2010年12月28日15時00分掲載  無料記事
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農と食

秩父の山のむらに伝わるジャガイモ、中津川いもの物語  大野和興

  林野率98%の秩父・大滝地区(旧大滝村、現在秩父市)の最も奥の集落中津川。上州と県境を接するこのむらに伝わる中津川いもという地種のジャガイモがある。小粒で楕円形をしていて、薄赤い皮が特徴。大滝いもともいわれる。このいもでつくる「いもぐし」がめっぽううまい。 
 
  中津川は標高800メートル、平場はまったくない。いもはこのあたりで「ななめ畑」といわれる急傾斜の畑で細々と作られ、守られてきた。やせ地で育ち、寒さに強いことから、貴重な食料として、奥秩父と山で連なる群馬の山間地でつくられてきた。 
 
  なぜこの地で作られるようになったのかには、諸説がある。日露戦争でロシアにいった農民兵士がふんどしに隠して持ち帰ったという説、同じく日本に兵隊がペルーから持ってきたという説、などなど。ペルー説は、日本の兵隊が南米まで行ったという話は聞かないからまゆつばという人もいるが、兵士ではなく開拓にいった日本人が持ち帰ったということなら理解できる。なにしろ中津川いもはアンデスの原種に近いという感じがするからだ。暇ができたら、中津川いものルーツを追う旅に出てみたいものだと思っている。 
 
  このいもの伝統的な食べ方に「いもぐし」がある。ふかしたいもを竹串に刺して、いろりのまわりに刺し、たれをつけながらあぶる。たれは各家庭でそれぞれ持ち味があり、みそが主で、その中にゴマ、エゴマ、サンショウの実、クルミなどを入れて練る。コメがとれない奥秩父や峠を越えた上州奥田野の村々では貴重な食べ物だった。たれは家々で独特の味があった。この「いもぐし」、いまでは伝統食として観光客に喜ばれている。 
 
  いま山間地の畑はイノシシやシカ、サルなどの獣の被害に悩まされており、次第に生産は減っている。だが、平場に持ってきて植えても中津川いもの持ち味はなくなってします。条件が良いから大ぶり・大味のいもになってしまうからだ。高齢化や開発で山を離れた村人は、必ず種いもを抱えて山を下りたが、「いもの味がしない」を昔を懐かしがる。中津川いもはななめ畑のやせ地に限るのである。 


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