2010年11月30日06時55分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201011300655182

検証・メディア

ウィキリークスによる外交公電の暴露 ―米ニューヨーク・タイムズは事前に政府に相談していた

 28日から、内部告発サイト「ウィキリークス」が機密文書も含む米外交公電を公開している。サイトが入手したのは、米国の在外公館と国務省との間の公電約25万点。この一部を米ニューヨーク・タイムズなどが独自に編集して、同じ日にいっせいに報じた。(ロンドン=小林恭子) 
 
 その内容は続々と日本語でも報道されているので、ここでは省くが、どのようにして今回の一連の記事が出たのかという点に、まずは注目したい。 
 
 まず、報道されるまでの経緯だが、ウィキリークスは情報公開前にいくつかの世界の大手メディアにコンタクトを取り、情報を渡して、公開日に関する取り決めをしている。これを各メディアが独自に分析し、編集して、あらかじめ決めた日に一斉に出した。生情報をどのように料理するかは、そのメディアの編集者が決める。そのメディアが本拠地とする国にもっとも身近な情報を中心に「料理」・編集するのは自然の流れであろう。これは今までのウィキリークスの大量データ公開時と同じパターンである。 
 
 ガーディアンによれば、ウィキリークスと大手メディアとの間でこのように情報をシェアし、一定の日に同時に各メディアが報道を開始するーというパターンを作ったのは、同紙の調査報道記者ニック・デービス氏であるという。デービス氏がウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏にコンタクトをとり、これを持ちかけた、と。 
 
 今回、事前に情報を渡されていたのは、スペインのエルパイス、フランスのルモンド、ドイツのシュピーゲル、英国のガーディアン、米国のニューヨーク・タイムズ。 
 
 ガーディアンでは20人ほどのチームを作って、情報の分析と編集にあたったという(BBCニュース)。 
 
 昨晩、ツイッターを見ていたら、ガーディアンのメディアジャーナリスト、ダン・サバー氏が、「ニューヨークタイムズは、出版前に、米政府に対してどの公電を使うかを相談していた」とつぶやいた。私は非常に驚いた。どんな報道にしろ、コメントを取るため、あるいは事実確認のために、書いている記事の中に出てくる人や事実に関係のある人に、メディア側が連絡を取ることは良くあるだろう。通常の業務の一環である。 
 
 しかし、リークされた政府情報を元にした記事を載せるとき、政府側と「相談」する必要があるのだろうか?これはおかしいのではないか? 
 
 そう思って、実際にニューヨークタイムズのサイトに飛んでみた。以下がそのアドレスである。 
 
A Note to Readers: The Decision to Publish Diplomatic Documents(読者のお知らせ:外交文書を報道する決定について) 
http://www.nytimes.com/2010/11/29/world/29editornote.html 
 
 これによると、ウィキリークスからの情報に対し、ニューヨーク・タイムズは独自の判断で秘密を持っている人物や国家の安全保障を脅かすような項目を「編集」したという。実際には、いくつかの項目をあえて出さないようにした、ということであろう。どの項目を「編集」したかは他の新聞やウィキリークスに伝えたという。「他のメディアやウィキリークスも同様な編集作業をする」ことを期待している、とサイトには書かれている。 
 
 私は、この段階での「編集」は各メディアの編集部の判断であるから、これはこれでよいと思う(ウィキリークスが各メディアの判断に従って、サイト上の項目を「編集」するかどうかは、ウィキリークスが決める)。ガーディアンも、特定の個人が危険な目に合うことを避けるため、あるいは名誉毀損罪で訴えられることを防ぐためなど、さまざまな理由から一定の項目をあえて出さない、消すなどの編集作業を行っている。 
 
 その後、ニューヨーク・タイムズは、同紙が出版予定の外交公電をオバマ米政権側に送った。該当の公電が「国家の利益に損害を与えると政府側が判断する情報であれば、異議申し立てをしてほしい」と頼んだのである。政府側は「追加の編集作業」(つまりは、消して欲しいあるいは隠して欲しい項目の追加)を伝えてきた。ニューヨーク・タイムズは「すべてではないが、(追加の編集作業の)いくつかに同意した」。そして、米政権の「懸念」を、他の新聞とウィキリークス側に伝えたのである。 
 
 私は、「すべてではないが、(追加の編集作業の)いくつかに同意した」点に大きな疑問を持った。これはつまり、米政府との共同作業、ということになりはしないだろうか?また、米政府の懸念事項を他の新聞に伝えているあたり、なんだか米国の使い走り的な役目を担っているようにも見えるー何を出して、何を出さないか、どのようにどれぐらいのスペースで出すかは、各紙の編集長が決めるはずなのだ。例えばだが、「xxxの項目に関しては、米政府が『かなりまずい』と言ってました。なので、私たちは出さないことにしました」・・という言い方をしたのかどうかは、もちろん分からない(憶測のみ!)だが、なんだかそんな感じに見える。 
 
 ニューヨーク・タイムズは米政府に近すぎるのではないだろうか?愛国心が強いともいえるのかもしれないが。(私の記憶が間違っていなければ、「愛国心が強い」米新聞各紙は、イラク戦争開戦前夜、大量破壊兵器がイラクにはないことを見抜けなかった、あるいは政府の参戦理由を十分に分析し得なかったはずである。確か、後で謝罪したような記憶があるのだがー。) 
 
 ・・・と思って(当初、私はニューヨーク・タイムズが「原稿」を事前に見せていたと勘違いしてつぶやいていたので、内容が少々ずれてはいたのだが)、「けしからん!」というようなことをツイッターでつぶやいていたら、「何を最優先するかの価値判断が違うのではないか?」ということをつぶやかれた方がいらした。 
 
 なるほどなあと私は思った。確かに、イラクにもアフガニスタンにもたくさん兵を送る米国の外交文書の暴露の衝撃が、最も大きいのは米国。英国やフランスのように高みの見物ではない。リアルな危機があって、リアルな懸念もある。そこで米国の新聞ニューヨーク・タイムズは、政府の意見を事前に聞いて、アドバイスを受けたのだろうー想像だが。 
 
 ところがまた別のつぶやきを出した方がいた。ちょっと紹介すると 
 
nofrills nofrills メモ魔ですhttp://twitter.com/nofrills 
ウィキリークスに関してNYTの行動がまるでスパイのようだったのは前回のイラク戦争ログのときから顕著(アフガン戦争ログでも変な挙動を示していた)。今回もNYTなど見ないで、ガーディアンを見ましょう。ウィキリークスに関しては、ガーディアンはガチ。 
 
nofrills nofrills メモ魔です 
英メディアは、取材源の秘匿と国家安全保障を天秤にかけて後者を選ぶということを原則的に しない。北アイルランドで英軍を襲撃したリパブリカン武装組織と直接インタビューしたジャーナリストに対し、当局が情報源開示を求め法廷に訴えたとき、法 廷は情報源は秘匿すべきとの判断を示した。 
 
 
 そうなのかーと改めて思い、「さて、ガーディアンは英あるいは米政府にお伺いを立てたのかな?」と疑問になった。お伺いは立ててはいないとは思うけれど、ひょっとしてと思い、ラスブリジャー編集長にツイッターで聞くと、「ない」という返事(念のためだが、私は個人的にラスブリジャー氏と親しいわけではない。タイミングがよければ、英メディア関係者は結構ツイッター上で返事をくれるのである。これは日本でもそうだろう)。 
 
 やっぱりなあとひとまず思って、今朝起きてから、じっくりと上のニューヨーク・タイムスの記事を最後まで読んでみて、また驚いた。 
 
 それは、この一連のリーク情報の告発者と推測され、今米軍に逮捕されている、若き兵士マニング氏の表記である。この人が告発者であることはほぼ確定しているというか、少なくとも「告発者そのものである」という前提で、今のところ、話が進んでいる。(何かの陰謀説で全くの別人という可能性もあるが。) 
 
 ガーディアンとニューヨーク・タイムズのマニング氏の描写を見ると、その書き方の違いに唖然とする。日本の英作文の授業にでも使えそうなぐらい、同じ人物を全く違う角度から書いている。 
 
 つまり、ガーディアンでは、マニング氏は公益のために情報をリークした、一種の英雄である。ところが、先のニューヨークタイムズの記事では、そのまま書き抜くと、 
「a disenchanted, low-level Army intelligence analyst who exploited a security loophole.」になる(訳せば、「・・・セキュリティーの抜け穴を(不当に)活用した、幻滅を覚えた、低いレベルのインテリジェンスの分析家」である。 
 
 日本語だとうまい具合にニュアンスが出ていないが、文章の前後を見ると、low-levelであることを指摘する必要性がない。セキュリティーの抜け穴をexploitした、というのも、まったくその通りではあるけれど(事実としては)、文章全体として、この人物をやや暗いイメージで描き、少々貶めることに成功している。これをまともに受け取れば、「そんな人物から受け取った情報を、天下のニューヨーク・タイムズが大々的に報じていいのか?」とも思えてしまうー。まあ、こちらの深読みの部分もあるかもしれないが、ガーディアンとニューヨーク・タイムズの人物像に大きな開きがあって、驚いてしまう。 
 
 結局のところ、「ニューヨークタイムズ、大丈夫?」と聞いてしまいたくなるような雰囲気である。そんなに政府に近くて、大丈夫か?と。 
 
 さて、ガーディアンの外交公電報道に関し、編集長、記者、元外交官、歴史学者、情報公開で本を書いたジャーナリスト(テレグラフが暴いた下院議員の灰色経費疑惑のもともとはこの人の仕事がきっかけ)などの短いインタビューが入った動画は、以下のアドレスから見れる。 
 
 「外交情報の伝達の仕方を変えないといけなくなった(電子ではもれる)」という意見から、「何が秘密で何が秘密でないかを再度検証するべき。今回の情報もほとんどが秘密のレベルではないと思った」(ジャーナリスト)、「外交の秘密はこれからも必要で、続くとは思うが、国民にはもっと情報が出たほうが良い」(元外交官)など。 
 
http://www.guardian.co.uk/world/video/2010/nov/28/us-embassy-leaks-data 
 
 (「英国メディア・ウオッチ」ブログより) 


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