた。日本とアメリカに留学経験があるが、今年7月、科学者の方舟子からカナダの博士号を金で買ったとの批判を受け、学歴詐称疑惑で話題になった〕のあと著名人が次々と学歴を改めた。僕は高校を卒業していないんだから学歴を中卒に変えなきゃね、と言った。 
 
 彼は「唐駿ありがとう」と言い、そしてまた「国に感謝している」としきりに言った。 
 
 韓寒は中国大陸語圏の皮肉や冗談を巧みに使い、国や民族に関わる様々な重大問題もさらりとかわす。「女性」は彼が話を逸らそうとする時に使う常套句だ。「台湾についてどう思う?」「台湾の女の子は好きだよ」。「海外へ移住する?」「ガイジンの女性は好きじゃない」。最も直接的な問題は講座の前、50分に及ぶ長い記者会見の中にあった。 
 
▽天安門事件の名誉回復? 当然だ! 
 
 記者会見で、香港大学新聞学科の学生から質問があった。「天安門事件の名誉回復はされるべきだと思いますか?」。韓寒はやはり「女性」を使って話に切り込んだ。「つい最近、好きな女の子ができたんだけど、その子は大陸に住んでる。でも僕は馮正虎みたいに本当の事を話し香港にとどまっているのが、すごく怖い。だけど僕の姿勢は僕の言葉から感じ取ってもらえると信じてる。あなたはどんな文化人にも、名誉回復すべきかどうか訊くんだろう。きっとみんなこう答えるよ。当然だ、ってね」 
 
 講座に参加した1800人のうち、(中国)内陸部から駆けつけた読者が半数を占め、その大半が女性だった。カーレーサーにして作家、ブロガー、雑誌編集長というマルチ・プレイヤーぶりを見せるこの若者は、まるで「アイドル・スター」だ。講演中にその場でラブレターを渡す女性ファンまでいて、「政治」と「恋愛」の間を浮遊する講演の雰囲気は、よりエンターテイメント的な色あいを帯びて最高潮に達していった。 
 
 翌日、香港の新聞には韓寒の講演と記者会見の記事が60本以上載った。例外なく――あるいは講演者の望み通りにと言うべきか、「恋愛」が話題の中心となり、「韓寒は韋小宝〔金庸の武侠小説の主人公で、7人の妻がいる〕のように色好み」「韓寒は自分の浮気性を認めた、ファンが聴衆の前で求愛」「香港では何でも言える」「夏が『寒』風を巻き起こし、講演ホールを満席にした」 
 
 ある香港のネットユーザーは韓寒を「ものすごくずる賢いけど、ものすごく安全」と評し、またある人は「いわゆる異端者ではなく、境界線上を行きつ戻りつしながら率直に物を言う人」と言う。 
 
 わざわざ韓寒の講演に足を運んだ香港の女性読者、齊さんはいささか失望した。「彼は本質的な問題には何も触れなかった。こんなに良い機会と場を棒にふったのよ」 
しかし彼女も認めている。「気楽に聴ける講演だった。もっと内容のある話は彼の文章で読めるでしょう」 
 
 香港のテレビ番組で、司会者たちは一様に認めている。韓寒の頭の良さは、ロジックを巧みに操りあらゆる質問に簡潔な言葉で答え、さらに聴衆に親しみ易いようなネット用語を上手く使いこなすところにある。「もちろん、一番重要なのは彼がイケメンだってことだけどね」司会者は笑って言った。「香港の政治家がどんなにユーモアを持っていたとしても、韓寒のカッコ良さにはかなわないし、彼より人気者になるなんて無理でしょう」 
 
▽陳文茜と李敖の批判を受ける 
 
 前後して講演を行った作家として、台湾メディアの陳文茜〔人気女性キャスター〕は韓寒を嘲笑い、両岸三地〔中国大陸、台湾、香港〕のメディアに大きな論争を巻き起こした。 
 
 7月21日、陳文茜は講演の中で、李敖が韓寒をどう評価すると思うか尋ねられ、李の言葉を引用した。「韓寒は何も話さなくていいのよ。カッコ良いし、数年後には馬英九みたいになれるわ。どれだけイケメンだってせいぜいその程度よ。知識が足りなくて、ロクな評論をしていない。売れているのはけっこうだけど、売れなくても不思議じゃないわね」陳文茜は続けた。「可愛い子ちゃんだと思うわよ、カーレーサーでイケメンだしね。でも彼のあの一言が気に入らない。『上海万博はお金を積み上げて出来たもの』。この言葉は韓寒の浅はかさを物語ってる」 
 
 陳文茜は自分が4回にわたってじっくりと上海万博を取材したことを話した。「上海万博がお金を積み上げて出来たものだって言うのなら、韓寒が出場するカーレースこそ、まさにお金で出来てるものじゃない」彼女はまた、韓寒に発言権を大切にせよと望む。「万博は上海のこの百年で最も偉大な事業。それなのに韓寒は屁みたいに軽く、お金で出来てるなんて言うのよ」 
 
 「屁みたいに」「浅はか」この二つの言葉が出たとたん、韓寒ファンはネットですぐさま反発し、陳文茜に「品がない」「国情を理解していない」「ダブルスタンダードだ」と返した。韓寒はというと、記者会見で男性優位的な対応を選び、やんわりとこの論争をかわした。「女性と言い争うなんて有り得ない」 
 
 ブックフェアに参加した有名作家の一人、賀衛方は陳文茜の言い分には賛同しない。彼は、陳文茜と李敖は何か利益を失うことを恐れている、と考える。彼はため息をついて言う。「陳お嬢さんは影響力と社会的地位を持った先輩として、他人が言った言葉で『屁みたいに』後輩の言葉を傷つけている。品格を失う行為だ。彼女は上海万博に4回行ったそうだけど、きっとVIP用の通路を通されて、並ぶ必要なんてなかったろう」 
 
 講演の最後にある聴衆が韓寒に尋ねた。「いま、自分が望む通りの生活をしている?」韓寒は深く息をついてから、「Yes, I do!」と答えた。その言葉で香港の旅に終止符を打った。芸術家の艾未未が韓寒を「自分なりのポジションでその責任を負っている人間」と評したように、韓寒は自分のポジションをよく分かっている。彼は、もしも中国があらゆる既得権益者で溢れているというなら、自分は「真実を語るという既得権益の持ち主」だと言う。彼は真実を語り続けるだろう。それが彼のポジションでできる唯一のことだから。 
 
 もちろん、言論の自由がある香港では、韓寒は各方面からの熱い注目を浴びながらも気楽な2日間を過ごし、「裸の王様」に出てくる子供のように切実に本当のことを叫ぶ必要はなかった。 
 ただなんと言っても、あの告白にも似た「Yes, I do!」という言葉は、まさに作家の章詒和の彼に対する評価のように単純明快だった。 
 「韓寒はかたくなに自分らしさを貫き通す」。 
 
原文=『亜洲週刊』2010/8/8 張潔平、李萌記者 
翻訳=吉田弘美 


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