2010年10月26日10時53分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201010261053332

中国

胡主席と温首相は「言論の自由」実現の公約を果たせ 共産党長老ら23人が公開書簡

  投獄されている民主派人士、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞の決定は、もちろん中国国内では公式に報道されていないが、情報の完全封鎖が不可能となっている現在、少なからぬ人々はその事実を知っているだろう。尖閣諸島中国漁船衝突事件で反日デモが盛り上がっているこの時期に、毛沢東の元秘書として知られる中国共産党の長老、李鋭氏らによる報道・出版の自由を求める公開書簡は公になった当日から世界各国に知られ、関係者に次々とそのワード文書が送られ、賛同の署名は23人の発起人以外、1000人以上になっている。この皮肉のきいた公開書簡から見えてくるものは何なのか。(納村公子) 
 
憲法35条を施行し、検閲の廃止と言論の自由を実現せよ! 
 
全国人民代表大会常務委員会に向ける公開書簡 
                          李鋭、胡績偉等 
2010年10月11日 
 
全国人民代表大会常務委員会; 
 
1982年に採択された中華人民共和国憲法は第35条で「中華人民共和国の国民は言論、出版、集会、結社、デモ活動の自由を有する」と定めているが、この条文は28年間実現される事なく、党と政府機関による「執行」細則により否定され続けている。こうした原則を承認しながら、実際には否定しているニセ民主主義は世界の民主主義史上の醜聞である。 
 
2003年2月26日、胡錦涛主席は、就任後間もなく開催された中国共産党中央委員会中央政治局常務委員と民主派人士による民主協商会議の席上、はっきりと次のように発言した。 
 
「報道制限を解除し、世論の場を拡大することは、社会では主流の主張であり、訴えである。これは正常なことであり、立法という手段により解決されねばならない。共産党自らが改革も刷新もしなければ、党は生命力を失い自然消滅に向かうであろう。」 
 
2010年10月3日、米CNNテレビはファリード・ザカリア氏による温家宝首相のインタビュー番組を放映したが、その際温家宝首相は記者の質問に次のように答えている。 
 
「言論の自由は全ての国にとって欠くべからざるものだ。中国の憲法は人民に言論の自由を付与しており、人民の民主・自由に対する要求を拒むことはできない。」 
 
中国憲法、および胡錦涛主席と温家宝総理の発言の精神に基づき、我々はここに言論・出版の自由という憲法で定められた権利の実現について実情を示す。 
 
・我が国の言論・出版の自由に関する現状 
 
私は中華人民共和国公民の名において、61年間れっきとした“主権者”であった。しかし我々が所有している言論・出版の自由は返還前の香港、即ち植民地に暮らす住民の自由にすら及ばない。 
イギリスの植民地だった返還前の香港は、英国女王の政府が任命した総督により管理されていた。しかしイギリス当局が香港住民に付与した言論・出版の自由は絵空事ではなく、確かに実現されていた。 
 
1949年、中華人民共和国が建国されたとき、人々は解放を喜び、主権者となった。毛沢東は「中国人民は立ち上がった」と宣言した。しかし建国から61年、改革開放から30年の今日まで我々は植民地時代の香港住民が持っていた自由をいまだに持っていない。現在もなお政治に関する一部の書籍は香港に持ち込まれ刊行されている。これは香港が祖国に返還されたゆえの幸いではなく植民地時代の旧法が踏襲されているにすぎないのだ。大陸人民の”主権者”としての地位は実に情けないもので、国が掲げる中国的特色の”社会主義的民主”は全くもって困ったものだ。 
 
一般人民のみならず、党の高官にさえ言論・出版の自由はない。近頃李鋭はある事件に遭遇した。しばらく前に『周小舟記念文集』が出版されたが、この文集にはもともと李鋭が1981年に人民日報紙上で発表した周小舟を回顧する文章が収められていたのだが、出版された本にはそれが入っていなかった。周小舟夫人が電話で説明した話によるとは「北京当局から李鋭の文章を掲載してはならないと通達があった」という。1981年に党機関紙に発表した旧作ですら文集に掲載できない?なんと馬鹿げたことか。 
李鋭は言う。「なんという国なんだ?『報道は自由でなければならない!公民の言論の自由を封殺するのは全くの違法行為だ!』と叫んでやりたい。」 
 
党の高官ばかりではない。我が国では首相ですら言論・出版の自由がないのだ。 
2010年8月21日、温家宝首相は深センで『改革開放路線を堅持してこそ我が国の未来は輝く』と題した講演を行った。このうち、「ただ経済改革を推進するばかりでなく、政治改革も押し進めなければならない。経済改革は、政治体制の改革による保障がなければその成果は失われ、現代化の建設という目標は実現できない」という発言があった。 
しかしこの講演を伝えた21日の新華社の記事『経済特区の明るい明日を拓く』では、首相の政治体制改革に関する発言内容は削除されていた。 
 
2010年9月22日(米現地時間)、温家宝首相はニューヨークで在米中国系メディアおよび香港、マカオのメディア責任者と座談会を行い、その席で再度“政治体制改革”の重要性を強調した。温首相は「政治体制改革についての私の意見はこれまで発言してきた通りだ。経済改革は政治体制の改革による保障がなければ完全な成功を収めることはできないし、既に獲得した成果さえ失いかねないのだ」と述べている。また、続いて出席した第65回国連総会の一般討論演説での『本当の中国を知る』と題した演説でも、政治体制改革に言及している。しかしながら9月23日(北京時間)夜に放送されたCCTVのニュース番組および新華社が配信した関連記事では、温家宝首相の発言は国外の中国人の現状や海外の中国系メディアの働きに関するものに限られ、政治体制改革に言及した部分はカットされた。 
 
こうした事例は責任者を追求しようとしたところで、絶対に具体的な人物には行き着かない。それは見えない黒い手だ。彼らは、理に反することを承知の上で憲法違反を犯し、たいてい電話で「誰々の作品は発表してはならない」「何々の事柄は報道してはならない」と通達してくる。この電話の主の役人は名乗ることなく、相手に秘密を守るようにと念を押し、しかも指示は確実に実行しろと言う。 
この黒い手の正体、それは中央宣伝部である。中央宣伝部はいまや党中央を凌駕し、国務院をも凌駕する。中央宣伝部は一体どんな権利があって首相の発言を封殺するのか?一体何の権利があって国民から「首相の発言を知る権利」を奪うのか? 
 
われわれの要求の核心は検閲の廃止と追懲制の実施 
 
憲法第35条にある言論・出版の自由は『出版管理条例』などの具体的な執行細則によって、実現望むべくもない「画に描いた餅」となった。執行細則とは要するに人を罪に陥れるための検閲だ。数えきれないルールやタブーが言論・出版の自由を制限している。新聞出版法を制定し検閲制度を廃止することはもはや急務となっている。 
 
我々は全人代に対し、直ちに報道・出版法制定に着手し、現行の『出版管理条例』を廃止し地方当局による報道・出版への管理、締め付けを禁止するよう提案する。憲法第35条が中国国民に与えている言論・出版の自由を確かなものとするため、体制においてメディアは党と政府機関による直接コントロールから独立させ、「党の代弁者」から「社会の公器」へと転換すべきである。従って報道・出版法の制定は追懲制を基本とし、「党の指導強化」という名の下に再び検閲制度を強化するようなことがあってはならない。 
 
検閲とは、あらゆる出版物が出版前に党や政府機関による審査を受け、当該機関の許可が得られなければ出版できないというもので、許可がないものは違法出版物とされる、というものだ。 
これに対し、追懲制とは、出版物が政府機関の許可を必要とせず、編集長がゴーサインを出せばすぐ印刷に回すことができ、出版・発行は完全に自由、という制度だ。後に出版物が原因で望ましくないできごとや、もめ事が起きるなどした場合にはそこで政府が介入し法律に基づいて是非を判断する。 
 
世界の様々な国の報道出版制度の発展は、検閲制から追懲制へという道筋だった。追懲制度は検閲制度の歴史的進歩であることは疑いない。それは人文科学や自然科学の発展を促し、「調和のとれた社会」の実現を促す偉大なる役割を果たす。英国では早くも1695年に検閲法が廃止された。フランスでも1881年に検閲法が廃止され、新聞や出版物の事前の手続きはたった1枚の声明文だけだ。責任者がそれに署名し、検察院に郵送するだけ。新聞を含めた刊行物の自由な出版が可能となった。我が国で実施されている書籍や新聞への検閲制度は英国に315年、フランスには129年遅れている。 
 
我々の具体的要求 
 
1、メディアを独立させ、主管機関を廃止せよ。出版者、出版団体の社長や編集長が実質的な責任を負う制度を確立すべし。 
 
2、記者を尊重し「無冠の王」としての社会的地位を与えよ。記者が集団性事件を報道したり、官吏の腐敗を暴くのは国民のための神聖な仕事であり保護と指示を受けるべきである。一部の地方政府や公安機関が随意に記者を拘束するという違法行為は直ちにやめさせなければならない。また謝朝平事件〔訳注 佑魃△覗犧遒靴討い真擁を追及し、渭南市の党委員会書記、梁風民を公職から追放し、党規に基づいて厳しく処罰し悪事を働く者への戒めとすべし。 
 
3、メディアに対し、省を越えて世論調査を行うことを禁止する法令を廃止し、中国メディアの記者に中国全土で自由に取材できる権利を与えよ。 
 
4、インターネットは社会の情報交換や民衆の意見交換において重要な場である。国家機密や個人のプライバシー侵害に抵触するもの除き、ネット管理部門が勝手にサイトや書き込みの削除を行ってはならない。〔言論操作を行う〕「五毛党」〔訳注◆佑鬚覆せ。検閲ブロック技術〔翻墻〕に対する制限を廃止せよ。 
 
5、党史にタブーはない。中国国民は党の犯した罪について知る権利がある。 
 
6、『南方周末』や『炎黄春秋』が民間の雑誌として改編され運営されることを認可せよ。 
雑誌の民営化は政治改革と同じだ。為政者とそれを評価する者が高度に一体化し、政府とメディアが「党」を名乗って自作自演や自画自賛をやる。それでは民衆の声に耳を傾けることも正しいリーダーシップを発揮することもできない。これは歴史の教訓だ。大躍進から文化大革命まで、大陸のあらゆる刊行物およびラジオ・テレビ放送は一度として民意を反映したことがなかった。党と国家の指導者の耳に異なる声は聞こえず、目の前で起こっている大きな過ちに気づくことも、それを正すこともなかった。党と政府は人民からとった税金でメディアに自らを賞賛させたが、このような行いは民主国家では許されない。 
 
7、祖国に復帰した香港とマカオの刊行物の、大陸での公式発行を許可せよ。我が国はWTOに加盟し経済分野では既に世界市場に参入している。文化も同様、世界に門戸を閉ざすことは改革開放の方針に反する。香港やマカオの文化は国境に送られてきた先進的文化であり、その刊行物は人々に歓迎され信頼を得ている。 
 
8、宣伝部門の機能を転換させよ。宣伝部門は「禁止事項」を定める部門から、情報の正確さ・スピード・安全性を保障する部門へと転換するべきだ。汚職官吏の不正を暴く報道の規制を支援するのではなく、メディアが党や政府機関の監督機関として機能するようサポートせよ。また出版物を発禁にしたり、編集長を更迭したり、記者を拘束したりするのではなく、強権に対抗しメディアと記者を保護する機関に転換せよ。 
 
党内および社会での宣伝部に対する悪評は甚だしく、名誉回復には一つ一つ「正しい行い」を積み重ねていく必要がある。またこれまでの「宣伝部」という名称を、適切な時期に、世界の潮流に合致するようなものに変更した方が良いかもしれぬ。 
 
衷心からの訴え、ご了察を請う。 
 
2010年10月1日 
 
発起人(23人) 
李鋭 (前中央組織部常務副部長) 
胡績偉 (前『人民日報』社長) 
江平 (元政法大学校長) 
李普 (元新華社副社長) 
周紹明(元広州軍区副主任) 
鐘沛璋(元中央宣伝部新聞局長) 
王永成(上海交通大教授) 
張忠培(元故宮博物院院長) 
杜光(元中央党校教授) 
郭道暉(元『中国法学』雑誌社編集長) 
肖黙(元中国芸術研究院建築芸術研究所長) 
荘浦明(元人民出版副社長) 
胡甫臣(元中国工人出版社長兼編集長) 
張定(元中国社会科学院社会科学出版社長) 
于友(元『中国日報』編集長) 
欧陽勁(香港『太平洋雑誌』編集長) 
于浩成(元群衆出版社長) 
張清(元中国電影出版社長) 
兪月亭(元福建テレビ社長) 
沙葉新(前上海人民芸術劇場院長) 
孫旭培(元社会科学院新聞研究所長) 
辛子陵(元国防大灯台中国編集室主任) 
鉄流(民刊『往事微痕』編集長) 
 
訳注ー嫩平事件:謝朝平は1955年四川省平昌件生まれ、監察局の検察官。山門峡ダム建設に伴う住民の強制移住をルポした作品『大遷徙』を執筆した。この作品は2005年、雑誌『火花』に掲載されたが、引き続いて取材を行い、執筆を続けていたが、掲載誌『火花』が地方当局の知るところとなり、北京郊外の八宝山の謝の貸家で資料整理していたところを、陝西省渭南市から来た私服警官7人によって捕らえられ、資料や原稿が押収された。 
 
訳注五毛党:2005年頃から始められたネット上の一般「評議員」。地方の党宣伝部が世論操作のために雇う一般人で、1回の書き込みに0.5元(中国語で五毛銭)が支払われると言われることから五毛党と呼ばれる。 
 
原文=博訊ニュース 2010年10月12日 
http://www.peacehall.com/news/gb/china/2010/10/201010112328.shtml 
 
翻訳=藤森一葉 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。