2011年03月24日13時03分掲載  無料記事
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東日本大震災

外部被曝線量によっては、内部被曝を適正に評価することはできない  放射線医学者の提言

  内部被曝の恐ろしさを裁判で明らかにした広島、長崎の被爆者の裁判闘争やビキニ水爆実験被害の事例を基に、今回の原発事故での食べ物や水の放射線汚染深刻さを明らかにした放射線医学の専門家による提言です。筆者は「外部被曝線量を平均化する評価方法では、被爆者が吸入・飲食などによって体内に取り込んだ放射性物質による各臓器・組織への内部被曝を、適正に評価することはできない」と述べている。(日刊ベリタ編集部) 
 
《放射性物質による内部被曝は適正に評価されなければならない》  岐阜環境医学研究所 松井英介 
http://www.jca.apc.org/~earth/hukushima3.htm 
 
●初期放射線のガンマ線と中性子線による外部被曝線量を平均化するDS86の評価方法では、被爆者が吸入・飲食などによって体内に取り込んだ放射性物質による各臓器・組織への内部被曝を、適正に評価することはできない 
 
●原爆による被曝線量は、残留放射能による内部被曝を十分に考慮し、根本的に評価し直されなければならない 
 
 
  被爆者医療に献身してきた肥田舜太郎医師は、最近の著書(注1)で、ひとりの若い女性を紹介している。彼女は、1944年に結婚、45年7月初め松江の実家で出産。8月7日、大本営発表で広島が壊滅したと聞いた彼女は、広島県庁に勤めていた夫を探して、8月13日から20日まで毎日広島の焼け跡を歩きまわる。原爆炸裂時たまたま地下室にいたため、脚を骨折したが、一命をとりとめた夫と、戸坂村の救護所で再会。当初元気だった彼女は、救護所で重症患者の治療や介護を手伝っている内、熱が出、紫斑が現れ、鼻血が止まらなくなり、日に日に衰え、9月8日抜けた黒髪を吐血で染めて、ついに帰らぬ人となる。 
 
  自身広島で被爆した肥田は書いている。「一週間後に入市したが明らかに原爆症と思える症状で死亡した松江の夫人は、内部被曝問題への私の執念の原点ともなった」(注1)。 
 
  原爆の直撃を受けたが生き延びた夫。原爆の直撃は受けず一週後入市、8日間毎日焼け跡を歩き、急性原爆症を発症、一ヶ月足らずで死亡した妻。二人の生死を分けたものは何か。その謎を解き、二人の無念な想いに応えることが、残された者の務めではないか。 
 
  現在、日本政府に対して、正当な原爆症認定を求め、全国17地裁と大阪、広島、名古屋の3高裁で、集団訴訟を起こしている原告被爆者229人の想いも同じであろう。 
 
◆原爆症認定集団訴訟 画期的な判決 
 
  原爆投下後61年。多くの被爆者は今も、原爆放射線による晩発障害で苦しんでいる。しかし近年、厚生労働省の認定基準はますます厳しくなり、2006年3月末現在、原爆症と認定された被爆者は2,280人、26万人弱の被爆者健康手帳所持者の1%にも満たない。 
 
  2003年原爆被爆者は、原爆症認定申請を却下した厚生労働大臣の処分は不当であるとして、却下の取消を求める被爆者集団訴訟を始めた。 
 
  2006年5月12日、集団訴訟最初の大阪地裁判決は、内部被曝の影響を認め、長崎の爆心地から3.3 kmの遠距離被爆者と原爆爆発後に入市した2人の被爆者を含む9人の原告全員に勝訴の判決を下した。 
 
  同年8月4日、広島地裁は、「残留放射線による外部被ばく、および内部被ばくを十分には検討していないといった様々な限界や弱点がある」と、さらに踏みこんだ判断を示し、爆心から2.2 km〜4.1 kmの遠距離被爆者11人と、入市被爆者5人を含む41人の原告全員に、原告の申請疾病が原子爆弾の放射線に起因すると認める判決を下した。広島地裁判決文には、次のような記述がある。 
 
「肥田舜太郎医師は、大阪地裁における証言の中で、入市被曝の方が急性症状が相対的に遅く起こる印象を持っていると述べているが、入市被爆者の場合、残留放射線の影響を受け、放射性物質を体内に取り込んで、そこから長い時間かけて放射線を浴びるのであるから、急性症状が遅れて発症するというのは当然考えられることである」。これら画期的な司法判断の背景には、原告被爆者と支援者の長年にわたるたゆまぬ活動とともに、軍事機密を理由にアメリカ政府が資料を公開しないなど困難な条件下で調査研究をつづけ、内部被曝のメカニズムを明らかにし、各地裁で証言を行っている医師・研究者の努力がある(注1,3,4,5,6)。 
 
  007年1月31日名古屋地裁は、原告4名のうち2名については原爆症と認定したが、他の2名については認めなかった。この判決について愛知県原水爆被爆者の会、愛知弁護士会、日本被団協など6団体は声明を発表し、同判決が厚生労働省の認定行政を断罪し原告2人を原爆症と認定したことを評価する一方、認められなかった2人の原告についても認定を求めて努力すると表明した。 
 
  厚生労働大臣は大阪、広島につづいて名古屋でも控訴した。 
 
◆内部被曝を無視したDS86原爆線量再評価 
 
  日本政府が控訴の論拠にしているのは、DS86と略称される文書である。その第8章臓器線量測定では、放射線の入射方向、爆心地からの距離、地形や家屋の状況、遮蔽内の配置および被爆者の姿勢など多くのパラメータの変化を考慮、外部からの放射線による各臓器線量推定用のファントムが開発され、対象臓器の深さを考慮した計算が行われている(注7)。 
 
  ところが、この方式には下記の如く決定的な欠陥があることを指摘しなければならない。 
 
1)第8章臓器線量測定計算はすべて、原爆炸裂時全身に入射した中性子線とガンマ線のみによる影響を想定している。換言すれば、外部からの全身被曝を平均化したものにすぎない。呼吸などにより被爆者の体内に取り込まれ、被爆者の各臓器組織局所に沈着した放射性核種から構成される極微小粒子が長期間、持続的、慢性的に照射し続けるアルファ線やベータ線の影響・内部被曝をまったく考慮していない。例えば、DS86第6章残留放射能の放射線量には、セシウム137とプルトニウムの記述がある[p215-9 7]]。 
 
2)プルトニウムについては、長崎原爆爆発後20年以上たって採取された西山土壌中から、世界的な放射性降下物の数倍高い量が検出されたと述べるだけで、最強のアルファ線放出核種であるプルトニウムの人体影響を、まったく無視している。アルファ線は、ガンマ線に比し、単位長さあたりにしてはるかに高いエネルギーを飛程周囲の細胞・組織に与える高LET放射線である。アルファ線を出す放射性核種が体内に取り込まれた場合、生体への影響がきわめて大きいことは、国内外の調査・研究で明らかである(注1,2,3,4,5,6,8,9,10,11,12,13)。 
 
  ラットを使った動物実験のデータがある。2酸化プルトニウム吸入群(A)とX線外部照射群(B)の肺腫瘍発症率を比較したところ、A群では0.45Gyから増大が見られ、50%発症率はB群の約11倍であった。この実験結果を紹介した後、著者・稲葉次郎は、つぎのように記述している。国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた放射線リスク係数と組織加重係数のほとんどは原爆被爆者の体外被曝による影響にもとづいている。ICRPは過去に組織の線量当量(H)の算出に、式H=D×Q×N(D:吸収線量、Q:線質係数、N:その他の修正係数)を使うことを提案した。しかし現在Nについて適切な情報がないことを理由に、この式は採用していない。内部被曝のリスクが外部被曝のそれと大きく異なるようであれば、Nを復活させるのもひとつの考え方である(注8)。 
 
3)ベータ線放出核種セシウム137は、カリウムと強い親和性をもち全身臓器に広範に沈着(生物学的半減期約100日)するが、DS86の内部放射線量計算は外部から照射されたガンマ線と中性子線とそれによって誘導された核種からのガンマ線に限定されており、セシウム137とその放射系列から放出されたベータ線による被曝は考慮されていない。この点は、本号矢ヶ崎克馬論文に詳しい。第8章臓器線量測定では、骨髄をはじめ各臓器・組織内での線量分布を計算するための、さまざまな計算方法が紹介され、また実験実測値との比較がなされている。しかし、ここでも計算・測定の対象はガンマ線と中性子線に限られており、アルファ線とベータ線による内部被曝は、完全に無視されている。 
 
◆慢性・持続的な内部被曝を、一時的な外部被曝から区別することが重要である 
 
  内部被曝の理解には、ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)のモデルが良い(注9)。外部被曝モデル(高線量・体外・急性)は、原爆初期放射線による主にガンマ線と中性子線による一時的な外部からの被曝を指す。内部被曝モデル(体内・慢性・同位元素性モデル)は、体内に入った放射性核種から構成される極微小粒子による慢性持続的被曝を指す。原爆降下物によるがんが、世界各地の内部被曝モデルのひとつに挙げられているが、がんだけでなく、内部被曝による急性・晩発障害も含めたものと理解すべきであろう。 
 
  ビキニ水爆被災資料集(注12)は、全編720ページの半分以上が内部被曝に関する記述で占められていると言っても過言ではない。 
  第五福龍丸の乗組員23人は急性放射性障害を発症、その主な原因は内部被曝と考えられている。最高齢39歳の久保山愛吉さんは6ヶ月22日後に肝障害で死去。2004年7月現在13名(56.5%)が死亡(平均年齢:52.2歳)、内がん死が7名(53.4%)、担がん生存3名13)。約7割ががんを背負い、短命である。 
  この事実は、放射性降下物による内部被曝が、急性障害とともに深刻な晩発障害をもたらすことを物語っている。ビキニ水爆被災調査研究チームがとくに注目したのは、降下物中のストロンチウム90(半減期19.9年)である。骨に親和性の強いこの核種から放出されるベータ線は骨組織中での飛程が長いため、放射線感受性の大きい骨髄に到達、急性の造血障害とともに晩発性に造血組織の悪性腫瘍を発生せしめる(注14)。 
  当時ビキニ海域で被災した、延べ1000隻を超える漁船の乗組み員やマーシャル諸島住民の内部被曝も忘れてはならない。 
 
  内部被曝の適正な評価は、原爆被爆者の救済と正義の実現に不可欠であるのみならず、放射性物質の内部被曝によって苦しめられている世界各地のヒバクシャへの最大の励ましとなるであろう。 
 
 
[参考文献] 
 
1) 肥田舜太郎、鎌仲ひとみ:内部被曝の脅威―原爆から劣化ウラン弾までー(2005)、筑摩書房、38-40. 
 
2) 高橋博子:隠されたヒロシマ・ナガサキの実相、高橋博子、竹峰誠一郎編著:いまに問う ヒバクシャと戦後補償(2006),凱風社、153-61 
 
3) 沢田昭二:広島・長崎原爆の残留放射線による内部被曝の影響(2006)、長崎平和研究、第22号、69-81. 
 
4) 沢田昭二:原爆症認定集団訴訟が問いかけるものー残留放射線による内部被曝―、高橋博子、竹峰誠一郎編著:いまに問う ヒバクシャと戦後補償(2006),凱風社、69-81 
 
5) 矢ヶ崎克馬:原爆投下後の放射性降下物(上)−DS86は、どのようにして無視したかー、月刊保団連10、No.915(2006),62-5. 
 
6) 矢ヶ崎克馬:原爆投下後の放射性降下物(下)−原子雲の広がったところ、どこにいても原爆症がー、月刊保団連11、No.918(2006),60-3. 
 
7) 田島英三、重松逸造(監修顧問):原爆線量再評価(DS86)(1989),「第8章 臓器線量測定」311-412 
 
8) 佐渡敏彦,福島昭治,甲斐倫明(編著):放射線および環境化学物質による発がん(2005):「第4章3 内部ひばくによる人の発がん」医療科学社、105-131. 
 
9) Busby C. et al.: 2003 Recommendations of the ECRR –The Health Effects of Ionising Radiation Exposure at Low Doses for Radiation Protection Purposes, Green Audit (2003), 7-12. 
 
10) 松井英介:国際法違反の新型核兵器「劣化ウラン弾」の人体への影響、アフガニスタン国際民衆法廷公聴会記録第7集(2003)、アフガニスタン国際民衆法廷実行委員会。25-41. 
 
11) 松井英介:新型核兵器「劣化ウラン弾」は、私たちの健康にどのような影響を与えるか、「劣化ウラン弾」って、なに?(2004)、劣化ウラン廃絶キャンペーン・東京、たんぽぽ舎、34-7. 
 
12) 三宅泰雄、檜山義夫、草野信男監修、第五福龍丸平和協会編集:ビキニ水爆被災資料集(1976)、東京大学出版会、1-325. 
 
13) 川崎昭一郎:第五福龍丸―ビキニ事件を現代に問うー(2004)、岩波書店、6 
 
14) Keller c.,岸川俊明共著:新版 放射化学の基礎(2002)現代工学社,東京、348-57. 


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