2011年01月05日17時41分掲載  無料記事
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長谷川まり子著 「がん患者のセックス」(光文社)  

  ノンフィクションライターの長谷川まり子氏が書き下ろした「がん患者のセックス」(光文社)は今まで光の当らなかったがん患者の性の世界に切り込んだ、優れたルポルタージュである。がんにかかったら、性生活も大きな影響を受ける。しかし、どうしたら問題を解決できるのかわからない。相談する相手もいない。これが今までの「がん患者のセックス」だったのだ。たとえば、がん手術後、セックスに恐れを抱くようになった女性が紹介されている。 
 
  「直腸がんが肛門近くにできた場合、肛門を切除して縫い合わせる‘’腹会陰式直腸切断術‘’が施され、腹部には永久的な人工肛門(ストーマ)が造設されることになる。この手術を受けた場合、縫合の跡が会陰に大きく残ってしまうらしい。」 
 
  このため、その女性は「足を広げたら傷口が裂けてしまうのではないと思っているのです」と看護師が患者の思いを説明してくれる。この看護師は「日本がんと性研究会」のメンバーだ。がん患者の女性が抱える性の悩みにこたえ、励ます医療者のグループだという。今まで僕は知らなかったが、がん患者の性の問題に真剣に取り組んでいる医療者もまたいるのである。 
 
  ある女性の場合はストーマを装着すると腰のあたりに膨らみが出来て、ダンスなどの場では目だってしまうし、匂いが漏れてしまうのではないか、などと心配が増すため、引きこもってしまいがちだという。こうした問題は普段、表に出てこないだけに他人にも相談しづらくて本人はさぞ孤独だろう。「命が助かったんだからセックスぐらいいいだろう・・・・」という発想が今まで医療者にあったのだとしたら?そこに著者は切り込んでいく。これはがん患者の話を超えて日本の性に対する批評になっていると思う。 
 
  それにしても今回のテーマはどこから生まれたのか、長谷川さんに聞いてみた。 
 
  「がんに侵された女性の最期を描いた「余命一ヶ月の花嫁」というTVドラマを見たんですが、性描写がないんですよ。エッチしたいという欲求はどこにもない。きっと性描写を交えたら美しくまとめられないからだろうと思うんですね。がん患者の闘病記もたくさん読みました。中身は濃密ですが、精神論が多い。なぜこればっかりって思ってしまったんです。」 
 
  なるほど、がん患者の食欲とか、性欲の話はあまり見たり聞いたりした記憶がない。きれいごとで片づけられてしまう、という長谷川さんの言葉には真実があると思った。 
 
  長谷川さんは今までネパールの少女がインドの売春宿に売り飛ばされていくルポルタージュなど、インドやネパールの取材が多かった。しかし、昨年、がんをテーマに本を書いていると聞き、正直意外だった。本書を読むとその理由がわかった。長谷川さんのつきあっていた男性ががんにかかってしまったという。がん患者のセックスは長谷川さん自身の動機だったというのである。化学療法を受けている彼氏の白血球数がいくらになればセックスできるのか。長谷川さんは数値を知りたくても中々わからなかったという。そんな長谷川さん自身の体験を取材現場で語り、患者たちに心を開いてもらって本音を聞きだしていく。中々できない取材だと思う。 
 
  「インドの売春宿から救出されたネパールの女の子たちはこの時点で‘50%’救われたと言えます。でも、施設に収容されて、その中で生きていると餌を与えられているような感じでしょうか。ネパールの少女達は結婚がしたいんです。かつて閉じ込められていた売春宿の暮らしはひどくても、好きな客が来るときもありました。でも、施設に入ると、確かに売春はしなくてよくなったのですが、自分を愛してくれる男性がいない。だから脱走する少女もいるんです」 
 
  ネパールから売りとばされた少女たちは実家に帰っても、その汚名を着せられ、まっとうに生きていくことは難しい。また手に職もなく、国自体が貧困の中で中々仕事もない状況である。勢い、こうした少女は支援金を国際社会から得て、かごの中で暮らさせよう、というような管理に落ち着いてしまう。それは日本の病院にも似ていると長谷川さんは言う。 
 
  「病院の中には‘つがい‘でいられる空間がないんです」 
 
  今、長谷川さんは夕刊紙、日刊ゲンダイに「がん患者とセックス」をテーマに毎週木曜連載している。おじさん向けの夕刊紙に書くことで、性の問題をもっと知って欲しいという。本書の延長線上にさらに多くのテーマがぶら下がっているのではないか、と感じさせられた。 
 
■日刊ベリタ「テレビ制作者シリーズ」長谷川さんの紹介記事 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200910101133426 
 
村上良太 


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