2010年11月01日13時30分掲載  無料記事
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アジア

【イサーンの村から】(10)商品作物は難しい  森本薫子

 この辺りの村は、田んぼ以外はサトウキビ畑、キャッサバ畑、天然ゴム農園で埋め尽くされている。どれもイサーンでは代表的な商品作物である。うちの農園の周りも、東隣りはゴム農園、南隣りはキャッサバ畑だ。イサーンでは、1年の収入のメインとなる米の他に、現金収入源としてこれらの作物を植える農家が多い。タイのゴムは9割が輸出用で価格は国際市場によって大きく変動するのだが、最近はこの価格がかなりいいらしい。 
 
 ゴムが収穫できるのは植林後7年目からなので、価格がいいからといってすぐに植え始めても7年後にはどうなっているかわからない。なので、このように価格がいい時は、「あの時植えておけばよかった・・」と後悔する農民も多いようだ。隣の敷地に住む親戚の叔父さんも15年前から1ヘクタールほどゴムを植えているので、「今はいい収入になっているぞ」と嬉しそうだ。そういえば3年ほど前に「お前たちも早く植えたほうがいいぞ」と言われたことがあった。「一応うちは有機農業をやってるので、化学肥料を入れないと成り立たないような作物は作らないことにしています...」とは言わなかったけれど。 
 
 これらの作物を単一で広範囲にわたって植える場合、化学肥料をたっぷり入れないと充分な収穫量にはならない。キャッサバはそれほど入れなくても育つが(土が良ければ入れない場合も)、サトウキビやゴムは入れないわけにはいかない。化学肥料を投入し続けるので土は痩せていくが、その分、更に化学肥料投入量を増やしてうまく生産をまわしていかなければならない。しっかりと資金繰りして肥料代と収穫時に雇う日雇い賃金を捻出し、肥料を入れるべき時期に必要な量投入しないと結局元がとれず赤字になってしまうのだ。市場価格が悪いときも持ちこたえられるだけの資金力もないとならない。この資金繰りがうまくできず、商品作物栽培で借金がどんどん増えていくという赤字サイクルから抜けられなくなったケースもよくある。 
 
 そもそも収支計算が得意でないイサーンの農民。実際にいくら投資して、いくらの収入があって、約何時間の労働で、…ときっちり計算する人は少ない。現金収入が入ったときの額を何よりも重要視してしまうのだ。 
 
 今までゴム栽培をしている何人かの農民に収支について聞いてみたが、売上額は出てくるが、利益としていくらあるのかすぐに答えが戻ってきたことは一度もない...。私もゴム栽培についてよくわかっていない時は、知りたいことを聞くのにかなり苦労した。「これだけ植えるとどのくらいの利益があるの?」と聞いても、「初期投資で耕起代、年間では肥料代、日雇い費で○○バーツの支出。収穫はこの期間で、合計で○○バーツの売上げ。だから利益はこのくらい。労働時間はこのくらいかな。」というような明快な答えはもちろん戻ってこない。実際の会話はこんな感じ。 
 
「年間の利益はいくらくらい?」 
「○○バーツくらいかな。」 
「それって経費を引いた額?それとも売上額?」 
「売上額。毎年変わるけど。」 
「利益じゃなくて、売上額ね・・・。去年の収穫量はどのくらいだったの?」 
「3000キロくらい」 
「1キロいくら?」 
「去年は○バーツ」 
「収穫は年に何回できるの?何月?」 
「4ヶ月間」 
「??その期間ずっと??」 
「そう。毎朝。」 
「あ〜 毎朝少しずつ採れるんだ。それか4ヶ月間くらい続くのね。その合計が3000キロだったってことね?」 
「そう」 
「何にどれだけ投資する必要があるの?」 
「化学肥料代がかかるよ。」 
「いくら?」 
「一袋○○バーツ」 
「1回に○○袋いれるの?」 
「○袋くらい」 
「じゃあ、合計で○○バーツくらいね?」 
「あー、1年に○回肥料を入れる。」 
 
 …と、ひとつひとつ質問して、やっと全体象がつかめてくる。「この子はゴム栽培についてよくわかってないようだから」と気を利かせて一からわかるように説明してくれる人はいないので(たとえ「よく知らないので、全体をわかりやすく説明して」とお願いしたとしても)、質問しながら頭の中で組み立て、把握していかなければならない。 
 
 自分に知識がないことについてインタビューするのは本当に難しい。たとえ勉強して知識を得たとしても、実際に商品作物栽培をしてみないことには、話しを聞いていてもピンと来ない。イサーン地方でのスタディツアーや研修を行う場合、商品作物栽培について農家に話を聞きにいくことも多いのだが、その度に、「実際に自分で商品作物栽培の資金繰りを体験したら、もっとわかりやすいのにな〜」と思ったりする。 
 
 結局はビジネスなのだ。どこまで投資して、資金繰りして、市場を把握して…。ビジネスセンスがないと、商品作物栽培をすることはギャンブルのようなもので、市場価格に左右されて、規模が大きければ大きいほど、運が良ければお金持ち、悪ければ赤字まみれになる。タイ人だって、日本人だって、ビジネスセンスがある人もいればない人もいる。農民だからといって作物を上手に育てているだけではやっていけないのだ。そう考えると、作物栽培の知識と技術を身につけ、天候を読み、ビジネスセンスまで持ち合わせなければいけない農業は、ずいぶん難しい職業なのだと思う。 
 
 NGOスタッフだった頃は、イサーンの農民が商品作物栽培せずに農業で生計を立てるのが理想的とは思っていたが、実際に自分がイサーンで農業をしながら、うまく資金繰りをしている商品作物栽培農家を見ると、これはこれで安定した農家だなぁと思う。自然環境保全、持続可能な農業・・・と考えると、当然勧められることではないのだが、それに替わって提示できる、確実に生計を保証する術は見つからない。 
 
 水の少ないイサーンの地で野菜を作って売るのは、よほどの市場がない限り手間のわりには安すぎるし、家畜を育てて売るにはそれなり規模が必要だ。自分では化学肥料で商品作物栽培するつもりはないけれど、商品作物栽培がイサーンの農民を支えている部分があることも、否定できない事実なのだ。 


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