2010年10月04日17時23分掲載  無料記事
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検証・メディア

岐路に立つBBC −受信料削減、規模の縮小化の先は何か?(下)

 2004年にBBCの会長(=ディレクター・ジェネラル、経営陣トップ)職に就任したマーク・トンプソン氏は、前職のチャンネル4の経営陣であった時から、思い切った経費削減には定評があった。「バリュー・フォー・マネー」(金額に見合う価値)を合言葉に、ライセンス料を払った視聴者が納得するようなサービスや番組の提供に力を入れてきた。トンプソン会長の主導で実現した成功例がBBCアイプレイヤーである。ロンドン=小林恭子) 
 
 BBCの運営は、存立、目的、企業統治を定める特許状と、これに沿った業務の具体的な内容を定める協定書(BBCと所管の文化・メディア・スポーツ相との間で交わされる)が基本になる。 
 
 特許状、協定書ともに10年ごとに更新されるのだが、前回、07年からの10年を対象とする政府との交渉の際に、トンプソン会長からすれば、不服の結果が生じた。 
 
 まず、一時は廃止されるという噂も出たライセンス制度は維持されたものの、インフレ率に数パーセントを上乗せする従来の値上げ方式は停止となった。例えば、インフレ率が2%の時、値上げ率が同率であると実質ゼロの伸びになる。これを避けるために、上乗せする方式が導入された。新たな取り決めでは、前年比2−3%増となったのだが、実質は現状維持か目減りする可能性ができたため、経営陣は活動計画の大幅変更を迫られた。景気の動向に左右されないはずのライセンス料収入が、もはやそうではなくなった。 
 
 さらに、当時の労働党政権は「放送業界の変化の予想は困難」として、具体的な値上げ率が設定されたのは最初の6年間のみ(07年から12年)で、2013年以降は未定となった。ライセンス制度がこれ以降、続くのかどうかさえ、定かではなくなった。 
 
 昨年6月、政府白書「デジタル・ブリテン」が発表された。この中で、政府は、BBCのライセンス料収入の中で、テレビの完全デジタル化(2012年予定)移行準備のために使うためにとっておいた資金を、移行が終了した時点で、地方ニュースの制作費として他局が使う案を提唱した。 
 
 この案は政権交代(今年5月、保守党・自由民主党による連立政権が発足)で廃止されたが、BBCはこれまでにも、チャンネル4がライセンス料の一部を共有したいとする旨の案を退けてきた過去がある。BBCにとっては、ライセンス料は聖域であり、他の公共サービス放送の制作にまわすのは論外だった。 
 
 しかし、「デジタル・ブリテン」は「ライセンス料はBBCだけが独占するものではない」と明記し、BBCのライセンス料=聖域説を脅かした。 
 
 
 多チャンネル化により、BBCが提供するチャンネルの視聴シェアは相対的に低下している。視聴行動の変遷を記録する団体BARBによると、BBCの主力チャンネルBBC1(NHK1チャンネルに相当)の視聴シェアは、ITVとの二大巨頭体制の最後の年1981年には39%だった(ITV1は49%)が、その後年々減少し、09年には約21%にまで下落した。12年からのテレビの完全デジタル化で、各チャンネルの視聴シェアはさらに分散化する見込みだ。徴収した受信料をすべてBBCが使う、という方式がますます正当化できなくなる。 
 
 視聴率シェアでは最大のライバルとなるITVが広告収入減で経営が苦しくなり、チャンネル4も同様の窮状を訴える中、{しゅっぴ}BBCの人気出演者への高額報酬(推定額)の報道や、経営陣の高額経費使いが情報公開法の請求によって、ここ2年ほどの間に明るみに出た。不景気感が募り、「金遣いがあらい」ように見えるBBCへの批判が国民の中からも強く発せられるようになった。 
 
 国民感情や市場動向の変化を察知した「BBCトラスト」(視聴者の代表としてBBCの業務全般を監督する)は、経営陣に対し、戦略見直し策の提出を求めた。 
 
 今年3月、経営陣がトラストに提出した見直し策には「質を優先する」という題名がついていた。「より少ないことをより良くやる」ことを主眼にし、際限のない拡大にストップをかけることを宣言した(ライバル局はこれでも「不十分」とするが)。 
 
 7月、トラストは、見直し策に対する中間報告を発表した。英国が緊縮財政下にあり、ライセンス料を払う視聴者も不景気悪化の影響を受けているとして、さらなる経費削減、節約分野を見つけるように経営陣に注文した。 
 
 また、今後3年間で経営幹部の給与を25%削減するというBBCの経営陣による計画に対し、トラストは3年ではなく1年半で実行するよう要求し、15人の経営幹部は年に一カ月分の給与削減、トラストのメンバー(全12人)も、給与を8・3%削減することになった。 
 
 トラストによる最終評価は今秋までに発表され、年内にはBBCの2016年までの活動計画の大枠が決定される見込みだ。 
 
―将来像は? 
 
 今年のエディンバラ・テレビ祭で、基調講演を行ったトンプソンBBC会長は、前年のジェームズ・マードック氏によるBBC及び伝統的な公共放送体制に対する批判への反論を行った。 
 
 英国の放送界は「公共放送と商業放送の組み合わせで構成されているがゆえに、質の高い番組を制作するための競争が働き、同時に、利益のみでは正当化できない企画に投資できる」。 
 
 また、BBCの年間テレビライセンス料収入34億ポンドをはるかに超える59億ポンドの売上げを持つBスカイBが今後も巨大化すれば、「BBCばかりか、商業放送も含めた英国の放送業全体を取るに足らないほど小さな存在にしてしまう」、と警告した。 
 
 この警告には真実味があった。BスカイBの株を39%所有する米ニューズ・コーポレーションが、最近になって、残りの株の取得の意向を示したからだ。 
 
 トンプソン会長はまた、有料テレビ市場最大手のBスカイBに対してオリジナル番組の制作の投資を増やすべきと注文をつけ、民放ITVなど他局の番組をスカイのサービスの中で放映する場合、「再放映料を払うべきだ」と提案した。 
 
 放送業界関係者一千人近くが集うテレビ祭でのマードック氏、あるいはトンプソン会長の発言は、メディアで大々的に報道される。お互いに自局に好意的な世論を喚起することが基調講演の大きな目的の一つである。 
 
 トンプソン会長は、12年度で終了する現行のライセンス料体制の取り決めに関しては、「BBCの予算の一ポンドの削減は、英国のクリエーティブ産業が一ポンドを失うことを意味する」と述べて、将来の大幅削減が起きないよう、ライセンス料交渉の相手である政府をけん制した。 
 
 さて、今後のテレビ・ライセンス料体制の行方やBBCの規模はどうなるだろう? 
 
 現在のところ、視聴者からライセンス料を徴収し、これを公共サービス放送が使用する方法自体がすぐになくなると見る人は少ない。また、BBCがその規模を自ら大幅削減する可能性も低い。 
 
 したがって、〇訥絢圓ら徴収したライセンス料で番組制作などの活動資金に使う仕組み自体は今後も続く、△靴し、BBCがすべてを独占するのではなく、一部は他の公共サービス放送に回る、ライセンス料の金額の値下げや削減は名目的にはないが、「現状維持」という形での削減はあり得る(注:最後につけた、補足情報参考)。これが今後2年ほどの動きになろう。 
 
 一方、ライバル局から特に批判の高いBBCワールドサービスについて、ヘイグ外相は、9月上旬、その活動資金となっている政府交付金を削減する意向を表明した。連立政権は財政赤字解消のため、さまざまな分野で平均25%の政府支出削減を目指している。交付金削減もこの一環だが、BBCにとっては、厳しい将来を予測させた。 
 
 英放送業界はBBCが主導役となって発展してきた歴史がある。しかし、旗振り役がいなくなったら、あるいは力を失ったら、放送業界を束ねる役をどこが担うのか?「市場競争=利益を原動力とすればいい」というマードック氏のようには割り切れないように思う。 
 
 まずは今秋以降発表される、BBCの戦略見直し策を注視したい。(「メディア展望」10月号掲載分より) 
 
**補足 
 
 視聴者を代表としてBBCの活動内容を監視するBBCトラストの委員長が、来年5月、4年間の就任後、任期切れとなった時点で委員長職を辞めたい、と申し出た。トラストの委員長職はパートタイム勤務だが、実際の仕事量がパートタイムの仕事を限界を超えている、というのが理由だ。 
 
 BBC批判の矢面に立って、BBCを常に弁護してきたが、重圧に耐えられなくなった、という面もあるかもしれない。 
 
 これに続き、BBCトラストは、BBCの国内活動の主な収入源であるテレビ・ライセンス料の2011年分と2012年分の値上げを辞退する、とも述べた。 
 
 ライセンス料は毎年2−3%程度上がるように設定されていた。これに対し、ジェレミー・ハント文化・スポーツ・メディア大臣は、2011年度の現状凍結については歓迎したものの、2012年分は未定とした。2012年分に関しては、政府は削減を計画しているといわれている。 
 
 BBCは、緊縮財政ムードを汲んで行動を起こしている、そして、ライバルメディアがいうところの「際限ない拡大」はしない、というメッセージを内外に伝えているのかもしれない。 


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