2011年01月19日10時08分掲載  無料記事
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遺伝子組み換え/ゲノム編集

バイオ燃料生産は何をもたらすのか?−南米でアフリカで起きている現象から考える

バイオ燃料生産をめぐり世界中で大きな問題が吹き出している。なかなか日本で報道されないようなので、ここで簡単にその状況を一瞥しておきたい。 
 
なお、このまとめは日刊ベリタで公表させていただいた「南米を襲う遺伝子組み換え大豆と枯れ葉剤」と「モンサント、ブラジルの遺伝子組み換え大豆『開国』の手口」と深く関連する。併せてお読みいただければ幸いである。 
 
 
◆南米で激増するバイオ燃料原料栽培 
 
近年、南米で大豆やサトウキビ栽培の拡大が顕著になっている。ブラジルは1970年代から大豆の大規模生産が始まっていたが2000年から2010年の間に大豆農地はブラジル全体で70%超の増加。アマゾンのある北部では2000年から2007年の間で523%の激増になっている(注1)。パラグアイにいたっては1995年から2005年の10年で348%の増加となっている(注2)。この急激な増加の背景はEUやアジアでのバイオ燃料需要である。 
 
この急激な変化の中でどのような事象が生まれているだろうか、いくつか上げてみたい。 
 
2009年11月6日、パラグアイの先住民コミュニティにブラジル系開発業者が農薬を空から噴霧する事件が起きた。大豆生産のためにコミュニティを強制的に排除するための暴行事件として捜査(注3)。 
 
2010年3月18日 Survival Internationalは国連にブラジルでの先住民族グアラニの人権状況をアメリカ大陸で最悪と訴えた。バイオ燃料などの農地拡大に伴うコミュニティへの迫害、殺害が相次ぎ、自殺や栄養失調なども(注4)。 
 
2010年7月 ブラジル、バイオ燃料の生産増加と同じスピードで奴隷労働が増加。CPT(カトリック教会の土地問題委員会)の調査で判明。外国資本のプレゼンスも2008年に1%から10%に増加(注5)。 
 
2010年10月25日 パラグアイで大豆生産が急速な土地の集中を生み、大規模に地方人口が年間10万人流出。大規模大豆生産は雇用を生まず、先住民族、小農民の犠牲、森林破壊をもたらしていることをブラジルとパラグアイのNGOが詳細に調査して公表した(注6)。 
 
2010年12月30日 アルゼンチンでモンサントの遺伝子組み換え大豆種子を供給するオランダ系アグリビジネスが子ども未成年を含む130人の人を奴隷的労働条件においたとして告発される(注7)。 
 
2011年1月 アルゼンチン、奴隷的な劣悪労働条件で大豆やトウモロコシ畑で働いていた500人を解放(注8)。 
 
ざっとあげただけでも先住民族や小農民に対する迫害が頻発し、土地を追われた膨大な数のバイオ燃料難民が生み出されている様が浮かび上がってくる(注9)。 
 
バイオ燃料原料生産はこの地域に何をもたらしているかまとめてみたい。 
 
 
◆大土地所有者への土地の集中 
 
この大豆畑やサトウキビ畑の急激な増加は大土地所有者への土地の集中をもたらしている。もともと、この地域は土地の極少数者への集中が著しく、行政の力は弱く、大土地所有者が地域の権力者として振る舞う傾向がある。そこに来て、バイオ燃料向けの輸出がブームとなり、彼らは容赦なく、先住民族や小農民を土地から追い出し、農地を横取りしたり、わずかに残された森林を破壊し、農地に転換した。土地を出て行かない農民・先住民族に対しては法律もおかまいなく銃で脅す暴力事件が頻発している。 
 
こうした大規模農業は植え付けから収穫まで多額の費用がかかるため、貿易商社や農薬会社などによる融資が不可欠である。そうした資本による支援がなければ大規模生産を維持できない。逆にいえば、こうして不法に土地を取得した大土地所有者がなんら制裁を受けることなく、融資を得て、生産を拡大しているのが現実である。こうした生産者に融資している企業はこの不正の共犯者であるということになる。 
 
かつて、植民地時代に形成された植民地経済(モノカルチャー)と相似形を持つこの社会変化を現代版モノカルチャーと呼ぶことができる。砂糖の需要が落ちた時期、サトウキビのモノカルチャーに占拠されていた地域では脱モノカルチャーに向けさまざまな試みがなされようとしていた。しかし、このバイオ燃料のブームはその試みを一切封じ込み、ふたたび新しいモノカルチャーへと地域を再編成させていっている。 
 
こうして成立した大規模農場はしかし、多くの雇用を生み出さない。農薬は軽飛行機から広大な農園にまき、収穫は巨大なコンバイン。広大な農園に仕事はわずかしかない。そのため、土地を追われた小農民や先住民族の中で農園の中で仕事にありつけるものは多くない。 
 
こうして、南米(ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ)でのバイオ燃料の生産拡大は、住民の排除と飢餓を生み出すモノカルチャーを新たに作り出した。 
 
 
◆遺伝子組み換えと農薬による被害 
 
この地域では近年、除草剤グリフォサートによる被害が告発されている。このグリフォサートによる被害については「南米を襲う遺伝子組み換え大豆と枯れ葉剤」にもあるように、先天性欠損症、呼吸困難、皮膚の異常などきわめて深刻な事態を生み出している。 
 
住民への被害がここまで深刻になっている一つの原因に、地元の住民への浄水が確保されておらず、農園から流れ出る除草剤が含まれた地下水や河川の水をそのまま飲まざるをえないことが考えられるだろう。住民への浄水が提供できたとしても、魚などの摂取を通じて住民の健康には影響を与え続けるであろうし、この除草剤の配布を止めなければこの地域の動植物は汚染され続ける。 
 
 
◆バーチャル・ウォーター(仮想水)の搾取 
 
このバイオ燃料を南米からヨーロッパ、あるいはアジアに輸出する際、もう1つ考えなければならないのがバーチャル・ウォーター(仮想水)の搾取という観点である。 
 
たとえば、1kgの大豆を生産するためには2000リットルの水が必要となる。その大豆を使って生産したバイオ燃料を輸入する国はその生産に必要な水を使わずに済んでいることになる。つまり、仮想的にそれだけの水を輸入したのと同等ととらえるべきだということになる。 
 
この理論を打ち出したのがロンドン大学のアンソニー・アラン(Anthony Allan)だが、水資源が世界的に不足する事態が指摘されるようになってきた今日、軽視できない観点だ。 
 
バイオ燃料の生産地は水資源が奪われ、長期的には大きな環境問題を引き起こす可能性がある。現にバイオ燃料の生産に拍車がかかった地域でArenization現象(天候が湿潤であるにも関わらず土地が砂地化してしまう現象)が深刻になりつつある。こうした生産が長期的に持続可能であろうか? 
 
 
◆いったい何のためのバイオ燃料? 
 
このバイオ燃料がなぜ必要となるのだろう? それは気候変動につながるCO2排出を抑えるためであり、また石油生産がピークを過ぎ、終焉を迎えようとしているからである。しかし、森林を切り倒して燃やして農地を作り、石油で作られた除草剤などを軽飛行機でばらまき、これまた石油から作られた肥料をまき、コンバインを動かして収穫し、そこからトラクターで延々をバイオ燃料精製工場に送る、というだけで相当なCO2が排出される。 
 
さらにタンカーで重油を使って地球の裏から輸送するとなれば、これはどう考えても、大幅なCO2排出になる。厳密な計算ができないのがはがゆいが常識的に考えて、それだけの活動がすべて石油に依存している以上、CO2の削減も石油の代替という面も疑わしいといわざるをえない。 
 
 
◆アフリカに輸出される南米生産モデル 
 
しかし、この南米におけるバイオ燃料生産モデルは南米の問題に留まらない。現在、この生産モデルがアフリカに輸出されようとしているからだ。 
 
アフリカは南米と似た条件を持つ。広大な大地、人びとの土地の権利の弱さ。この点でまさに南米的な大規模バイオ燃料生産に適した地域だということが言えるだろう。 
 
EUはアフリカでEUのためのバイオ燃料を生産する計画を発表し、多くのアグリビジネス企業がアフリカの土地買収に躍起になっている。人びとの土地の権利が十分保障されておらず、政府が機能していない国では企業による土地の買い占めによって、少なからぬ人びとが土地から追い出される事態は起きやすい。 
 
EUのみならず、ブラジルもまた、アフリカでのバイオ燃料生産に意欲を見せる。ブラジルでは以前からサトウキビからのエタノール生産の長い歴史を持ち、熱帯地域での生産のノウハウ含め、EUの企業に対する競争力もある。 
 
しかし、もし南米型バイオ燃料生産がアフリカで本格化したら、アフリカの各地で進んでいる砂漠化をさらに悪化させる可能性が高く、またアフリカの人びとの飢餓を悪化させる危険が高い。バイオ燃料生産のため、アフリカの社会に大きな社会不安が生み出され、将来への不安が高まっていく可能性がある。 そして、すでにその懸念は現実となっている(注9)。 
 
 
◆米国におけるバイオ燃料生産 
 
バイオ燃料生産をめぐって論争が起きているのは南の国だけではない。米国でもまたバイオ燃料は大きな問題となっている。 
 
米国政府は30年にわたってエタノール生産に巨額の補助金を出してきた。しかし、その精算は大量の石油を使った化学肥料と除草剤を使ったものでクリーンではない産業を太らせるために税金を使っていると環境団体は批判し、バイオ燃料に対する補助金をストップさせるキャンペーンを展開してきたが、オバマ大統領はバイオ燃料への補助金の継続にサインしている(注10)。 
 
 
◆世界のNGO、環境運動の反応 
 
バイオ燃料生産について、世界の環境NGO、開発NGOはどのように見ているのだろうか? 
 
開発問題に取り組む国際的なNGO、ActionAidはバイオ燃料に依存することは世界に飢餓を作り出し、気候変動を止めることにもつながらないとして、大きなキャンペーンを張っている。ActionAidは国際的な開発問題に取り組むNGO。発展途上国、南の人びとの視点から先進国でのバイオ燃料政策が南の社会を蝕みかねないとして大きなキャンペーンを張っている(注11)。 
 
Friends of the Earth (FoE) もまた環境保護という観点からエネルギー政策を包括的にとらえる必要性を主張する。バイオ燃料生産をただ増強するだけでは森林破壊やさらなる気候変動の問題を生み出しかねないとして、米国におけるバイオ燃料への補助金をストップさせるためのキャンペーンやバイオ燃料政策に対する国際的に批判を行っている(注12)。 
 
 
◆オルタナティブなバイオ燃料 
 
これまでバイオ燃料の否定的な側面を見てきた。 
つまり、バイオ燃料の生産によって、 
 
1,モノカルチャーが拡大し、社会問題が深刻化する 
2.遺伝子組み換え種子の導入と農薬によって生態系が汚染・破壊される 
3.バーチャル・ウォーターの搾取につながる 
4.バイオ燃料生産過程と輸送過程のCO2排出により、気候変動を生み出してしまう 
 
という4点に集約できる。 
 
それではバイオ燃料を生かす道はないのだろうか? 上記の問題を生み出さないバイオ燃料は可能だろうか? 
 
アマゾンの先住民族ヤワナワの村でネイティブの植物からバイオ燃料を作るプロジェクトがある。彼らは森を切り開く道路建設を拒否する一方、エンジンを積んだ舟を通じて他の世界と行き来している。以前はガソリンが必要だった。しかし、海外のNGOの支援を得て、ネイティブの植物からバイオ燃料を作り、バイオ燃料で動くエンジンを得ることができた。このプロジェクトでは生産を必要以上に拡大しない限り、モノカルチャーは生まれない。遺伝子組み換えもない。地産地消であるから、バーチャル・ウォーターの搾取もない。遠いところからガソリンを購入するよりも、CO2の消費も少ない(注13)。 
 
これは先住民族の経済的自立を助け、環境負荷も減らせるうまいバイオ燃料生産の一例と言えるかもしれない。 
 
決してバイオ燃料が可能性のないエネルギーなのではない。問題は作られ方であり、消費のされ方であるといえるだろう。 
 
またブラジル政府は小農民にバイオ燃料生産への参加をよびかけている。オルタナティブなバイオ燃料生産を模索する試みだが、かなり困難な課題にぶちあたっているようだ(注14)。 
 
 
◆結語−何をすべきか? 
 
日本でもバイオ燃料輸入に向けた動きは始まっている。双日株式会社は早くからブラジルのエタノール生産に目をつけ、投資に取り組んできた。中国、インドなども南米、アフリカへの投資に動いていく可能性が高いだろう。 
 
しかし、この動きは、世界の社会の底を抜いてしまうような危険な動きとなっている。南米やアフリカでの社会不安や環境破壊がそれであり、また気候変動による天候不順はモノカルチャーにとってより大きな脅威となっていくだろう。 
 
世界中の金が集まり、投資先を求めて、大きな動きが生まれているこの動きを南米やアフリカ側で制御して、住民の社会的権利を保障させたり、森林・環境保護を調和させることきわめて困難な状況にある。 
 
すでに石油の生産ピークは過ぎ去ったとされる。石油資源が利用不可能な時は身近に迫っている。こうした状況では、もっとも石油の利便性に近い性質を持ったバイオ燃料に産業が向かうのは必然的かもしれない。しかし、石油の代替をバイオ燃料に求め、その生産を南の国に押しつけることには無理があることは上に見たとおりだ。 
 
バイオ燃料を南の国から輸入している国の政府は早急に生産現場で起きていることを調査し、人権侵害、自然破壊をしている業者とのあらゆる取引を止めるように動くべきだ。 
 
そして、南のバイオ燃料供給に依存しないエネルギー政策をまず先進国が早急に検討する必要がある。もし、それがなければこの破壊的な動きには歯止めがかからない。 
 
同時に世界大の規模でポスト石油社会に向けた真剣なオルタナティブの探求と実現に向けて共同作業を始めなければならない。 
 
 
印鑰 智哉 
 
バイオ燃料の問題は継続的にTwitterで追っています。 
http://twitter.com/tomo_nada 
 
 
出典・注 
 
 
1. IBGE http://www.fase.org.br/v2/pagina.php?id=3382 http://www.ibge.gov.br/home/estatistica/indicadores/agropecuaria/lspa/lspa_201011.pdf 
 
2. 米国政府 USDA http://www.pecad.fas.usda.gov/highlights/2008/05/Paraguay/ 
 
3. Indigenas paraguayos afectados por la fumigacion スペイン語 http://ow.ly/BS7x 
 
4. Report to UN reveals shocking situation of Guarani tribe in Brazil http://ow.ly/1oPU2 
 
5.Trabalho escravo cresce no mesmo ritmo do etanol ポルトガル語 http://outrapolitica.wordpress.com/2010/07/22/trabalho-escravo-cresce-no-mesmo-ritmo-do-etanol/ 
 
6. "Sojizacao" acentua pobreza e migracoes, afirmam camponeses ポルトガル語 http://ow.ly/2ZkY6 
 
7.GMWatch RTRS member Nidera accused of slave-like treatment of labourers and tax evasion スペイン語記事の英訳 http://ow.ly/3Co18 
 
8. Folha de Sao Paulo ポルトガル語 Argentina liberta 500 escravos em campos de soja e milho nos pampas http://ow.ly/3ASUi 
 
その他にも下記の資料を参照されたい。 
アルゼンチン:新しい「エルドラード」−大豆共和国、by 開発と権利のための行動センター青西さん 大豆生産でどう社会が変えられてしまっているかの抄訳。わかりやすい日本語 http://ow.ly/1AzEy 
 
ブラジル環境・再生可能天然資源院(IBAMA)、内陸部のマトグロッソ州で先住民族シャバンチの土地に不法に植えられた大豆を差し押さえる。不法に森林伐採をして、大豆を植えていた。 http://ow.ly/1u33N 
 
9. マリ:投資家によって追われる農民たち http://landgrab-japan.blogspot.com/search/label/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB 
Food crisis and the global land grab http://farmlandgrab.org/home/post_lang?lang=jpn 
 
10. Obama Extends Ethanol, Biofuel Subsidies http://alttransport.com/2010/12/obama-extends-ethanol-biofuel-subsidies/ 
 
11. ActionAid's campaign against biofuels - explained http://youtu.be/z3tkT0M4dL0 
 
12.Friends of the Earth Biofuels campaign http://www.foe.org/energy/biofuels 
 
13.A biofuel link to the wider world ビデオ英語 http://ow.ly/31h55 
 
14.Agricultura familiar quer ampliar atuacao na cadeia do biodiesel ポルトガル語 http://www.reporterbrasil.org.br/exibe.php?id=1842 


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