2011年01月15日07時16分掲載  無料記事
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検証・メディア

マードック傘下の英大衆紙 −消えぬ巨大電話盗聴事件 (最終)

 英国の大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)をめぐる、電話盗聴事件では、2007年、同紙の記者と私立探偵が有罪となっている。NOW側は「他には誰も関与していなかった」としているが、英高級紙ガーディアンが、「組織ぐるみだった」とする報道を粘り強く続けている。2009年7月、「新たな証拠をつかんだ」とするガーディアンの報道がきっかけで、下院委員会が関係者を公聴会に召還して事情を聞いた。呼ばれた元NOW紙編集長や経営幹部らは、「記憶にない」などと証言し、下院委員会は2010年2月の報告書で、同紙や発行元のニューズ・インターナショナル社幹部が「集団健忘症にかかっている」と結論付けた。真相は藪の中で、曖昧さが残る事態となった。(ロンドン=小林恭子) 
 
―ニューヨークタイムズが元記者らの証言を報道 
 
 しかし、である。そんな曖昧な決着を突く報道が2010年9月、現れた。 
 
 米ニューヨーク・タイムズがNOWでの盗聴行為は組織ぐるみであったとする長文の記事を掲載したのだ。記事の強みの一つは、元NOW紙編集長で現在は首相官邸の広報を統括する、アンディー・クールソン氏の直接の関与を指摘する具体的な人物の声入っていた点だった。 
 
 元NOW記者のショーン・ホーア氏は、ニューヨーク・タイムズに対し、英大衆紙業界では盗聴行為が常態化しており、NOWでもクールソン氏はホーア氏に直接、盗聴をしてでも情報を取るように奨励していた、というのである。「新たな証拠が出てこない限り、再捜査はしない」としてきた警視庁は、この報道をきっかけに、ホーア氏を含めた関係者に再び聞き込みを開始した。 
 
 声をあげたのはホーア氏ばかりではない。同年10月4日放映の民放テレビ、チャンネル4のドキュメンタリー番組「ディスパッチ」の中で、元NOWの特集記事編集長ポール・マクマラン氏は、「NOW内で誰でもが盗聴をやっていたわけではないが、必要があれば、やる記者はたくさんいた」と話した。 
 
 その2日後、ロンドン市立大学で開催された盗聴事件に関する討論会で、NOWの組織ぐるみの盗聴疑惑を報道した、ガーディアンのニック・デービス記者は、違法の取材行為に手を染めているのは「NOW紙ばかりではない」と述べ、こう続けた。「新聞の発行部数や利益が減少する中で、どうにかして個人情報を取得し、売上げが伸びるような記事を書くための圧力が記者に大きくのしかかっている」 
 
―私立探偵を使っての非合法な情報入手の実態 
 
 違法な取材行為といえば、英国の大衆紙が常套とするものに「ダークアーツ」がある。その1つが「ブラギング」(blagging)。「ブラグ」(blag)とは「巧みな話術で人をだます」という意味があるが、ブラギングは他人に成りすましてその人の個人情報(例えば健康保険の番号、年金、銀行口座情報など)を取得することである。 
 
 しかし、私立探偵を使うなど非合法に個人情報を入手するやり方は大衆紙のみの専売特許ではないことを、すでに06年、 データ保護法や情報公開法の実施度を監視する特殊法人「情報公開長官事務局」が明らかにしている。これによると、大衆紙に加えて、タイムズ、高級日曜高級紙オブザーバーなどを含む31の新聞や雑誌が私立探偵を使って非合法に個人情報を取得。02年の抜き打ち調査をまとめたものだが、ある私立探偵事務所に対し、3年間で約1万3千回の情報の利用申請があったという。このほぼ全てが違法行為によるもの、と事務局は推測している。 
 
―副警視総監も盗聴対象に NOWと警察の妙な関係 
 
 ニューヨーク・タイムズは、ロンドン警視庁がなぜ、グッドマンら以外に盗聴関与者の捜査をしなかったのかについても、報じている。 
 
 先の下院委員会のジョン・ウィッティンデール委員長は、「グッドマンとマルケー以外について案件を調べようという意志が警視庁にはまったくなかったと話し、当時の警視庁捜査員数人も「NOWとの関係を維持するために、広範囲の捜査をしなかった」と証言している。これに対し警視庁は「最も信頼できる証拠」を探すための捜査であったこと、「テロ捜査など他の緊急の案件があったこと」を、捜査範囲を広げなかった理由として説明している。 
 
 警視庁のブライアン・パディック元副警視監は、私立探偵マルケーの盗聴対象者のリストに名前が入っていた一人だ。マルケーから盗聴関連の資料を警視庁が押収した当時、現役だったが、在任中は自分が被害者の一人であったことを知らなかった。 
 
 「私が解せないのは、同じ建物の中で働いていたのに、なぜ、同僚は私に知らせてくれなかったのか」。(チャンネル4「ディスパッチ」での発言)。また、サン、NOW、タイムズなど、マードック系の新聞と警視庁は、常に「良好な関係を築いてきた」ともいう。今回の事件でも、この関係を崩したくないという配慮が働いたのではないか、と同氏は見ている。 
 
―メディア王との関係を壊したくない政治家たち 
 
 また、警視庁から盗聴対象となっていたことを知らされ、当時労働党政権の副首相だったジョン・プレスコット下院議員は憤慨した。現在でも「実際に盗聴されたのかどうかを教えてもらっていない」と番組「ディスパッチ」で発言し、警視庁に対し、すべての盗聴対象者の情報の公開や盗聴事件の再審査を求めている。 
 
 番組の中で、リポーターが「なぜ、今になって情報公開を求めるのか。副首相時代に問い質すべきではなかったか」と聞くと、「当時はできなかった。(なぜ?)多分、恐れていたのだと思う」と答えた。 
 
 さらにリポーターが「もし(マードック・プレスの支持をなくしたら)選挙に負けると思ったからか?」とダメを押すと、「そうだ・・・」と認めた。 
 
 選挙結果に新聞がどれほどの影響を及ぼすことができるのかに関しては、学者の中でも諸説ある。新聞が選挙結果を決めるのではなく、有権者のムードを新聞がつかむ・反映しているとする、という見方もある。それでも、大部数を持つ新聞が、自党にとっておおむね好意的な報道をしてくれるーこれはどの政党にとっても、何者にも代えがたいメリットであるに違いない。 
 
 下院委員会の委員の一人、アダム・プライス議員は、「ディスパッチ」の取材に対し、09年の同委員会による公聴会で、ニューズ・インターナショナル社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスが召喚されなかったのは、ニューズ社から「脅し」があったためとしている(ニューズ社側は否定)。「もし召喚したら、委員らの私生活が暴かれる危険性もあったーそんなメッセージが委員長を通じて伝わってきた」ため、「召喚を断念せざるを得なかった」(委員長は同番組内で、否定)。 
 
 さらに、プライス議員は「考えてみれば恐ろしいー大衆紙サンやNOWは人の人生をめちゃくちゃにする破壊力を持つ。こんな状況は民主主義社会ではあってはならないことだ」とも。 
 
 (補足:この番組の中では、もう一人の議員の話も紹介されていた。それは、労働党のトム・ワトソン議員。2006年ごろの話である。ワトソン議員は他の議員らとともに、ブレア首相の退陣を要求した。ブレア政権はニュース社の支持を受けていた。ワトソン氏はニューズ社の「敵」になった。ワトソン氏が「ディスパッチ」に語ったところによれば、ブレア氏に反旗を翻せば、ワトソン氏の私生活をめちゃくちゃにし、二度と議員として活動できないようにするという、レベッカ・ブルックス氏からの脅しのメッセージが届いたという。この話も、ニューズ社側は否定しているー私はことの真偽を確かめていないが、ワトソン氏がカメラに顔を向けてはっきりとこれを語っていることから、誰かがーブルックス氏ではなくてもー脅しをかけたこと自体は本当ではないかと思う。) 
 
 再捜査を望む声を受けて、警視庁は2010年秋、盗聴行為に手を染めた複数の元NOW紙記者に事情聴取を行っており、11月上旬には、クールソン氏にも事情聴取を行った。 
 
―巨大BSKYBも買収へ マードックの次なる戦略 
 
 NOWと発行会社ニューズ・インターナショナル側は、「組織ぐるみの盗聴行為」「クールソン氏の関与」とする説を完全否定している。首相官邸も「関与なし」というクールソン氏の発言を信じるという姿勢を通している。 
 
 マードック勢力は、NOWの盗聴事件のみならず、メディア界に新たな影を落とす。マニューズ社が英衛星放送BスカイBの全株を取得しようとしているからだ。 
 
 現在、ニューズ社はBスカイBの39%の株をすでに取得しているが、残りの61%を取得する計画を立てている。10月、BBC経営陣と新聞数紙の編集長はビジネス大臣のビンス・ケーブル氏に連名で書簡を送り、もしマードック氏がスカイを買えばメディア業界の「多様性が失われる」として、これを停止させるよう訴えた。 
 
 有料テレビ市場で巨人化しているスカイが、タイムズの購読料をスカイの契約料と組ませてパッケージとして販売した場合、新聞業界にとって新たなライバルの出現になりかねない。発行部数やリーチが拡大すれば、その影響力がいやおうなく増大することへの大きな危機感がメディア界にある。 
 
 大臣は11月、情報通信庁オフコムに対し、ニューズ社のBスカイB買収により、ニュース報道において複数の視点が失われることになるかどうか調査を依頼した。調査の期限は年末で、その後、大臣は日本の公正取引委員会にあたる競争委員会に判断をあおぐことになる。すでに12月、欧州委員会が買収提案が実現しても、大きな反競争的問題は生じないとの見解を示している。(この後、ケーブル氏は、テレグラフ紙のおとり取材に引っかかり、「マードックと戦争をするつもり」と言ってしまった。そこで、この件に関しては関与しないことになった。現在、判定は文化・メディア・スポーツ大臣のジェレミー・ハント氏の手中にある。) 
 
 オフコムは年末、調査結果をハント氏に渡している。まだその内容は明らかにされていない。 
 
 クールソン氏の去就とスカイの全株取得の動きー。しばらくはマードック・ウオッチが続きそうである。(終) 
 
 補足1:「悪」か? 
 
 書いている途中から、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を悪魔視しているかどうかが気になった。必要以上に悪者として書いていないかどうか。何せ英国では、マードック=悪者、マードック・プレス=悪者という見方が、知識人の一部ばかりか、広く市民の間でも強いのだ。事実に基づいている場合もあれば、信条として「悪い奴」ととらえる人もいる。 
 
 ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙に対する見方は人によって異なるだろうと思う。 
 
 しかし、英国内で巨大な発行部数を持つこと、おとり取材を含めた様々な方法で、著名人、政治家、あるいは組織に関する、普段は表に出てこない情報を暴露し報道することから、同紙は自然に大きな影響力を持つ存在だ。著名人あるいは政治家側が恐れている状況は、否定できないだろうと思う。 
 
 また、英国のメディア界でマードック氏傘下の新聞や放送局が、少なくとも数・規模の上で大きな位置を占めるのは事実。 
 
 ただ、スカイがマードックの100%子会社となった後で、例えば米国の右派ニュース、フォックスニュースのようになるかどうかは、分からない。「そうならない」という声が結構強い。英国では衛星放送である場合にも、地上波の放送局に対する様々な規制―特にニュース報道に関してーあるからだ。 
 
 補足2:規模 
 
 「エンダース・アナリシス」社による英国主要メディア企業の規模の比較では、トップがBTリテール(総収入84億ポンド)で、これに続くのがBスカイB(54億ポンド)、バージン・メディア(38億ポンド)、BBC(36億ポンド)、デイリーメール&GT(21億ポンド)、民放最大手ITV(19億ポンド)、ニューズ・インターナショナル(マードックの新聞を発行、10億ポンド)、民放チャンネル4(8億ポンド)、トリニティー・ミラー(8億ポンド)、ジョンストン・プレス(4億ポンド)、民放ファイブ(3億ポンド)、テレグラフ・メディア・グループ(3億ポンド)、ガーディアン・メディア・グループ(3億ポンド)(数字はほとんどが2009年)。 
 
 そこで、もしBスカイBがマードックに100%子会社化されると、54億ポンド+10億ポンド=64億ポンドという巨大さになることが分かる。(補足を除き、本文は朝日の月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」2010年12月号に書いたものの転載である)。 
 
 尚、「ジャーナリズム」の情報は以下。また、電子版購読も可である。 
―朝日新聞社ジャーナリスト学校 
http://www.asahi.com/shimbun/jschool/ 
―富士山マガジンサービス 
http://www.fujisan.co.jp/journalism/ 
 
(「英国メディア・ウオッチ」ブログより) 


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