2011年06月18日16時36分掲載  無料記事
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東日本大震災

変えよう!脱軍隊、反基地、脱原発へ 同じ苦しみのオキナワとフクシマ 安原和雄

  戦後一貫して米軍と米基地で苦しみ続けるオキナワと「3.11」東日本大震災、原発惨事で突如苦しみの中に投げ込まれたフクシマ。このオキナワとフクシマが出会って、集会を開き、その苦しみを共有し合った。しかも「大切なのは、お金ではない、いのちだ」、「基地と原発、苦しみの根っこは同じだ」という認識を確認し合った。 
 もちろん初めての試みであり、そこにはいのちを奪うものへの怒りがみなぎっている。打開策はどこに求めるのか。目指すべき目標は、いうまでもなく脱軍隊、反基地、脱原発である。それを実現させるスローガンとして「日米安保条約をやめて、軍隊や核抑止力、原発に頼らない平和な日本へ、安心して暮らせる社会へ」が掲げられている。 
 
▽ 大切なのは、お金ではない、いのちに決まっている 
 
 沖縄・意見広告運動(第二期)報告関東集会が6月15日東京・中野ゼロホールで約400名を集めて開かれた。関西集会は17日夕大阪市内で開かれた。関東集会のプログラムの大要は以下の通り。 
 
*開会あいさつ=上原成信(沖縄・一坪反戦地主) 
*国会報告=山内徳信(参議院議員)、福島みずほ(参議院議員) 
*沖縄・福島現地からの報告=伊波洋一(沖縄・前宜野湾市長)、安次富 浩(沖縄・ヘリ基地反対協議会共同代表)、佐藤幸子(福島・子どものいのちを守る会代表)、丸森あや(福島・こども福島ネット・防護世話人)、山崎久隆(たんぽぽ舎副代表) 
*連帯あいさつ=藤本泰成(原水禁・平和フォーラム事務局長)、布施哲也(反原発自治体議員・市民連盟共同代表)、花輪伸一(JUCON=Japan USCitizens for Okinawa Network)、園 良太(沖縄を踏みにじるな! 緊急アクション実行委員会=新宿ど真ん中デモ)ほか 
*これからの活動への提案(発起人より) 
 
 上記の顔ぶれが次々と報告、あいさつを行った。印象に残った言葉をいくつか以下に紹介する。(発言者の氏名は省略) 
 
・政治家は福島を直視し、脱原発の先頭に立て。 
・人を足蹴にして暮らしている都会の暮らしを考え直そう、そういう暮らしをつぶそう! 
・安全神話は福島だけではない、沖縄にも共通している。 
・日本の政治家はアメリカ政府の顔色をうかがうばかりだ。 
・政府はなぜ米軍用思いやり予算(年間約1900億円)を原発被災者に回さないのか。 
・民主党に民主主義はない。私たちが民主主義をつくろう! 
・おかしいことをおかしいと言うことは大切だよ。 
・日本人は、自分の頭で考え、自分の責任で決め、行動する習慣がない。上からの指示がなければ動けない、動かない。 
・経済優先の政策がいのちを蔑(ないがし)ろにしてきた。列島に広がった公害がそうだったし、今回の原発惨事もそうだ。 
・いのちが大切なのか、お金が大切なのか。いのちに決まっている。 
・かつて戦場で国策の名の下に多くのいのちが失われた。今再び国策の名で原発によっていのちが奪われようとしている。 
 
▽ 基地と原発、苦しみの根っこは同じだ 
 
 報告関東集会でのあいさつ、国会報告などの後、採択された「これからの活動 ― 次は、アメリカへ意見広告を」の大要を以下に紹介する。 
 
 2011年6月15日、私たちはここに集まった。そこには歴史的ともいえる出会いがあった。オキナワとフクシマの出会いだ。 
 この列島に生きるわたしたちは、いま間違いなく歴史の転換点に立ち会っている。3.11東日本大震災と福島第一原発暴走は、これまでの社会、経済の仕組みのあり方、暮らし方といった生存のあり方すべての問い直しを迫った。このことは、東北という地が首都の電力供給基地、食糧基地、部品基地であることが明らかになり、同時に半世紀以上にもわたって土地を、生活を奪われ、軍事基地による命の危険にさらされて生きる軍事力の供給基地・沖縄の苦しみ、痛みを改めてわたしたちに想起させた。 
 福島第一原発の暴走は終息のめどもないまま続き、人々は故郷を追われ、放射線におびえる日々を送っている。沖縄では、日米政府による基地の固定化(辺野古への移設)、M・22オスプレイ(新型垂直離着陸輸送機)の配備押しつけに県民の怒りが沸騰している。普天間基地の即時閉鎖・撤去を急ぐときだ。 
 
 反基地・脱軍隊と反原発・脱原発 ― 。いま列島を渦巻くこの二つの流れが、今日ここで合流した。基地と原発、苦しみの根っこは同じだ。これらを延命させる構造もまた同根だ。平和な暮らしに基地や原発はいらない。沖縄、原発、民意を無視し続けてきた「国策」の誤りを正し、基地や核エネルギー(原子力)政策の根っこにある日米安保条約をやめて軍隊や核抑止力、原発に頼らない日本へ、今日の集まりを機に、私たち一人ひとりが大きく踏み出そうではないか。 
 
 沖縄・意見広告運動は、東京、関西で発起人、呼びかけ人が集まり、当面の活動方向を以下のようにまとめた。 
(胴饉舁彁罅Εぅ鵐拭璽優奪肇瓮妊アを対象に、アメリカ市民に私たちの気持ちと決意を伝える意見広告を実現する。 
日米安保を見直し、軍事力に頼らない、基地や原発に頼らない平和な沖縄、日本をどうつくるかについて、運動のネットワーク・共同センターなどの準備を進める。 
アメリカ向け意見広告への賛同、ボランティアスタッフの募集を継続する。 
 
▽ 「命どう宝」・・・沖縄の言葉を今こそかみしめたい 
 
 沖縄・意見広告運動(第二期)によって5月14日『琉球新報』、『沖縄タイムス』、15日『朝日新聞』に掲載された意見広告文(一部)を紹介する。上述の「これからの活動」の文言と若干重複するところもあるが、そのまま記す。 
 
 言葉を失うほど多くの人々の命と生活を根こそぎ奪ってしまった巨大地震・巨大津波。 
 東日本大震災によって私たちは改めて命の尊さを教えられた。 
 そしていまも続く福島第一原子力発電所の深刻な事故(人為災害)は、国策として推進されてきた原発の安全性がいかに欺瞞に満ちたものであったか、神話にすぎなかったのかを語っている。 
 
 私たち自身の未来のために。 
 
 沖縄の米軍基地も県民の切実なねがいを何ら汲み上げることなく国策として押し付けられ続けてきた。 
 半世紀以上にもわたって土地を、生活を奪われ、軍事基地と核という危険にさらされて生きる不安・恐怖はどれほどのものか。 
 巨額の税金を注ぎ込んだ「思いやり予算」や米軍再編関連費に支えられた米軍の「トモダチ作戦」は、真の「良き隣人政策」と言えるものなのか。 
 沖縄の基地の固定化(辺野古への移設)、日米軍事同盟の深化への布石ではないかと危惧する。 
 沖縄、原発、民意を無視し続けてきた「国策」の誤りを正す責任を、いま私たち一人ひとりが問われているのではないか。 
 基地のない沖縄、軍隊や核抑止力、原発に頼らない平和な日本、安心して暮らせる社会へ。 
 つくられた「原発安全神話」、「核抑止力神話」と決別して、日本の社会のあり方、私たち自身の生活のあり方を根本から問い直し、変えていこう。 
 経済成長がすべてではない。 
 何よりも大切なのは生命だ。 
 命(ぬち)どう宝・・・文字どうりこの宝のような沖縄の言葉をいまこそかみしめたい。 
 
<安原の感想> いのちを奪うものへの怒り ― 脱軍隊、反基地、脱原発を 
 
 今回の意見広告報告関東集会に参加して印象づけられたことは、共通テーマ「いのち」であり、「いのち」が、軍隊と基地と原発を容認し、推進していく国策の名のもとに奪われていくことへの怒りである。その怒りが会場を駆けめぐっているのを感じた。 
「いのち」をめぐる発言、文言はいくつもあるが、一つだけ挙げれば、「何よりも大切なのは生命だ。命(ぬち)どう宝・・・この宝のような沖縄の言葉をいまこそかみしめたい」である。いのちを奪う側に立つのか、それともいのちを守り、生かす側に立つのか、その選択の仕方が国民、市民一人ひとりに問われている。 
 
 さていのちを守り、生かすために目指すべきことは脱軍隊、反基地、脱原発でなければならない。その戦略目標を確認し合ったのが最大の収穫とも言える。この列島上に生きるオキナワとフクシマが出会って、「基地と原発、苦しみの根っこは同じだ」という認識を共有できた。「同じ苦しみの根っこ」は何か。それは「基地や核エネルギー(原子力)政策」を推進してきた日米協調体制、その土台となっている「日米安保条約(=日米安保体制」にほかならない。 
 だからこそ「日米安保条約をやめて、軍隊や核抑止力、原発に頼らない平和な日本へ、安心して暮らせる社会へ」が、今後進むべき大道であり、それ以外の選択肢はあり得ない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です 
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/ 


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