2011年07月24日22時15分掲載  無料記事
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遺伝子組み換え/ゲノム編集

欧州の大腸菌事件と遺伝子組み換え技術の関連性〜英科学者はこう見る〜

  5月以来、欧州で30人以上の死者を出した腸管出血性大腸菌O(オー)104が大きな話題になった。ドイツに端を発し、感染は13か国に及んだ。感染源はスペインから輸入したキュウリ(感染源ではなかったとされる)とか、ドイツ産のモヤシだとか様々な推測を呼んだ。 
 
  具体的にどの食物から感染したかはともかく、この大腸菌が生まれた原因に遺伝子組み換え技術が関係している、と推測する科学者がいる。英国のメイワン・ホー(Mae-Won Ho)博士である。彼女は6月27日付で「遺伝子組み換え技術が大腸菌感染を生んだ可能性について」と題するブログを発表している。 
 
  今回問題となった大腸菌O104は全く新しい株で、そこには2つの異なる大腸菌株の特徴が組み合わされていた。EAECという株とEHECという株である。前者は下痢を引き起こし、後者は血尿を引き起こす。さらにこの新たな大腸菌株は抗生物質耐性を帯びていた。 
  この新型大腸菌については、様々な説が出された。たとえば、自然に起きた遺伝子組み換えとする説もあれば、細菌兵器を作る過程で生まれたという説である。しかし、メイワン・ホー博士はこうした殺人的な菌が意図的に作られたとは考えていない。ホー博士は遺伝子組み換え操作によって、偶発的に生み出された、と考える。それはどういうことか。 
 
  新たな遺伝子を持った大腸菌は遺伝子の「水平伝達」によって起きたというのだ。通常、遺伝子は親から子へ、と垂直に受け継がれる。一方、水平伝達とは異生物間で遺伝子の一部が受け継がれることを指す。今、遺伝子組み換え作物が作られているのも、この「水平伝達」による。これについて、彼女はその著書「遺伝子を操作する〜ばら色の約束が悪夢に変わるとき〜」(小沢元彦訳 三交社)の中で解説している。この本は1998年に初版が発行されたもの(日本では2000年に翻訳出版された)だが、ホー博士の考えは基本的に変わっていないと思われる。 
 
■新たな病気の増加と感染症の世界的復活 
 
  「世界保健機関(WHO)が発表したは1996年の報告によれば、過去20年間に、エイズ、エボラウイルス、出血熱、C型肝炎など、少なくとも30種類の新しい病気が出現した。他方で、肺結核、コレラ、マラリア、ジフテリアなどの古くからの感染症が、世界中で復活している。 
   イギリスではほとんど毎月、連鎖球菌、髄膜炎起炎菌、大腸菌などの新たな大発生が報告されている。事実上、すべての病原体が抗生物質に対する耐性を獲得していて、複数の抗生物質への耐性(多剤耐性)を持つものも珍しくない。」 
 
  こうした現象は確かに起きている。そして、病原性細菌や抗生物質耐性菌の出現は、遺伝子の水平伝達に関係があると考えられているという。 
 
  「ここで遺伝子を運ぶ寄生性遺伝子は、ベクターと呼ばれている。ベクターは、細胞から細胞へ、生物から生物へと移動するので、これにヒッチハイクした遺伝子は、普通なら入り込めないような細胞にも侵入できる。ひとたび細胞にもぐり込んでしまえば、遺伝子は細胞内にある他の遺伝子と組み換えを起こす。その際、宿主に病気を誘発するような組み合わせが起きてしまう場合があるのだ。 
  遺伝子の水平伝達と組み換えによって生まれた新しい細菌株としては、1992年にインドで大発生したコレラ、1993年にスコットランドのタイサイドで大発生した連鎖球菌などがある。近年、スコットランドで猛威をふるった病原性大腸菌O157は、赤痢菌からの遺伝子水平伝達によって生まれたものと考えられている。」 
 
■遺伝子組み換え技術とは? 
 
   では遺伝子の水平伝達と遺伝子組み換え技術はどう関係しているのか。 
 
  「遺伝子組み換え技術とは、遺伝子の本体であるDNAを切り貼りする技術のことで、1973年にスタンフォード大学で最初の遺伝子組み換え実験が行われた。典型的な遺伝子組み換え実験では、導入したい遺伝子をベクター(運び屋)と呼ばれる小型のDNA分子に乗せて宿主細胞に取り込ませる。 
 
  遺伝子をベクターに乗せるには、同じ制限酵素を使って両者のDNAを切断して切り口をそろえた上でDNAリガーゼという酵素を使って貼りつけてやればよい。効率よく宿主細胞に取り込まれることが要請されるベクターは、プラスミド(細菌の染色体外遺伝子の1つで、染色体とは独立に自律増殖できる寄生性遺伝因子)やウイルスに手を加えて構築されることが多い。 
 
  ベクターが宿主細胞に取り込まれると、ベクターに乗せられた遺伝子によって、宿主細胞の性質が遺伝的に変化する(形質転換)。ただし、形質転換の効率は低いので、遺伝子をうまく導入できたものだけを選び出す必要がある。そのために、ベクターには、導入したい遺伝子の他に抗生物質耐性遺伝子も組み込んでおくのが普通である。一連の操作の後、宿主細胞をその抗生物質で処理すれば、形質転換を起こした細胞だけが生き残るので、育種に要する時間を大幅に短縮できるのだ。」 
 
  高校生向けの参考書「チャート式 新生物供廚ら、遺伝子組み換えの下りを参考に少しフォローしたい。 
 
  生物のDNAはアデニン(A),チミン(T),グアニン(G),シトシン(C)の4つの塩基の連鎖からなる。これらはそれぞれAはTと、GはCとのみ水素結合し、二本の鎖となっている。遺伝子組み換え技術ではもとのDNAから、特定の部分を切断して、別の生物に移植する。 
 
  DNAの特定の部分を切り取るには「制限酵素」という酵素を使う。切り取ったDNAの切片はたとえばプラスミドというベクターに埋め込む。プラスミドは原核生物の細胞内にある小さな環状のDNAである。プラスミド(DNA)を同じ制限酵素を使って切断し、先ほど切り取ったDNAの切片を埋め込む。その後、リガーゼというDNA分子同士を結合させる酵素を使って円環に再結合させる。これで遺伝子を組み換えたベクターができる。ホー博士によると、このベクター(寄生性遺伝子)を生物(宿主)に導入して形質転換を起こすことが遺伝子組み換えということのようである。 
 
  では具体的にどうやるのか。何が危険なのか。長くなるが、ホー博士の著書から引用したい。 
 
■ベクターには元来、病原性の細菌がよく用いられる 
 
  「遺伝子組み換えに利用されるベクターの多くは、プラスミドやウイルスなどの寄生性遺伝因子をもとに構築されている。たとえば、植物細胞の遺伝子組み換えには、土壌細菌アグロバクテリウム・ツメファシエンスのTiプラスミドをもとにしたベクターが利用されている。Tiプラスミドは、植物のクラウンゴール腫瘍の原因因子である。細菌が植物に感染すると、TiプラスミドのDNAの一部が植物細胞のゲノムに取り込まれて腫瘍を誘発するのだが、この機構を利用して、Tiプラスミドに外来遺伝子を組み込んだ細菌を宿主に感染させ、遺伝子を導入するのだ。 
 
  動物の遺伝子組み換えには、RNAを遺伝物質として持つレトロウイルスがベクターとして利用される。レトロウイルスは、宿主細胞に感染すると逆転写酵素によってDNAに変換されて宿主ゲノムに組み込まれ、がんなどを引き起こす。魚の遺伝子組み換えに利用されるベクターは、モロニーマウス白血病ウイルスを主要な枠組みとし、ラウス肉腫ウイルスや水泡性口内炎ウイルスの一部が組み込まれている。モロニーマウス白血病ウイルスは、マウスに白血病を引き起こすだけでなく、すべての哺乳類細胞に感染できる。ラウス肉腫ウイルスはニワトリに肉腫を生じさせ、水泡性口内炎ウイルスは、ウシ、ウマ、ブタ、ヒトに口内炎を引き起こす。 
 
  このように、ベクターのもとになる寄生性遺伝因子は、本来、病原性を持っている場合が多い。もちろん、ベクターを構築する際に病原性を失わせてあるが、宿主に感染していた別の病原体と組み換えを起こして病原性を取り戻してしまう可能性がある。病原性を取り戻した人工ベクターは、自然の寄生性遺伝因子より危険である。それは、自然の寄生性遺伝因子には宿主特異性があるのに対し、人工ベクターは、種の障壁を乗り越え、さまざまな生物や細胞に感染する能力を持っているからだ。 
 
  研究者たちは、ますます広い宿主に遺伝子を運べるベクターを設計しようとしているが、それによって高い感染性と病原性を持つ「スーパー病原体」が新たに誕生する危険があることを考慮すべきである。 
 
  遺伝子組み換え植物の遺伝子の発現を促進するために、ベクターにはプロモーターという転写領域が連結されている。分子遺伝学者J・カミンズは、広く利用されているカリフラワーモザイクウイルスに由来する強力なプロモーターが、組み換えから新しいウイルスを出現させる可能性があると指摘する。カリフラワーモザイクウイルスは、ヒトのB型肝炎ウイルスと密接に関連しており、エイズウイルスなどのレトロウイルスとも配列の相同性を持つ。そのプロモーターは、関連するウイルスの合成を促進でき、たいていの植物、酵母、昆虫、大腸菌で機能する」 
 
■土壌が遺伝子のたまり場になっている 
 
  さらに、ホー博士が強調しているのは水平伝達によってある生物に導入された外来遺伝子は、再び水平伝達を起こしやすく、無関係な種にも広がってしまう可能性があることだ。たとえば除草剤耐性遺伝子もそうだという。植物の遺伝子組み換えでは特に土壌の菌類に組み換え遺伝子の水平伝達が起こりうる。土壌の菌類や微生物が遺伝子のプールとなって、環境内のさまざまな生物のDNAに変化を与える可能性があるということのようである。遺伝子操作によって作り出された遺伝子は安定していないという。そこが長い年月をかけて種を交配させて作り出したハイブリッド種との違いであるという。 
 
  「遺伝子の水平伝達は最近だけに見られる現象だと、われわれは教えられてきた。けれどもこれは間違いだった。遺伝子の水平伝達は、事実上、動物、植物、菌類のすべての種類で起きるのだ。どんな種のどんな遺伝子でも、他の種に広がる可能性がある。遺伝子組み換え技術を駆使して作り出された人工ベクターに運ばれた場合は、なおさらだ。遺伝子組み換え植物の導入遺伝子や、マーカーとして利用される抗生物質耐性遺伝子は、土壌の菌類や細菌に落ち着くことが確認されている。環境内の微生物集団は、遺伝子伝播の通路か貯蔵庫のような役割を果たしている。すなわち、遺伝子が複製され、広がり、他の遺伝子と組み換えを起こし、新しい病原体を生み出すのを助けているのだ。」 
 
■遺伝子組み換え技術のはらむ危険 
 
  ホー博士は遺伝子組み換え技術がもたらしうる危険について分子遺伝学者J・カミンズの予見を紹介している。 
1、休眠状態にあるウイルスを再活性化すること 
2、伝染性の高い新ウイルスや宿主域の広いウイルスを生じさせること 
 
 ホー博士は科学を市民で論じるためのNPOを立ち上げている。その柱が遺伝子操作についてである。企業や国の利害を離れて市民でオープンに論じることが必要だという。遺伝子操作と感染症については未だ因果関係を確定できないために、現状では’may'という言葉を使った可能性の段階である。 
 
■メイワン・ホー博士のブログ 
Insititute of Science in Society 略して ISISの6月27日付’How Genetic Engineering May Have Created E.Coli Outbreak'である。 
http://www.i-sis.org.uk/index.php 
  ちなみにISISはメイワン・ホー博士とピーター・サンダース氏によって1999年に設立されたNPOである。その目的は商業などの営利目的や国のコントロールから独立して、市民のためにオープンに科学を論じることにある。ISISがその柱と掲げているのが遺伝子操作である。 
 
■メイワン・ホー博士 
 「遺伝子を操作する」によるとイギリスのオープンユニバーシティ上級講師。1994年から第三世界ネットワーク(TWN)の科学顧問をつとめる。専門は生物物理学だが、遺伝子組み換え技術とバイオセーフティ問題に強い関心を寄せ、テレビやラジオに出演する他、国連や世界銀行、ヨーロッパ議会、その他多くの国際会議の討論に参加し、講演を行っている。 
 
■ニューヨークタイムズ6月22日の記事 
  新型大腸菌には2つの異なる大腸菌株の特質が組みあわされていたと報じている。 
http://www.nytimes.com/2011/06/23/health/research/23ecoli.html 


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